ブログに遊ぶ

ときめきの日々を過ごしたい

夏つばめ

2011-06-28 23:20:16 | Weblog

夏燕身を羽ばたいて求愛す

 夏燕恋はさつそく奪ふもの

いるのかな草食系の夏つばめ

 今日はこれと言ってブログにする題材がないため、ピクチャーにあった夏燕の写真を眺めながらの駄句です。

 

 

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日曜日の朝市

2011-06-27 06:46:52 | Weblog

 

百円玉ポツケにおどる夏の市

「何か新鮮でお値打ちものあった」と声をかけ、覗き合う人達。この人達と農家のおばさんたちとの触れ合いが、17年続いた夏の朝市「いいやまふれあい市」です。今朝は婆と朝の早い次男坊と爺の私とで出掛ける。殆ど顔見知りの方々、”おはよう”と大きな声が駅前広場に響き渡る。田舎の心やすらぐ暖かな風景である。商品は皆100円単位で、100円玉10個もポッケに入れていけばことが足りる。今朝は、ズッキー二本で100円を6本と春菊二袋と新鮮な曲がり(規格外)のきゅうり5本入れが二袋と大きなキャベツ一個、お兄ちゃんの大好きなメロンパンが二個で、合計1000円の得したような買い物だった。プラス次男坊がジュースが欲しいと言うので駅前の自動販売機でお兄ちゃんの分と二本買って200円の予算オーバーの今朝の買い物であった。何時も買う地野菜売り場のおばさんに来週、「おかひじき」を持ってくるようにと頼んだ。

 

 

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今年最後のワラビ採り

2011-06-26 15:34:23 | Weblog

 わらび採りよそ者ではと疎まれて

今が旬太きやわらか山わらび

頑張って「ワラビ」沢山採ろうと張り切り誓い合う兄弟であるが!!!」

 

ワラビは春の季語ですが馬曲(まぐせ)では今が旬です。

馬曲(まぐせ)温泉がある家内の生まれ在所は雪が多い。私共平坦地の三倍近くの大雪となる。従って春は遅い。そんな地ですので山菜の採れる時期が平坦地が終わったころ、七月に入ってからも、ヌルヌルがあるやわらかな太いワラビが採れる。毎年兄さんの山から採れるワラビは、差し上げた方々に大評判となり、毎年何百キロと皆さまに頼まれて、兄さん夫婦に採ってもらうようになっている。それぞの方が都会の親戚筋に送り喜ばれているようだ。好評なワラビですので、年々頼まれる数が増える状態である。今日は一家で今年最後のワラビの採りにと山に入る。この場所は二十三年前まではアスパラ畑だった、兄さん一家はあまりにも雪が多い為、須坂へ家を建てて越してしまった。耕作していたアスパラ畑に山が降りてきて何時の間にワラビがたくさん採れる山となった。兄さん夫婦はその山となった、元アスパラ畑に除草剤をまいたり有機肥料を与えたところ沢山の美味しい「ワラビ」が採れる山となった分けだ。今日はパパは仕事でしたので、孫達三人とママと爺婆六人で山でワラビを採っていると、時下の人達に、よそ者と間違えられてしまった。この辺では「時下」の人とは「地元の人のことらしい」。地下の衆(村の人)は「家内の顔を見るなり「千代ちゃん一家でしたかと」にこっと笑っておられた。「中井紅子朗」の句に「土筆摘む一団地下の衆ならず」と言う句がある。

 

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七十歳の坂間近

2011-06-25 10:35:04 | Weblog

老境や七十歳の合歓の花

なまるるき水に棲み飽き水中花

今日は朝から梅雨らしく、しとしととした雨の日となる。正に鬱陶しい気分である。こんな日はこれといってすることもなく、また、あっても意欲が湧かない。夕立のように、にわかに降ってさっと上がって太陽が出るような雨が良い。こんな気分のすぐれない日は、余計なことをか考え横切るものだ。後一ヶ月もすれば七十歳の坂に到達する。人生不可解なりである、一体七十歳になるまで何をしてきたのだろうと思う。一口に言ってなんとなく生きてきた感が歪めない私である。時は戻らない、「仕方ねえじゃねえか」と自分を慰めて見る。、「人生七十歳にして始まる 老いて尚有為、志は千里に在り」という言葉があるが、到底そんな意欲が湧かない。逃げるわけではないが、持ち病が邪魔をしているのかもしれない。じめじめとしたこんな日だからこそ、つまらないことを考えるのだろう。まあ何とか生きてきたことだけは確かである。七十歳過ぎてもマイペースで自分らしく慌てないでゆっくり生きることが出来たらな―と改めて思う。

