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時悠人chosan流処世術

●選挙費用の無駄遣い

2005-09-08 11:21:34 | 日記・エッセイ・コラム
 今日、衆院選の「期日前投票」をすませて、昂揚していた気分が少し落ち着いた。

 期日前投票は3回目。各政党の主張や論点は、自分なりに理解したし、テレビの感情むき出しの中傷合戦にも辟易していたからだ。以前よりも手続きが簡素化されたというのだが、まだまだ無駄が多く、選挙に多額の費用がかかる原因の一つを実感した。

 公平性を期すためなのだろうが、20平米程の狭い一室に係員が8人も待機。所定の用紙に住所・氏名と期日前投票の理由を書かされたが、本人確認の質問もなく、持参したハガキだけで処理された。「何故、理由書を提出するのだろう?」との疑問がわいた。仮に、他人のハガキで期日前投票に出向いたら防止出来ないような無防備な管理体制だった。いったい、あの提出書類は何だったんだろう?
不正投票が発覚した場合の言い訳資料に使われるのだろうか?
これならインターネットによる投票制度を導入した方が良いのではないかとさえ思えてくる。

 そもそも、選挙当日、都合が悪い有権者が利用する制度に理由を書かせる必要だってないのかも。本人確認のためなら、免許証や保険証で代替可能だし、活用しない書類は無駄でしかないことになる。おまけに、記入方法を説明する係員を配置し、ハガキを照合する人、投票用紙を渡す人、立会人と別々に配置している人件費はいくらかかるのだろうと、考え込んでしまった。

 郵政民営化に関心を奪われ失念していたが、今回の選挙では、最高裁の判事の信任投票もあるのだ。果たして彼らの適格性を判断出来る有権者がどれだけいるのだろうか?現憲法制度の下、当然のことなのだろうが、形骸化した審査投票だと思わずにいられない。国民裁判員制度と同様、理解出来ないことの一つだ。次々に新たな疑問が頭をよぎる。