5月14日土曜日。阪急京都線のダイヤ改正で快速特急が1日4往復梅田~河原町間にデビューした。京とれいん使用の快速特急だ。これまで京とれいんは梅田~嵐山間で運転されてきたが、改正後は土休日に梅田~河原町間で定期的に運転される。気になるのは今後梅田~嵐山間に京とれいんが乗り入れないのかということだ。6354F1編成だけでは梅田~河原町間と梅田~嵐山間を掛け持つことはできない。今後、京とれいんは梅田~河原町間に専念して、嵐山方面へは直通特急や快速特急がそれを補うことになるのだろう。6351Fが休車状態なので、これが復帰するか、あるいはこれを京とれいんの2編成目に改造すれば、梅田~嵐山間でも京とれいんの運転が可能になる。京とれいんの運転は現在よりも拡大することもないだろうし、その必要性も小さいので、梅田~河原町間の運転は現状維持でよい。ただ、現在の車両要員を考えると行楽シーズンの目玉列車の設定が必要だ。それには京とれいんは打ってつけの存在である。梅田~嵐山間にも京とれいんを運転するために6351Fも京とれいんに改造するのが得策と言える。ファン心理だけで言うと6351Fは6300系の原型を残した唯一の編成なので、これはこのまま残して臨時列車に運用してほしいという気持ちもある。
5月1日日曜日。新八代でSL人吉とボーナスにEF81-301貨物を撮影して、新八代から在来線で熊本まで移動。817系2連で新八代発車時点ではまだ空いていたが、熊本に近づくにつれて混雑していった。高校生の姿が多いが、都市圏だけに買い物客風の乗客も多い。熊本駅に到着と同時に大雨が降ってきた。新八代あたりまでは小康状態という言葉が当てはまるような天候だったが、ここへ来て空も堪え切れず雨が降り出したという感じだ。ここから先の行程は、主に新幹線の各駅を在来線を中心に利用して探訪するので、雨が降ってもそれほど大勢には影響はない。もっとも新玉名、新大牟田近辺では歩いてみる計
画を立てていたので、大雨は勘弁してほしいところだ。熊本駅で一旦降りて、早い昼食を駅ナカの吉野家で取り、入場券を買って新幹線ホームへと向かう。新幹線改札は立派だが、在来線との乗り換え改札は小さくてわかりにくい。しかもメインの東口からはかなり離れており少し不便だ。この辺りは在来線の高架化が予定されているので、その竣工を待たなければ不便は解消されそうにない。
在来線乗り換え口から新幹線改札内に入るとコンコースに厳つい風神雷神像が出迎 えてくれる。厳つい守り神に見守られ、熊本駅は鹿児島中央と並んで九州新幹線の根幹をなす駅となる。熊本駅のみならず九州新幹線の守り神となって欲しいものだ。広いコンコースを抜けてエスカレータでホームへと上がる。結構長いエスカレータだ。ホームに上がると特徴ある屋根とさらに特徴的な照明が出迎えてくれる。吹き抜け風のドーム屋根に、照明はこれまでの駅の照明の概念を覆すような照明が付けられている。昼間ながらも悪天候のため外は暗めだが、ホームは外からの光もうまく取り込んでいるが、意外に明るい。この照明で夜がどうなるのか見てみたい気はするが、残念ながら今回は夜の熊本駅は見られない。ホームは見物客も多いが、上りホームは博多や大阪方面に戻る人で賑わっていた。ホームにあるベンチは柱に円形に配置されており、特徴的だ。若干狭さも感じるホームだが、利用者
数を考えればこんなものなのだろうか。おそらく利用者が集中する上りホームは混雑時には列が一杯になるに違いない。新幹線とは言え、最近はコストダウンが優先されがちで、かつてのような贅沢な造りにはできないだろうが、主要駅だけでももう少し余裕のある造りにした方が良いような気がする。
それにしても列車はひっきりなしに出入りしている。さすが熊本までは毎時4本運転されているだけのことはある。エル特急どころか京阪神の新快速並みの運転頻度だ。同じ新規開業の新幹線でもこれだけの本数を運転しているのは九州新幹線だけだ。東北新幹線などは毎時1~2本が限界のようで、北陸新幹線なども毎時2本程度の運転となるだろう。それだけ九州新幹線の沿線人口が多く、利用者も多いということなのだろう。これまでJR九州の顔として張ってきた博多~鹿児島中央間だけにJRの意気込みというのも他とは違うとも言えるのではないかと思う。
7320Fを使用した準急天下茶屋行き。土休日データイムに20分毎の運転となっている/西京極
5月14日土曜日。阪急京都線系統の土休日ダイヤ改正初日。目玉と言える堺筋線からの直通特急の撮影と乗車を終えて、今度は定期的な列車の目玉である堺筋準急を各所で撮影しました。20分毎の運転なので捕まえやすい電車です。しかし、河原町行きは堺筋直通であるかどうかわからないので、下りの天下茶屋行きのみが対象となります。とりあえず淡路で1本撮って、入線シーンを適当に押えて、堺筋準急に乗って移動。茨木市まで戻る。さすがに上り河原町行きは堺筋からの流入は少ない。関空云々の施策が当たれば…と言うところだろ
うが、基本的にそれは大きな期待はできないところ。実際には茨木市や高槻市から堺筋方面などミナミへのアクセスの改善が大きな役割と言える。これがヒットすれば平日の設定も考えられる。茨木市で下車して、天下茶屋行き堺筋準急を撮影。改正後の車両運用で市交車の準急運用を期待したが、阪急車ばかりで市交車は全く運用に入らないようだ。よく考えれば、堺筋準急の運転は9時台~15時台となっており、その後はレギュラーの梅田準急として運転されるので、市交車が運用に入ると梅田に入る電車も出現してしまいややこしくなる。ファン的には梅田に入る市交車も見てみたい気がするが…。また、直通特急でも幕が用意されていないように市交車の幕は一昔前の対応となっている。直通特急の幕が回るのを見ていたが、急行の幕があり、かつての堺筋急行なら運用に付けるようになっている。先にも書いたが直通特急ともども幕の交換を行い、直通特急や準急での66系の運用を見てみたいものだ。幕の交換の際には直通特急ではなく、“堺筋特急”、準急ではなく“堺筋準急”と言う表示にして欲しいものだ。
堺筋準急は阪急京都線内ではもちろん準急のスジが使われているが、千里線内では完全な増発、堺筋線では線内折り返しのスジが使われている。この堺筋線の線内折り返し電車は平日には10分毎に運転されているが、これが土休日に廃止され、20分毎に運転の堺筋準急にスジが譲られている。堺筋のビジネス街を走る堺筋線だけに土休日のデータイムは利用者が少ないということで減便したのだろうか。あるいはスジを空けて、準急以上の優等列車を将来運転する準備をしているのだろうか。いずれにしても堺筋準急はあくまでも土休日のみの試行となっており、今後これが拡大していくにはまずは土休日ダイヤでの運転時間拡大、次に平日ダイヤへの拡大が必須と言える。また、本腰を入れて関空対京都方面への輸送を考えるなら準急以上の優等列車の運転も必要だろう。茨木市からは関空アクセスのリムジンバスが発着しているが、高槻からは関空へのバス路線はない。JRもはるかを高槻に停めればよいと思うが、快速とスジが被るなど実現は厳しい。天下茶屋から乗り換え1回で高槻市や京都方面へ行ける快速特急があれば便利だし、それでこそ真の意味での関空アクセスと言えるだろう。
銀色ではないが、あこがれの機関車EF81-300を撮影出来て感無量
5月1日日曜日。八代から熊本方面へ向けて移動して、SL人吉号の撮影を行うことにして、八代発10時04分の電車に乗る。時刻表を見るとあまり深入りはできそうになかったので、適当に降りようと思っていたが、未開の地でうろうろするとロクなことがないのはこの朝の経験でよくわかったので、大人しく新八代で降りて、ホームの先端から狙うことにした。何の変哲もないところで撮ることになったが、SLを架線化で撮るのもある意味趣がある…SL北びわこ号は常に架線化を走っているが[E:wobbly]新八代でも雨がパラパラしてきて、天候は良くない。天気予報では午前中雨は残るが、昼からは晴れるというのが九州地方の予報だった。まだ午前中だが、空はかなり暗く、晴れ間がのぞく気配は全くない。817系普通が来て、その後を追うようにヘッドライトが遠くで見えた。SLにしては時間的に早いなと思っていると、ヘッドライトは2灯ついている。何者か?と思って、それが近づいてくるにつれて漸く貨物列車であることが判明。前日に八代で見た81-500を思い出した。連休中でも貨物は動いているのかと感心してしまった。釜をよく見るとこれまた驚きの81-301。ローズピンクに塗られているので銀ガマではないが、あこがれの元銀釜機の予期せぬ登場に感動した[E:crying]但し、空の方も涙雨が続いており、露出は最悪な状態だった[E:rain]
81-301の方はなんとか露出を上げて撮影できたが、次に来たSL人吉号は…SLの黒さに負けて露出は…[E:wobbly]新八代に停車するので煙がモクモクするということもなく、SLファンでは絶対撮らないポイントだなと改めて思い、私以外に鉄の撮影者がいなかったことを納得次第である。自称プロはこんなところでは撮らないのだろう。もっとこだわりのポイントを探して…ということになるのだろうが、私はSLにそこまで熱い思いはないので、撮れたことに満足して、出発シーンを見送って、SL人吉の撮影を終えた。次の熊本方面行き電車が来る前に肥薩線から新八代に直通する列車が来た。肥薩線や肥薩おれんじ鉄道の列車が数本新八代まで直通しているが、どちらも上りの本数が多く、下りは少ない。おそらく新八代での折り返しの都合によるものと思われ、せっかくの新幹線連絡駅の活用が半減された感じになっている。鹿児島線電車との兼ね合いや折り返し時間の都合もあるが、下り列車も新八代発を増やして欲しいものだ。
5月14日土曜日。近鉄南大阪線で臨時急行御所行きを撮影して、天王寺からJRと南海を乗り継いで天下茶屋へと向かう。天下茶屋に着くと地下鉄の駅が妙に賑わっている。ある種異様な雰囲気に包まれていると思ったら、1番線の臨時列車の入場制限が行われていたのである。どれだけ並んでいるのかと思ったらそれほど並んではおらず、1番線ホームの閉鎖を解くための処置だったようだ。とりあえず1番線に入らなければ撮影できないのでホームに入る。電車はまだ入線しておらず、ファンの姿でホームがごった返しているだけだ。以前も堺筋線から嵐山へ臨時列車が何度か走っているが、今回は異様にファンの姿が多かった。テレビクルーの姿まで見られ、関心度の高さがうかがえる。自分の予定では直通特急には乗らず、天下茶屋で撮影して、前の電車に乗って淡路で再度直通特急を狙うつもりにしていた。前回の臨時の際はそれが通用したが、今回は直通特急の入線が遅く、ダイヤ改正で堺筋線が減便されていることもあり、計画は脆くも崩れ去ってしまった。これなら1本遅らせて河堀口でさくらライナーを撮って来ればよかったと後悔した。
天下茶屋駅の引き上げ線に何本か電車が止まっていたので、そこから直通特急が入線してくるのかと思っていると動物園前方から回送で入線してきた。天六方で待っていたので、面喰ったが、ここでの撮影は入線時が一番と考えていただけに完全に失敗だ。仕方なく、先頭に群がるファンをなんとか避けながら望遠で狙ってみたが、やたら乗り出す輩がいて、ろくでもない画になってしまった。天下茶屋へ来たのはある意味失敗だったと言える。以前の嵐山行き臨時では幕は臨時幕を使っていたが、今回は無地。直通特急のステッカーを前面と側面に貼り付けるスタイルだ。当初5月14日、15日の臨時が発表された際には天下茶屋直通の臨時に快速特急の表示があったが、後刻訂正されたのか直通特急に戻されていた。直通特急でも快速特急でもどちらでもよいが、市交車を使用するなら秋以降は幕を用意して欲しいものだ。もっとも市交車は今回だけで秋以降は阪急車となる公算もある。
前を走る高槻市行きに乗り遅れたので仕方ないので直通特急に乗ってとりあえず淡路を目指す。先頭車はかぶりつきにファンが群がっているのを始め、明らかにファンと思われる人間ばかりが乗っている。他の車両も同様で、嵐山観光へ…と言う人の姿はほとんど見当たらなかった。家族連れがいても物珍しさに乗ったという感じの準鉄道ファンみたいな人ばかりである。動物園前、恵美須町を颯爽と通過。颯爽と言うには少々スピードを落とし過ぎだが、地下線だから仕方ない。日本橋で早速降りる人までいて如何にも試乗列車の気配が漂う。実際嵐山観光に利用するには運転時期が微妙なこともあり、今回はダイヤ改正のイベントで、ある種顔見世興行的なところはあるだろう。日本橋を出て、堺筋本町、北浜、南森町と堺筋線の主要駅をパスしていく。早速誤乗客が出現して、車内に乗り込んでいた乗務員にどうすればいいか聞いている光景が見られた。どうせ所要時分の短縮は微々たるものなのだから、上記の3駅ぐらいは停車してもよさそうに思えるが、直通特急の堺筋線内での停車駅選定は意外にシビアだ。天六に久しぶりに停車。前を走る普通があるので決して速くはないが、停車駅は天下茶屋から天六まで日本橋のみなのでやはり少ない。今の時代ある意味貴重なほどのノンストップぶりだ。天六で乗務員が交代して阪急へと足を踏み入れ、千里線内をゆっくりと走る。高架工事が竹縄になってきた淡路手前で
信号待ち。先行列車待ちなのかあるいは交差支障か。いずれにしてもここは高架にならない限り、立場上弱い千里線の電車は信号待ちは避けて通れないところだ。淡路に入線と同時に隣のホームには特急が入ってきた。他の直通特急は十三からなので特急とかち合うことはないが、天下茶屋直通特急は淡路で特急と連絡を取るダイヤになっているようだ。河原町方面へは淡路で乗り換えとなる。関空から京都方面への格安きっぷが話題になっているが、堺筋準急では話にならんぐらい遅い。その穴を埋めるため、臨時ダイヤではこのように直通特急と特急が接続したり、堺筋準急と快速特急、直通特急が接続するダイヤが組まれている。直通特急は行楽シーズンのみの運転だが、快速特急は京とれいん使用の列車は定期的に運転されているので、時間帯によっては黄金ルートの一つとして利用できるようになっている。乗り換えの煩わしさはあるが、関空からラピートに乗って、準急を介して、淡路から京とれいんに乗るというのはなかなか乙なものだろう。もっともファンでも1回で飽きるし、一般人は1度で懲り懲りと言うことになるかもしれないが…。
4月30日土曜日。八代まで肥薩線で出て、八代から肥薩オレンジ鉄道に乗り、宿泊地水俣を目指す。6分の乗り継ぎの為余裕はない。2両編成の気動車が停車中で、コンデジにて乗車列車の撮影を行うが、タイミング悪く電池が切れてしまった。充電式なので充電器を持っていればホテルで復活するのだが、生憎充電器は持って来なかった...と言うか家のコンセントに変な刺さり方をして抜けなくなったので、持って来れなかった。ここから先はデジ一のみで撮影を行うことになる。手軽に撮影できるコンデジは最近重宝しているのだが...。
2両編成の気動車は程なく席は埋まっていたが、ほとんどが高校生で、ローカル列車らしい風情となっている。八代を出るとしばらく肥薩線と並行して走り、それと分かれてトンネルに入る。トンネルを出て球磨川を渡るが、その前に肥薩線を跨ぐ。昔はなかなかイメージが沸かないところだったが、最近は漸く線路の配置がイメージできるようになった。佐敷でほとんどの乗客が降りて、水俣に着いた時点でほぼ回送状態と言っても過言ではないほど乗客は少なくなっていた。後で地図を見て確認したのだが、水俣は熊本県の最南端に位置するところで、鹿児島県との県境にあるのだから利用者が水俣で少なくなるのも当然と言える。水俣はかつては特急も停まっていたので、駅前になんかあるかと思って降りたが、な~んにもなかった。駅から少し離れたところにこの夜の宿泊地スーパーホテル水俣があり、その近辺にスーパーやコンビニ、本屋などがあり、結構市街地が開けていた。
翌日5月1日日曜日。九州遠征もいよいよ最終日に突入。水俣を6時52分に出る川内行きで袋へ向けて出発する。コンビニで朝食を買い込んで気合を入れて列車に乗り込むが、前日からの雨が残っており、気分的にはあまり晴れない。この中途半端な気持ちが後になって祟られることになる。袋に着いて、目指すは九州新幹線の名撮影地、東シナ海をバックに新幹線が撮れるポイントを目指す。しかし、手持ちに資料はなく、携帯だけが頼りだ。しかも歩いているうちに電波状態が悪くなったり、参考に見ていたサイトの情報が大雑把でわかりにくかったこともあり、撮影地に行き着くどころか、途中わけのわからんところで曲がった為、山中に迷い込んでしまったり、行ったり来たりを繰り返し。雨も降ってくるし、袋周辺を歩いただけに終わってしまった。まだ時間に余裕はあったが、ここは諦めて行程を前倒ししていくことにして袋駅に戻った。