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知らざる花花

2011-06-24 13:33:34 | Weblog

知らぬ花淋しさ故の梅雨じめり

朝焼けの知らぬ花こそ麗しく

 

 

 

 

 

今、私共、北信州は花盛りである。毎朝歩く道筋の各々の御宅の庭に沢山の花が咲いている。花オンチの私はあまりにも花の名前を知らな過ぎるので、先日、二冊の花図鑑の本を「アマゾンのマーケットプレス」で格安に購入しましたが、上の三種類は、花百科と花事典に似たような花があるのですが、葉が違ったりとで、何回も本を開いても分からないでいる。ストレスの連続である。最後の手段として分からない花を印刷して図書館へ行って、図書館の職員さん(おねえさん方)に手伝っていただいて判明したいと思う次第です。どなたかお分かりの方は教えてください。

 

 

 

 

 

 

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私の選んだベストブランド[文芸春秋」より

2011-06-23 16:33:31 | Weblog

忘れざる秋田の旅の冷やうどん

みちのくや喉に遊ばせ冷やし麺

 

 文藝春秋の七月号に「私の選んだベストブランド」として内館牧子さん初め、スケートの荒川静香さんなど有名女性のお気に入りの地酒初め水などが載っていた。特に麺類が大好きな私は写真の脚本家の内館牧子さんが選んだ「秋田」の寛文五年堂」の冷やしうどんに興味津津だ。かって秋田へ旅した時に、ホテルで食べたおいしかったうどんは今になって思うに「寛文五年堂」のうどんかもしれないと思う。やはり冷やしたうどんを美味しい醤油たれで食べ、その喉越しと麺のしこしこさが忘れられない。もう一度あの味をと思い、早速ネットで注文した。、伝統的に受け継がれる“手綯”の技法を今なお守り続け熟練の職人の手から生まれるうどんは、両端を持って曲げればきれいな、円弧を描くほどのコシの強さ。時間と手間を惜しまない製法の「いなにわ手綯うどん」は結構の御値段には少し驚きでしたが、「そうめん」と鰹つゆのセットでお願いした。かなりのリピイターがあるようですので、時間がかかるようだ。

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友を弔う

2011-06-22 04:15:00 | Weblog

病葉(わくらば)や無言のままに友が逝く

上の詠んだ句と写真は一昨年の平成21年6月21日に友人の訃報があった翌日のブログです。つまり二年前の今朝のことだ。50数年前、電車で通った高校の同級の友人の死である。。毎朝歩くコース「寺めぐり遊歩道」の最後の場所ですが、何故かここの木々は年中枯れている部分が目につく、この「病葉」を見る度に友のことを思う。偶然にも家内と彼の奥さんは同郷で、中学校の同級生と言うことで以前から親しくお付き合いさせていただいている。友人が亡くなった後、会社を継いだ息子さんと息子さんの姉さんと友人の奥さんと三人で社員とともに会社を順調に経営していることのようですので、安心である。先日、亡くなった友人の奥さんから家内に小旅行の誘いがあったようだが、三人の孫と取り分け一番下の孫娘の「あーちゃん」が一歳に満たないので、娘のママに協力する責任感があるのか、彼女からの誘いを断っていたようだ。私は思い切って孫達から解放されゆっくりと旅行を楽しんでくればと思うのですが、出不精を手伝ってか家内はどうも出たがらない性格である。

病葉やこの世に友の笑いなし

生きてこそ喜怒哀楽の夏燕

 

 

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善光寺参拝

2011-06-21 04:31:15 | Weblog

善光寺梅雨夕焼けの石畳

 

