団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

『人生の終い方』NHKテレビ

2016年05月30日 | Weblog

5月22日日曜日午後9時からNHK総合で『NHKスペシャル「人生の終(しま)い方」』が放映された。

 この番組が放映されることを知っていたが観る気はなかった。しかし妻が観ると言った。妻は私に負けないくらいテレビ番組の選択にうるさい。自ら観たいというのでチャンネル権を譲った。

 私はベッドに入った。寝室のドアは開いていた。テレビの音声だけが寝室にも届いた。私はなぜ妻と一緒にこの番組を観ないのか。題名からして避けたいのは事実である。小心者で臆病、内弁慶という性格も一因であろう。「自分の人生のしまい方まで他人にあじゃこじゃ言われたくない」という強がりもあった。普段テレビを観ながら独り言の多い妻が静かである。妻の気持が伝わる。妻は真剣に私亡き後のことに思いを馳せているに違いない。

 私たちが結婚する前、妻は妻の母親に「そんなに歳が離れていれば、相手が死んだ後、ひとりで長く生きなければならなくなる」と言われた。それが原因なのか私は結婚当時約束させられた。「私より先に死なないと約束して」 私は何も考えず約束した。根がいい加減なので深く考えることはなかった。その場を乗り切ればという浅はかさがそうさせた。

 その後糖尿病の合併症で狭心症になり心臓バイパス手術を受けた。否が応でも死を意識した。ちょうど病院の手術室が改修工事するということで手術が数箇月遅れた。この時間が私の「人生の終い方」の準備を一気に仕上げさせた。辞世帳なる大学ノート一冊に思いの丈を書き残した。その大手術も結局失敗に終わった。脚から4本取ったバイパスとして繋げた血管の4本全部が用をなさなかった。挙句の果てにたった一本残った内胸動脈にピンセットで挟んだ後がクランク状に変形して血流を悪くさせた。手術前より手術後のほうが体調は悪化した。私は再び死を意識し始めた。極端に臆病で死をあれ程恐れていた私にも度胸がすわってきた。違う病院で名医のお蔭で修復手術がうまくいき、いまだに私は生きている。

 NHKの『人生の終い方』の番組を妻と一緒に観なかったのは私が勝手に私は人生をもう終っていると自負しているからである。妻はまだまだそこに至っていない。無理もない。妻は健康である。伴侶である私が頻繁に人生の終を口にするものだから、妻もやっとその準備を意識し始めてきたらしい。だから『人生の終い方』を観ようと思ったに違いない。

 去年から私は終活に拍車をかけた。家の中もずいぶん片付いてきた。何千冊とあった書籍も数百冊にまで減らした。私亡き後妻に迷惑をかけぬようできることを一日ひとつの心掛けで進めている。

 ドアからテレビを観る妻を覗き見た。真剣に画面に見入っていた。その光景は美しいというか神々しかった。私亡き後の光景にも見て取れた。いつか必ずこのような日が訪れる。私ばかりでない。妻だってどんなに健康だと言っても必ず終わりの日はくる。私は毎日一生けんめいにできる限りの片づけをしておく。

 『人生の終い方』の番組そのものは期待外れだったそうだ。ちょうど『笑点』を降板した桂歌丸が出演していたことだけが救いだったという。昨日の『笑点』で司会者が昇太になり新メンバーが林家三平に決まった。腹が立った。私は今後『笑点』を観るのを辞める。これも私の「人生の終い方」のひとつとする。


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