袋からは8時21分の新八代行きに乗車。次行程は予定を変更して八代近辺でSL人吉を撮ることにした。2両編成の車内は程よく埋まっていたが、全般的に利用者は少ない。前夜同様佐敷での乗車が多く、八代に近づくに連れてそこそこの乗車率になっていた。新八代まで行っても良かったが、八代にレンタサイクルがある情報を得ていたので、八代で下車。肥薩おれんじ鉄道の改札を出て、駅前を周遊してみる。雨が降っており、雲行きが怪しいので、レンタサイクルは断念。レンタサイクルなら八代近辺どころか、昨日ウォッチしていた段周辺まで行って袋で撮れなかった新幹線も…と思っていたのだが、慣れぬ土地で不安定な天気の中行軍するのは気が進まなかった。八代にいても仕方ないので、次の鹿児島線普通で熊本方面へ移動してSLの撮影地を探すことにした。
5月14日土曜日。近鉄南大阪線の臨時急行を撮りに行きました。この日は阪急京都線系統のダイヤ改正があり、臨時列車も多数運転されるので、近鉄の方はほどほどにするため、大阪市内での撮影としました。この後に天下茶屋へ向かい、直通特急嵐山行きを撮るために近場がいいからです。さらに北田辺、河堀口の2駅での撮影として、天下茶屋へ向かう時間の短縮を図ります。茨木市から快速急行に乗り淡路へ。快速急行の時間が微妙に変わっていたので、事前に検索をかけた時間とは違いましたが、あべの橋まで予定より早く着いたのでよしとします。あべの橋から普通に乗り北田辺へ。ここで降りて、駅前のコンビニで朝食を買って、再度ホームに戻ります。臨時急行2本以外は特にはネタはないものの、26000系リニューアル車の撮影がまだなので、それもついでに撮れれば…さらには16600系もまだ完全には撮れてないので…それもついでになんて都合のいいことを考えながら北田辺で1本目の臨時急行を待ちます。16600系の夢は脆くも崩れ、16000系と16400系の特急が上下で通過して行きました。26000系は事前に何も調べていないのでどのスジに入るのかわかりません。とりあえず1本目の臨時急行御所行きを撮影。一昨年は御所線、昨年は尺土で撮っているので、既に3度目の撮影です。近年恒例行事化しています。臨時急行1本で北田辺を撤収。続いて河堀口に移動。ここで次の臨時急行を撮影。1
本目と同じく6000系です。変化がないので少々つまらないところです。九州遠征依頼カメラの連写が調子が悪いのか、河堀口では一発撮って、連写しませんでした。同じ現象はこの後の阪急の撮影でもありました。カメラが悪いのか、あるいはレンズとの相性か…。上り特急にさくらライナーが充当されていたので、その折り返しが撮れれば…と思ったものの臨時急行の後の9時40分のスジに入っており、あべの橋に戻る普通がちょうど被っており、河堀口でそれを撮っていると天下茶屋への移動に余裕がなくなるので、ここは断念。あべの橋で少し遅れて発車していくさくらライナーを動画で撮って近鉄南大阪線のミニ撮影はこれにて終了。続いて堺筋線天下茶屋へと向かいます。
球磨川第一橋梁を渡る58654が牽引するSL人吉号/瀬戸石~鎌瀬間
4月30日土曜日。新八代まで新幹線に乗って、同駅の見学をしてから鹿児島線八代行き普通に乗り込む。熊本近郊の普通電車は815系が多い印象だったが、今回はやたらと817系の姿が見られ、今回乗った電車も817系だった。八代まで1駅のトリップ。八代で肥薩線に乗り換え。鹿児島線電車は結構な乗り具合だったが、肥薩線キハ31系単行は席が埋まる程度の乗りでしかない。一人席が空いていたので席を確保して、側線に停まっていたEF81-500番台を撮影。肥薩線では撮影地を物色しながら乗車。と言っても候補は既に決まっている。翌日の行程のもしものために、新幹線の撮影地は段付近で如何かと思って見ていたのだ。段付近でもSLの撮影もできそうなので、新幹線とセットで訪問することも頭に入れておく。なんせ翌日は雨予報で、既に雲行きも怪しくなっているので、予備の行程も必要な状況になっている。段近辺は後でネットでじっくり調べることにして、続いて鎌瀬付近はどうなのか心配になってくる。鎌瀬~瀬戸石間の球磨川第一橋梁が名撮影地として有名らしいが、駅からどれほどの距離にあるのか心配なのだ。対岸になると遠回りをして橋を渡らなければならないらしいということもあり不安を抱えて鎌瀬で下車した。三脚を持った人が一人降
りて行ったので、それについていくように降りて、駅を出て踏切を渡る。すると線路の先にすぐに球磨川第一橋梁が見えて、踏切の反対側には三脚を立てた人がおられ、さらに坂の上にも何人か撮影者がいるのが見えて、ここで十分撮れるのか・・・と安心した。早速地上から橋梁を見渡し、少し高いところへ行ってみようと階段を上がり、一応一番上まで行ってみる。球磨川の流れを入れるなら一番上からがいいのだろうが、若干迫力に欠ける。もう少し下で撮ろうと階段を下りて、中間位置ぐらいに陣取ることにした。陣取った瞬間から雨がパラついてきた。早速折りたたみ傘を出して雨対策にかかる。三脚持ちではないので、傘をさしてカメラを持っての撮影となる。線路際ではないので風圧で傘が飛ばされる心配もない。しかし、パラパラ降っていた雨が土砂降りに変わってきたのには驚いた。山の天気は変わりやすい。登山以外でも使える言葉だと思った。動画用のどこでも三脚?をセットして小型のデジカメをセットするが、雨がきつくなってきたら止めにせざるを得ない。SL通過前に下りの特急くまがわ5号通過するので撮影の練習はできる。雨が降る中そのくまがわ5号が通過。露出がないのでISOの感度を1250まで引き上げる。列車の速度はそれほど速くないので、1/500ぐらいで切れば十分だろう。手持ちなので若干の不安はあるが…。くまがわ
