団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

一富士二鷹三茄子

2013年01月11日 | Weblog

  初夢をみた。

  今使っている財布を落とした。捜すと道路に投げ捨てられていた財布を見つけた。中身はからっぽになっていた。財布には銀行のカード、保険証、身体障害者手帳、運転免許証、行きつけのスーパーのポイントカードなどパンパンにふくらむほどギュウギュウ詰めだった。

 おそらくこの夢のもとは、私がパリの地下鉄で3人組のスリに襲われた経験から出たに違いない。薄汚れたオーバーをヒラヒラさせて190センチを超えるやせた大男が私の前で屈みこんで私の靴を右手の指4本で「パッシンパシン」とさするように叩いた。私の全神経がその男の指先に集中していた。背後に二人の男がいて、彼らのうちの一人が私のズボンの尻ポケットから財布を抜いた。これだけならどこにでもあるスリに襲われ財布を盗られた話である。

 薄汚いオーバーの前ボタンを留めずに着流していた大男は発車寸前、閉まるドアをすり抜けた。体はホームに降り立てた。しかしオーバーの左ハシのポケット状の折り返しがドアの取っ手にすっぽりはまってしまった。パリでもどこでも日本以外の鉄道は、乗客は自分で自分の身を守らなければならない。緊急停車装置などない。ましてや自由とは自立を意味するフランスでは、尚更にお節介がましいことがまかり通らない。このワルは絶対絶命だった。電車は動き出した。大男は電車に引きずられ、ホームのコンクリートに叩きつけられ死ぬだろう。財布を盗られてもまだ気がつかないオバカな私はドアに一番近いところにいた。私が手を出さなければ、この大男は死んだに違いない。

  私はドアのノブから男のオーバーのハシを抜いた。大男は倒れることもなく、ドアに挟まったオーバーの裾を剥がすように引き抜いた。顔面蒼白だった。全力疾走で階段を駆け登って行った。今でもあの大男のひげ面と青ざめた顔を思い出せる。

  財布の中の現金はすべてアフリカ・セネガルの1000セーファー札だった。(1セーファー=0.2日本円)被害額は数千円程度だったが、クレジットカードが入っていたので、日本の銀行にホテルから電話して使えないように手続きした。私はあの時ほど時差をありがたいと思ったことがない。その経験に懲りて、私は財布を絶対に尻ポケットに入れない。肩掛けカバンの中に入れ、常に細心の注意と警戒を怠らない。

  目覚まし時計が鳴った。毎朝パッとサイドテーブルの上にある時計を一瞬で黙らせる妻に即、夢の話をした。妻も夢の話をした。妻の夢は私が大きなタイヤを2個、それも大きな風呂桶に入ったもの、を買おうとしていて困ったというものだった。理解できる範囲を超えている。一緒に寝ていてもまったく異なる夢をみていた。私は起きてすぐカバンの中から財布を出して中身を調べた。いつもの通り現金以外のカード類ではち切れそうだった。妻が風呂場で風呂桶に大きなタイヤがないか調べたかはわからない。おかしな初夢だった。

  二人とも一富士二鷹三茄子とはかけ離れた夢だが、話して聞いてもらえることに感謝する。それにしても夢は不思議なものだ。

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