ブログに遊ぶ

ときめきの日々を過ごしたい

寒鰤のあら大根煮

2017-01-29 09:55:56 | Weblog

 鰤大根狙った味に煮へたかな

         本日の訓話 意見を言うより他人の意見をきく

 寒鰤が一番美味しい時期である。我が家はこの時期に寒鰤の頭を裂いた「寒鰤のあら大根煮」を楽しみにしてシーズンに数回に食べる。弟が市場から大きい寒鰤の頭を3個入れてきてくれた。この寒鰤の頭を裂いて冷凍保存しておいて、数回にわたって鰤大根煮を楽しむのが毎年の例にしている。昨夕は今年初めて寒鰤大根あら煮を楽しんだ。やはりいくら頭のあらであっても寒鰤は美味しかった。


【北信五岳】 黒姫山 妙高山 北信五岳 [北信五岳勢揃い!]

2017-01-28 12:04:57 | Weblog

おらが山凛と動かぬ五岳かな

            本日の訓話  子供は父母の行為を写す鏡である

 【北信五岳】 黒姫山 妙高山 北信五岳 [北信五岳勢揃い!]

昨日は、胃癌検診のため中野市の北信総合病院へ行く、先日長野の癌PETセンターで癌検診をしていただいたのですが、PETセンターでは、胃癌は捜すことが出来ないと以前から聞いていましたので、胃癌の検診は毎回、胃カメラで御願いしている。胃カメラの前に腹部超音波検診を済ませた。胃カメラの検診は、胃カメラの上手な「山本 力」先生を指名で御願いしている。先生は私を良くご存知であった。「今回もよろしく、毎回慢性胃潰瘍がありますが、今回はどうかなと、先生は私の症状を良く覚えてくださっていた、先生は胃カメラのないときは、消火器内科検診で、大勢の患者をお持ちなのに良く私の胃の症状を覚えてくださっていた。これには大変に恐縮した私であった。胃カメラの結果「先生いわく、何時もと同じく慢性胃潰瘍があるが癌は無くきれいですよ」心配することありませんよと言ってくださったので安堵した。久しぶりの好天の日でしたので、病院の帰りに東山公演の高台から「北信五岳」が良く見えますので、雪に覆われた五岳を見たくなり、東山公演へ行く、雪の北信五岳がうっきり浮かんでいた。シャッターチャンスとばかりカメラを向けると、皮肉にもカメラが電池不足で撮ることが出来ない、これには自分で自分に腹が立った。どうあがいてもどうしようもないので諦めて帰宅した。帰宅しても諦めきれずにPCで冬の「北信五岳」を検索すると計上した動画があったので今日のブログの写真代わりとした。


大雪と除雪

2017-01-24 14:44:14 | Weblog

滝落ちる如豪雪に呆然と

腰さすり気迫持ち持ち雪かたす

日本各地で経験したことのないほどの豪雪に遭遇した。特に四国地方はじめ中国地方、西側の日本海側に集中した。特に大雪の影響で鳥取県では米子自動車道や国道など少なくとも4か所で合わせて260台余りの車が立往生した。動けなくなった。積雪は1メートルを超え幹線道路のため、鳥取県の平井知事は自衛隊に災害派遣要請した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 


サピエンス全史

2017-01-22 08:47:53 | Weblog

 またしても読み終へるか寒の木

 

           本日の訓話  目標に向かって情熱を燃やそう 

まえがき

文明が発達するほど、我々は不幸になっていく。なぜならその文明は「虚構」の上にもたらされたからだ──。こう説きながら人類の歴史をマクロな視点から鮮やかな語り口で展開し、世界的ベストセラーになった『SAPIENS』。世界中の主要メディアから称賛され、ジャレド・ダイアモンドなど歴史家、ダニエル・カーネマンなど経済学者、さらにはビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグらも先を争うように熟読した本書が、ついに『サピエンス全史(上・下) 文明の構造と人類の幸福』として翻訳出版されたこのごろ、なかなか本を詠むのに根気がなくなっているが、この「サピエンス全集」は少しずつでも最後まで読もうと思っている。


昨日は大寒

2017-01-21 09:21:16 | Weblog

寒霧の中の車や迷走す

寒荒れの磯の香りを乗せてきた

                    本日の訓話      自分の敵は自分自身の中にある

 

