<2010.2.15>
先日半年ぶりに近くの図書館に行った。
そこの図書館は公民館に併設した形となっており、あまり大きくはない。
公民館に行ったついでに立ち寄ったので、借りたい本があったわけではなく、書棚を見ながら読みたくなりそうな本を選んだだけである。
年齢とともに眼が見えにくくなったことから、最近は図書館では「大活字本」とある棚を捜すことが多くなっているが、今回気にいったのも見当たらず結局普通の書棚から2冊借りることとなった。
1冊はパソコン関係の専門書的な本であった。
もう一冊は高齢にもかかわらずラジオなどにも出演して、現在の社会や政治を小気味よい語り口で切っていた(今でも続いているかも・・?)女史の「八十二歳のひとりごと」という本である。
私はこのラジオ番組の方は数年前まで通勤の車の中などで聴いていたが、今は曜日などが分からず聞いてない。
そのようなことから、番組で話したことや日常感じたことなどを、エッセイ風にまとめてあるということであったので、その切り口をあらためて味わいたくて、また八十歳を過ぎても文章をまとめていくその底力に触れたくて、借りて帰ろうと思ったわけである。
ところが、実はその横にもう1冊同女史の「九十云歳・・・・・」という本もあり、またびっくり、えっもうこの方は九十云歳になったのか、そしてまだ文筆をと・・・・、さらに驚いたしだいである。
結局「八十云歳・・・」からを借りて、そのあと「九十云歳・・・」を借りて読んで、女史の
80歳代と90歳代になってからの、感じ方の違いなどを更に読み取ることができれば幸いと思い、まずは「八十云歳・・・」を借りて帰った。
どんな切り口の中味となっているか、これからが楽しみである。
<春も間近いぞ・・・・水仙>
先日半年ぶりに近くの図書館に行った。
そこの図書館は公民館に併設した形となっており、あまり大きくはない。
公民館に行ったついでに立ち寄ったので、借りたい本があったわけではなく、書棚を見ながら読みたくなりそうな本を選んだだけである。
年齢とともに眼が見えにくくなったことから、最近は図書館では「大活字本」とある棚を捜すことが多くなっているが、今回気にいったのも見当たらず結局普通の書棚から2冊借りることとなった。
1冊はパソコン関係の専門書的な本であった。
もう一冊は高齢にもかかわらずラジオなどにも出演して、現在の社会や政治を小気味よい語り口で切っていた(今でも続いているかも・・?)女史の「八十二歳のひとりごと」という本である。
私はこのラジオ番組の方は数年前まで通勤の車の中などで聴いていたが、今は曜日などが分からず聞いてない。
そのようなことから、番組で話したことや日常感じたことなどを、エッセイ風にまとめてあるということであったので、その切り口をあらためて味わいたくて、また八十歳を過ぎても文章をまとめていくその底力に触れたくて、借りて帰ろうと思ったわけである。
ところが、実はその横にもう1冊同女史の「九十云歳・・・・・」という本もあり、またびっくり、えっもうこの方は九十云歳になったのか、そしてまだ文筆をと・・・・、さらに驚いたしだいである。
結局「八十云歳・・・」からを借りて、そのあと「九十云歳・・・」を借りて読んで、女史の
80歳代と90歳代になってからの、感じ方の違いなどを更に読み取ることができれば幸いと思い、まずは「八十云歳・・・」を借りて帰った。
どんな切り口の中味となっているか、これからが楽しみである。
<春も間近いぞ・・・・水仙>