団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

甘平、八朔、伊予柑のパサパサ

2019年03月29日 | Weblog

 今、店にはイチゴやミカンが溢れるように並べられている。イチゴだと、あまおう、とちおとめ、あかねっ娘、紅ほっぺ、女峰…。ミカンなら、甘平、八朔、伊予柑、せとか、清見、デコポン、…。あまりの名前の多さに戸惑う。毎年次から次へと新しい名が増える。

 私がチュニジアに暮らしていた時、トムソンという美味しいオレンジがあった。市場の果物屋でいくら「トムソン」と言っても外国人の私がトムソンを買うことはできなかった。オレンジは外見だけで見分けることができない。イチゲン(一見)の客でしかない私のような客は良いカモである。売る側は客の私がトムソンを求めれば、トムソンだと言い、サムソンだと言えばサムソンだと言って売りつけようとする。向こうは必死である。かくして私は住む国住む国の市場で売り手に騙され続けた。私は自分が売るのは下手だが、買う側としては騙されやすい良い客だと自負している。セネガルには実に美味いパパイアがあった。パパイア・ソロという。果肉がサーモンピンク色だった。しかし絶対に外見で区別がつかなかった。買ったパパイアの三分の二はパパイア・ソロではなかった。どんなに騙されても私はパパイア・ソロにこだわった。それほど美味かった。私は諦めて、どうしても欲しい特定の果物は現地の友人に頼んで買ってもらっていた。こだわりこそ、ご馳走の醍醐味である。ご馳走は狩りのようなものと捉えて、日々どこの国でも市場を夢中になって駆け回った。

 人の嗜好はそれぞれだ。だからこそこれだけ色々な種類が市場に出回る。私はミカンでは甘平と八朔と伊予柑を好む。そのわけは、この3種類端の一部にパサパサのところがある。なぜか子供の頃からミカンのパサパサが好きだった。そのパサパサも全体だとダメなのだ。適度に端にパサパサが配置されていれば、最高である。その割合が重要なのである。それを叶えてくれるミカンが甘平、八朔、伊予柑である。文旦もパサパサが多くていいのだが、手に入りにくい。甘平は比較的新しい品種だと思う。ポンカンと西之香の掛けあわせだそうだ。八朔は甘くもなく苦みも適度に入っていてよい。パサパサにも満足。伊予柑は味やパサパサだけでなく、名前に魅かれた。私が4歳の時亡くなった母親の名前が「いよ」。幼い頃から「いよ」という響きに敏感だった。消えた母への恋慕は、留まることなく拡大するばかり。伊予柑というミカンを知った時は衝撃的だった。名前だけで胸がいっぱいになった。私も大人になり、「いよ」の響きに反応が薄れてきた。伊予柑が普及して手に入りやすくなった。伊予柑はただフルーツとして受け入れられるようになった。美味いミカンだ。

 綺麗で明るく、衛生的で設備も整った日本のスーパーマーケット、デパート、専門店での買い物は、信用でき便利である。甘平か、あまおうかと問うても騙されることもない。種類別に区分けされていて、選ぶことで間違えることもない。きちんと表記もされていて、値段も付いている。でも物足りない。私は特別扱いされたり、チヤホヤされたりするのが好き。お得意さんになって顔見知りになっていろいろな情報をもらうのが好き。おしゃべりが好き。特に市場や店で顔なじみになった人たちに会うのが好き。騙されても騙されても、信頼できる売り手の人に出会うまでの紆余曲折が好き。そうやって自分のこだわりを押し通して手に入れたモノを口にするのが好き。

 今まで住んだところで知ってしまった美味に未練はある。でもこうして日本へ帰国して、日本の美味しいモノにこだわりを持って探し求めるのも、また乙な暇つぶしである。歳をとり、足腰が弱くなって、遠出ができなくなってきた。ネットでの買い物が多くなってきた。どこからでも探しているを見つけ、注文すれば配達日、時間指定で届けられる。便利であるが、そうすればするほど、過去に出会ったゴミゴミして不衛生でだまされながら泥だらけになって狩りをするように市場を歩き回った日々を思い出す。無いものねだりな罰当たりなことかもしれない。そう思いながら、このブログを書きながら、今年最後になるであろう一つ残った甘平を食べきった。美味い。

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