ギリシャ神話あれこれ:スミュルナの恋

 
 相棒がいつも言うことだが、人間は成長に伴い、互いに対等な関係を築いていく。が、親との関係は、選択の余地なく与えられた関係だ。だから、この親とのあいだにも対等な関係が成立したときに初めて、自分の取り結ぶあらゆる関係が、ようやく対等になるのだという。
 私自身は、親との関係が、自分の意志によらずに与えられたものである以上、子にとって親が赤の他人になることが、親と結び得る最もマシな関係であるように思う。

 キュプロスの王キニュラス(あるいはアッシリア王テイアス)の娘である、王女スミュルナ(ミュラ)は、例にたがわず美しい娘。が、あるときアフロディテ神の逆鱗に触れ、とんでもない呪いをかけられる。これは、アフロディテへの祭儀を怠ったためとも、王妃が娘をアフロディテよりも美しいと自慢したためともいう。
 が、とにかく神罰によって、スミュルナは実父に、道ならぬ激しい恋心を抱くようになる。うげっ。

 スミュルナは一途に思いつめ、とうとう自殺を図る。が、からくも乳母によって阻止され、この乳母に思いの丈を打ち明けてしまう。
 仰天した乳母だが、育て子の可愛さあまりに、スミュルナの恋を手引きする。祭礼の夜、乳母は泥酔した父王の寝室に、スミュルナを忍び込ませる。彼女は夜の闇に紛れて、顔を隠し、見知らぬ女として、恋を成就すべく十二夜、父王を欺いて父の寝床へと通う。うげげげげっ。
 
 が、キニュラス王が燭台に火を灯したとき、すべてが露見する。父王は激怒し、娘を一刀のもとに切り捨てようとする。が、父が一瞬のためらいを見せたその隙に、スミュルナは父の寝室を逃れ出る。
 故郷を追われた彼女は、身重の身で9ヶ月間諸国をさまよい、ついにアラビアの南、サバの地で力尽きる。自分の罪を承知し、冥界へ行くことを拒んだ彼女は、神々に祈り、没薬(ミュラ、ミルラ)の木に姿を変える。没薬の芳香ある樹液は、彼女の涙なのだという。

 この香木から生まれたのが、ギリシャ神話一の美少年として名高いアドニス。 

 画像は、カレーム「父テイアスに追われ、没薬に姿を変えるミュラ」。
  ジャック=フィリップ・カレーム(Jacques-Philippe Caresme, 1734-1796, French)

     Related Entries :
       アフロディテ
       アドニスの物語


     Bear's Paw -ギリシャ神話あれこれ-
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )