いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 ひとつの選択(4)

2013-01-16 06:39:42 | Weblog
                                            分類・文
     小説 ひとつの選択
            いわきの総合文藝誌風舎7号掲載          箱 崎  昭

「私は健二が言うように、お婆ちゃんをここへ呼んで一緒に住んでもらうことが一番いい方法だと思うわ。私にとっては生活上の便利さ、暮し易さ、それに世間体を全く気にしなくてもいいから義理や見栄も必要としないし、都会で生活してからは田舎に戻るということ自体が考えられないのよ」
 紀子の言葉は意外ではなかったが、田舎には戻らないという意志の強さがあり本音以外の何ものでもなかった。
 繁は始めに忌憚のない意見を述べてくれるようにと言ってあるのだから、それはそれでよかったが話の方は足踏み状態になってさっぱり進展はしない。
「お婆ちゃんは、ここは慣れない土地だし知り合いが居ないから住むのは厭だと前から言っていただろう。紀子は逆にここでなければ駄目というのでは、いつまで経っても埒が開かないじゃないか」
 繁は母と妻と息子たちの狭間に立たされて、何とか円満な方法で決着できる妙案を誰かが引き出してくれないものかと、内心で期待していたので苛立ちの口調になっていた。
「オレも健二も、お婆ちゃんのところへ行くとなれば第1に会社を辞めな泣ければいけないし、仮に向こうへ行ったところで安定した会社なんかに入れる訳がないじゃない」 否定的な太郎の言い分には正当性があるし確かにそうだと繁は頷きながら聞いた。
「父さんには悪いけど、いずれにしても田舎に行くということには反対だからね。冷酷だと思われてもオレたちにはオレたちの生き方に対する選択の自由があるわけだから、それを犠牲にすることはできないよ」
 太郎から更に強烈なダブルパンチを浴びたが、それは太郎個人の問題ではなく他の2人の代弁も兼ねているように繁には思えた。
 家族とはその後も回を重ねて話し合いの場をもったが、この現状をどのようにして打破するか議論はいつも空転し解決の糸口を簡単に見つけることは困難だった。
 紀子が結婚当初に「あなたを産んでくれた大切なご両親だもの、身体が思うように利かなくなったら大事にしてあげないとね」と言っていたのを思い出すと、一体あれは何だったのだろうかと疑う。
 当時は心地よい言葉に感動し感謝したものだが、今となっては単に別居していた気楽さから出た放言に過ぎなかったと解釈するしかないと思った。
 茂るに許せない部分があるのなら納得もできるが、会社定年までひたすら家族のために頑張ってきたし紀子の同じ故郷の出身だというのに、その夫が田舎に戻ろうとしている時に行動を共にできない妻に落胆した。
 せめて紀子だけでもその気になれば夫婦一緒に母を看取ってやることができるのに……。
 それが真の夫婦というものじゃないのか、そうか紀子は子供を育てるまでが一つの生き甲斐だったんだ。 (続)
   
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小説  ひとつの選択(3)

2013-01-15 06:35:06 | Weblog
                                             分類・文
     小説 ひとつの選択
           いわきの総合文藝誌風舎7号掲載           箱 崎  昭

      (2)
 繁と妻の紀子の間には成人した2人の息子がいる。
 長男の太郎は27歳でJR東日本の新幹線の車掌をしており、23歳の健二は川崎市内にある全日本鋼管に勤めている。
 繁は予め息子たちの勤務明けか休日に的を絞って家族会議を設定していたので、招集を掛けても家族4人に欠ける者はいなかった。
 全員が集まると狭苦しさを感じるダイニングテーブルに揃ったのは、朝夕暑さが弱まってきた9月中旬の夜だった。
 繁は家族を前にしておもむろに田舎にいる母親の、これから先についてを語り意見の集約を試みた。
「実は改めて言うまでもないことなんだけど、最近とみにお婆ちゃんの身体の具合が悪くなってきて、このまま1人にしてはおけない状態になってきたんだ。これまでにもいろいろあったけど、今度ばかりは具体的にどうすれば良いのかを皆から率直な意見を聞きながら結論を出さなければならない段階にまできているんだ」
 長男の太郎が厭な予感がしたのだろう、まさかというような表情を顔に出して頭を上げた時に繁と目が合った。そのまさかを的中させることを繁は言った。
「この際、皆で川崎を引き上げて田舎へ帰ろうと思うんだ。今日明日に決めようということじゃないから、それまでに皆から建設的な意見を聞いておきたいと思ってね」
 繁の発言に不意打ちを食らった恰好の家族は、度肝を抜かれたかのように唖然として面持ちになった。
 強烈なインパクトを与えておいて個々の真意を吐き出させようとの苦肉の作戦で、繁は冷静さを装ってテーブルに置かれたコーヒーカップを手元にゆっくりと引き寄せた。「大体、父さんは肝心なことをいつでも急に持ち出してくるからこまるんだよなあ。去年の春なんかさあ、オレの都合もろくに聞かないうちに家族で箱根へ一泊旅行に行こうなんて言い出したものね」
 太郎が言うのは、繁の提案は即答できない難問であるという意味があって、相手に余裕を与えさせない悪い癖がまた出たよと指摘したかったのだ。
「ああ、あれは会社からホテルの宿泊券を貰ったので、どうせなら家族みんなで行きたいなと思ったからだよ」
 そう言って繁は苦笑した。
「じゃあさ、お婆ちゃんにここへ来てもらって一緒に暮らすというのはどうかな?」
 21歳まで町の零細企業に勤めていたが、繁の定年退職に伴い全日本鋼管がお情け採用してくれた次男の健二が言った。
 いちばん無難そうなアイデアで、家族にとっても円満解決の理想とするところなのだが、現実的には只の理想であることは全員が先刻承知済みのぶり返しに過ぎない。  
 この提案は母の先々を語る時に何度か取り上げられ実際に母自身からもそれとなく聞いてはいたのだが都会で暮らすことを強く拒絶していたし、妹たちの話題の中でも高齢者を生活環境に合わない場所で同居させようとすると、それはメダカを掬い上げて手の平に暫らく置くのと同じで直ぐに弱ってしまうと聞いていた。
「紀子はどうなんだい。ここでハッキリと言ってみてくれるか?」
 妻の紀子には予め10日ほど前に帰郷せざるを得ない切迫した事情と、繁の考えを話してはおいた。しかし紀子からは未だに確かな返答は聞いていなかった。
 これまでの夫婦間で話す建前論めいたものではなく、子供2人の前で話すのだから妻は今こそ本音と責任の下に判断しなければならないだろうと思った。 (続)
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小説 ひとつの選択(2)

