ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

50年来の親友と。

2009年08月17日 | 感じたこと
 夏休みをとって、のんびり一人旅で広島、福山を訪問中。

 64年経った敗戦の日の一昨年は、1日中、広島で過ごした。

 昨日からは、福山に住まう小学時代からの旧友を訪ね、いろいろと語り合った。 
 福山は広島県第二の都市なのだが、県東部に位置し、岡山県に近い昔の備後の国であり、県央の安芸の国とは文化圏が異なると言う。

 私には同じ広島弁に聞こえる方言にも違いとこだわりがあるみたいだ。だ。

 福山駅前の喫茶店で耳にした「じゃけぇ」や「しんさい」は全く広島市と同音に聞こえるのだが。未だに廃藩置県前の伝統、歴史、誇りを大切にしている郷土愛というべきか、地域意識の特殊性に感心しつつ、昔話をしながら瀬戸内海をのぞむ「しまなみ街道」を走り、生口島の平山郁夫美術館へと向かった。

大好きな日本人の画家の一人だったが、瀬戸内の島の出身とは知らなかった。

 大作の数々の下絵や幼少期の絵日記風の原画も展示されてたが、自分自身の小学生時代の絵日記と比べるのも恥ずかしい感じのデッサン力であった。

 やはり平山郁夫画伯が天才的画家であることは間違いないのだが、作画するモチーフの選択とロケーションの構図の創作力に優れている人だと痛感した。

 確かに平山郁夫を世界的に有名にした「シルクロードを歩いた」旅だけでなく、全ての作品のモチーフとなった現地に取材はされているのだが、下絵とされるデッサンと最終的な完成作品を見比べてみると、さらに平山画伯の苦心と芸術性が感じられる。

 私の大好きな駱駝や満月を描いた作品も数点あり、なんとも深みあるエキゾチックなモチーフでありながら、「月は全世界を照らしている」とでも言わんばかりの迫力とエネルギーを感じた。

 夕日が沈む瀬戸内海の海を見ながら、尾道の港に近いフレンチレストランへと車を走らせ、「京都からようこそ」というプレートを手に夕食を共に楽しんだ。

 福山の友人宅に一泊泊めていただくこととなり、男同士で朝方の五時過ぎまで、昔話や政治、仕事、家族、現在などを語り明かした。

 お互い、酒も飲まずにお茶とジュースを口にしながら、よくも「修学旅行の夜」の如く語り合ったものであった。

 いくつになっても、持つべきは友であり、長く直接会っていなくても、いつも親しく遠慮なく語り合える親友の良さを改めて感じたものである。

 一昨年の初春に連れ合いを癌で亡くした友人の遺影に見つめられての一晩となったが、彼の健康とご家族の幸せ、そして仕事に難なきと祈る思いであった。

 ついでだが、「広島」という名は、400年以上昔に毛利元就が築いた城が、湿地帯のいくつかの島の内で、一番広い島に築城したために「広島城」と名づけられたところから、地域の名も「広島」となったそうである。

 ゆっくりと「広島」に行って、名の由来と共に、戦争と原爆をなくし、、平和と友人たちを大切にと改めて感じた旅であった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする