ギリシャ神話あれこれ:熊になったカリスト

 
 今でもよく夢に見るのだが、妊娠して、お腹が目立ってきた頃、外出しなければならない際にはいつも、知った顔に出会わなければいいのにな、と祈るような気持ちでいた。厄介な事情を詮索される鬱陶しさ、事情を説明しなければならない面倒臭さ、そういったものすべてが煩わしくてたまらなかった。胎動を感じる時期の母親というのは、もし何の問題も抱えていないなら、一番幸せに違いないのに、不公平だ、と思いながら、自転車にも乗れずにボテボテと歩いていた。
 口頭試問があったのはちょうどその頃で、三、四十人もの大学教員らが一同にずらりと並ぶ前で、お腹を抱えてヨッコラセと座らなければならないのは、悪夢だった。
 
 で、試問が終わった後、中庭のベンチにヨッコラセと座って休んでいると、学部生時代の友人に出くわした。というか、彼女は、その日が試問の日だと知っていて、時間を見計らって私を探しにきたのだった。
 鬱陶しいのと面倒臭いのとで、私は何も説明せずにいた。すると彼女は言った。
「チマちゃん、太ったね」 
 ……

 アルテミス神に仕える美しいニンフ、カリストは、アルテミスのお気に入り。彼女もまたアルテミスを敬愛し、槍や弓矢を手に、アルテミスに従って山野を駆け、狩猟にのみ日々を送っていた。

 あるとき、カリストが一人、森の木蔭で昼寝していると、アルテミスが近づく。カリストは無邪気に、アルテミスに狩りの様子を話して聞かせる。と、アルテミスが荒々しくカリストを胸に抱いて彼女を求める。
 案の定、このアルテミスは、カリストを見初めたゼウス神が化けたもの。で、ゼウスは易々と、胸中のカリストを奪う。処女神アルテミスが、自分の扈従にも処女を厳守させていることを、知らないわけでもあるまいに。ひど。

 で、例によってカリストは身籠る。相変わらずアルテミスに仕えていたが、月日が経ち、ある昼下がり、狩りのあとの水浴で、カリストの秘密は露見する。彼女の大きなお腹を見たアルテミスは、誓いを破ったカリストを、決然と追放する。
 憐れカリストは、森をさまよい、一人ひそかに男の子を産む。が、ここにきてゼウスの嫉妬深い妻、ヘラ神が、カリストを罵り、その姿を黒い牝熊に変えて、狩人から追われるよう仕向ける。

 年月が経ち、カリストの息子アルカスは、母親に似て狩猟を好む若者に成長する。そしてあるとき、ふと森で、母である黒い牝熊に出くわす。
 牝熊カリストは、我が子を想う懐かしさに、ついアルカスのほうへと歩み寄るが、アルカスのほうは、熊が襲ってきたとばかりに、熊めがけて槍を放つ。
 この瞬間、ゼウス神は見るに見かねて、アルカスの姿も熊に変え、旋風を起こして天に上げる。これが、おおぐま座とこぐま座。
 なお、怒りの収まらないヘラ神は、せめて、母子熊が休みなく夜空を駆けなければならないよう、大洋神オケアノスをそそのかして、母子熊が海中に沈むのを拒ませたのだとか。

 カリストは木星(ジュピター)の衛星の名でもある。

 画像は、ブーシェ「ユピテルとカリスト」。
  フランソワ・ブーシェ(Francois Boucher, 1703-1770, French)

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