書く仕事

ご訪問ありがとう!!ミステリー小説の感想を中心に,読書,日々の雑感,映画の感想等を書き散らかしています.

「ヒカルの卵」森沢明夫

2021年09月16日 16時40分37秒 | 読書
「ヒカルの卵」森沢明夫


去年の11月に「癒し屋キリコの約束」の感想文をアップしたが,これに続いて2冊目の森沢明夫作品.
森沢作品に共通して言えることだが,「人の善意」が常に物語を支配する.
特にこの「ヒカルの卵」には"悪い奴"が一人も出てこない.
そして人の幸せの本質って何だろう?

とある限界集落の養鶏場を営む主人公が「日本一美味しい卵かけごはん専門店」をオープンさせる.
限界集落に卵かけごはん専門店なんか作っても誰も来ないと,皆が思うよね.

ところが...
というストーリーです.

人が追い求める幸せとは,お金なのか,自己実現なのか,村おこしなのか,それとも好きな人との結婚なのか.

では,この小説が提示する幸せとは,,,
さあ,何でしょうか?

「自由への手紙」オードリー・タン

2021年06月11日 10時03分32秒 | 読書
「自由への手紙」オードリー・タン


話題の台湾のIT担当大臣の本.

「自由への手紙」というタイトルに含まれる「自由」という言葉はどういう意味だろう.
我々は,自由に生きているだろうか?
そもそも自由に生きることが本当に幸せなことなのだろうか?
社会から法や慣習をなくしてしまうことが自由なのだろうか?
犯罪者は自由に生きている人なのか?

そんな懸念をもってこの本を開いたのだが,しょっぱなから私の較量の狭さを思い知らされた一冊だった.
まず,自由と言っても2種類があり,一つは過去の慣習や常識に捕らわれてことから自分が解放されること.
もう一方は,自分だけでなく他人を束縛から解放してあげることだ.
つまり,自分だけでなく,他の人を自由にしてあげることが重要だということを最初に述べている.
自分が自由にふるまうことが他人の自由を奪うことになっては,自由の本質に反することになる.という立場を明確にして出発する.

具体例で説明しよう.
例えば,夫婦別姓を強烈に反対する議員さんがいらっしゃる.
反対することは自由だが,反対することで,世の中の共働き夫婦の妻の女性が,キャリアにとって不利に働くあるいは不便さを増長する社会的不合理を押し付けることになっていることに対する配慮がない.
議員さん自身が夫婦別姓にしないのは自由である.しかし,それを他人に強制するのは他人の自由を奪っていることに気付かなければならないのだ.

このように自分自身がどうかということと他人をも束縛から解放するという立場で「自由」を見つめてみると一気に視野が広がるのである.
社会を取り巻く様々な束縛を17の視点から整理し,それらを一つ一つ見直していくという手法で「自由」考察している.
17の視点のうち,「不安から自由になる」では,新型コロナ拡大時にマスク不足が懸念された時,オードリー得意のIT技術を駆使して「マスク配給アプリ」を3日間で開発したことが一時期マスコミを賑わせたが,その経緯が興味深く描かれている.
システム自体もブロックチェーンを応用した巧妙なものだが,各担当省庁との良好な連携が成功の一因だ.
根回しのうまさも天才的なものがありそうだ.
また,「ジェンダーから自由になる」では,オードリーという名前からもわかるように,男性として産まれたものの,今は女性として振る舞っているが,「自由」というコンセプトから実に明快にジェンダーの問題を描いており,いったい,世の中は(特に日本の政治家は)同性婚を法的に認めることに,なぜ,ごちゃごちゃ反対するのか?という気になってくる.
とにかく万事明快であり,さわやかであり,読んでいて生きる意欲が沸いてくる本である.

おじいちゃんと呼ばないで

2021年06月08日 10時00分15秒 | 日記
今日の熊日新聞の文化面に,『高齢女性に広がる中年意識』という記事があり,興味深かった.
超高齢社会の到来とともに,従来だと「おばあさん」と呼ばれる世代になっても,自分を「おばあさん」ではなく「おばさん」と自認する女性が増えているという内容だった.
男性でも同様ではないかと思う.私も,道を歩いていて,後ろから「ちょっとそこのおじいちゃん」と呼ばれても振り返ることはないと思う.一方,「ちょっとそこのおじさん」と呼ばれれば振り返りそうだ.
実際,高齢者と定義される65歳以上の元同僚の諸氏を見ていても皆さん若々しく,とても「おじいちゃん」という雰囲気ではない.
高齢者が働く(働かざるを得ない)時代が良い時代なのかどうかは別にして,皆が元気に歳を重ねることができる時代の到来は歓迎したい.

