EXPRESS DIARY~鉄人日記~

鉄道に関することを日々徒然なるままに書いて行こうと思います。

夏のグランプリ予想

2009年06月28日 | 競馬

 先日光速の貴公子アグネスタキオンが急死しました。近年一番強かった馬と言えばディープインパクトが真っ先に挙げられますが、私はタキオンが皐月賞以降も無事だったならディープに並ぶ名馬になっていたのではないかと思っています。もっとも現実には無事ではいられなかったので、無事是名馬という言葉を信じるならば常に無事であったディープインパクトこそが最強の名馬だったのかもしれません。タキオンの思い出と言えば、私にとっては何と言ってもラジオたんぱ杯3歳ステークスです。生でその強さを実感しました。私はその時エリカ賞で強い勝ち方をしたクロフネに注目していたのですが、4角でクロフネを並ぶ間もなく置き去りにしてジャングルポケットに2馬身差をつける圧勝に鳥肌が立ったものです。置き去りにした2頭も後にダービーやJC、NHKマイル、JCダートなどを勝った超一流馬で種牡馬としても成功している名実ともに名馬ですが、タキオンは明らかにその2頭を凌駕する存在でした。種牡馬においても同様で、希代の名牝ダイワスカーレットやダービー馬ディープスカイなどを筆頭に多くのG1馬を輩出しており、この点においてもジャンポケやクロフネさらにはのちに大成したマンハッタンカフェを凌駕しているように思います。

 さてその偉大な名馬を父に持つディープスカイが宝塚記念で父を弔うことができるのかどうかというのが焦点となります。ここで負けているようでは海外もウォッカとの再戦も何もありません。得意の中距離で巻き返すと見るのが妥当なところでしょう。では上半期ラストの宝塚記念予想を…。

◎ディープスカイ  亡き父に勝利を捧げるか。力は明らかに上位。

○アルナスライン 長距離巧者の印象も、血統的には中距離がベスト。

▲マイネルキッツ ヒシミラクルの再現あるか?天皇賞馬に配当の妙味あり!!

△スクリーンヒーロー ここでは力上位。中距離で巻き返し

△サクラメガワンダー G1ではワンパンチ足りない印象もここへ絞ったローテが好印象

×スマートギア 条件クラスも大駆け注意


日本海撮影

2009年06月27日 | 日本海

090627kyotoef81101niho2  今日は朝から日本海の撮影へ出かけていました。遠征ではなく岸辺へ出向いただけですが、いつもホームから撮影しているので趣を変えてカーブ手前の柵付近から撮ることにしました。結構時間ぎりぎりに現地に着いたので、とっとと撮って退散するつもりでしたが、定時になっても列車は来ず、炎天下の中、小1時間ほど撮影してもまだ来ないので諦めて退散しました。列車は2時間以上遅れていたようです。昼から用事を済ませて帰るつもりでしたが、阪急で寝過してしまい、高槻市まで行ってしまったので、どうせなら山崎でリベンジしようと大山崎まで行き、山崎で午前の借りを返すべく下り日本海の撮影をすることにしました。サントリーカーブは柵ができる前に山影(マンション影?)になってあまりいい画にならなかった記憶があったので、それよりも手前の位置で撮ることに。いつもの地点よりもさらに大阪よりの短いカーブを描く地点ですが、ちょうど陽も当たるので、日本海を撮るにはいいポイントです。金網越しの撮影になるので、しんどいところですが、近くで撮影していた人間が馬鹿でかい三脚を堂々と道路にはみ出して脚立に上って思いっきり道路交通の妨げをしながら撮影していたのには呆れてしまいました。当然そのようなKYな人間は車で来ているもので、路駐する位置も非常に悪く、行き違いする車が非常に走りにくそうにしていました。こういう輩が撮影地を少なくしているのだと改めて感じた次第です。いいカメラにいいレンズをつけて、アホみたいに高い三脚を使い撮影してもマナーが悪ければ何の価値もない写真しか撮れません。撮影する人は周囲への気配りを第一にマナー良く撮影しなければならないと人のふりを見て思った次第です。090627kyoto485a7rai


都電荒川線

2009年06月23日 | 路面電車

090201todenminowabashi2  東京下町巡りとも言うべき乗りつぶしをした09年2月1日。その締めくくりは都電荒川線となった。東武亀戸線で曳舟から亀戸へ出て、亀戸から秋葉原まで総武緩行線で戻り、午前中乗り潰した東京メトロ日比谷線に再び乗り、三ノ輪へ。三ノ輪と三ノ輪橋が近いという情報をネットの地図から得ていたので、とりあえず地上へ出て、あたりを見回す。駅周辺に地図がなく、とりあえずネットで見た地図を思い浮かべながら向かう方向を探ってみるが、四方八方交通量の多い通りで、東西南北の区別も付かず、適当に歩いて迷ってしまった。JR常磐線のガードがあったので、その手前だったか、それを過ぎてからだったかで迷い、結局文明の力携帯に頼って漸く三ノ輪橋に行き着くことが出来た。写真などでよく見る下町風情あふれる停留所があり、電停前の煎餅屋さんにそそられながらも時間がないので、急いで都電に乗車する。三ノ輪橋発車時点ではほどほどの乗車だったが、途中から超満員になり、景色を楽しむのも難しいほどの混み様になった。これまた関西ではない路面電車と言った感じで、同じ下町を走る阪堺電車とは趣が違う。途中各所にカメラを持ったファンが陣取っており、何事かと思っていると私が乗った電車の後続を下ろしたての新型車が走っているようだ。終点の早稲田までの長い道中を混み合った車内で過ごし、折り返し新型車で大塚まで戻り、下町巡りの遠征を終了した。


東武亀戸線

2009年06月22日 | 関東

090201kameodi8575  東武亀戸線にも東武大師線乗り潰し後に乗車した。東武は日光線、伊勢崎線の乗継などはしているが、全線乗り潰しが一番遅れている私鉄の一つで、漸く着手し出したのが今年はじめである。関西から見ると東武エリアは関東圏でも遠い部類に入り、なかなか足を延ばしづらいところだ。大師線、亀戸線と近場を選んで乗り潰ししているのも、栃木県群馬県エリアへ足を延ばすのを躊躇った結果と言える。亀戸線は関西にはないタイプの下町を走る路線で、関西で下町を走る路線といえば、下町過ぎるイメージで下町を超えてローカル線というイメージの南海汐見橋線などになってしまう。亀戸線はそれよりも明らかに利用者が多いので、関西ではこのような路線は見当たらないと言える。


SRC

2009年06月21日 | SRC

090620kyotomc2501  夏至を迎えるといつも撮りに行きたくなるのがSRCことスーパーレールカーゴだ。JR京都線内を朝5時前後に通過するため、家からの徒歩圏内では撮影地が限られているが、クルマで撮りよい撮影地へ行こうといつも思いながら寝坊してしまう。寝坊しても仕方ない時間だからいつも断念してしまうところだが、昨日は徒歩圏内で撮れそうな安威川橋梁へと向かうつもりで4時過ぎに起床した。何とか家を出て徒歩20分程度で現地へ。土手の上から狙うのだが、草が生え放題で、想像したよりマシだったが、それでも悪環境には違いなかった。事前に虫よけをまきまくったので虫さされもなく、北陸で見た長い生物もここでは登場することもなく、SRCは定時に通過して行った。土手へ着く前にサンライズが遅れて通過して行ったのでダイヤが乱れていたのかと思ったが、サンライズだけが遅れていたようだ。家を出る時点でそれがわかる由もないが、わかっていればもう少し早く来ていたのに…。

