ギリシャ神話あれこれ:冥府の番犬

 
 ケルベロスも好きだった。ギリシャ神話が面白かった理由の一つは、異形の怪物がたくさん登場する点。が、その怪物も結局は、現に存在する動物を誇張したり合体させたりしてできているので、なんとなく滑稽なわけ。

 死者の霊魂を冥府まで導くのは、伝令神ヘルメス。彼はなかなか気さくに、死への旅路を先導してくれるという。
 死骸から離れた魂たちは、埋葬されると、即ちステュクスの川を渡り冥界の門をくぐると、過去の記憶も、心も失う。もはや魂たちは、実体はなく、喜びも悲しみも苦しみもない、茫漠とした影のような曖味な存在。蝙蝠のように怪しくキイキイと叫声を上げながら、ひらひらと飛び交い、ヘルメスの黄金の杖(この伝令杖はあらゆる人間に眠りを与える力を持つ)の後に群れ従う。

 亡霊たちは、冥王ハデスと、ミノス、ラダマンテュス、アイアコスの三人の裁判官とによって、生前の行ないについて審判を受け、それぞれの現世の罪過に相当する刑罰を受けるという。
 この冥王ハデスの宮殿の門には、番犬ケルベロスが構えている。

 このうち、ごく限られた極悪重罪人たちは、冥界の最奥、タルタロスへと赴かなければならない。
 神々に愛された、ごくわずかな魂は、エリュシオンという楽園に行く。が、フツーの亡霊たちは、アスフォデロス(不凋花)の白い花々が一面に咲き乱れる野へと向かう。亡霊たちは喜びも悲しみも苦しみもないまま、ただ、ここに群れ住まう。

 さて、ハデスの宮殿の門に居座る、猛犬ケルベロス。

 この犬は、百頭の大蛇テュポンと、半人半蛇エキドナという怪物たちから生まれた怪物で(凄!)、三つの頭と、一匹の竜の尾を持ち、背にはあらゆる種類の蛇のたてがみを持つ。三つの頭のそれぞれの眼は火花を散らせ、それぞれの口は炎を吐く。黒い牙をむき出して、青銅のような声で咆哮する。唾液には猛毒がある。たてがみの無数の蛇たちも、シューシューと白い毒を吐く(凄ーッ!)。
 死者の魂が冥府へとやって来るときには、取り立てて何もしないが(生者がやって来ると、もちろん吠え立てる)、冥府から逃げ出そうとすると、獰猛に襲いかかって貪り喰らう(……亡霊を喰えるのか?)。

 が、やはり渡し守カロンと同様、歌に弱かったり、ケーキに弱かったりと、案外に隙だらけ。ケルベロスを手なずけた生者が何人も門を通過している。 
 英雄ヘラクレスがやって来たときには、その怪力に打ちのめされ、彼に引っ張られて、初めて地上の光を見るハメになった。あまりのまぶしさに驚いたケルベロス、ギャオン! ギャオン! と激しく抵抗して吠えまくり、そのとき飛び散った涎から、猛毒のトリカブトが生えてきたという。

 画像は、ブレイク「ケルベロス」。
  ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827, British)

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