「到達不能極」斉藤詠一

2021年06月07日 22時07分59秒 | 読書
「到達不能極」斉藤詠一


2018年第64回江戸川乱歩賞受賞作

この小説では,人間の意識は電流として体外に取り出せることになっていて.その研究が旧ドイツにて第二次世界大戦中に完成されたという設定になっている.
これに目を付けたのがナチスの総統である.要するに敗色が濃く,降伏を目の前にして,自らの体を冷凍保存し,意識は電流として取り出してデータとして保存し,将来ほとぼりが冷めたら体を解凍し,意識を元に戻すという計画を立てたのだった.ただし,連合国がやって来れる場所ではまずいので,なんと南極大陸でそのプロジェクトを実行しようというのだ.

この計画に旧日本軍が協力し,その一員として南極に派遣されてしまった,若き飛行兵・信之が物語の中心人物となる.
もちろん,信之は「良い人」なのでその計画には気持ち的には反対である.
さあどうする信之.
物語は荒唐無稽な設定ではあるが,展開が大変面白くて最後まで一気読みだった.
ネタバレにならぬよう,紹介はこの辺でやめておこう.
また,この物語からスピンアウトした掌編もボーナストラックのような形で付随している.


「リピート」乾くるみ

2021年05月29日 10時00分35秒 | 読書
「リピート」乾くるみ


「イニシエーションラブ」「セブン」に続き,乾くるみの3冊目.

シチュエーションミステリーとでも呼ぼうか.
現実にはあり得ないけど,もしこんなことが可能だったら,その後にどんなことが起きるだろうか?
前提は荒唐無稽だが,それ以外の部分は徹底的にロジカルに徹することで意外な結末を誘う物語.

決められた時間に決められた場所に行くと,時間の穴があり,そこに飛び込むと10か月前に戻れる.
その際,自分の意識と記憶はそのままの状態で,10か月前に居た場所の自分の肉体に,スッと入っていく.
これが前提.
もしこんなことが可能だとしたら,あなたはどうする?
競馬の大穴の結果を覚えて行って,大儲け?
値上がりすることがわかっている株を買う?

イニシエーションラブを書いた乾くるみ作品である.
そんな美味しい話だけでは済まないことは当然予想できる.

結末は読んでのお楽しみということになるが,正直言ってあまり道徳的・倫理的に好ましい話ではない.
人間なんて所詮身勝手なものさ,という諦観に立たないと最後まで読み通すのは苦痛かもしれない.
哲学的思考とは対極の人生観に基く小説だ.

「データの見えざる手~ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則」矢野和男

2021年05月20日 10時53分02秒 | 読書
「データの見えざる手~ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則」矢野和男


この20年間でAIと呼ばれる研究分野はすっかり様変わりしてしまいました.
それまでは,AIとは,人間(科学者・研究者)が地道に研究してきた「特徴パラメータ」をもとに現実世界を「モデル化」し,未知の状況をそのモデルに当てはめることで,何かを判断する機械でした.
つまりモデルを作るために必要な,生データから特徴を抽出する手法は,専門家が過去の知識や研究成果をもとに決めていたのです.
というか,その特徴を抽出する手法そのものが研究対象だった,と言っても過言ではないかもしれません.
しかし,2000年ころから,そのような人間が決めた特徴パラメータによるモデル化の限界が明らかになり,それを打破する「新しい」AIが次々と発表されてきました.
何が新しいかというと,人間の知恵を必要とする特徴パラメータを使うのをやめちゃったのです.
生データ自身から自己完結的に特徴を導かせる手法が提案されてきたのです.
「スーパーで,紙おむつと缶ビールを近くに置くと売れ行きが伸びる」ですとか,「婚活を頑張りたい人は家電量販店に行きなさい」とかが一時期テレビのバラエティや情報番組で話題になりましたよね.
あのような話は(中には若干出所が怪しいものもありますが),いくつかはきちんとした上記の手法で導かれたものなのでした.
要は,今までは神を目指して研究するのが人間の役目だったのが,人間には人間の役目があるでしょう,未知の特徴を見つけるのはデータ自身にやらせなさいという発想ですね.
前置きが長くなってしまいましたが,この本は,著者の矢野さんが日立の研究所にて電子が単独で動作する半導体を開発した後に手掛けたテーマに関するもので,歴史的な経緯も含めて丁寧にわかりやすく解説したものです.
半導体をやられていただけあって,量子力学,統計力学,熱力学などへの造詣が深いのは当然ですが,その知識を情報の世界に応用した点が画期的だと思います.
さらに興味深いのは,提案するAIを使って,収支を改善し経営的に貢献するシステムをうまく作ると,社員の幸福度があがるという副産物まであるというのでした.そんなうまい話があるわけないと直感的には思うわけですが,どうも本当のようです.
疑われる方は本書をご覧いただいてお確かめください.

「脳を司る『脳』」毛内拡

2021年05月19日 11時45分38秒 | 読書
「脳を司る『脳』」毛内拡


有り難いことに最近,多くの良書に巡り合えている.
特に,最近アップした「心理学用語大全」や「物語 アメリカの歴史 超大国の行方」はエンタテーメントではなく,私の人生観やライフワークに影響を与えそうな知識を得た本だった.

この「脳を司る『脳』」は,お茶の水女子大で生体機能組織学を研究する新進気鋭の学者である著者の,これまでの研究成果と周辺技術を専門外の読者にわかりやすく伝えるためのものである.
この本は,(おそらく)この分野の専門家には常識的なことかもしれないが,一般には大きく誤解されている意外な事実を実にわかりやすく解説してくれている.
「大きく誤解されている意外な事実」とは何か?
  脳はニューロン(神経細胞)の集合体であり,ニューロンはお互いにつながりあって電気信号をやり取りしている,
  人間の記憶や感情はこれら電気信号のなせる業である.
  つまり,脳の機能はこれらニューロンのネットワークがどうなっているかですべてが決まる.
と,思っていないだろうか?私はそう思ってきた.
しかし,この本によると,そうではない.
もちろん,記憶や運動など脳の基本的な機能の多くに,シナプスを介したニューロン相互の電気信号のやり取りが大きく貢献していることは間違いない.
ただ,それだけではないのだ.
キーワードは「細胞外スペース」である.脳には20%ほどの神経細胞以外のすきま「細胞外スペース」がある.
細胞外スペースは間質液(脳脊髄液)で満たされており,そこには神経修飾物質がある.
この神経修飾物質が,細胞外電場等の間接的な影響をニューロンに及ぼし,発火のしやすさをコントロールしている.
詳細は省くが,人間が感じる気分,緊張感,至福感などの心理的機能や精神機能は細胞外スペースが司っていると言える証拠が見つかりつつある.

というような話だ.
一部のAI研究者が言うように,ニューラルネットワークを究極的に発展させると人間の脳に匹敵するものを作ることができる,というのは原理的に不可能な話のようなのである.
著者の表現を借りるなら,ニューロンは有線ネットワークを作っているが,脳内には細胞外スペースというワイヤレスネットワークがある.
ということで,脳の本質を理解するには,脳内のワイヤレスネットワークの研究が必要のようだ.
グリア細胞やアストロサイトにその鍵があるようで,今後の研究が待たれる.
脳の不可思議な新たな一面を知ることができて,脳からウロコが取れた気分だ.






「物語 アメリカの歴史 超大国の行方」猿谷要

2021年05月15日 10時20分39秒 | 読書
「物語 アメリカの歴史 超大国の行方」猿谷要


定年退職した我が身ではあるが,2020年の最大のストレスはもちろん,コロナ禍であった.しかし,それと同じくらい私のメンタルにダメージを与えたのはアメリカ合衆国大統領ドナルドトランプの言動であった.
とはいえ,落ち着いて考えてみれば,それが許せるものであろうがなかろうが自由の国アメリカでは,どんな発言も彼の勝手である.
問題は彼のような人物が世界最大の経済大国,アメリカ合衆国大統領に当選したという驚くべき事実である.
4年前アメリカ国民は,たとえ僅差でも,ヒラリークリントンではなく彼を大統領に選んだわけである.
私個人としては,仕事上それなりにアメリカの科学技術に興味を持ち,いろんな書籍等も読んでいたので,ある程度文化的な側面もわかったつもりになっていた.
しかし,これまでの知識をどう動員してもトランプが当選する理由を理解できなかった.
直観的に思ったのは「建国以来の歴史を踏まえたアメリカ人の心の中」を,実は全く理解していなかったのではないかということだ.
私が知っているのは,あくまで現代のアメリカだ.
GAFAとマイクロソフトとシリコンバレーが世界経済を動かし,ノーベル賞をたくさん取り,野茂,イチロー,大谷翔平が活躍するアメリカである.
そんなモヤモヤした気持ちの中で,手に取ったのがこの本だった.
正解だったと思う.
いままで,何となくわかった気になっていたものの,実は全くわかっていなかったアメリカの歴史を初めて(ごく一部ではあるが)理解できた気がする.
特に,先住民(アメリカインディアン)に対する政策から始まる人種差別問題は,我々日本人には想像しえない複雑な問題がからみ,現在のアメリカ人自身にも葛藤を与える要因となっていることが理解できた.
4年前にトランプ大統領が当選した理由も,是非はともかくとして,少し理解できたかなと思う.
ただし,このままでは,アメリカが世界から尊敬され真のリーダーになることは相当難しいと思う.
バイデン大統領の国際協調路線が奏功することを願ってやまない.
なお,この本が書かれたのは1991年なので,その意味では日本の平成の30年間の記述はすっぽり抜けていることを留意して読む必要がある.

「心理学用語大全」齊藤勇監修,田中正人編著

2021年04月30日 22時31分30秒 | 読書
「心理学用語大全」齊藤勇監修,田中正人編著


故あって心理学について初歩的な知識が必要になり,この本を手に入れました.
300ページくらいあるので,最初は机上に置いといて,辞書代わりに使おうと思っていたのですが,最初からパラパラと読んでいたら結構面白くて,結局全ページ読んじゃった.
あえてデフォルメした表現で解りやすく書いていて,心理学初心者の私にはありがたかったです.
発達心理学や社会心理学等,分野ごとに有名な説を解説してくれていてサクサクと読めます.
また最近いろいろなセミナーなどに取り入れられて実践的な方法論を明らかにしている「ビッグファイブ理論」や「自己実現の欲求」などについても,大体のことは解るように書かれていて,助かりました.



「セブン」乾くるみ

2021年04月27日 10時29分39秒 | 読書
「セブン」乾くるみ


イニシエーションラブの作者・乾くるみの短編集.
ミステリーというより,知的なゲーム感覚のサバイバルストーリー集になってます.

どれも日常ではありえないような特殊な状況を作って,その中で登場人物が知恵を凝らして生き延びようとする,みたいな.
クイズ好きには受けそうな内容です.
ただ,クイズと言ってもトンチクイズではなく,数字を駆使したものになっていて,算数が苦手な人は最初の20ぺージでギブアップするかも.
数学じゃなくて算数です.整数や組み合わせ問題です.
こんなことで人の生死を決めちゃうの?っていう突っ込みはさておき,ゲームとしてお話を追いかけること自体はとても面白いです.
短編集ですので,シチュエーションもいろんなバリエーションが出てきて飽きが来ません.

さすが「イニシエーションラブ」で私らを騙してくれた作者だけのことはあります.

「ハコブネ」村田沙耶香

2021年04月11日 10時45分32秒 | 読書
「ハコブネ」村田沙耶香


「コンビニ人間」で芥川賞を受賞した村田沙耶香作.

主人公は3人の女性.19歳の里帆とアラサーの椿と千佳子.
里帆は自分のセクシャリティに疑問を持ちつつ,真実の自分を探し続けている.
椿は自分が女であることを極限まで追求し,里帆が女であることを否定しようとする(ように見える)ことを責め続ける.
千佳子は,性を超え,人間としての肉体感覚を否定し,地球と一体化したいと願う.

物語的には,里帆と椿の軋轢を軸に,それとは別次元の座標軸で人生を送りたい千佳子の内面をつぶさに描いたものだ.
そういう意味で,村田沙也加的には,主人公は「千佳子」なんだろうな.
「コンビニ人間」が面白かったし,新聞の書評欄でも評判だったので読んでみました,という経緯なんだが,正直言って,男と女の間には広くて深い溝があるんだなあと,今さらながら痛感したしだい.
哲学的な溝という意味も含めて.
この小説から何を学んだのか?と問われるのが辛い.

なお,この小説の重要な舞台として,「自習室」というのが出てくる.知ってますか?
ググればわかるが,へえ,そんな場所があったんだ.

「神のダイスを見上げて」知念実希人

2021年03月26日 22時52分05秒 | 読書
「神のダイスを見上げて」知念実希人


巨大小惑星「ダイス」が地球に接近し,衝突の可能性があるという.
衝突確率は,政府発表では「極めて低い」ことになっているが,ネット情報や特定の知識人のSNSによると,無視できない値だという.
そんな混乱の世の中で,奇怪な殺人事件が起きる.
被害者は美貌の女子大生「漆原圭子」.
この物語の主人公である男子高校生「漆原亮」の姉である.
亮君にとって,姉の圭子はただ一人の肉親であり,最愛の家族でもあった.
そして,姉が殺されたのは,小惑星「ダイス」が地球に最接近する(または衝突する)日の5日前であった.
亮としては何としてでも,ダイス衝突前に犯人を捕まえたいが,警察は治安を守ることに躍起となって,事件の捜査にはほとんど力を入れようとしない.
ミステリーとしては,なかなか手の込んだ面白い物語になっていて,飽きさせない展開だ.
最後の二転三転のどんでん返しも面白かった.

ただね,登場人物のメンタルが皆,壊れているのがね...
亮君は極度のシスコンだし,殺された姉の圭子にいたっては...いや,ネタバレになるのでやめておこう.
亮のクラスメイトや,捜査に当たる刑事たちも,皆,え?っていう人格を持っているのが驚きだ.
まあ,地球が滅びるかもしれないっていう時期なので,人々の精神状態も異常になってしまうんだろうと推察して,違和感を横に置きながら読むんだろうと思います.
それを割り引いたとしても,やはり面白い小説でした.

「こうして誰もいなくなった」有栖川有栖

2021年03月16日 11時06分04秒 | 読書
「こうして誰もいなくなった」有栖川有栖


タイトルを見れば,アガサクリスティのあの名作を連想しますね.
原作に対するオマージュかなと思うじゃないですか?
でも,違います.
有栖川有栖さんは,あとがきにも述べられていますが,アガサクリスティの原作に対する不満があるようです.
アガサの原作は小説としては面白いが,ミステリーとしてはどうなの?という疑問です.
実は私もそう思う.
そこで彼は,有栖川有栖は考えた.
同じプロットで,ミステリーファンが満足する小説を書いてやろう,と.
骨組みはよく似ていますが,全く違うコンセプトになっています.
しいて言うなら,サッカーとラグビーくらい違う.
有栖川さんの方がラグビー. → 個人の感想です

なお,表題作は130ページ程度の中編です.
この他,様々なジャンルのショートショート乃至短編の計14篇が収録されていて,さながら有栖川見本市のようです.
有栖川ワールドを堪能できる一冊でしょう.
この本とコーヒーとピーナツチョコがあれば,午後の幸せなひと時を過ごせること請け合いです.あ,コーヒーとピーナツチョコと有栖川ファン限定ですが.

「カエルの小指」道尾秀介

2021年03月02日 12時16分57秒 | 読書
「カエルの小指」道尾秀介


「いけない」に続き,道尾秀介さんの小説.
この小説の骨子を為すのは,「騙し」.
ただし,何のための騙しか,ということが重要で,もちろん,お金を稼ぐための犯罪という場合もあるが,それ以外にも,誰かを守るためとか,誰かの心に希望を与えるためというようなこともある.
ある意味,様々な種類の騙しのデパートみたいなストーリーになっている.
主人公の武沢竹夫は元詐欺師だが,ある事件が原因で足を洗い,今は出張販売員(ショッピングセンターの隅で卓を広げて口先一つでものを売る)で細々と暮らしている.
その武沢君は,十数年前にある女性の命を救ったことがあり,その子供(中学2年生)が彼を訪ねてくるところから物語が始まる.

物語的には,ここで簡単にあらすじを書くことは不可能なほど入り組んでいるので省略しますが,とにかくあちこちに無数と言っていいほど伏線が張り巡らされ,付いていくのが行くのが大変です.
ただ,道尾さんの他の小説,例えば「カラスの親指」なんかに比べると,伏線の糸の長さが短いというか,数ページ先にはその意図が解説されるので,「?」が蓄積して頭がパンクすることはないです.ある意味,謎と答えが10分ごとに繰り返されるような感じ.
時の経つのを忘れて,ストーリーと謎ときに集中できます.
それにしても,こんなややこしいお話をよく組み立てられるものだと,感心してしまいます.
お腹いっぱいです.

「いけない」道尾秀介

2021年02月16日 14時44分03秒 | 読書
「いけない」道尾秀介


今までにないパターンの推理小説.
推理小説は,作者が物語を通して謎を提示し,探偵役の人物がそれを解決するという構成が一般的.
もちろん,最初から犯人が分っていて,追い詰められる過程を描く倒叙ものというジャンルもあるけど,どうやって犯人は尻尾を捕まれるのかというところが「謎」になっていると考えれば,「探偵役の人物がそれを解決するという」というところは共通している.

しかし,この小説は,「解決」の部分がない.
謎は投げられっぱなしである.
読者は自らの力で,犯人を特定し,自分なりの決着をつけなくてはならない.

ミステリ好きでも,探偵の快刀乱麻の推理を楽しみたいというミステリーファンには勧められない.
自分なりの推理を楽しむタイプの読者ならば,この小説を大いに楽しめるものと確信する.
推理が当たっているかどうかは別として.