090620kyoto583b64  5時過ぎでお仕事終了ということで、このあと残っても何も撮る対象もないので、少し移動して急行きたぐにを撮ることに。きたぐにも名神クロスや淀川など去年ある程度撮ってきたので、撮りに行く場所がなくなってきている。昨日は上牧付近へとりあえず行ってみた。行ってみて線路際に草が生え過ぎていることに気づき、場所の選定の時点で失敗を覚悟した。出来もいま一つで、これで帰るのは悔しいので、折り返しの回送を撮りに山崎へ。去年からフェンスが設置されてかつての聖地のイメージはなくなっているが、それでもフェンス越しに撮影する“ややしつこい”ファンが多い。昨日もネタもないのに何人かガードレールや脚立に上って撮影をしている人がいた。私はサントリーよりもさらに大阪方の少しフェンスが低いところをいつも愛用しており、昨日もそこに腰を落ち着けて、きたぐにの回送や485系雷鳥を狙った。ここでも元気に生えた草にやられ加減だったが、まずまずの出来で、時間が時間だったので、もう少し頑張って名神クロスで日本海を狙うことにし、炎天下の中、サントリーカーブから名神クロスまで歩いて、日本海を撮影した。さすがに睡眠不足と炎天下での歩行にやられて今日は一日寝たきり状態だった。


東武大師線

2009年06月20日 | 関東

090201daishi85652_2  東武大師線には日比谷線乗り潰しに続いて東武伊勢崎線を経由して乗車している。09年2月1日のことで、関西では馴染みのない大師さんへの参拝客で非常に賑わっていた。川崎大師のお膝元の京急大師線に乗った時も正月明けでかなり利用者が多かったが、今回も西新井大師への参拝客で一杯だった。大師線電車は西新井と大師前間をピストン運行しており、この日は参拝客のためにいつもより多めに運転されていたようだ。


東京メトロ日比谷線

2009年06月19日 | 関東

090201hibiya03108  東京メトロ日比谷線には09年2月1日に乗車している。東急、東武と直通する同線だが、乗る機会は全くなく、東急線内で乗り入れてくる03系を撮影するぐらいだった。首都圏乗り潰しもほぼ目処がついたこともあり、いよいよ懸案事項となっていた地下鉄に着手したのが09年頭である。前日に大江戸線などを乗りまわし、天気がいいのに地下に潜るのは勿体ないと思いながら中目黒から地下に潜った。日比谷線のイメージは霞ヶ関を通る地下鉄と悪いイメージだが、サリン事件と中目黒の脱線事故だ。あまりいいイメージがないが、乗ってびっくり、無茶苦茶遅い。さらに悪いイメージになった感がある。中目黒から北千住までどんだけかかるねんというほどに遠いし、遅い。この区間を乗り通す需要はないだろうが、南半分ほどはほんとに牛歩の歩みだった。


北陸遠征4

2009年06月18日 | 北陸

090614hokurikuef81102niho  北陸遠征2日目。前夜夜行3連発撮影が出来なかったので、本日は気合を入れて4時に起床。シャワーを浴びて目を覚ます。気合を入れてホテルを出たのは早朝5時前。遠征の際に愛用しているスーパーホテルはチェックアウトの手続きがないので、早朝から活動する私にとっては便利なホテルだ。しかし、朝食無料のサービスも7時からで、滞在時間も異常に短い時が多いので、安いとは言えもったいない話だ。もっとも今回はよく眠れたので元は取れた感じがした。早朝の高岡市内を抜けて一路福岡~石動間の撮影地へ。ここもネットで見つけた撮影地だが、撮影地地図などを持ち歩かない人間なので、嗅覚と記憶を頼りに移動する。地図は持っているが全国地図なので尺度が大きすぎて撮影地探しには向いていない。やはりナビが欲しい。宝塚記念で勝ってナビを買おう!!福岡を過ぎて流して走っているとネットで見た地図にあったしまむらがあったので、そこで横道に入り線路脇に出る。あたりを見回すと三脚が既に立っており、何人か同業者の姿が見られた。朝から雨模様で天気は中途半端によろしくない。現地到着時には小降りで雨が気にならない程度だったが、第1陣の日本海通過前に雨が強くなり、風とあいまってレンズに諸に雨粒があたる悪条件となった。周囲が暗くなり、露出はISO感度を高めて何とか対応という感じだ。日本海、北陸、能登と立て続けに定時に通過していく様は夜行列車衰退時代としてはかなり貴重な場所であることを改めて痛感した。北陸新幹線開業時あるいはその前にこの光景も見られなくなるのだろうか。090614hokuriku489h1noto

090614hokurikuef81141hoku  夜行3連発を終えて、続いてどうしようかと思案して、雨晴海岸へ撮影に行くことも考えたが、天気が悪いので、トワイ狙いで東富山~水橋間へと向かう。こちらも天気が悪いので立山連峰を望む景色は望めないだろう。高速並みに整備された国道8号線バイパスをひた走り東富山近辺へ到着。思ったより時間がかかったようなかからないようなだが、道は空いていた。東富山近辺では以前鉄移動で撮影したことがあったが、駅チカで済ませていたので、今回は駅トオの箇所で撮影を試みる。有名ポイントでトワイを撮り、後はこまごま移動しながらはくたか、北越などを撮る。ちょうど現地に着いたときに原色の485系北越が通過して惜しいことをした以外はまずまず撮影を楽しむことができた。雨が降ったりやんだりする中、常願寺川の河川敷の水橋側で撮影したり、東富山駅側で撮影したりと3時間ほど場所を変えながら撮影し、12時前頃に富山から脱出した。雨晴海岸や高山線なども回ってみたかったが、天気が悪かったので、それらはまた次回ということで早々と切り上げた。

 富山から高速を快調に走り、石川県に入ると天気が良くなってきたので、昨日見つけられなかった牛ノ谷付近の撮影地を探しに行くため、金津ICで下りてみる。何べん走ってみても見つからなかったので、とりあえず各所で撮影をして、最後に芦原温泉~細呂木間で雷鳥の撮影をして本日の締めとした。家に帰って牛ノ谷付近の撮影地を見返してみると信号がある付近のS字ということで、踏切と思い込んでいた私の大失策であったことがわかった。そういえばS字カーブらしき付近に信号があったなと帰ってから思い起こしていたのであった。


北陸遠征3

2009年06月17日 | 北陸

090613hokuriku475a16  芦原温泉~細呂木間で撮影を終えて、続いて細呂木~牛ノ谷間の有名撮影地を訪問・・・と思っていたが、線路脇を流して走れどそれっぽいところはなく、仕方なく、牛ノ谷駅近辺で撮影した。こういうときナビがあれば便利なのに・・・と思う。鬱蒼とした森があり、午前中に見たあの生物を思い浮かべ身震いしながら撮影した。本来、同区間のS字カーブで撮影しようと思っていたのを、それが見つからずに断念した撮影だったので少々不満を感じながら後にする。光線状態の関係で出来もあまりよくなかった。牛ノ谷から大聖寺にかけても撮影地が点在しているところなので、国道8号線を流して走り、とりあえず取れそうなところのわき道に入り、クルマを止めた。朝南今庄付近の山中で起こったシフトロックがおかしい現象が相変わらず続いており、エンジンをかけてPからシフトを入れようとするとしばらく入らない。何度か動かしたり、アクセルを踏んでエンジンを吹かしたりしてあれこれしていると入るようになるが、どうもクルマの調子がおかしい。立ち往生は出来ないので、エンジンをかけたままにしたりして撮影していたので、車から遠く離れられない状況での撮影が多かったのでポジショニングはあまりよくない画が多い。次はクルマをよく整備してから現地へ向かいたい。

090613hokurikuef8122  続いて大聖寺から動橋付近へ移動する。お立ち台通信にあった場所を目指しているつもりが、ぜんぜん検討が付かず、仕方なく、近くにあった踏切で撮影を試みる。案外撮りやすいところで、上りは順光でバリバリ撮れるところだったので、しばらく居座ることにした。雷鳥を上下とも撮り、少々満足していたが、トワイライトの通過もあったので、いま少し居座ろうと思い、クルマに入り、うとうとしていると先走りのサンダーバードはともかく、肝心のトワイライトまでもが通過してしまった。早朝からの活動と昨晩3時間少々の睡眠しか取っていなかった疲れがなぜか肝心なところで出てしまった。集中力の欠如というやつだろうか。プロではないので仕方ないが、残念極まりないところだ。

 眠たい目をこすりながら運転するのは危険だが、不思議と運転中は眠たくなかった。続いて小松市内の渋滞気味の道を走りぬけ、明峰付近にて撮影を行う。この近辺なら駅からそう遠くもないので、列車利用でも撮影できそうだ。明峰、美川と夕方の上り列車の撮影を行った。美川付近で締めのつもりで雷鳥を待っていたが、時間になっても来ないので、時刻表を確認すると日曜運転の記事が・・・トワイに続いての失態で時間をロスしてしまった。失態で意気消沈しながら今晩の宿の高岡までクルマを走らせチェックイン。夜の部は高岡でバルブ撮影!!と気合いを入れなおすも宿に入ると睡魔に襲われ、気が付くと1時30分。これでは夜行3連発もへったくれもない。3度目の失態を犯し、明日こそリベンジと再び眠りについた。

 ~明日へと続く~


北陸遠征2~田んぼでへびに遭遇~

2009年06月16日 | 北陸

090613hokurikuef81107niho  杉津PAで一夜を明かして、仮眠どころか爆睡して早速上り日本海を撮るべく、今庄ICで下りて撮影地を物色する。候補としては色々考えたが、新疋田あたりなら電車でも来れるので、南今庄以北での撮影を前提とした。まずは南条~王子保間へ向かう。早朝だけに道路に誰もおらず快適に走り、早速現地へ。水田が広がり、なかなかいい画が撮れそうなところだが、水鏡の時期はとおに過ぎており、稲が育つまではいまいちの印象もある。しらさぎやローカル列車を何本か撮ったが、イメージどおりの画が撮れなかったので、ここはまたの機会にして、南今庄へと向かう。日本海通過まで少し時間があったが、途中で道を間違えて、山に入り、クルマのシフトロックがおかしくなったり、色々トラブルに見舞われながらも何とか日本海通過前に南今庄に到着。クルマの装備にはあまり力を入れてないのでナビもつけていないが、クルマで活動して行くならナビぐらい欲しいと思った・・・もっともクルマ中心の鉄撮影活動は毛頭するつもりはないが。南今庄の今庄トンネル出口付近で迫力ある日本海や雷鳥の撮影を行い、昨夜からの強行道中の甲斐もあったと満足して、後ろ髪を引かれながら南今庄を立ち去る。ここなら鉄道利用で十分撮影が楽しめるので、また脚を運びたいところだ。

090613hokuriku485a10  南今庄のお次はどこへ・・・と考えて、今度は湯尾~南条間を目指した。田園地帯が広がるところで撮影をと思っていたが、クルマを容易に止められるところがなく、なんとか路肩付近に止めて、あぜ道を通って線路脇へ向かった。475系ローカルやしらさぎなどを撮って、本番の雷鳥が通過する前に、好ポジションを取るため線路脇のあぜ道を歩いて少し移動した・・・何気にあぜ道の脇にあったちょっとした藪を見るとなにやら長いモノが・・・少しは警戒していたのでそれが何かはすぐに判明した、と同時にその場から一目散に逃げ去ったのであった。明らかに蛇だったので、種類がどうのこうのなど関係なく、一目散に逃げた。相手も驚いていることだろうが、私にとっては大きさ(結構大きく思えた)とか毒の有無など関係なく、蛇なら逃げるというのがポリシーである。蛇を掴むなどもってのほか、見るのはともかく、かかわりたくないという性質(ちなみにゴキブリについても同様だ)なので、蛇さんにご迷惑がかからない位置まで移動(逃げて)して雷鳥の撮影に挑んだ。撮影の出来などどうでもよく、さっき見た蛇が追いかけてこないかとそればかりが気になって仕方がなかった。後でネットで蛇の生態について検索するとよっぽどでない限り蛇から攻撃してくることはないとのこと。見てみぬ振りをして通り過ぎるのがベターなようだ。今後の参考にしたい。撮影地で蛇を見たのは一昨年だったかに倶梨伽羅峠へ遠征した時以来だ。蛇は縁起物でもあるので、何とかそれにあやかって馬券でも取りたい物だ。湯尾~南条での雷鳥の出来は今ひとつだったが、ポジショニングが悪かったのと蛇に遭遇したのが悪かったということであきらめて、即座に退散した。これ以降の撮影活動の際に自然豊かなところに入る際はそれまで以上に、いや異常に蛇を警戒したのは言うまでもない。

090613hokuriku413b2  次の雷鳥を南条~王子保間で撮ろうかと思ったが、似たような場所だったので、先の件もあり、ここはパスして、高速で丸岡へ移動した。高速に入ったのは朝食とガスの確保のためだったが、ガスがあるSAはなく、朝食のみ取って、丸岡に到着。丸岡~芦原温泉間は以前電車移動で訪れているが、丸岡駅近辺で済ませたので、今回は芦原温泉寄りのポイントで撮影した。田園地帯が広がるイメージがあったが、田んぼというより畑が多いのか結構殺風景な周辺だった。編成写真を中心に撮影し、光線状態などを除けば満足がいく撮影を楽しめた。同所を辞して芦原温泉駅で少々用を足して、次の目的地芦原温泉~細呂木間へ。芦原温泉で入浴でもしたいところだが、時間に余裕がない。芦原温泉~細呂木間では何点か撮影地が点在しているようだが、私はクルマを止められるということだけの理由でマイナーなカーブがある区間で撮影をした。踏切付近では下り列車を直線的に撮れる(トラロープはあるが)のでまずまずの撮影地だ。ここまで同業者の姿は見られず、さすがに高速1000円とは言え、ネタがない時はこんなものかと思った。もっとも日曜には細呂木付近で三脚が数本立っていたので、雷鳥追っかけをする人はいるようだ。

 ~明日へと続く~


北陸遠征1

2009年06月15日 | 近畿

090612keihan60132  6月13日、14日と北陸へ遠征してきました。今回は高速道路1000円に便乗しての北陸鉄撮影旅行です。普段クルマで鉄撮影遠征することは少なく、年に数回程度で、昨年も北陸遠征へクルマで遠征しようかと思っていたところを18シーズンまで待って、乗り鉄を兼ねて遠征していました。乗り鉄の方は北陸地方の鉄道の乗りつぶしが完了したので、今回はお預けということで、期間限定で撮影できる夜行3連発を中心に、消え行く485系雷鳥の姿などを撮りに、高速1000円を有効活用して出かけてきました。

 移動時間は少なく、現地時間を増やすというのは鉄活動の基本。夜行列車ならば移動中に睡眠を取れるので、時間を有効活用できますが、クルマの場合は止まって寝なければならないので、その分効率が悪い面もあります。今回は金曜の夜に家を出て、第一ポイントである南今庄付近のPAで寝るという計画にしました。PAで寝るのはこの1回だけで、土曜の夜は普通にホテルに泊まりました。家を22時30分頃出て、茨木ICから名神に入り、深夜割引とクルマ利用を活用して京都南ICで下りて、いざ祇園四条へ。週末とあってタクシーの列が物凄く、道中タクシーだらけという状態でした。京都へ来ても通常はタクシーもクルマも利用しないので、状況がよくわかりませんでしたが、クルマで来ると京都とりわけ祇園界隈のタクシーの多さに驚かされます。北陸遠征なのに祇園四条へ来たわけは・・・何も夜な夜な芸者遊びをするわけでもなく、京阪の最終枚方市行き特急を撮影するため。電車利用ではとても撮影できる代物ではありませんが、車なら時間制限なしということで、ついでに寄って一仕事してから北陸へ向かいました。高速1000円は土曜0時からとなるため、好都合なところもありました。

 京阪撮影後、タクシーの群れを抜けて、国道1号線で大津へ。大津から乗れば高速代は1000円で済むので、深夜なら京都からなら国1経由で十分だ。大津からこの日の宿?となる杉津PAまで深夜の名神北陸道をひた走る。名神はかなりの交通量で、トラックの他に、高速1000円効果と思われるクルマも多数走っていた。北陸道はさすがに交通量は少ない。真っ暗な山間部を走ることもあり、このまま暗闇に吸い込まれるのではないかと不安になるような道中だ。曲線や勾配もきつく、少々疲れ加減で杉津PAに到着。PAで休むクルマは交通量にしては多いように思え、私のように眠っていく人より先を急ぐ人の方が多いように思った。行き先にもよるが、格安を求めて深夜移動するのであれば、急行きたぐにの自由席に企画切符を設けて格安料金にすれば、それなりに利用されるのではないかと思う。もっともそんなことをせずともきたぐにの自由席は結構混み合ってはいる。

 ~明日へと続く~


弘南鉄道弘南線

2009年06月11日 | 東北

050718konan7155  05年北海道・東北遠征にて弘南鉄道弘南線を乗り潰した。この時弘南鉄道大鰐線には乗車できなかったので、同線は後回しとなった。弘南線はJR弘前から出ており乗りやすいということで、05年夏の遠征で乗ることにした。終点の黒石ではかつて黒石線が連絡しており、JR川部方面へ抜けることができたが、残念ながら98年に廃止されており、05年では時既に遅すぎで、黒石からそのまま折り返すしかなかった。終点の黒石で元南海の1521系が見れたのが幸いといったところで、北海道、東北と関西とかけ離れたところを乗り歩いていたので、ふるさとを思い出したかのように思えた。もっとも1521系の現役時代に乗ることもなかったので、その存在をただ単に知っていたに過ぎなかった。弘南鉄道の列車は元東急の7000系で最近のトレンドともいえる地方私鉄の車両となっており、十和田観光鉄道といいあまり面白みのない車両と言える。


JR五能線

2009年06月10日 | 東北

050718gono40546  JR五能線には05年7月18日に乗車した。同線乗車だけで半日かかりとなる長大ローカル線だけに手付かずのままほったらかしにしていたが、北海道東北遠征で漸く乗り潰すことができた。JR津軽線を早朝から乗り潰して、青森へ戻り、青森から奥羽線を南下して弘前へ。弘前で弘南鉄道に乗車して、午後からJR五能線乗り潰しに取り掛かった。弘前で青森行きのリゾートしらかみを撮影して、弘前始発の五能線列車に乗り込む。川部で進行方向が変わり、奥羽線から五能線に入る。列車は編成が長いせいもありガラガラだった。途中五所川原で津軽鉄道を見て、この鉄道にも乗らねばと思いながら通り過ぎ、りんご畑が目立つ沿線を進んで行く。途中鯵ヶ沢で編成を分割して短くなったが、県境へ向かうためか旅客は益々少なくなっていった。終点の深浦では少し時間待ちがあったが、手持ち無沙汰でリゾートしらかみなどを駅で撮影して時間を潰した。東能代までの道中は雨が降り出し、夏場ながらも荒々しい日本海の荒涼とした景色が展開されて五能線らしい道中を堪能できた。東能代からは特急かもしかでワープして秋田から今はなき日本海2号に乗車して帰阪した。


JR津軽線

2009年06月09日 | 東北

050718tsugaru40552  05年7月17日の北海道遠征を留萌本線乗り潰しで終えて、深川からスーパーホワイトアローで札幌へワープ。新札幌近くの銭湯で入浴して、2晩連続となる急行はまなすで本州へと戻った。はまなすには新札幌から乗車したが、増結されていたこともあり何とか席を確保して青森まで爆睡した。早朝の青森駅で息つく間もなく、津軽線乗り潰しに出向く。津軽線蟹田~三厩間は列車本数が異様に少ないので、このチャンスを逃すわけにはいかない。485系使用の普通列車で前夜の睡眠の続きを取り、蟹田へ到着。三厩行き気動車を待つ間に貨物が1本通過して行き、701系電車は通学の高校生を多く乗せて出発していった。青森方面への電車が出て行き、蟹田駅は閑散となってしまった。ホームには三厩へ向かう如何にもファンと思われる人々(当然ながら私も含まれる)が目立つのみとなっていた。

 三厩行き普通はまさにファン専用列車という感じだった。途中津軽海峡線と並行して走るあたりはファンとしては興奮してしまう(なんでかはわからないが)区間だったが、それ以外は平々凡々とした景色が展開されるだけで、夏にしては肌寒いという印象しか残っていない。終点の三厩も最果ての地というところで降りてどこかへ行こうにも折り返し列車がないので、そのまま折り返すしか手はないと言ったところだ。これでは観光客など呼べるはずもなく、鉄っちゃんと沿線の高校生のためだけに数本列車を走らせているという路線といっても過言ではない。実際ローカル線の大半が高校生のために運行されているというところが多く、高校生が休みに入る時期には利用者が減るので、その補填として18きっぷが発売され、客寄せをしていることは有名な話だ。それからすると18きっぷではないにしろ、JRの戦略にまんまと引っかかり、わざわざ西から東へ出向いて乗り潰しをするために大枚を叩いている自分っていったい・・・と思ってしまう。もっとも私のような鉄っちゃんは1回きりの乗車が多いので、このような人間が年間何十人、何百人、何千人いても、さして腹の足しにはならない。さすがに何万人規模でいればそれなりの腹の足しにはなるだろうが、そこまで鉄道ファンもいてないし、いても乗り潰しをする人はそこまでいない。また、乗りつぶしに来ても安い企画切符利用が大半なので、決して儲かる旅客ではない。そう考えると何でこの路線は存続しているのだろうか?と疑問に思ってしまう。


JR留萌本線

2009年06月08日 | 北海道

050717rumoi545093  JR留萌本線には05年7月17日に乗車した。それまで北海道は学生時代に1度、さらにもう1度行ったことがあったが、周遊券や周遊きっぷを使うため、優等中心に乗り回したこともあり、盲腸線で、ローカル列車しか走らない留萌線は必然的に後回しとなり、乗車することがなかった。乗り潰しを本格的に考え始め、なんとか安上がりに乗れないものかと思案して、JR北海道とJR東日本の普通列車が乗り放題となるきっぷを購入して東北・北海道遠征を企てた。急行はまなすの自由席に乗れるのが魅力的な切符で、往復それを利用して十分元が取れるように行程を組んだ。西の人間にとっては東エリアまでの移動費が馬鹿にならないので大したコストダウンにはならないが、東エリアの人にとっては北海道方面乗り潰しにはもってこいの切符と言える。

 留萌線には石勝線、根室線、富良野線と乗り継いで旭川に出て、旭川からの数少ない直通列車に乗って終点の増毛まで乗り潰した。キハ54には道北や道東で何度か乗車しているが、国鉄末期生まれの車両としては良くできた車両のように思う。ただ、留萌線沿線は言葉は悪いが寂れたイメージがあり、今後も未来永劫的に路線を維持できるかどうかは疑問が残る。北海道の首都とも言うべき札幌へ直結していない点も痛いところで、地域輸送だけではとても成り立たない印象を受ける。SLの運転なども行われていたが、比較的札幌や旭川から近い立地を生かして、この手の客寄せを行い、それを継続していくことが重要なのではないかと思う。