昨日は大寒の入りであった。ニュースでは、全国的に寒かったようだ。北信州も今冬一番の寒さであったようですが、家の中を暖かくしている私は、その寒さを感じなかった。家内は冬寒いですので、毎日でなく一日おきに朝早く歩いている。昨日の朝の霧の中を走る乗用車を撮ってきてくれて、今日は「大寒」の日ですよブログにしたらと言ってカメラ置いて行ってくれましたが、大寒を知らなかった私は、昨日。すでに他のブログにを書いたので、今日のブログとなった。家内は、この頃、私の代わりに外の写真を撮ってくれますので、だんだんと上手になっているような気がしてる。

 偶然にも、寒の入りに曾祖母の新潟の直江津の実家から寒の魚の干物が届いた。高級のアマダイの干物かと思う。毎年ではないが良い寒干魚が出回ると時々送ってくれる。もう古い親戚ですので、お付き合いをこの辺でと思うのですが、今の当主は丁度私と同年ですので、親近感があるのだろう。余りにも悪いのでこちらからは、新蕎麦が出来ると出来たの生そばを送るようにしている。私のルーツの元ですので、迷惑をかけない程度で長いお付き合いをしたいと思っている。

 


今年最後の年賀状

2017-01-20 05:07:54 | Weblog

 出しそびる年賀投函冬寒し

          本日の訓話  自分に忠実に生きる強さを培う 

 この数年、今まで年賀状など近況の付き合いの無かった中学、高校の同級生から年賀状が届くようになっている。東京始め、都会に仕事を求めて故郷を離れて年が過ぎ、要約仕事から解放され、望郷の念が湧いて故郷の近況を知りたくなったのか、はてな?誰だったっけとアルバムを開くような同級生の名前がある。もっとも、私共仕事を求めた時代は、「井沢八朗」の「あゝ上野」で有名となった同級生の多くは金の卵などといわれ「集団就職」で東京へ出たものだった。故郷に残ったのは、高校へ進学するものか、長男と何か難があった同級生である。その数は五十人中20人か25人であった。地元に残って、高校へ行った者の他に、大学へ出してもらう者はたった2~3人であった。戦後まだ10年ちょっとの時代、戦争から立ち直らなかった家庭が多かったのだろうと思う。中には頭は良いが、家の事情で高校へ行けなかった友を思い出す。そんな分けで、生まれ故郷に残った友は現在、女子一人を含め、たった五人だけとなった。地方の人口が減るわけだ。


NHK撮るしん 雪の松本城

2017-01-19 11:52:11 | Weblog

 松本城大粒の雪湖沈め

松本城雪に覆はれ神秘かな

      本日の訓話  チーム全体の功績に貢献しよう 

ペンネーム:Tsuruさん
撮影日:2017年1月14日
場所:松本市 国宝松本城
日本中が寒波に覆われた週末の早朝、松本城を訪ねました。雪の量が少なかったのでお堀には映り込みがみられ、天守閣がより美しく感じられました。舞う白い雪とのコントラストも素晴らしく、信州らしいその城の姿に惚れ惚れしました 。

こんな、すばらしい写真が撮れる方はさぞ、生活に憂いが生まれ楽しいだろうと思う。明治の大改修後の昭和11年に国宝に指定され 松本城の天守閣は国宝となっている。鑑賞すれば鑑賞するほど感激する写真である。


和菓子屋さんにやしょうま並ぶ

2017-01-18 11:06:46 | Weblog

 和菓子屋に季節の味が並ぶかな

やしょうまに包丁入れる楽しさや

本日の訓話  人間愛に貫かれた信念を持とう

  今年も傍の和菓子や梅月さんに季節の「やしょうま」が期間限定で並び始めた。高齢化がのために、フアンが少なくなっているのか、日替割り販売のようだ。今の若い人達の好みが変わっているのか、昔かしからの、菓子が年々と減っているような気がしている。

  

 

 

 

 

 長野県では北部の地域を中心に昔から、毎年春になると作られているおやつで、名前は「やしょうま」という。それぞれの模様がきれいでカラフルである。「やしょうま」が店頭に並べば、みんなが笑顔になれること間違いと思いうが、段々少なくあっていることに一抹の淋しさを感じる。

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大雪とPC のールーターの故障

2017-01-17 13:41:56 | Weblog

 ドカ雪に雪国らしくなりにけり

      本日の訓話   限りなき欲望をおさえ独立自尊  

 

 この数日、今年、珍しく少ない雪に楽していた地域の人達に、敵を討つかのように、大雪となった。1m以上ある駐車場の雪を片付けると思うのですが、我が家の前だけ、流雪溝の流れが悪く雪の片付ける場所が無く、難儀している状態である。月極の駐車場ですので、貸している方に迷惑をかけていますが、晴れ目が見えてきましたので、2~3日をかけ、少しずつ除雪しようと思っている。         

