まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

あの時の参議院選挙

2022-07-03 03:11:07 | Weblog

「国賊的な政治家には投票するな。しからば選挙に行かないように」と、投票棄権を唱えた 08/9再

 

2016  6月 再掲載

1月29日のコラム「数寄屋橋の鬼」に記されている、゛老人゛について語りたい。

拙宅の近所に住んでいたが、起縁は小会(郷学)でジャーデン・フレミング証券のアナリスト、ニックエドワーズ氏を招請して講演会を催したときに参会された時からだ。たしか今を想定して投機についての歴史的経過と、その危険性についてだった。

その後、毎日のように来訪され漢文詩や自作の啓文を持参して戴き、以来多くの時を過ごしていた。

或る時「前記コラムと重複するが、安岡正篤氏(当時、会うまでは知らなかった)の自宅である文京区白山に連れて行かれたことがあった。また多くの著名人との懐古とともに筆者を同行して熱論、激論を拝観させていだいた。
また、毎年の工業倶楽部での安岡先生を囲む会でも、老人の経営する「東京饅頭」が手土産として提供され、その筋では知らぬものが無い御仁であった。

安岡氏も老人を持て余しているかと思えばさにあらず、東京を離れるときは「何日まで居りませんがまた帰りましたら・・」と直接電話がある。


              


だがこの老人には貪りが無い。人物の資質としてこの部分にこれだけコントロールできる人には遭ったことがなかった。それゆえ安岡氏との様々なタッグマッチ?があった。

不特定多数、とくに公儀については行動の逡巡はなく、「先生!コレコレハ」と押しかけ、安岡氏が熟慮すると、「苦しんでいる人がいる、日本精神の作興は・・」と押しまくり、安岡氏は呼応するように「その通り」と、名刺に「憂国の士、差し向ける」と添え書きして、しかるべき人間に向かわせている。

この手の武勇伝は数多あるが、あと数年で式年遷宮を迎える伊勢神宮についてこんなことが有った。
それは戦後の萎えてしまった日本人の元気についてである。

終戦直後、北海道に住んでいた老人は地元の当麻神社の宮司から「どうも日本は元気がなくなった。これを作興する為だが・・、伊勢神宮での式年遷宮で社が立て替えられるが、たとえ一片でもいいから戴けないだろうか・・、たしか東京で偉い先生を知っているとのことなのでお願いしたい」

「わかった」
こうなると二つ返事で上京し、安岡氏を尋ねたが折り悪く埼玉の菅谷に疎開していた。老人は遠路尋ねてこう言った。
先生、負けてしまったが人間に元気がなくては・・日本精神の作興のために云々・・・」

安岡氏もすぐさま動く。確かにこの二人は義の香りに弱い。
わかった。だが今は連絡先も失っているが、軍需大臣だった吉田シゲルという人物がいるが、伊勢神宮の総代をしているはずだ。まずは訪ねるがよい

すぐさま引き返し住まいを探して連絡を取り訪ねた。
すると吉田氏は玄関に紋付羽織袴で座って迎えてくれた。事情を話すと「わかりました、だが前例が無いので、できましたら神苑を掃除していただいてお礼ということで差し上げたいが、どうだろう」

解体後早速、北海道から到着した掃除隊が手筈どおり御神木を譲り受けている。
なにしろその行動には必ずといってよいほど安岡氏の激励が後押ししている。またその解決は表層の部分解決ではなく、潜在している社会の問題点を探り、ポイントを突いて、しかも名利を省いてストレートに行動している

下座観においての感覚は、先ず以って素朴で純情である。
そして、人、つまり人物如何によってその解決を見出し、利己を滅して不特定の利他の増進に邁進している。
不特定には善悪もあるが・・」の問に「全て善男善女と思えばよい。要は選別ではない。世の中、無駄に生きているものはない。ヤクザや泥棒とて良心はある。良心を喚起すればいい。目の前の不正、不義に目をつぶれない。困っている、泣いている。やることは烈行だ。邪な政治家や小役人が傍観している国民の怨嗟を判らずに何の学問か・・・」

全国津々浦々の片隅にこの様な義人がいる。しかしそれを異端として観る向きもある。しかし歴史を見ても小さな異端の集合体が世の中の変化を読み取り、潜在した問題点の中心にたいして人智を振り絞る行為こそ、真のエリートといわれるべきものだ。

安岡氏の提唱する「郷学作興」は、この老人によって具現されているといって過言ではない。


              


老人は参議院選挙全国区に出馬したことがある。ことは在日朝鮮の方が葉書代を出すからと懇願されてのことだった。
早速、白山に向かった。

「先生!師友会の推薦をください

師友会は私のものなく同友の集いだ。先日も荒木(文部大臣)がきてそのようなことを言われたがお断りした」

老人は引かない
先生!国民は政治家に票を騙取されている。貪官に媚びて票田に伏すルンペンに国を任せられますか・・」

そのとき安岡氏を唸らせた漢詩を持参した



 貪官に媚びて、票田に伏す    「 貪官」・・狡猾貪りの官吏


 国会に臨んでは黒テン(居眠り)に耽る


 頭を巡らせば口耳四寸の学  (口耳・・耳から入って出て口から出る、
                      聞きかじり、意思が無い論)
 
 
・・・・・・・・・・・・
  これらは国家を滅ぼす



安岡氏は老人を凝視して
「安岡が入れるから、おやりなさい

老人は百万の味方を得た気持ちでラジオの政見放送で言い放つた。

国賊的な政治家には投票しないでください。彼等は票を騙し取っている。しからば選挙に行かないように・・」と、投票棄権を唱えた。

あろうことか、全国3万票、多くの人に負託を受けた。

この様なことには数多ある老人だが、その精神を育んだ残像がある。
それは奈良県の御所に出生した幼児、少年期にその残像を見ることが出来る



続く

コメント (2)
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