ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

再び五條へ 3

2018年03月22日 21時22分33秒 | ウォーキング

せっかく古墳の中に入ってきたので、
墓の上に登頂してみましょう。

細かい木々をかき分けるようにして
登っていきました。

ウヒャー枯草や小枝で
ズボンがやぶれそうです。

で、結局そこにはすこし
ぼんやりした広場らしい
ところがあるだけで、
石柱などは何もなかったです。



木の枯葉でずっぽりと
おおわれていました。

さあ、ではまた北宇智駅の
方に戻っていきましょう。

ここまで来た道とは少し違った
経路を通って帰ります。



線路の横道を通り駅まで戻ると、
さあここから住川街道を
通って山の方へと
向かって行きましょう。



地図全体をよく見てみると、
おお何かこの辺は、
ずっと前に歩いた葛城古道の
風の森の少し南側に
当たるんじゃないですか。

古墳があったりで
歴史の古いのが
地理的にもよくわかります。



山の方に向かって
じわじわと登っていきます。

京奈和道も超えて、



さらに金剛山の前衛峰に
向かって進んでいきますと、
おお出ました。

次の目的地である
「つじのやま古墳」への案内です。



村から離れるように出て行って、
静かな田畑の道に出たところの
山側にその古墳が見えてきました。

入り口のところには案内板があります。



この墓は近内古墳群の
最後の首長墓とみられるようです。

風の森峠とこの後訪れる
荒坂峠をむすぶ道に面しています。

発掘調査もしたようで、
埴輪や木製品が出土されているそうです。

いろんな調査から、
この古墳はさっき訪ねた
西山古墳と同じ設計図によって
作られているだろとのことです。

山の方に上がって
いこうかと思いましたが、
ここはちょっと上がりにくそう
だったので、案内板だけ読んで
過ぎていきましょう。

西側に金剛山、東側には遠くに



吉野の山々が見える



気持ちのいい場所でしたねえ。

道をそのまま進んでいきますと、
京奈和道の歩道に出ます。



この道も開通してから
交通量が増えたでしょうねえ。

坂道を上がっていって、
道を渡り今度は下っていきますと、
そこにあるのが「猫塚古墳」です。



坂道を下って歩いていくと、
看板はありましたが、



ん?古墳はどこ?



と思ったら、なんと目の前の
田んぼのような空き地に
四角い山がありますねえ。

これが古墳なんです。

いやあ、なんか熊の
土俵みたいな土の塊です。

この古墳もやはり
盗掘されていたらしいですが、
鏡、小玉、鉾、鉄斧なんかも
出土したそうです。

そんな出土品を見ていると、
大陸とのつながりを示す装飾品や
この地域の鍛冶道具を
保有する点などから、
この墓の被葬者が鉄製品作成の
人々の集団を統括した
人物だといえるそうです。

いやあそれにしても
あけっぴろげな古墳ですねえ。

さあ、ここから次は
道路の下のトンネルをくぐり、
旧道を歩いていきます。



もう、季節はどんどん
春に近づいてきてますねえ。
日当たりの良い所では
オオイヌノフグリや



ホトケノザがいっぱい開いています。



そしてこんな竹林も、



たけのこがもう地面の中で
もこもこし始めているかも
しれませんねえ。

そうして気持ちのいい
山道を進んでいきますと、
この少し先が荒坂峠です。



で、ここに瓦を焼く窯跡が
発掘されたとのことです。



周辺にある瓦を分析すると、
明日香の川原寺のものと
一致することから、
この窯は白鳳時代に
川原寺の瓦を焼くために
創設されたといわれています。

実際にその窯を見てみますと、
建物の中にあるのですが、
壁の隙間から中がのぞけます。



その窯の姿はこんな具合に
なっていました。



かなり再現されているようですねえ。

では続きを歩いていきましょう。



道はこの辺は意外にきれいです。
近くにゴルフ場(奈良カントリー五條コース)
があるからですかねえ。

ほとんど車は通らないのですが、
たまに立派な車が通ったりしますです。

続く