善光寺びんずる尊者像、修復のため東京へ

昨日の俳句教室の後、いろいろ用事があり、夕方の汽車に乗る予定であったが、思ったよりスムースに用が足りたので2時間余り空白が出来た。そこで思いたったように長野駅前から「ぐるりん号」のバスに乗り込んだ。たまには、善光寺参りも良いかなと思い、境内で降りた。石畳を歩き「仁王門」を通り(重要文化財)である「山門」をすぎて本堂へ向かった。本堂で修復なった「びんずる」様に御賽銭を上げ、私の病気の場所を何回も丁寧に撫でて再発なきようお願いしてきました。久しぶりの善光寺参りでしたが、月曜日でしたのに沢山参拝者おいでになっていた。観光を兼ねての参拝者だと思いますが、信仰心のあつい人達が多いことに改めて思う。

賓頭慮の茂る目鼻のなかりけり

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クレマチス(鉄線花)

2011-06-20 06:36:00 | Weblog

旅人の無事を祈りて鉄線花

クレマチス銀河の中に身を置きぬ

 

歩く道筋に綺麗な何と言う花だか分からない花が咲いていた。割と長持ちな花で、この花の咲いている場所を通る度に気になっていた。素人の考えで以前6月2日にブログにした「鉄線花」に色が違うが良く似ている。あまりにも花オンチで自分に愛想を尽かすほどですので、思い切ってアマゾンから「花と植物百科」をマーケットプレス「中古品」で約50%引きで購入した。早速図鑑を開くと「クレマチス」キンボウゲ科とあった。ネットで「クレマチス」をさらに検索するとやはり「鉄線花」とあった。これで数十日のもやもやしたものがスッキリ解けた。クレマチス(鉄線花)の花言葉は「高潔」「たくらみ」「美しい心」「旅人の喜び」「精神的な美しさ」とあった。旅人が宿で安全に宿泊できるように、宿の玄関などに植えられることが多く、旅人を優しく迎え入れるということから花言葉「旅人の喜び」という意味になったようだ

 以前ブログにした鉄線花

 

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父の日

2011-06-19 13:23:05 | Weblog

父の日や父在る如く酒注ぐ

父の日に父の生りしを伝ふかな

やはり親不幸の私、今日の「父の日」をうっかりしていて、他のブログを乗せてしまったので、ブログの書き直しとなる。父は現在健在であれば何歳になのだろう。大正二年生まれであるからして多分98歳になるだろうと思う。85歳で他界してしまったので今年で十三年である。一昨年母の十三回忌の法要と父の法要を会わせて済ませた。弟妹たちは、「兄ちゃん父の13回忌には少し早いけれど、なかの良い夫婦だったので一緒に済ませたらどう」と薦めてくれた。改めて仏壇の前に座ると自然と目がしらがあつくなる。戦争から無地帰還し、戦後の復興に奮闘努力した父の姿を目に焼き付いている。小さな商いで私達兄妹五人をなに不自由なく育ててくれた。父と母に感謝の念を忘れてはならないと、父の日、母の日の節目節目に思う。今日は御仏壇に父の好きだった「地酒」をたっぷりと注いであげようと思う私である。

 

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走る笑顔の二男坊

2011-06-18 10:30:05 | Weblog

青林檎爺とさけびて走り寄る

次男坊の脊なに緑の風が吹く

若楓大きくなあーれ次男坊

家の孫の二男坊は朝が早い、私が朝の散歩コースの帰りに、時々婆と迎えに来てくれる。「じじー」と大きな声で私の姿を見るなり走り寄って来る。その笑顔と走る姿は言葉に言い表せないほどの可愛さだ。三歳になったばかりであるが、爺としての批評はなかなか頑張り屋さんである。良く食べて、良く動いて、元気だ。幼稚園では、なかなかの張り切り屋さんのようだ。これからの日一日の成長が楽しみの馬鹿爺であるが、明日の見えない日本の状態、この子らに どんな未来があるのだろう。希望に満ちた時代であればよいがと心配な爺でもある。

 

 
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根曲がり竹(地貌季語)