は若干ブレていた。後追いなので仕方ないところもある。露出はまぁまぁあるのでシャッター速度は上げてもよさそうだが、とりあえず天候が変わりやすいのでそのままにしておく。瀬戸石で先のくまがわ5号とSL人吉が行き違うはずなので、間もなく通過していくはずだ。ほどなく踏切が鳴り、汽笛一声、SL人吉号が球磨川第一橋梁を渡ってきた。煙もまぁまぁ出ていて…SLファンではないのでそこはあまり拘っていないが…迫力ある走りで近づいてくる。シャッターを出来る限り切り、縦位置の方が良かったかと思いながらも手持ちなので横位置のままずっとシャッターを切り続ける。広角側でも撮れるレンズを使ったので、端から端まで写真に収められた感じだ。動画もまずまず撮れている。動画をよく見ると機関士が手を振ってくれていた。手を振り返す余裕などなかったが、手を振り返せばよかったかと思ったが後の祭りだ。
とりあえずこれにて撤収という人がほとんどで、私も撤収するつもりだった。雨はまだ降り続いており、これでは撮影続行という気分にはならない。次の列車まで1時間ほどあり、その前に下り普通が通過するが、それを撮るという人は誰もいなかった。駅に小さな待合室があるので、そちらに足を向けると既に撮影者で一杯に…といっても5人ほどだが。座る余地がないので立って待つことにしたが、あまりにも手持無沙汰なので、雨が小やみになってきたので付近をぶらつくことにした。後学のためという格好のいいものではないが、他に撮れるところがないかも兼ねて線路付近を歩き回る。どこでも撮れそうだが、これといったポイントはない。やはり鉄橋が一番だ。鉄橋は色々なアングルから撮れるので、また来ようと思わせてくれる。後学のため、鉄橋だけ撮影してアングルを考えるようにして、下り普通を撮るため、平地側の鉄橋付近で列車の通過を待つ。今度は縦位置で撮ってみようと縦位置にて構えてキハ40を撮る。見事決まった…わけはなく、何の迫力もない写真になってしまった。横位置でもいまいち写真ばかりなのに縦位置はもってのほかだ。全然修行が足りない。縦位置でほとんど撮ったことがないのもあるが、ちょっと写真の撮り方を考え直さなければならない。この普通が瀬戸石で乗車予定の上り普通と行き違うので、漸く駅へと戻る。相変わらず待合室は満杯で、地元の人が増えて待合室に入ることさえできない。雨はまだ降り続いている。ほどなくキハ31単行が到着。先のほど乗ってきたのとは別の形式なので折り返し列車ではない。車内は混雑しており、座席にはありつけなかった。後方の貫通扉にもたれかかって八代までの時間を過ごした。
4月30日土曜日。さくら414号を新八代で下車して、次の行程は八代へ出て、八代から肥薩線に入り、肥薩線内でSL人吉号を撮影する予定だ。鹿児島線電車まで時間があるので、新八代駅の見物を行う。3月11日まではここでリレーつばめとつばめが連絡していたが、今はその在来線ホームも閑散としていた。今後このホームは新幹線ホームに改造される予定である。向きは反対だが、鹿児島線電車や肥薩線電車が在来線ホームに乗り入れて新幹線と直接乗り換えができれば、便利なのだが、肥薩線とはスイッチバックを繰り返すことになるので実現性は低い話だ。駅前からは宮崎方面へ向かう高速バスが発着。B&Sみやざきと言われる企画切符も販売されており、新幹線と高速バスの連携で宮崎方面への利便性を確保している。
新八代駅前は東横インができていたが、未だに空き地が多く、周りは田畑が広がるのんびりした雰囲気である。八代駅近辺はもう少し開けた感じがするが、新八代は郊外の駅そのものである。九州新幹線の中間駅の大半はこれと似たような雰囲気だ。主要駅である熊本、鹿児島中央、そして在来線に併設している久留米あたりが頑張らないと厳しいところだろう。
鹿児島中央のランドマークである観覧車をバックに停車中の800系さくら
4月30日土曜日。鹿児島市電の乗り直しを終えて、九州新幹線の旅に戻る。鹿児島中央から新八代まで800系さくらの旅である。鹿児島名物さつま揚げを土産物屋で買って、荷物になるので宅配で送ってもらい、意気揚々と新幹線ホームに入る。一つ忘れていたことは指宿のたまて箱の撮影だが、この時は全然気にも留めていなかった。改札内の売店で黒豚弁当と肉巻きを買い込み、ついでにビールも…おっと酒は飲めないのでお茶である。アルコールに強ければ肉巻きをつまみにほろ酔い加減の道中ということになるのだろうが、残念ながら注射の
消毒でアルコールを塗られただけで赤くなるほどアルコールには弱いので、ここは旅のお供にはお茶ということになる。新幹線ホームにはN700系さくらがたくさん停まっており、昼間からこんなに運転されているのか?と妙に感心してしまう。ゴールデンウィークの臨時便も含まれているようで、常時2~3本ホームに停まっていたのには驚かされた。私が乗る列車は12時57分発の博多行きさくらである。6両編成とあるので800系だ。これまでN700系ばかり乗ってきたので800系もいい。実際800系も正味1回しか乗ったことがなかったので、じっくり800系の旅を思い出したい。e割きっぷなので指定席に座る。さすがにゴールデンウィークとはいえ、Uターンには早いということもあり車内は非常に空いている。新大阪さくらなどはそこそこ乗っているので、そちらに利用が流れているのかもしれない。さくら414号は熊本まで各駅に停まるので所要時分が多少かかるので、鹿児島中央からは速達さくらに利用者は流れているのだろう。
発車時間のかなり前から車両は入線していたが、車内清掃はゆっくり時間を取られており、車内に入れてもらえたのは発車の5分前ほどだった。ゆっくりじっくり清掃してもらうのはありがたい限りだが、せっかく余裕を持って入線しているのだからもう少し早く車内に入れて欲しいものだ。気候のいい時期なので、利用者から文句も出ないだろうが、夏の暑い時期や冬の寒い時期には早く車内に入りたいという声も出てくるだろう。列車は定刻通り加速よく鹿児島中央駅を離れた。800系は最高速度は九州新幹線の260km/hに抑えられているがスペック的に
