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時悠人chosan流処世術

●逃げの美学

2005-09-13 10:38:18 | 日記・エッセイ・コラム
 選挙が終わり、21日から特別国会が召集されるが、小泉政権に期待した多くの有権者の最大の関心事は、もはや郵政民営化ではない。その後、山積する諸問題をどういったスタンスで進めて行くのかだろう。

 自民党が圧勝した以上、公約を実行する責任は重い。選挙後の熱いうちに、マスコミがマニフェストに基づき、監視役をすべきだ。ところが、相変わらず話題づくりに熱心で、次期内閣の顔ぶれや首相の後継者予想をしているのは残念だ。

 ポスト小泉を占って何になるのだろう。当の本人にマイクを向けるから、「来秋の総裁任期まで精一杯つとめて続投はしない」と、教科書通りに答えるのだ。テレビで、「男の美学を尊重する小泉さんだけに、任期までに後継者を育成し、禅譲するだろう」と、したり顔で解説しているのを見ると、虫唾が走る。冗談じゃない。こんな無責任で国民を馬鹿にした話はない。

 全ての課題は、郵政民営化を突破口にして取り組むと言って、選挙戦を戦っておきながら、「次期総理・総裁に改革を推進する人を起用したい」と、言うのは逃げでしかない。「自分の責任において、向こう4年間、諸課題を解決したい。その為には、総裁任期を延長するよう自民党で検討して貰いたい」と、言うのが男の美学であり、責任の取り方ではないのか。

 とりわけ、拉致問題は、自分でパンドラの箱を開けておきながら、6カ国協議の傘の下に逃げ込んで当事者能力を発揮出来ないでいる。今日から協議が再開されたが、日本政府のスタンスは全く従来と変わらず、「対話と圧力」でしかない。かさねて、マスコミ関係者にお願いしたいことは、小泉首相に男の美学とか、花道を飾るとはどうあるべきかを問う役割を果たして欲しい。