初雪を受くる掌にある微熱かな 鈴木三山
初雪を掌に受ける喜びは、いつの世も、いくつになっても同じである。「微熱」が、単なる風邪の熱であるならば、詩情は失われてしまうが、ここでの「微熱」は、内在する若々しい生命のエネルギーではないだろうか。「初雪」と「微熱」の温度差に、在りし日の青春の日々が偲ばれた。「滝」2月号〈滝集〉より抄出。(Midori)
初雪を掌に受ける喜びは、いつの世も、いくつになっても同じである。「微熱」が、単なる風邪の熱であるならば、詩情は失われてしまうが、ここでの「微熱」は、内在する若々しい生命のエネルギーではないだろうか。「初雪」と「微熱」の温度差に、在りし日の青春の日々が偲ばれた。「滝」2月号〈滝集〉より抄出。(Midori)