ブログに遊ぶ

ときめきの日々を過ごしたい

曼珠沙華(彼岸花)

2008-09-30 07:21:07 | Weblog
曼珠沙華むらがりても寂しきかな

朝露をのせて深しき彼岸花



9月18日に私のブログ「萩の寺」にコメントくださった「モッポさん」が「萩の寺」に曼珠沙華が咲き始めているとの情報をいただきながら、今日までうっかりしていました。思い出したようにして撮りにいきましたら、花の時期が過ぎていたようでした。句のように、曼珠沙華は数本寄り添ってかたまっていますが一輪一輪は花の盛りが過ぎていてさびしそうでした。
下の写真は千葉の友人(べんちゃん)のブログから拝借した最盛期の曼珠沙華です。下の句は季重ねになってしまったが「朝霧」を「朝雨」とも考えましたがどうもしっくりとしない。原則は季語が一つですが、こんな句でも良いのではと持ち前の適当さを発揮する。



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新米

2008-09-29 08:28:54 | Weblog
新米や世も新たなるはかりごと


何時も買っている「金崎さんちのお米」というブランド化して農業を企業化した農家から「新米」をサービスにいただく。このお米は、第9回「全国」米・食味分析鑑定コンクールで「金賞受賞」を受賞したお米だそうだ。今流行の「インターネット」での販売で全国にファンができている。農業も新しい発想で経営しなければ生き残れない時代なのであろう。
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秋高し

2008-09-26 06:15:36 | Weblog
足いれば虫あわて立つすすき道


秋高し家族のような山と川



コスモスのやせて一輪はぐれ咲き



先日( 24日)は、空気までが透き通って気持ちのよい秋晴れに恵まれた。
退院以来すこぶる体調が良いので、歩けるだけ歩こうと張り切り、秋の風景を撮りためました。今日はそのうちの三枚の写真に拙句をつけてみました。

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木漏れ日

2008-09-25 08:39:56 | Weblog
つかの間の木漏れ日釣瓶落としかな


秋の日が一気に落ちていく様子を「釣瓶落とし」という。昨日は空高く澄み切った青空に恵まれた。めったに歩いたことのない城山の裏道を逍遥する。からからと音の立つ古い落ち葉をけりながら一人歩く細道にセラピーを感じた。また、「釣瓶落とし」に会い、すぐにでも消えるかもしれない木漏れ日が印象的だった。
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秋彼岸

2008-09-24 10:45:43 | Weblog

菩提寺に健康すがる秋彼岸



昨日は秋のお彼岸の御中日、我が家の菩提寺「光連寺」は雁木がある、お寺と仏壇店が連なる歴史を感ずる清楚な通りにある。この街は歩くコースですので、通る度に菩提寺の参道の前で手を合わせることが習慣となっている。本道の登り口に菩提寺の由来が記してある。家名は武田という、甲斐の武田信玄の弟(信繁)の孫が開山したとあった。甲州武田家滅亡の時、信濃に逃れ、更科に一字を建立し、時の本願寺上人より寺号「光連寺」賜つた。開墓より23代四百余年の歴史を重ね、今日に至っている。とあった。
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臍の緒

2008-09-23 08:51:30 | Weblog
臍の緒を家のどこかに秋惜しむ

昨夜、東京に嫁いでいる長女から突然の電話があった。私が電話を受けたが「そっちに私の「臍の緒」あるときた。咄嗟なことに私にはなんのことか理解できなかった。早速家内と変わる。内容は、娘が嫁ぐときに「臍の緒」と「育児手帳」を家内から渡された記憶があるが、探してもないということらしい。どうも、嫁いだ先の姑さんが、最近占いに凝っていて、娘の臍の緒を使うらしい。なんだか胸騒ぎする。後に「臍の緒」があったあったとの電話があった。相変わらずあわて者が直らないでいるようだ。救いは、娘は占いについて、意外と「あっけらかん」なので安心した。<あたるも八卦あたらぬも八卦>である。
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秋の蜘蛛

2008-09-22 17:20:02 | Weblog
秋の蜘蛛もっと世間をみたかろに


先日、何時も歩く細い道をさえぎるように、大きな蜘蛛の巣が横たわっていた。巣に気がついた人は遠回りしているのだろう。かなり大きな夫婦らしき蜘蛛が、一動もしなく高いところから、世間を見下ろしているかに見えた。撮ってきた写真を見ながら、いざ句作となると、これがなかなか浮かばず、やっとの思いの拙句となる。このごろスランプ続きである。
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ラーメン

2008-09-21 13:07:32 | Weblog
秋の昼ラーメン味に笑みをたす


我が家は、日曜日のお昼は「ラーメン」と定番となっている。今、お店にけっこうボリュームがあり、美味しいスープまで付いたラーメンがある。麺を茹で上げスープをお湯でのばし、中華どんぶりに注ぐだけでオーケーだ。メンマやチャーシューも簡単に手に入る。いつの間にか、椋一君はじめ家中で日曜日のラーメンが楽しみとなっている。
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渡り鳥

