ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

景色はとっても斑鳩4

2018年10月02日 21時36分20秒 | ウォーキング

史料館からまた地図を頼りに
狭い村中の道をくねくね行きますと、
そこに見えてくるのが
あの陶芸で初めて







人間国宝になった富本憲吉の
生家に出てきます。



もともとはここは富本記念館
として開かれていたのです。



しかしそれが閉鎖されて、
今は富本うぶすなの里という
宿泊施設になっています。

宿泊者限定の宿で超豪華旅館だそうです。
1泊5万円とか。

宝くじに当ったら泊りに行きましょう。



広いところに出てきました。
前方に西名阪道が見えてきて
そこの交差点につくと、
左にちょっと大きな山が見えます。



ここの案内板には「古墳」と書かれ、
鷹狩の好きな殿様は
ここに鷹を埋めたといわれたり、
聖徳太子の可愛がっていた鷹を
埋めたとかいわれています。



なのでここの施設は高(タカ)塚
といわれています。

現場にあった案内板にもそう書かれてあり、
案内板の先頭に「古墳」と書かれていますよ。

え~人間じゃなくて「鷹のお墓」でも
「古墳」ていうのかなあ。
違うんでしょうねえ。
やっぱり人間なんでしょう。
きっと誰かのお墓がここに
あったんだと思います。

こうして西名阪道を超えて
また田んぼ道の方に入っていきますと、



そこにあるのが「子守神社」です。



境内の末社である水分社は
水の神様を祀るところ。
地域の水の配分を決めていた神様です。



その水分(みくまり)がなまって
「こもり」になっているようです。



え~共働きの夫婦のこどもは
ここに放り込まれて夜まで
木登りとかして遊んでいた
子守りの神社、
というわけではなさそうです。

それだったら、孫守神社も
探さないとあかんなあ。

あ、ここには神武天皇の
遥拝所があるんですねえ。



ということはこの方角に
神武天皇陵があるんですねえ。
畝傍山のふもとで大量の蚊に
襲われながらお参りしたなあ。
お参りしておきましょう。

ではここから次は中家住宅の方を
目指しましょう。
神社を出るとこの前あたりは
大規模な造成をしていますねえ。

でっかいトラックなんかが
走り回っています。

その造成地の突き当りあたりを
川に向かって行くと、



こんな地蔵さんの先で



その岡崎川をわたるアド橋を渡ります。





このあたりは遠くの景色が
よく見えますねえ。



だいたい山を見れば自分の位置づけが
よくわかるものですが、
この辺はどんな山が見えているのか
じっくり考えないといけないけど、
でも見えている方角が
よくわからないから
さっぱり見当がつきません。

う~ん、あの山はどこなんでしょうかあ。

わかりませんねえ。
まあとりあえず手元の近場の
地図を頼りにぽつぽつと
進んでいきましょう。

川の先はとても道の狭い村の中に
入っていきます。



庭で野菜を育てていたりしてますねえ。

これはもうゴーヤの種取かなあ。



大きな墓とかを見ながら進んでいくと、
前方に緑が見えてきました。
ああ、あのあたりが次の目的地
「中家住宅」なんでしょう。



家の周りが堀で囲われています。



中氏はもともと足立氏と称し、
長い年月の間に武士から
帰農し今に至るという
歴史を持っており、
こういう家になっている。



首屋などの建物や堀、竹藪に
至るまで重要文化財に指定されている。

家の前の橋は木の橋で、



夜には外されており守りを固めていたそうだ。
中に入って見学もできるらしいのですが、
残念ながら前日までに
予約をしておかないといけないらしい。



入り口のところから、
こそーと中向いて写真を撮ってきました。



残念ですねえ。
家の周りには古い建物や
灯籠などが置かれていて、



雰囲気がありますねえ。

それにこの中家の周りは古い住宅地です。
車もすれ違えないような
狭い道がしばらく続いて行き、



やがて広い田園地帯に入っていくわけです。



続く