 

                              

悪いことは続くもので、PCの光ファイバーのルーターが故障してしまい、新しいルーターに交換していただくに、時間がかかり、この数日インターネットが出来なかった。

                             

 

 

 

 

 


どんど焼き

2017-01-15 10:34:33 | Weblog

 どんど焼き一体感のすがたなり

左義長にし合はせ求め手を合はす

   本日の訓話   流行に流されず自分を育てよう 

 

 昨夜は 私たちの町あげての「道祖神」のどんど焼きです。丁度雪が多く降ったので、どんど焼きらしくなった。今年はきのうまでは、雪国に珍しく、雪らしい雪がなかった。幸いに、昨日は、今冬初めての大雪に恵まれたので、泥だらけのどんど焼きでならなくて良かった。
 

 

 

 

 

  私は寒さに自信が無いのでどんど焼きの会場へは行けず、家内に写真撮りを頼んだ。おにいちゃん達が消し役で、お父さんたちが、火を付け役の双方の攻防戦写真を見たかったのですが、上手く写真が撮れなかったようだ。婆いわく、体格の大きいお兄ちゃんは、張り切って元気に消し役に頑張っていて、たのもしく感じたと報告してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 


今朝、雪が積もった

2017-01-14 07:47:06 | Weblog

 ようやくと雪国らしくなりにけり

雪の精しずかな街に降りて来る

  本日の訓話   他人を許せる人は広い心を持つ 

 

今冬の今までは、雪で有名な私共、飯山市が記憶にないほどに雪が少ない。ニュースでは、二日くらい前から、北日本はじめ東日本が70cm~80cmの大雪だと報道している。具体的には、北陸地方と新潟、東北地方の日本海側である。今日、明日とまだまだ雪が降り続く模様である。遅ばせながら、今朝あたりから雪で有名な私共飯山市も本格的に降り始めた模様である。この分では7、80cmになることは確実のような降り方になっている。 

 

 

 向かいのお宅の旦那は私より二歳年下ですが、腰が痛いようで、このごろ、普段から少し腰が曲がってきている。昨日、お互いに窓越しから今年は記憶にないほどに雪が少なく楽で良いね、と話し合ったばかりの今朝、写真のように雪が降った。旦那は痛い腰を、かばいかばい雪を方付けをしていた。

 

 

今朝から小学校高学年のお兄ちゃんと、今年、町の氏子の役員の当番となったお父さんと、PTAの役員のお母さんと三人で「道祖神祭」の準備に出かけている。ばあちゃんは、月極で貸している前の駐車場の雪を流雪溝に流すことに大変のようであった。お父さんかお母さんのどちらかに手伝ってもらいたいのですが、「道祖神祭」の準備の為に手伝うことが出来ないでいる。こんな時、何の役に立たない私はすまないような暗い気分となる。午後から駐車場が使われるので、それまでにお父さんか、お母さんのどちらかに、協力してもらいたいと思う。ドカ雪はすべてが狂ってしまう物だとゆくづく思う私であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


鮮やかなポインセチア

2017-01-13 09:26:16 | Weblog

 ポインセチア妻に飾りがなりにけり

来客に微笑みかくるポインセチア

     本日の訓話  朝の発意、昼に実行、夕に反省 

 

 昨日午後、たまには外の空気を吸いたくなり、家内の買い物に同行した。ホームセンターが安売りしているらしく、家内が目当ての買い物をしている間、時間を持て余した私は、花売り場にふらついていると、冬の鮮やかな花が少ない売り場に、パッと、目にともまった赤の綺麗な花があった。花の濃い赤色と葉の緑のバランスが気にいった。「ポインセチア」値段は3800円であった。家内に自分の部屋に飾りたいと所望すると、家内いわく、折角お値打ち物が手に入り得した気分になっていたのに、それ欲しいのと、やや不満顔を発したので、

 

 

家内の気持ちを理解した私は「我慢するか」と言うと、家内は即、おじいちゃんが欲しいのなら、何か倹約すればいいから買いましょうと言って買ってくれた。何時も七人家族の家計のみを思い、自分を飾ることなく、少しでも値打ち物を捜しては求めている家内を考えると、何かすまない気持ちになった私であった。

 

 

 

 

 

 


姜  尚中さんの漱石の言葉より

2017-01-12 08:27:10 | Weblog

 漱石のこころ淋しき初霞

   本日の訓話   工夫というものは無限にある

 姜尚中先生が半世紀以上に渡り漱石を愛読してきた。先生が密かに会得した教訓を本書にまとめた「混迷の二十一世紀を生き抜くための座右の書から・・・・・・・」

かくも私は「孤独」である[自我]