2008-09-20 08:09:03 | Weblog
渡り鳥ふところとなる千曲川

千曲川今こそ光れ渡り鳥



森の家のスタッフ撮影


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雁の飛来

2008-09-19 07:37:31 | Weblog
雁や信濃の郷はまちぼうけ

雁やいそぐなかれ飯山線



そろそろ「雁」が飛来する時期かなと思う。このごろ、とんと、雁の編隊を組んで飛ぶ姿を見ないでいる。それだけ、気候の変動か何かで、飛来する数が減っているのだろう。今年こそ雁の飛んでいる姿を撮りたい。
私の好きな言葉に「ゆっくり行こう信濃路を」がある。この言葉は尊敬する先輩が一杯飲んでいる時、良く使う言葉だ。「まあ、あわてず、あせらず、ゆっくりと人生を味わおう」ということだ。つまり「スローライフ」である。雁も北信州へ飛来してきたらそんなにあわてて飛ばなくもいいではないか、「郷に入りては郷にしたがえ」と言いたい。飯山線もゆっくりですよ。<笑う>

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萩の寺

2008-09-18 07:20:13 | Weblog
夕鐘のときを刻むや萩の寺


寺の町飯山は「信州の小京都」または「雪国の小京都」とも呼ばれ、飯山城趾を中心に22ケ所の寺が点在している。禅宗の名古刹「正受庵」や島崎藤村の「破戒」のモデルで知られている「真宗寺」など由緒ある寺が多い。歩く道筋に「西敬寺」という大きな寺がある。この寺は、時期になりますと白と薄紅いろの萩の花がそれは見事に咲く。写真は少し早いのかそれとも遅いのか良くわかりませんが、花の色は例年に比べますと鮮明ではないような気がした。


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稔りの秋

2008-09-17 07:42:47 | Weblog
稔田の日毎ふくらみ日ごと濃く



6月26日にブログにしました、下の写真と拙句ですが、あれから三ヶ月みたない、あの青田がこんなに成長し稔の秋となった。
写真の田園風景は、私が、時が移り変わるごとにブログにしています好きなスポットです。今朝この場所に行きますと、成長した稲が、朝日に照らされて黄金の色がなお一層に濃く輝いていた。


青の田を加えてみどり盛んなる






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秋さわら

2008-09-15 15:36:16 | Weblog
秋さわらいかにするかな厨や夫




店に、山陰産の天然のサワラがあった。鰆の旬は字のごとく春ですが、秋の日本海の鰆はまた油が乗っていて美味しい。市場が二日の連休だが、スチロール箱にずっしりと氷に詰まり鮮度が保たれていた。今は、スチロール、冷蔵配送車の普及、その上、道路の整備のおかげで、海のない長野県でも本当に新鮮な魚を手に入れることが出来るようになった。笑い話のようであるが、東京の儀息子は来るたびに、長野の刺身は東京より旨いと口癖にする。どうも、田舎に来る楽しみの一つにおいしい刺身があるらしい。今日の秋サワラは大きいので、半身をお刺身にして半身は西京焼きが常道ですが、今夜は「立田揚げ」としょう。
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中秋の名月

2008-09-14 15:55:49 | Weblog
満月に妻を誘ゑば多忙なり

名月やこの世の総をかたりける

名月や家内と肩を寄せている


今宵は、中秋の名月、昼間の好天が持続して、クッキリと西の山から写真の「名月」が昇った。昨年の名月は9月25日でしたが、雨模様で雲がかかっていて無月であったと記憶している。11日の夜、仲間と会食の後、二人で秋の夜を肩を並べて歩いて帰った。その夜、友人から今夜が「中秋の名月」と聞いた。会食の夜も満月に近い明るい月夜だった。今宵は息子と月を眺めながらの旨い酒を味わい、生きていることに感謝をした。
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女郎花

2008-09-13 15:53:45 | Weblog
女郎花咲けばあたりやさしくなる

昨日ブログした商店街から細い路地を抜けると数件の小さな市営住宅がある。その裏の庭に綺麗な女郎花が咲いていた。俳人 石 寒太の「歳時記」の真実に、女郎花をこんなように記している。
「女郎花」と書いて「おみなえし」、「男郎花」は「おとこえし」と読みます。女郎花、男郎花ともにオミナエシ科の多年草で秋の七草です。両方とも花は良く似ていて女郎花より男郎花の方が、やや丈が高く男性的で頑丈そうに見えます。女郎花は黄色なのに対して男郎花は白い花です。また、両方の混合種もあって、黄色と白色の中間、つまり、淡黄色でその花の名は「オトコオミナエシ」という、とあった。何時かその「オトコオミナエシ」を見てみたい気がした


女郎花


男郎花



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