は700系並みの性能を有しており、加速度はそれよりも高い2.5km/h/sとなっている。 加減速が多い九州新幹線ならではの性能ということが言えるだろう。車内を見ると木の枠を使用した座席が並ぶ。800系は指定席も自由席も2列シートだ。N700系は指定と自由では大きな差があるが、800系に関しては指定と自由の間では差はない。あるとすれば座席の確保だけという本来の意味での指定席の意味合いしか持っていない。木のぬくもりを感じさせる造りの座席だが、見た目は薄っぺらく頼りない印象を受ける。しかし、座ってみると意外にどっしりしており、クッションが効いているので、見た目とは違う乗り心地である。早速弁当を広げようと座席を見渡しテーブルを探す。隣席と仕切る肘掛からテーブルが出てくる仕組みになっている。背面にはテーブルはない。この肘掛から出てくるテーブルが小さく、弁当を広げると一杯一杯になる。昨今やはりのノートパソコンやipadなどを置くには少々小さいテーブルである。これまでのように新八代~鹿児島中央間のような短距離や博多~鹿児島中央間程度なら何とか乗り切れるだろうが、運用に入ることはないだろうが、新大阪~鹿児島中央間などの長距離運用につくにはきつい造りと言える。JR九州のN700系8000番台は増備が終了しており、後はJR西日本が増備を続けて、700系レールスターの置き換えとともにさくらの増発に充てられるものと思われる。800系さくらはN700系と比べると若干見劣りする。極力つばめでの運用に専念し、さくらの運用は一部を除いてN700系に置き換えた方が良い。あるいは800系もN700系に準じた座席に改造するかである。
利用者の方は各駅に停まるうちに徐々に増えてきたが、新水俣発車時点でも3割に満たない乗車率だった。新八代で多少の乗車があったようだが、少し寂しい状態で新八代を出て行ったさくら414号だった。
ダイヤ改正後は河原町行き快速特急に充当される6354F京とれいん/南茨木
5月8日日曜日。5月14日のダイヤ改正を前に京とれいん嵐山行きのラストを撮りに南茨木へ行ってきました。梅田方の木々の緑が鮮やかになっていたのを連休中に見て、ここで一発京とれいんの撮影をと考えていました。1本目の快速特急から始めて、京とれいん通過時にはギャラリーが私を含めて3名ほどになっていました。光線状態はお世辞にもいいところではなく、晴れよりも曇向きの撮影地です。ホームからばかりでは面白くないので、改札を出て付近の踏切を周遊。次の快速特急は踏切付近から撮影しました。
南茨木から1本ずつ踏切を梅田方面へ歩いていき、最終の直通特急を摂津市で撮る段取りでうまい具合に歩きながら撮影できました。阪急はほとんど駅撮りばかりでしたが、歩けば結構撮れるところが多いですね。摂津市~南茨木間は直線区間が多いので、迫力ある画が撮れるところが多いです。今度は上新庄~淡路間や高槻市~上牧間なども攻めてみたいと思います。摂津市から電車に乗って正雀へ到着。何も知りませんでしたが、この日はレールウェイフェスティバルが開催されていたようで、P6がゆっくり正雀の構内を走っていました。残念ながらレールウェイフェスティバルには参加できませんでしたが、河原町行きホームから盗み撮り?させて頂きました。
4月30日土曜日。JR日豊線で鹿児島に到着。留置線にあった485系レッドエクスプレスを障害物の合間から撮影して改札を出た。ここからJRとはしばし別れて鹿児島市電の旅を楽しむ。九州満喫きっぷは鹿児島市電にも乗れるのでJRだけでなく私鉄の乗り潰しをする人には非常に有効な切符である。鹿児島市電も以前に乗り潰しているが、夕方にとりあえず乗っただけだったので、今回は乗り直しである。とりあえず停まっていたユートラム2の郡元行きに乗車する。鹿児島中央駅を経由しない電車と思って乗ったが、鹿児島中央を経由したので少々驚いた。少し計画が狂ったが、終始電車は空き加減のまま終点の郡元に着いた。鹿児島の中心地は言わずと知れた天文館だが、鹿児島駅前からはともかく鹿児島中央からは逆方向になるのでそれほど電車は混雑しなかったものと思われる。鹿児島駅前からは電車が2系統あり頻発しているので、混雑は少なかったのだろう。
郡元にてしばし撮影。同停留所で折り返す電車も多く、3方向から電車が集まってくるので見ていて面白い。路面電車に乗ると古い電車が多い路線が多いが、鹿児島市電は比較的新しい車両が集まっている感がある。ユートラムと呼ばれる低床車も徐々に数を増やしてきているようでよく目にした。郡元からは路面を離れて俗に言う鉄道線を走り谷山を目指す。谷山行きも都会から郊外へ向かう電車にしては結構乗っていた。終点の谷山まで乗り通す人も多く、JRに対して運行本数、運賃で市電が優位に立っていることがよくわかる。最もそれ以上に道路交通が幅を利かしていることは言うまでもない。
谷山は以前来た時は陽が落ちた後で、JR谷山まで結構歩いた記憶があるが、陽のある中で見ると鹿児島駅前同様ドーム型の停留所で、その横をJR指宿枕崎線が走るシチュエーションになっていることに気づく。以前はJRの線路とは反対の道路を歩いてJR谷山に向かったので遠く感じたのかもしれない。また、近くてもJRの運転本数が少ないので、次の列車を逃してはえらいことになると思いながら歩いたからかもしれない。
谷山からは次の電車で折り返す。今度は郡元から交通局前を経由する系統を選んで乗ったので誤乗はない。谷山から結構な乗りで、途中利用者をどんどん増やしていき、郡元に着く頃には立ち客がたくさん出ていた。郡 元での乗り換えは意外に少なく、逆に利用者を増やして出発する。やはり遠方からの人にはメジャーであっても地元民には鹿児島中央駅はまだまだ中心地とは言えないところなのだろう。高見馬場で先ほど乗ってきた路線と合流する。ここで下車する。ほとんどの人がこの先の天文館まで向かうため降りるのに苦労する。高見馬場からは歩いて鹿児島中央駅を目指す。12時57分のさくらまで十分時間があるので、市電撮影をしながら鹿児島中央へ向かうことにしたのである。途中大久保利通の銅像があったので、敬意を払い撮影。市電撮影をしながらのつもりだったが、なかなか電車が来ずに高見馬場付近で撮った以外は2~3枚程度しかない。エアポケットにはまったようだ。鹿児島中央駅前でお決まりの観覧車バックの画を1枚撮って、鹿児島市電のミニトリップを終了した。列車まで時間があるのに急いで鹿児島中央駅へ向かった。田舎者なので、長距離移動の際は余裕がなければ気が済まない質なのである。しかし、それが仇になって一つ重大なことを忘れてしまった。鹿児島の土産物を買って、意気揚々の新幹線ホームに上がり、シコタマ新幹線の画を撮りまくっていたが、前日に撮り損ねた指宿のたまて箱の撮影をすっかり忘れていたのである。この日のホテルに入ってから気づいたのだから余計に質が悪い。逆に思いださなければよかったとさえ思うほど悔んでいる。こうなれば西大山再訪とくま川鉄道乗り直しとセットで鹿児島を再訪するしかない…と都合のよい決意を表明して鹿児島の旅を締めくくる。~以降熊本編に続く~
4月30日土曜日。九州遠征2日半目。宮崎を6時58分に出る西都城行き普通に乗る。当然のごとく817系2両編成だ。稀に717系が来るが、ほとんどが817系だ。早朝なのに高校生の姿が多い。地方の路線の特徴と言えるが、土曜日だから登校日なのだろうか。部活動にしては皆がバラバラな感じで制服を着ているので、登校日なのかもしれない。南宮崎を過ぎて数駅で田畑が広がり山間部に入って行く。さすがに本線だけあって小気味良い走りをするが、特急が走る路線としては少し物足りないところもある。並行する高速道路も連休中なのに空いている。電車も空いており、大震災の災害の後であり、また宮崎自体が色々な被災地であることを考えても、人口の減少を感じざるを得ない状況だ。地方の疲弊というのは現地に行ってみないとわからないことが多いし、上辺だけ見ていてはわからないことも多い。途中山間の信号所で787系きりしまと行き違い待ちを行った。485系なき後は787系と783系が使用されているようだ。817系はUV96と書かれたUVカットの大きなガラスが側窓に使われており、カーテンレスになっている。223系2000番台も同様にカーテンレスで登場したが、遮光性と熱吸収の問題で客からクレームが多発したのか、のちにカーテンが取り付けられている。817系はカーテンレスのままだが、遮光性は確かに東の車両同様よさそうで、景色が若干暗く見える。熱吸収はどうなんだろうか?暑い九州で耐えられるほどだから今までカーテンレスを続けられているのかもしれない。都城へは7時59分に到着。ここで鹿児島中央行きに乗り換え。8時25分発まで26分待ち。その間に787系特急きりしまが来て時間つぶしをさせてくれた。
8時20分頃西都城方から817系2連が入線。よく見ると先ほど当駅まで乗ってきたV4編成だ。西都城で折り返し回送で都城まで来たらしい。これに乗って再び鹿児島を目指す。宮崎でもすぐに住宅地が途切れて、田畑というより山間部に入って行ったが、都城も同様で、西都城を出るとどんどん山間部へと入って行く。今度は県境を走るだけに山深く入って行く印象で、霧島温泉近辺はよくこんなところに線路を引いたなと思うようなところを走っている。全体的な景色がわからないが、線路の周辺に人家が見当たらないところが多々見られた。ここで災害にでもあったら遭難することは確実だろうと思うようなところがたくさんある。霧島神宮からは一気に山を駆け下りていき、町を回り込むように走って国分に着く。国分はかつては大隅半島を走る大隅線が出ていたが、既にその姿はない。反対側ホームの副本線では415系が休んでいた。霧島神宮から乗車が増えていき、国分から座席がほぼ埋まる状態になり、隼人で立ち客が出た。ここからは鹿児島に近づくにつれて利用者が増えていく。加治木で高校生が下車していったが、その後は増えるばかりで鹿児島手前で超満員になった。鹿児島中央まで行かず、鹿児島で降りるつもりだったので、早目に席を立とうかと思ったが、身動きがとれない状況だった。果たして降りられるかと思っていたが、意外に鹿児島で降りる人が多く、十分に鹿児島で降りることができた。
役目を終えた485系が2編成鹿児島駅の隅に留置されていた。廃車回送待ちか?それともこのまま留置されるのか。
志布志駅の西側にある鉄道記念公園。C58とキハ52などが屋外に屋根の下展示されていた。
4月29日金曜日。大隅交通バスで志布志に到着。予定通り到着したので、日南線列車の時間まで30分ほどある。バス停から歩いて志布志駅まで2分程度。ここで一旦駅前などを撮影してみて、周辺の地図を見てみる。そこには鉄道記念公園というこれまた鉄心をくすぐられる文字があった。駅から3分程度で行けそうな所にあるので、暇潰しに行ってみる。スーパーの向こう側に公園が広がっており、入口にSLが描かれた鉄道記念公園の表示があり、その向こうにC58が佇んでいた。SLがいるだけの公園かと思いきやC58の横にはホームもあり、後ろにはヨ8951、さらにその後ろにキハ52が控えるというなかなか豪華な顔ぶれが揃った記念公園でした。志布志を訪れた鉄心旺盛な方は是非とも鉄道記念公園の訪問をお勧めします。
日章旗を先頭に飾った姿はこの日が祝日だからか?あるいはお召列車の再現か?
