私が物心ついた頃、家に椰子の実があった。飾ってあるわけでもなく、2階の座敷の端に置かれていた。それは乾燥していて、まるで恐竜の卵の化石のようだった。磨かれた様に肌がスベスベで光沢があった。私には、重すぎ、硬すぎて玩具にすることはできなかった。父親にどうして家にヤシの実があるのか尋ねることはなかった。小学校の教科書に島崎藤村作詞の『ヤシの実』が載っていた。「♪名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実ひとつ …♪」 小学校の教師の話から、椰子の実が南の熱帯で採れるモノであることを知った。 私の父親は、徴兵されて満州シベリヤにいたことはあるが、椰子の実がある南方へは行っていない。我が家の椰子の実の真相を、知りたいと思わなかった。あの頃知りたいことは、他にたくさんあった。椰子の実のどころではなかった。今となっては、もうなぜ我が家に椰子の実があったのか分からない。父は、既に他界してしまった。父親に椰子の実について聞かなったことを後悔している。
私は、毎朝体重を測った後、紙パック入りのココナッツウォーター(180cc)を飲んでいる。医者である妻から以前、戦争中、椰子の実の中の液体を点滴代わりに使ったというような話を聞いた。椰子の実の中の液体は、無菌で糖分や豊富なミネラルが含まれているから、点滴代わりになったらしい。医学的なことは、よく分からないが、“無菌”と“ミネラル豊富”に心魅かれた。私は、市販のジュースがあまり好きでない。ジュースを飲むなら、その果物をそのまま食べたいと思う。元気で億劫がらずにいろいろ出来ていた頃、スイカやザクロのジュースを自分で作った。でも今、そこまでやる気がない。ジュース代わりになるものを探した。ココナッツウォーター。タイ原産で次の表示があった。ストレートココナッツ果汁100%使用、砂糖不使用、着色料不使用、香料不使用。栄養成分表示:100ml当たりエネルギー18cal、タンパク質0.0g脂質0.0g炭水化物4.6g糖類3.2g食塩相当量0.05g。なにか体に良さそうと感じた。
自分の目で見てないことは、なかなか信じられない。そんな折、偶然YouTubeでココナッツ産業の番組を見つけた。以前からあの硬い殻を持つ椰子の実からどうやってジュースを採っているのか疑問に思っていた。その番組では、カッターがついた機械に、椰子の実を置き、カッターで真二つに切断して、果汁を採集していた。長い豊富な経験から考案された道具や機械を駆使して、能率的効率的に生産されていた。
椰子の実は、種類がたくさんある。どの椰子の実も私たちの生活の役に立っている。椰子の木は、建築資材になる。椰子の実の外果皮の繊維は、タワシや活性炭に。内果皮は、食器に。内果皮の内側に付いている白い固形胚乳は、ココナッツオイルやココナッツミルクや菓子原料に。液状胚乳は、ココナッツジュースやココナッツウォーターに。また一時期日本でブームになったナタデココは、ココナッツの胚乳をナタ菌で発酵させたものである。私は、ナタデココが好きで、私の客人をもてなすデザートに良く使っている。椰子の実は、捨てるところがない万能作物である。
また猛暑が戻って来た。コロナは、恐ろしい程感染者数を増やしている。まだ当分、エアコンをドライで使って、水分はココナッツウォーターを飲み、椰子の木の下で、昼寝をしている夢をみていたい。