ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

大蝦夷物語~旅立ち編~

2014年07月04日 21時44分45秒 | マラソン

北海道と言えば、やはりなんといっても
広い大地を思い浮かべる。

緑に彩色された大地のうねり、
どこまでも続く並木道。
あくまでも青い空と水。
その中に押しピンのように建つ家々。



そんな景色の中を旅してきた。



今回の旅行を実現させるための準備には、
早くから取り掛かっていた。
まだ、大会の案内も届いてない頃から
選手はウルトラの身体づくり、
そしてdoironは飛行機と宿の手配に
心を砕き計画は順調に固まっていった。

今回で三度目のサロマとなるので、
幸いある程度の土地勘はある。
飛行機でどの空港へ飛び、
どれくらいかけて移動し、
宿はどこが便利かなどの経験を活かして
プランを作り、個々の予約のタイミングごとに
動くつもりであった。

しかし、どうにもそれがうまくいかない。

大会前後だから、
個人での予約が制限されている。
そこで、選手と相談して
大会側から送られてきたパンフレットにあった
ツアーを活用することにした。

基本はツアーにして、
それを足し算引き算することで、
希望に沿ったプランを組み上げて行った。

何度も東京の旅行社とやり取りし、
結果、ツアーの利点を生かしつつ、
ほぼ思案通りのツアーを設定することができた
と自負している。

ところが、日程も直前に迫ってきた頃、
義父さんが入院をし、
3度の危篤の報を受けた時はさすがに、
今回はキャンセルを覚悟せざるを得なくなった。

しかし、毎日病院の見舞いに通っている中で、
4度目の危篤を迎えてからは
あっという間に召されてしまい、
バタバタとお通夜お葬式を終えたのが水曜日。

次の二日間で精力的に後始末に走り回り。

なんとか土曜日に予定通り
出発することとなったのだった。



大阪を発ったのは、土曜日の午前10時。



北海道はさすがに遠い。
国内で2時間以上のフライトは宮古島以来かな。
機内によくある本に航路図が描かれてあるので読んでみたが、
どこをどう飛ぶのかこれでわかったためしがない。

あんなに線が入り組んでいる航路図に
意味があるのかねえ。

そうそう、飛行機に乗るときにいつも
疑問に思うことがもうひとつある。

それは、タラップを外された飛行機が
滑走路に出ていくときに
バックをしたりするよねえ。
あの時はタイヤにエンジンがつながっていて
それで動いているのでしょうか。
それともジェットエンジンの逆噴射なんでしょうか?

ま、どうでもいいことなんですが気になります。

とまあそんなことをこそこそ考えながら、
無事に離陸。

この日の大阪の気候は曇り。
離陸後すぐに飛行機は雲の中に突入していった。

機内は、やたら色の黒い健康そうな人であふれかえっている。

普段はこんなに賑わうこともないだろう
という関空―女満別便も、
この日ばかりはウルトラの選手で賑わっていた。

どことなくサロメチールのかおりがするのも御愛嬌である。

現地の天候もこの日は曇りだったので、
約2時間のフライト後の
着陸時も雲の中から一気に
北の大地へ降り立つ格好となった。



女満別の空港ビルは
前回きたときよりも大きく広くなっていた。

聞けば2005年に増築をしたそうだ。



そこからは、受付会場に向かうバスに乗る
他の乗客とは離れて
doiron一行はバスをキャンセルしていて
レンタカーで、コース下見をしつつ
ワイワイと会場へ向かったのでありました。

続く