私は孤独であるーーーーー。序章でも触れたように、私の残念な青春には孤独の影がさしていました。今でも度々、孤独感に浸ることがあります。それでもこの年齢になり、そもそも人間は孤独であると思い定めるようになりました。人間は本来、孤独なのです。漱石の作品の中には、「神経衰弱」と言う言葉がよく出てきますが、これは今いうところのうつ病です。登場人物はだいたいそうですし、漱石自身もそうでした。弟子の鈴木三重吉への手紙の中で、この時代においては神経衰弱になるのは正常で、そうならぬ者のほうがおかしいと言っています。神経がおかしくなるのは、「世紀病」のようなものであり、それは人間が自由になり、同時に個人が尊重されるようになった結果だというのです。しかし自由には代償が伴います。上からの命令に従う必要がなくなった代わりに、荷事も自分の判断で決めなければならなくなりました。他人との関係も、個々の人が自ら選び取って築かねばなりません。すると、いきおい腹と腹の探りあいが激しくなります。「神経衰弱」と並んで漱石がよく使ったキーワードの一つに、「探偵」があります。人が人と信じられず、万事に凝り深くなった証です。それと表裏一体の関係で、自意識や自己愛が過剰に噴出して、「おれが、おれが」「私が、私が」の自己中心主義を招くことになるのです。「草枕」の中に、「といった憐むべき文明の国民は日夜に此鉄柵に噛み付いて咆哮して居る」といった表現が出来ます。私は、表面は明るく見えても心には深い孤独を抱えている今の若者が、ネットにかじりついて始終書き込みを続けている情景を思い出して、ハッとしました。

 

 


書き初めがやっと何とか!!」

2017-01-11 10:11:13 | Weblog

 書初めや心入ずして低迷す

         本日の訓話        喜びの一日は悲しみの二日に優る

 

 書き初めは、正月1月2日に行われる。 元は旧暦の1月2日に行われた。 吉書(きっしょ)、試筆(しひつ)、初硯(はつすずり)、筆始(ふではじめ)などともいうようだ。書初めの日に張り切って画を書き始めたはしたのですが、毎年の如くに失敗の連続で、書き直すこと数回である。どうも新年そうそう心が入らないでいた。右の画は勿論んこと満足の画ではありませんが、さすが本日の十一日になると、諦めの心境となった。

 

 

 

 

 画くことに飽きてしまったので、左の絵は、今年の年賀状に使った絵をブログにした。この絵は緊張していたのか、自分の中では、割と上手く言ったような気がしています。同じ墨で画いたのですが、何故か出来上がりの色が違う、こんなところにも心が入っているのと入っていない差が出るのかなーと、不思議な気となった。


焚火の秀句に出合う。

2017-01-10 12:12:48 | Weblog

 焚火離る誰にともなく会釈して  鈴木鷹夫

   本日の訓話     正しい競争はものを生む母である

写真ネットより

 近所の老歯医者さんは九十歳になるまで、娘先生と現役で頑張っておられたが、残念なことに九十一歳で亡くなられた。私の歯の治療は老先生にお任せであった。老先生は若い時代から俳句をたしなまれ、俳句愛好家たちを集めては自宅で俳句会を開いていなさったことのようだ。先生は俳句の先生につかず独学で勉強なさったようだ。その点、私といえば、この二年くらい体調の都合で、長野市の俳句カルチャーセンターへ行っていない。そのためか、この頃詠む俳句はどこかまとまりが無く、チグハグを感じていた。老先生は地方新聞や、時々、信毎新聞の俳句欄に、なかなかの秀句を投稿していなさったことを思い出す。老先生が亡くなられて、俳句に関する指導書がたくさんあるので、もらってくれないかと、娘先生に頼まれたので、私は二つ返事で喜んでいただくと言うと、娘先生は早速二十冊以上の俳句指導書をもってきてくださった。これには驚いた私である。チグハグさを和らげるために、老先生からいただいた俳句指導書を読み直してみようと思い、まずは、「倉林羊村」著の「俳句添削入門」から入り始めた。おどろくことに、「俳句添削入門」の「はじめに」から秀句「焚火離る誰にともなく会釈してに出合う。この句は焚火にあたっていた一人が、その輪から離れるときのしぐさを詠んだものだろう。中七の「誰にともなく」が焚火から離れる際の身のこなしや心の動きまでしっかり詠っているように思えた。大変な秀句に出会えた。