まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

数寄屋橋の鬼に酔わされた

2022-07-05 14:14:04 | Weblog

教員免許など無用 大学校にて

「大学の道、明徳」 自身の徳(特徴や意志)を明確にする学び舎(大学校)で、自己を語る。

2008   記


赤尾敏氏を知っているだろうか。
この様な書き出しは筆者の出自や思想を云々されそうだが、その云々の無用さを赤尾氏のエピソードから記してみたい。

銀座数寄屋橋の街頭で、通称、街宣車(ガイセンシャ)の上で仁王立ちになって演説していた民族運動家である。

筆者は赤尾氏の自宅兼道場に伺ったことがある。たしか知事選に立候補した時の選挙の真っ只中、夕刻の7時であった。

紹介者とはいっても、安岡氏と懇意な岡本義雄氏である。「赤尾さんに会いに行く、君も来なさい」いつものことだった。

強引にも筆者を文京区白山の安岡邸に誘い込んだのも、今回の赤尾氏に連れて行ったのも岡本氏である。

好奇心もあったが、そのたび明治人に面白いように転がされる戦後生まれの若僧にとって、無駄な官制学校歴を忌避したことによる縁の導きに、学びの体感、あるいは肉体に浸透する学びの心地よさを提供されたようだ。


場所は大塚の造幣局の裏手に在った。
面会は木造の30畳ほどの道場だった。

道場は正面に祭壇を設け、その檀には神霊とともに山口おとや氏の遺影が祀られていた。見回すと鴨居の上に日蓮、マホメット、キリストの大きな掲額がある。
総じて質素である。その印象は昨今の右翼、民族派の一部にある、こけおどしにも見える形容とは異質の佇まいだった。

「やぁ」
秋も深まり、広い道場は暖気もないが赤尾氏はワイシャツ姿で筆者の正面に正座した。面会を促してくれた老人とは旧知なのか政談が5分位あった。
ともに意気軒昂、勇ましい言辞が飛び交う。
割って入り込む隙はないが、意は理解できる。

「山口さんのデスマスクが祀られていますが・・」
突然の挿し口だった。

「山口君は此処での僕の会合に来ていた。いつも端のほうで座っていたが、アノ決意は知らなかった。だが僕の意見に共鳴した若者の行動は、僕の行動だ。僕にも責任がある。彼は立派だった」
はじめて聴くことだったが、師弟の一期一会の緊迫感とその凝縮した意志の投影はアノ行動の根底を映し出すのに充分過ぎるほどの内容だった。

「こちらの掲額は・・」

キリスト・日蓮・マホメット

「みな共通していることは命がけの言論を説いた偉人だ。今を見てみなさい。自由だ、民主だと騒いでいるが、みな己のためだ。自由にものの言える世の中だが、誰も言わない。なにも命をとられることもないのに、まったくだらしがない。ここの彼らは言葉が命だった。しかもそれを信ずるもののために生命をも奉げたんだ・・」

ついつい宗教の混交などとせっかちな理解しかなかった己の脳髄をかき回した。
そして、赤尾氏は続けた

「安岡もアノ立場で言うべきことを、もっと言うべきだ。」

同行した老人は筆者に安岡氏を紹介した。そして赤尾氏にも・・
解らなかった。

「人は先生(安岡)をマスコットのように、あるいはエピソードを語って謦咳に接したなどと己を売り込む手合いが多いが、これは先生の問題ではない。なかには、それによって名利を貪っている輩や、牧野(伸顕)、吉田(茂)の系譜にすがろうとする政治家の具になっているが、それは学問とは関係のないことだ」

「彼の立場ではもっと出来ることがある。なぜやろうとしないのか。保身だ。」

「いや違います。小局の行動評価は一過性です。あるいは政局にくちばしを入れることは邪な政治家や貰い扶持官吏の道具にされます。先生は政治の根本解決は組織や習慣化された惰性の先鋭的解決ではなく、人間の問題として不特定多数の啓蒙を教学を通じて実践していると考えます」

こんな激論が二時間ばかり続いたという。゛続いた゛というのは同席した老人の
「いや、元気のいいこと・・」
それに水を差された、いや、゛そろそろ゛のシグナルだった。

呼応するように赤尾氏は今までの様相とは一変、破顔一笑、まさに顔が破れるとはこのことだろう、好々爺である。まるで鬼面を脱ぎ捨て翁の面をかぶったような面容になった。そしてこう言った。

「いゃ、楽しかった。君の信じるとおり好きにやりなさい。方法はあるが、曲げちゃいかんよ」

あっけにとられる中、赤尾氏は老人と頷き会っていた。

 

赤尾 敏氏  まさに翁顔

「この間、細川(隆言)と遭ったら『先生、数寄屋橋に銅像が立ちますよ』とぬかした。こう言ってやった『それならアンタが出ているテレビで赤尾のことを褒めたらどうだ』、そしたら黙っていたよ。言論貴族の冷やかしだ」

「市川(房江)とロッキードのことで話した。意見は合う。しかし、仲がいいとは余り世間には言えないが、アメリカではアパッチとババアが騒いでいると・・」
(二人で渡米したのか?)

