ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

みちのくおっさん3人旅6

2017年11月16日 21時49分20秒 | 最近の出来事

玉子の湯の朝食はこれ。



まあまあ普通の朝食ですね。
この時T本さんはこうおっしゃってました。

「きのう宿に入った時に
いろいろ説明があったけど、
言葉でいう避難路の説明が
なかったよねえ。
だからさあ、ここは料理や
お泊りよりも“お湯自慢”の宿なんだよ」
とねえ。

確かにお湯に関しては満点でしたが、
ほかの点ではもう少し
至らない点もあったかなあという印象でした。
doironは、お酒を飲みすぎて
たっぷり寝たのであまりわからなかったけどね。

さて、では旅行も二日目。

今日の宿は蔵王温泉なので、
そこを目指して出発していきましょう。

山道を走って行きますと、
目の前に大きな湖が見えてきました。



磐梯山の噴火の際にできた大きな湖
「桧原湖」です。

小野川湖・秋元湖とともに
出来ています。
この辺りはその三湖が
見渡せれる場所ということで、
「三湖パラダイス」といわれています。



ほんとは明治21年に磐梯山が
噴火したときは、
300近い泉ができて、
500人近い死者が出るほどだったそうです。



この噴火で桧原村が消滅したそうで、
いまでも水位が下がると
水没以前にあった神社の鳥居や
参道わきの並木なんかが現れるそうです。



むかし北陸の山に行ったときに
廃村の中を歩いたことがありますが、
なんかとても怖くて
慌てて山を駆けていったことが
あるのを思い出しますねえ。

磐梯山にあった山一つが、
ぶわーと崩れてこの裏磐梯の地形を作りました。
なので磐梯山そのものを見ますと、
南側からは会津富士といわれる
きれいな山なんですが、
この北側の裏磐梯から見ると
大きく崩れた山の姿になっているそうです。

残念ながら今回の雨模様の
天候ではきれいに見ることが
できなかったのが残念です。

でもねえ130年くらい前に
崩れてできた地形が、
こんなに緑濃くなっているのは
不思議ですよねえ。

実はなんと地元のある方が
私財をなげうって植林したからなんだそうです。

山からおりていくと、
五色沼というところに出ます。



300近い泉の一つですね。

ここも結構な観光地になっていて
たくさんの人がいました。
年間500万人くらいの
観光者がいるそうです。

なぜ五色沼かと言いますと、
磐梯山から湧き出した水が強酸性で、
それを様々な地下水が薄めたり、
自然のアルカリ水で中和したりするそうです。
なので、赤い湖、青い湖、緑の湖など
様々な色の湖水をつくり出すんだそうです。

やってきた湖の周りを
散歩して歩けるようにも
なっているのですが、
もうこの時は結構な雨でしたので、
売店でコーヒーを買って飲みながら
景色を眺めていました。

売店のお姉さんに
「この辺ていつもこんなに寒いの?
いまは特別だよね」ときくと
「いやあ、だいたいこんなもんですよ」
といってはりました。

休憩所なんかにはストーブも
しっかりたかれていましたね。

もっとじっくりと磐梯山の作った
この景色を楽しみたかったのですが
残念です。

磐梯山は宝の山です。

ばんだ~い、ばんだ~いとさけびつつ、
先に進んでいきましょう。

桧原湖の周りには今は国道が通っています。
この辺り地名は「北塩原村」といいます。

こんな山の中で「塩」というのは
不思議な名前ですよねえ。

じつはこのあたり昔は
大規模な塩生産工場がありました。
なんと湧いて出てくる温泉に
たくさん潮が含まれていて、
すごい塩生産地だったそうです。

だったらあの玉子湯もペーハー値が
2.7と強酸性でしたから、
なめたら塩辛かったかもしれませんね。

この裏磐梯には初めて来たのですが
以前ブラタモリで放映してたから、



ちょっとずつ断片が頭に残っていて、
ぶらぶらしつつも何となく
懐かしいような感じがしたものです。

続く


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