志布志からは日南線の乗り直し道中。07年夏に南宮崎~油津間で乗車しているが、バスを使う裏技などがなかったため志布志まで行き着くことができなかった。その前にフェリーで来九?した時に志布志港から志布志までバスに乗り、志布志から日南線に乗って乗り潰しを達成している。今回は志布志~油津間は2回目、油津~南宮崎間は3回目の乗車となる。列車はキハ40単行。志布志からはとりあえず後ろかぶりつきで日南線の旅を堪能する。車内は先のバスではないが、空いていた。ゴールデンウィーク中だからお得意様の高校生が少ないからかもしれない。志布志からしばらく海岸沿いを走り景色がいいが、大隅夏井を過ぎると県境を越えて宮崎県に入るため、山越えとなりキハ40も唸りをあげながら走る。油津近辺までは都井岬があるためか内陸を走るため、日南線=海の印象が薄れるほど山の
中を走る道中となる。南郷から乗り継ぎの快速日南マリーンが出ているが、駅周辺に何もなさそうなので油津まで乗り通す。油津も何もないが、一応委託駅で、お姉さんがアロハ風のシャツを着て改札業務にあたっている。07年に来た時も同じ人だったように思う。ここで37分待ち。日南マリーン折り返し列車を撮影するため近くの踏切まで行ったりしていたのでそれなりに時間は潰せたが、駅周辺を歩き回るほどの元気は既になかったので、早々に駅に戻り、一息つく。快速日南マリーンは2両編成で、日南マリーン専用車と言える黄色いのが来るのかと思っていたら、先頭は九州標準色。後ろに黄色いのがひっついていただけだった。せっかく
だから後ろの黄色い方に乗る。外観は派手に黄色いが車内は意外にも普通だった。JR九州のことだから期待したのだが…07年にも同じ黄色いのに乗っているが、どうだっただろうか?あまり記憶にないということは外観ほど内装には力が入っていないということだろうか。日南線後半の道中は半分は夢の中だった。快速だから途中駅を通過するものの、利用者は一向に増えて行かない。終始閑散としていたが、漸く終点間近の木花で大量の乗車があり、そこそこ席が埋まる状態となった。青島あたりからは宮崎近郊の輸送でそこそこ賑わうのだろう。田吉では宮崎空港線への送り込みと思われる817系と行き違い。南宮崎では終点宮崎を前に8分のバカ停。特急きりしまとの行き違いなどが要因と思われるが、南宮崎での下車も相当数あり、宮崎までの利用は案外軽んじられているのかもしれない。終点宮崎には19時06分に到着。今宵も前日に続いてスーパーホテル宮崎に宿泊。駅から少し離れているが、少し歩いて食料を調達を…できれば宮崎名物肉巻きにありつけないかと周囲をぐるぐる見ながら歩くがそれらしきものはなし。仕方なくコンビニで貧しい食事を買い込みホテルに入り、1日の疲れを取る。相変わらずB級グルメ旅行にもならないC級鉄旅行を続けている次第である。
久々に運転された私市ハイキング号。機関車トーマス装飾の10000系を使用した快速急行として運転された。
5月5日木曜日。子供の日のこの日、京阪で臨時列車が多数運転されました。これは逃すまいと出遅れないように少し早目に朝起きて京阪沿線へと向かいました。茨木市7時02分の快速急行に乗り梅田へ出て、御堂筋線で淀屋橋へ出て京阪に乗り換え。ここから沿線を見ながら撮影地を決めます。第一希望は大和田、光線状態を考えれば大和田か、西三荘ぐらいしかいいところはありません。沿線を見ていると早めの時間が功を奏したのかまだまだどこも十分場所が取れる状態だったので、とりあえず大和田へと向かいました。大和田は…既に三脚が一杯並ぶ状態。とりあえず一旦改札を出て、再入場してホームに上がり、様子を窺います。三脚は立っているものの、キャパが大きいので、まだ場所は取れそうなので、とりあえず大和田に腰を落ち着けることに。臨時まで1時間以上の待ちがあるものの、ネタはそれだけではなく、月末の改正で姿を消す快急や区急もついでに撮れるので時間潰しは十分にできます。若干飽きてきたところで、まずは10000系機関車トーマスの送り込み回送が通過。続いてわかばエクスプレスの8000系送り込みが通過。いよいよ本番を迎えますが、まだまだ時間的には余裕が…。混色の2600系なども何本か運転されており、撮影対象には事欠かないので、相変わらずいい暇潰しができます。うるさいガキが連れ立ってやってきたものの、雰囲気としては落ち着いたもの。大して混乱もなく、三脚は多いものの白線の内側での撮影はされていました。
快速特急の幕が目新しいわかばEXPRESS。昨年は3000系が臨時で使用されることが多かったが、今年から8000系に戻っている。
1本目のわかばエクスプレスが通過。その後に駅員さんが来て、三脚組に注意が入りました。一部点字ブロックから大きく出ていた人がいたためですが、それはそれで素直に聞いてよかったのですが、後から駅員にいちゃもんをつける人間が出て、撮影地自体は落ち着いていたのに後味の悪い撮影となりました。本番と言える私市ハイキングの通過前に注意が入ったのでカチンと来たのかもしれませんが、あまりにも大人げないことを言っているのであきれ返りました。せっかく、運転士さんはヘッドライト点灯のサービスまでしてくれてほっこりするような気分で帰れたのに、最後に駅員に絡んでいた人間を見ると情けない思いになってしまいます。駅員が注意に入るタイミングは悪かったにせよ、ホーム上に三脚を立てるのは如何なものかと思います。それも2~3本程度ではなく、大半が三脚持ちで来ていたのには驚きました。そんなに手ぶれするもんなんでしょうか?そんなに手持ちでは構図がぶれるんでしょうか?確かに三脚があった方が安定した写真が撮れるので三脚は必須なんて本に書いているプロの鉄道カメラマンもいましたが、プロでもないアマの人間がそこまでする必要があるのか。迷惑がかからないフィールド(迷惑がかかるところもある)などで三脚を立てるのは勝手ですが、狭いホームで三脚を立てるのはやめた方がいい。ましてや脚立なんて論外です。手持ちで手ぶれするような写真なら撮らない方がマシだと思います。暗黙のルールしかない鉄道写真では規制をかけることは難しいところもあると思いますが、鉄道雑誌とりわけ撮影中心に掲載している雑誌などはもっと撮影マナーについて事細かに書いて、暗黙のルールを徹底化させるようにして欲しいものです。今の雑誌は綺麗事は書いているものの、ほとんどが撮影者を煽っているのではないかと思われるような内容が多いです。昔の写真でも立ち入り禁止区域で撮影されたものは掲載しないなどの処置もお願いしたいところです。撮影マナーについて色々考えさせられる京阪撮影でした。晴れ間ものぞき8000系特急が露払いしてくれた2本目のわかばEXPRESS