「いつも演説の最後に『天皇陛下万歳』といいますが・・」

「いゃ、なにも天皇の健康や財産を護ろうと言っているのではないよ。日本国万歳、つまり日本民族がマトモに続いて欲しいと思っているのだが、日本国万歳では馬鹿な政治家の助けにもなるので、天皇陛下万歳といっている」

二時間の対座だったが、何か変だ。
「いゃ、君は青くなって、赤尾は赤くなって、愉快だった・・」
老人は痛快極まりない様子だった、だが・・なにか変だ。

道すがら、「いゃ、赤尾さんは真っ赤な顔して、こっちは青い顔して引かない、青鬼、赤鬼だ、痛快だ」

先生(安岡)も悦ぶだろう。

岡本氏の「会いに行く・・」何のことはない、その理由は若僧を会わせるため、そして試す戯れだった。

 

 安岡正篤氏

。正篤先生が亡くなり、督励された「郷学研修会」の続行と正明(長男)先生との打ち合わせに白山に伺った折、赤尾氏とのエピソードを話すと

「赤尾さんは、よくいらっしゃいましたよ。笹川さんもジョッキングの途中にメロンを食べたり、いろいろ楽しい話をしていました」

正明氏の夫人だが、安岡家の玄関番のようなもので、様々なエピソードが秘め事のように漏れてくる。

しかし、゛なんか変だ゛は試された、一本やられた、ようだった。

明治人は人物を観て試すには,容姿やしぐさもあるが、応答によって人物如何をみると聴く。

無学の若僧に二時間にわたって、ここまで突き詰め、辛辣な応答を求める、なにか禅の修めにある行のようなものだ。

路傍の石ころか雑草を自認していたが、原石が磨かれ、雑草に隠れた一輪の花を床の間に飾られ客人に愛でられる、まさに汗顔だった。

安岡氏との初対面のときも老人は言った。
「君より頭は少し良い、だが若さは君のが上だ。今から行くから、すぐに行こう、よかったら弟子になれ」
「いゃ・急に・・安岡さんとはどんな人?」
「君!、明日死ぬかもしれないよ。いや、明日死ぬとわかっても、今から始めることがある。食い扶持は補えるが、縁は君が作るんだよ」

もともと安岡正篤という人物のことは知らなかった。

以前、終戦時の内務大臣阿部源基氏の会に案内され、林大幹という代議士が安岡先生と話していたことを記憶がある、その程度だった。

だが、それが幸いした。経歴や学歴に飾られて紹介されても感知しない変わり者だったが、安岡氏が初対面で「君は無名が良い、それは真の有力だ」と諭されたことで、一気にその学風に惚れ込んだ、いや腑に落ちる学びの方向性だった。それを本(もと)とした学びの共感だった。


そういえば思い出すが、赤尾氏と面談後、数日して安岡氏と北九州の同人の話題になった。
「九州は豪傑が多いよ。気をつけて行ってらっしゃい」
行かざるを得ない。また遊ばれているのか、試されているのか。

そこは有名な地場産業のオーナーだった。 (カネミ油脂 加藤三之輔会長)
通されたところは夕刻の閑散とした社員食堂だった。テーブルには小倉の地酒と雲丹だけだった。

「ようこそ。小倉の酒と壱岐の雲丹だが、まず一献」
「先生からは、気をつけるようにと・・」
「そうですか。八幡(製鉄)の所長と倉光さんを呼んでみよう」

少々照明のひからびた社員食堂のスチールのテーブルに一升瓶と小皿の雲丹、話題は天下国家。そして間を飾るように自作の一献歌に心耳を澄ます。

筑前玄洋社の頭山満翁との縁もある御仁だが、モノに拘らず、媚びず、在ればあるに随い、なければそれも安とした精神の高まりがあった。

「学問は薫譲されなくてはならないよ」
「薫譲?」
「そう、かもしだす香りがなくてはならない。知は毒にもなる」

時が翌日に越えた頃
「下関に帰る汽車もない。泊まってください。宿は用意してあります」
工場の門を出るとタクシーが待っていた。
ホテルは地元で一番のホテル。

(事業(利)の客は高級料理屋。 一番の客は自宅で好きな地酒と信頼できる朋の紹介、そして妻に紹介する。華人社会の大人の倣いだ)

小皿の雲丹を肴に空になった一升瓶。
まったくといっていいほど、酔いはない。
安岡氏も清談に二升、底抜けだ。
酒に酔いなし、談に酔いあり、まさにそのようだ。

その後、小倉の御仁は上京のたび青年を同行して
「あなたにお願いするよ」と小会(郷学研修会)に紹介する
青年といっても筆者より年かさのある人ばかり。
参会の卜部侍従(皇太后御用掛)も、さも試すように笑っている。
これでは、いつまでも銘酒に酔えない

その意味では、数寄屋橋の鬼とは、まさに明治の銘酒に気持ちは酩酊状態だった。

しかし、近頃では薫譲された古酒が懐かしむだけで飲めなくなったようだ。



写真は関係サイトより転載

コメント
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