団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

姫リンゴ・crab apple

2020年08月25日 | Weblog

  山形県から“お取り寄せ”した旬の果物の詰め合わせの中に小さなリンゴが2個入っていた。日本では“姫リンゴ”と呼ばれる。英語では“crab apple”。妻は、「小さいね」と言って手に取った。水道水で洗ってから、小さなリンゴを齧った。「酸っぱい。それに渋い」

 それもそのはずである。もともとこの小さなリンゴは、今の大きなリンゴの原種と考えられている。いろいろ文献を調べてみたが、詳しい説明を見つけることができなかった。ただネパールの市場で梨の原種と言われる小さな梨を買ったことがある。ちょうど姫リンゴと同じくらいの大きさだった。固くて渋かった。しかし後味の中にほのかに梨の味を感じた。原種に接することができるのは、まるで川の源流をたどるような冒険心をくすぐる。

  日本では“姫リンゴ”と呼ばれる。英語では“crab apple”。酸味が強いためにジュースやゼリー、果実酒などの加工用に使われている。私が子供の頃、秋のお祭りで売られていた。食べるためと言うより、物珍しさが子供達の好奇心を後押ししたのか、結構売れていた。

  高校2年生でカナダの全寮制の学校に転校した。自給自足を目指す学校だった。カナダを映画で観たアメリカと同じで食事はぶ厚いステーキや丸ごと焼いたチキンが毎日食べられると期待していた。学校の食堂で出された食事は、禅寺の精進料理のようだった。朝食はトースト2枚とオートミール。昼食は、マッシュポテトにグレービーソースをかけたもの。夕食はスープとクラッカー。肉はほとんど出されず、マッシュポテトにかけるグレービーという肉汁が肉につながる唯一の献立だった。2,3カ月連続で来る日も来る日も同じデザートが出たことがあった。それが缶詰の姫リンゴのシロップ漬けだった。当時私は夕食後1時間学校の調理室で学費の足しになるバイトをしていた。姫リンゴのシロップ漬けの空き缶を片付けた。缶は業務用の大きなものだった。それが山のようになっていた。

  姫リンゴのシロップ漬けは、学生に人気がなかった。手をつけない者も大勢いた。私は見様見真似で姫リンゴに牛乳を入れた。シロップと牛乳が混じって、少しトロっとした。でも姫リンゴは丸ごと入っていたので種やその周りの芯が口に残った。調理室で耳にしたのは、姫リンゴのシロップ漬けの缶詰は、値段が安かったので大量に一括購入したらしいということだった。1950年代、学費寮費込みで年間授業料が700ドル(1ドル=360円)だった。肉など出るわけがなかった。

  子供の頃、お祭りの出店で売られていた姫リンゴが、カナダの学校の食堂でデザートとして出てきた。美味しいとは思わなかった。しかし変に懐かしい。そして姫リンゴがデザートと知って、「オェーッ」と言って騒いだ級友たちの、あの変顔をした一人ひとりを思い出す。あの学校で経験した不自由さ清貧さは、学外での自由や豊かさに感謝の気持ちを持てるようになった。

  カナダの全寮制の学校で経験したことは、後に妻と発展途上国で暮らした時にどれほど役に立ったことか。姫リンゴは、あの学校での経験の象徴だったのかもしれない。

  日本の果物は美味い。品種改良によって年々新しいものが世に出て来る。幸せなことである。姫リンゴを齧った。渋い、酸っぱい。でも太古の味がした。聖書の中のアダムとイブ。イブが食べたのは、姫リンゴ?


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする