十代後半に日本の公立高校からカナダの私立のキリスト教全寮高校へ転校した。日本人は私一人だけだった。まるで異星人のように他の生徒から一挙手一投足に注目された。私の髪の毛を触りたがる者もいた。「固い、針金みたいだ」の感想は忘れられない英語となった。確かに白人の髪の毛は細くてやわらかいらしい。シャワーやプールで髪の毛が濡れるとピタッと頭の肌にトロロ昆布のようにへばりつく。
妻の髪の毛は私より太くて硬い。化粧をほとんどしない。香水もつけない。医者として患者に不快感を与えないために気を配っている。私も協力する。スーツを着た後、ブラッシングしてスーツの襟とシャツの点検もする。時々寝ぐせがひどいことがある。後頭部の跳ね上がりは自分では発見しにくいものだ。私は出勤前に妻の後頭部の寝グセによる跳ね上がりをチェックする。以前妻は髪の毛を長く伸ばしていた。熱いタオルを使い、ヘアドライヤーを使わなければならないことも多かった。最近妻はショートカットにしている。寝ぐせ直しはずいぶん楽になった。花王のリーゼという寝ぐせ直し専門のスプレーもある。
私の父親はオシャレというか“エエカッコシイ”だった。頭の毛が薄くなって禿げてきてもポマードを使って整髪していた。普段子供の身なりに口も手もあまり出さなかったが、学校の卒業式などの行事の時は寝ぐせをわざわざヤカンで沸かした熱い湯にタオルを入れてから軽く絞って、私の頭をがっしりした手で力強く包み込んでしばらく押さえていてくれた。その後クシできちんと梳かしてくれた。熱いタオルを平然と素手で絞っている父の姿を目を見開いて見つめた。
4日の国会の予算委員会のテレビ中継を観た。珍しく安倍首相が語気を強めて社民党の党首が「週刊誌の記事の脱税疑惑」に関する質問に答えた。その時私は発見した。安倍首相の後頭部の髪の毛が寝ぐせのように跳ね上がっているのを。安倍首相は髪の毛を固めるジェルのようなものを使っているようだ。サイドはバッチリその効果で整髪されている。安倍首相はスーツにフケや汚れシミが付いていることまずない。明恵夫人がケアしているのだろう。国会に出れば夫人の手は届かない。見た目や服装がその役職についている人の能力や業績に関係がないとは思うが、やはりできるだけ身なりもそれなりに気を配っていてほしい。
テレビドラマ『白い巨塔』で財前教授の回診にゾロゾロひっついていく医者たちと婦長のように、首相の後を多くの官僚や秘書が追う場面がテレビに映る。『白い巨塔』では財前教授に気に入られようとゴマスリ目立とうとする者がわんさか登場した。皆優秀で頭の良い連中だ。ライバルを蹴落とそうとあらゆる機会を狙っている。“我こそは”の権力闘争の湯気が立ちのぼる。そんな雰囲気が財前教授の回診や首相官邸内の安倍首相を映すテレビから伝わってくる。あんなにたくさんの目が安倍首相の後頭部に注がれているのに誰も寝ぐせに気が付かないのか?それとも気が付いていても言えないのか?エリートだけが国を動かしているのではない。世の中にはありとあらゆる職分野が存在する。その道で修行研鑚を積みプロとなる。首相の身なり身支度を近くから目配り気配り手配りして見守り、世話できる人も探せばきっと見つかるはずだ。
安倍首相は脱税疑惑の質問を「こんなことに時間を使うことに国民はうんざりしていると思う。いくら質問とはいえ、慎んでほしい」と締めくくった。異議ナシである。安倍首相は激務をこなしている。今回、安倍首相の寝ぐせをお偉方の全員が見逃したようだ。首相には多くのブレインと呼ばれる人がいる。それも必要だとは思う。制度そのもに抵抗を感じるが、英国の執事メイドのノウハウ心得には見習うことが多い。安倍首相には、リーゼのスプレーとヘアブラシ、スーツ用ブラシを隠し持ち影のように付きまとい、問題が発生したら直ちに人目につかない舞台裏で瞬時に対応して、首相を表舞台に送り出すことができるスタイリストが必要かもしれない。