ブログに遊ぶ

ときめきの日々を過ごしたい

並木道

2010-08-31 16:27:14 | Weblog

背伸びして並木くぐるや八月尽

朝歩くコースのいくつかの中で、必ずこの並木歩道は通ることにしている。この先の自動販売機のある店のベンチで一休みしながら冷たいお茶を飲むのと、この店の主人と何気ない会話が楽しみとなっているからだ。また、若い現役時代は180cmチョットあった背丈は歳が重なって腰が曲がったせいか、今では177㎝位で4~5センチどこかへ行ってしまったのに少し驚いている。この並木路を通る度に背伸びして木の葉に頭を擦り付けるのも習慣だ。この若々しい葉のエキスを老脳に注入出来る気がするからだ。今日は八月最後の日、こんな暑かった月は記憶にのこるだろう。内容の希薄なブログでしたが、一日も休まなかった八月でした。


60日の絢音ちゃん

2010-08-30 16:37:43 | Weblog

吾亦紅はちきれそうな天使かな

  

丁度今日で生まれて60日の絢音ちゃん。吾亦紅のように丸々とした可愛い足と手です。吾亦紅は触ったことがないので感触が分かりませんが、絢音ちゃんの手手とあんよは、はちきれそうにかたがたとしている。何時も、ねんねの上手な絢音ちゃん、珍しく御目眼がパッチリあいて御機嫌良さそうだ、こんな時とばかりと写真にする。二歳違いずつの孫三人、ママと婆は大奮闘の毎日です。俳人の「金子兜太」先生は、一茶の言葉を引用して「荒凡夫」に生きたいと言う。(平凡な人間として自由に気軽に生きたい)三人の孫も普通に自由奔放に育ってくれればと思う爺でる。


母の友達

2010-08-29 12:27:17 | Weblog

 秋風や母がいるごと草むしる

 朝早くから屋敷の草取りしているおばあさんは、私の母と友達で確か93歳だ、私の母は14年前79歳で亡くなった。母の棺の前で泣きじゃぐんだ姿が、今でも目に焼き付いている。一瞬、母が草取りしているよな亡霊に取り憑かれた。おばあさんは私より二歳年下の息子さん御夫婦と同居している。耳が遠いのを知っていますので大きな声で「達者で良いですねと」と言うと、私を見て「みはる(母の名前)の倅か」「おめさんのほうはどうなんだ」と私の病気を知っているらしく、反対に励まされてしまった。93歳まで生きて屋敷の草取りまでしている達者な母の友達に会えて、大変なエネルギーをいただいた。


百日紅

2010-08-28 07:16:32 | Weblog

存分に咲き満ちている百日紅

  

百日紅は夏の花(夏の季語)ですが、北信州は遅咲きにして今咲き満ちている。この季節、秋の花と夏の花が交差して花の種類が豊富です。そんなためか、この頃花の句が多くなっている気がしています。これから、萩初め曼珠沙華、酔芙蓉、木槿、コスモス、金木犀ユッカ蘭,、リンドウ、吾亦紅、松虫草など沢山の花が楽しめる。


あきつ飛ぶ

2010-08-27 11:46:24 | Weblog

菩提寺の庭は浄土よ秋茜

毎朝、歩く道筋に菩提寺(光蓮寺)がある。忘れない限り長い境内に向かって帽子を取り手を合わせて「南無阿弥陀佛」「南無阿弥陀佛」「南無阿弥陀佛」「南無阿弥陀佛」なーと四回となう。今朝は時間がありましたので、山門の階段を登り本堂に久しくお参りする。手を合わせお参りして目をそらすと、赤とんぼが数匹境内を飛んでいた。何か良いことあるかなと、一人よがれを楽しんだ。

 


98歳の詩人

2010-08-26 02:30:51 | Weblog

しなやかに世風になびく芒かな

この詩は九十八歳になる栃木のおばあさん「柴田トヨ」さんの「とくだね!](フジテレビ系列)で紹介され、大反響」 産経新聞「朝の詩」から生まれた白寿の処女詩集です。家内が新聞で知ったのか、直ぐ「アマゾン」から取ってくださいと頼まれた。詩の一部を抜粋しました、感動が沢山詰まった詩集です。

  私

九十を過ぎてから 詩を書くようになって 毎日が 生きがいなんです 体は やせ細って いるけれど 目は人の心を 見ぬけるし 耳は 風の囁きが よく聞こえる 口はね とっても達者なの「しっかり してますね」  皆さん ほめて下さいます それが うれしくて またがんばれるの私

 先生に

私を おばあちゃんと 呼ばないで「今日は何曜日?」 「9+9はい幾つ?」  そんなバカな質問も しないでほしい 「柴田さん 西条八十の詩は 好きですか?」 小泉内閣をどう思います?」 こんな質問なら うれしいわ

 思い出

子どもが 授かったことを 告げた時 あなたは「ほんとうか 嬉しい 俺はこれから 真面目になって 働くからな」 そう 答えてくれた 肩を並べて 桜並木の下を 帰ったあの日 私は 一番 幸福だった日

 忘れる

歳をとるたびに いろいろなものを 忘れてゆくような 気がする 人の名前 幾つもの文字 思い出の数々 それを 寂しいと 思わなくなったのは どうしてだろう 忘れてゆくことの幸福 忘れてゆくことへの あきらめ ひぐらしの声が 聞こえる

 神 様

昔 お国のために と 死にいそいだ 若者たちがいた 今 いじめを苦にして 自殺していく 子供たちがいる 神様 生きる勇気を どうして 与えてあげなかったの 戦争の仕掛け人 いじめの人たちを 貴方の力で 跪かせて

  母

亡くなった母とおなじ 九十二歳をむかえた今 母のことを思う  老人ホームに 母を訪ねるたび その帰りは辛かった 私をいつまでも見送る 母  どんよりとした空 風にゆれるコスモス 今もはっきりと覚えている

 

 あなたに

出来ないからって いじけてはダメ 私だって 九十六年間 出来なかった事は 山ほどある 父母への孝行 子供の教育 数々の習いごと でも 努力はしたのよ 精いっぱい ねえ それが 大事じゃないかしら さあ 立ちあがって  何かをつかむのよ 悔いを 残さないために               

 家 族

嫁と倅の 諍いがあった日は 空は たちまち くもってしまう お母さん 心配かけて ごめんなさい 嫁が 声をかけて くれた翌日 日射しが私を つつんでくれる 縁があって できた小家族 いつまでも 澄んだ空の下で 暮らしたい

秘 密

私ね 死にたいって 思ったことが 何度もあったの でも 詩を作り初めて 多くの人に励まされ 今はもう 泣きごとは言わない 九十八歳でも 恋はするのよ 夢だってみるの 雲にだって乗りたいわ

 

 

  

 


コスモス咲き始むる

2010-08-25 04:21:02 | Weblog

コスモスのたわわに咲くや散歩道

昨日は夜更かしが祟って朝歩くことが出来ずに仕方なくたっぷり水分を充満させ30数度の無風の暑さの中を歩く。 少し歩くうちに微風ですが生ぬるい風に出会う。いよいよ我が北信州も秋の代表の花「コスモスが咲き始むる。掲出句を詠みましたが「たわわに」をこのままで良いのかそれとも「たははに」としたらいよいのか迷った。書物をみたり、たくさんの人たちの句を詠みましたが分かりませんので、持ち前の心臓の強さで、俳句教室の先生に質問のハガキを投函した。「コスモスのけなげに咲くや散歩道」としたほうがすっきりとするような気もしています。下の句[コスモスの揺るるに遊ぶ蝶一羽」は 類似句がありそうですが、久しぶりの傑作と少しだけ自負しております。

コスモスの揺るるに遊ぶ蝶一羽

露地裏に幽かに咲くや秋櫻

 


空蝉(うつせみ)

2010-08-24 04:52:31 | Weblog

空蝉の命あるかにしがみつく

この頃、街路地の並木に空蝉(うつせみ)を良く見かける羽化を町の中でするようになったのかなと勝手に思ったりもした。秋になっても相変わらずの残暑が続きますが、そういえば、鳴き叫ぶような蝉の鳴き声がめっきりと少なくなった。この暑さで蝉達も元気がないのかな、夕方、あまり外へ出かけないせいもあるが、蜩の声も聞かない。

 


曼珠沙華と揚羽蝶

2010-08-23 20:15:56 | Weblog

彼岸花朱に交わらぬ揚羽蝶

写真はネットから

こちらでは、この暑さのせいか毎年早咲きの彼岸花(曼珠沙華)が一層早く咲き初めています。揚羽蝶が吸蜜にきている風景をしばしば見る。赤一色の花色に負けぬ、鮮やかな翅の色だ。蜜を吸っている蝶はかなり傍へカメラを持って行っても逃げないようだ。こんなにうまく写真が撮れたらとしばしば思う。挑戦はしましたが今回も上手く撮れずに終わる。またまたネットからお借りする。揚羽蝶は春の季語ですが、秋になっても元気に飛び回っている。彼岸花を主季語として詠いました。今日の「俳句教室」で次回の兼題は今咲いている花をいただいた。私は、芙蓉、木槿、萩、彼岸花など良く観察して自分なりに満足のいく句を詠みたいと思っている。

 


クラシックカー

2010-08-22 12:03:34 | Weblog

破(や)れ芭蕉 クラシツクカー無聊かな

今朝も何の目的もなく朝の涼風のなかを車を走らせていると、アメ車と思われるクラシックカーが置いてある場所に出会う。詳しくはありませんが、50年以上前の車だろうと思う。動くかどうかは分かりませんがナンバーは外してあった。結構綺麗に洗車してあり、そこの風景に溶け込んでいるようでもあったが、本当のマニアであったら丁寧に車庫に入れておくのが常道と思いますが、どうやら、見せびらかしが目的のように思えた。 

 


鯉のいる庭

2010-08-21 11:59:17 | Weblog

大鯉やぎいとカーブの秋の朝

歩く道筋に五メートル四方くらいの鯉を飼っている池がある。庭の真ん中あたりですの朝早くから庭の手入れをしていた主人に許しを得て写真を撮ることが出来た。総数20匹位の錦鯉が朝の薄日がさす冷たい水を得てか元気に泳いでいた。黒鯉も数匹いて池はカラフルだった。主人に礼を言いながら、鯉の善し悪しが分からない私は社交辞令のつもりで「良い錦鯉ですね」と言いますと、「良いはずはないよ、小千谷の産地から商品にならない、はみ出しをもらってきたんだから」と笑った。私は後の言葉がなかった。


旧家の風格

2010-08-20 07:02:22 | Weblog

爽風やこの佇まい歴史あり

    

早朝歩行がすんだ後、時間が空いたので、近郊にまだ知らない風景が無いかと、気の向くまま、木島平村まで車を走らせると、何か歴史の感じ取る村中に入ると、三階建て以上がありそうな歴史感のある珍しい土蔵の旧家が目につく、早速車を止め、無心にカメラを向ける。写真の塀は古い薪木で隙間なく埋めてあるのが珍しく思った。こんな立派な家の主はなんで財をなしたのか興味が湧き、直ぐ前いにある家の、夏休みが終わり初登校のお子さんを送る若い奥さんに旧家のことを聞いてみますと、その方の本家のようで、昔農家の生産する「お蚕さんの」総元締めをやって財をなした家だと説明を頂いた。こんな旧家は裏へ廻れば素晴らしい庭があるのだろうなと想像した。


市長選挙

2010-08-19 09:49:16 | Weblog

市長選市民は遠く冷ややかに

8月29日告示、9月5日投開票の飯山市長選、新人同士の戦いだというに、いまいちの盛り上がりに欠けるかに思う。前副市長の足立氏(59)と飯山市照里出身の前総務省大臣官房審議官の江沢岸生氏(56)との戦いを呈している。私の個人的見解を述べさせていただくと、足立氏は30数年、私から見れば、どっぷりつかった市役所生活、全てな面で岐路に立つ大変な飯山市は思いきった改革が必要である。福島県の矢祭町の元「根本良一」町長の勇気ある改革、また、今話題の名古屋市で庶民革命を実現しようとしている川村たかし市長の改革の全てを見習えとは言いませんが、しがらみのある足立氏では思いきった改革は出来ないと見る。それに比べて江沢氏の飯山市から離れながらも、高い見地から飯山市の将来を憂い勇気を持って総務省を離職し、身を捨てて生まれ故郷飯山市の将来を見据えた行動に感服の念を持つのは私だけだろうか


母の奈良漬

2010-08-18 08:34:57 | Weblog

肝いりの母の白瓜奈良漬に

母の後を継いで、この畑の白瓜の奈良漬の味を家内が継いでいる。母の親戚の家ですが、肥えた土地と水はけのよさと、造っている方の丹精なのか毎年母のお気に入りの白瓜であった。先日このお宅に用事があり尋ねますと、私のいとこに当たる兄さんが、今年も白瓜を届けるよと白瓜の成り始めている、広い屋敷畑を指さした。丁度、車にカメラがありましたので、まだ未熟であろう白瓜を撮って来た。


送り盆

2010-08-17 06:28:50 | Weblog

我が病ともに浄土に送り

昨日の早朝、朝の速いお兄ちゃんと東京のパパと三人で菩提寺の山のお墓に「送り盆の」お参りに行く。清々しい朝の美味しい空気を少しでも御先祖におすそ分け出来たような気がしました。その後、東京の一連が帰った寂しさに重ねての家での送り盆です。お盆の間一緒にすごした祖先の霊を送 り出すことを[精霊送り]と言うそうです。家では「送り火」を焚かず、生まれて1ケ月半の赤ちゃんも参加の総勢七人で、新しく炊きたてのご飯を供えて感謝の気持ちを持って皆で御仏壇に手を合わせた