2011-06-17 07:31:54 | Weblog

たまごとじ口に根曲がり竹円し

玄関に根曲がり竹舞い込んで

先日、玄関先に人の気配らしきに音があったような無かったようだったが、、さほど気にしないでPCに向かっていましたが、そのうち心配になり玄関に行って見ると、目の前にドーンと「根曲がり竹」が置いてあった。おそばせながら今年初めての「根曲がり竹」であった。毎年は家内の兄さんから割と早めに戴くのですが、今年は兄さんは腰の痛みが出てしまい山に入らないでいるようだった。そんな分けで兄さんではなければ、さて誰が置いて行ったのだろうと、考え込んでしまった。そうだ、何時も忘れたころ顔を出す例の無口を本望としている友人かなと思った。しばらく経って、彼に電話を入れると案の定彼であった。「寄って行けばいいのに」と言いましたが「チョット忙しくてな」と簡単に答えた。そう言えば、お茶好きの彼は、毎年「掛川の新茶」を飲みに来るのが恒例であったが、今年は顔を見せなかった。私は彼に連絡しそびれてしまっていた。大きな忘れ物をした気分となり、彼に悪いことをしてしまった。早速家内にタケノコを剥いてもらい、久しぶりに台所に立った。丁度冷蔵庫に鶏肉があったので、鶏肉を入れたタケノコの卵とじと、サバ缶を使ったタケノコの味噌汁を作った。孫達も「爺おいしいね」と喜んでくれた。このところ、ママ(娘)に譲ったが「オサンドン係長」は健在のようだった。

 

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束の間に成長した植田

2011-06-16 08:02:08 | Weblog

 好きな景まず植田の上に置く

植田風みゆき野の郷洗はれる

 

田植唄結てふ言葉忘れまじ

水澄みて植田に映る高社山

何時も気になる田園の田植えのあとはどんなになっているかと思っていた。朝の歩行運動を済ませた後、思いたつようにして、その風景に会いに行く。田植が済んで早一ヶ月は過ぎるだろうと思うが、農家の丹精で苗がすくすくと成長していた。人様の田圃ではありますが、何時もブログにする、私のなんとなく好きな場所である。その場所からチョット南に車を走らせると私共ふるさとのシンボル高社山 (1351.5m) が朝霧をかぶってこうごうしく聳えていた。その高社山が植田にぽっかりと映っている光景に思わずカメラを向けた。田植が終わり、落ち着いた植田を見る度に思い出すことは、この地に「結」と言って、まだ機械化が進まず、手で田植や稲刈をしていたころ、その労働を交換しあって、お互いに協力し合った農の営みがあった。この相互依存が村の人間関係を濃いものし、楽しいコミニュチィーが育ったものだった。私は家内と結婚したての頃は「結」があり、皆でワイワイと田の畔で美味しい田植料理をほうばり、親戚の長老が田植唄を唄うと、手を打ち、調子を合せながらみんなでおめでたい田植歌を唄った、楽しい思い出が未だ脳裏に残っている。昨今の発達した機械化は高能率ではあるが、農村の人間同士の絆を薄くしていることに一抹の淋しさを感ずる。そんな時代でも、地味ではあるが楽しい生活が成り立っていたことを現代社会の人々は考える必要があるのではと思うこの頃です。

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縄暖簾を潜る

2011-06-15 07:12:08 | Weblog

縄のれんそぞろ潜るや梅雨晴間

 

夕方家の前で何をすることなく梅雨の晴れ間の涼しい風を味わっておりますと、珍しい友人に「一杯どうだいと誘いがかかった。家で二日置き位のお酒が習慣になり、このところ、殆ど居酒屋の暖簾を潜ることはなかったが、先日の診療の結果が良好なので「まあ良いか」と自分に甘い私である。決まって雰囲気が良くなると、ついつい調子にのり、お酒の量が増える。明日から気をつけようと、都合よく自分を納得させての楽しい居酒屋の一時であった。写真は以前日の短い晩秋に撮った写真ですので、いまの日永の写真を撮って切り替えようと思う。

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紫つゆくさ

2011-06-14 07:41:21 | Weblog

  紫の露に包まれ透き通る

 

弄ぶおのこ紫露草に

 最近、歩いていると紫露草をよく見る。 紫露草は 野生種の感が強く、野の花としての印象を強く受ける。早朝歩いていると、 折りしも露をうっている草の中に、画像のように紫露草が咲いていた。何と可憐な紫…私はその深き色に感銘した。私にも、いろいろ心配ごと、内緒ごとがあるが、そのような心を、この紫露草が癒してくれるような気がする。紫露草は雨に似合う、雨がしとしとと降っていたならその紫が一層映えていただろう。以前写真で見た記憶がありますが「紫つゆくさ」と同じ花の白の色があるようだ。
                        

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