2013-01-14 06:46:26 | Weblog
                                             分類・文
     小説 ひとつの選択
           いわきの総合文藝誌風舎7号掲載            箱 崎  昭

 花枝が住んでいる樫ノ木ニュータウンから母が居る実家までは車で10分と掛からない距離にあり父の死後、母が1人になって花枝は頻繁に実家へ立ち寄るようになっていた。
 仕事の帰りや暇を見つけては母に声を掛けながら生活状況を常に見守り、その内容を報告してくれていたので繁は親元から離れていても安心していられたのは事実だ。
 そのことは長い間の繁と花枝による暗黙の了解事項となっていた。
 ところが今回の電話ばかりは、花枝の悲鳴にも似た痛切なメッセージが込められているのを繁は直感せざるを得なかった。
 花枝には自分たち家族の身辺を維持していくだけで、おそらく精一杯になってきたのだろう。生活のサイクルに余裕がなくなってきた時なのだ。
 花枝の夫も昨年会社を定年退職してからは毎日家に居ることが多くなったと聞いているから精神的な負担も増えたのかも知れない。
 繁は敢えて聞くまでもなく、これから母については花枝に全てを依存していた部分を強く感じていたので相手の立場を考えるとよく理解できた。
「分かった。これまで花枝には母さんのことで随分心配を掛けてきてしまったものな。オレにも家族があるから即刻実家へ戻るというのは無理だけど、前から考えていたことでもあるし家族ともよく相談した上で準備を進めていくので、それまでもう少し待っていてくらないだろうか」
 繁がいま言えるのはこの位だったが花枝はそれを聞いて、兄がこの機会に何らかのアクションを起こしてくれると信じたのだろう。不平も不満らしい言葉もピタリと止んでこの件に関して快く応じた。
 繁は長男で、その下に花枝と咲江の妹がいるから3人兄妹ということになるが、母に何かが起こった時には最終的に面倒を看るのは繁であると皆が思っている。
 それは長男であるという只、それだけを理由に、世間一般的には跡取り息子として容認されてしまう訳だから繁にとっては誠に迷惑千万だと思っている。
 現代の法律的な解釈では『誰とは限定しなくても親の面倒を看ることが可能な者』となっているらしい。
 これも極めて曖昧な法解釈で、親に相当な財産でもあれば何も長男に限らず、それを目当てに頼まれなくても親の傍に付いて離れなくなるなる者がわんさと集まってくるのだろうが、猫の額ほどの土地と今にも壊れそうな家屋しかない所には、例え実子であっても1度家を出てしまってからは戻って来ようと思わなくなるのが現実だ。   
 年老いた親を何人かの子供同士が日数を決めて、順番制で世話をしているというのが職場仲間にいて、それが効率的で合理性のある方法だと言っていたのを思い出した。
 花枝と電話のやりとりで、余程この件についての提案をしてみようかなと思ったが流石に口には出せなかった。
 それは確かに合理的で子供には平等性に富んでいるかのように思えるが、別の意味で考えると体裁の良い親のタライ回しで、兄妹同士が母を厄介者扱いにしているように思われてしまう可能性はないだろうかと危惧したからだ。
 そうなったら母はきっと屈辱感を味わうばかりでなく、子供たちには既に親としての存在を否定されてしまったのかと心に深傷を受けるに違いない。
 若い時から家を出てしまい母には苦労の掛けっ放しだった繁にしてみれば、今こそ母の余生に付き添って出来るだけのことをしてあげることが親孝行の真似事にもなるし、繁自身にとっても後々悔いを残さずに済むのではないかと改めて思い直すようになった。
 しかし、時と場合によってはそれに替わる何かが犠牲になることも有り得るという不安と予感が一瞬脳裏を掠めた。 (続)
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小説 ひとつの選択(1)

2013-01-13 06:34:26 | Weblog
                                            分類・文
     小説 ひとつの選択
           いわきの総合文藝誌風舎7号掲載             箱 崎  昭

     (1)
 繁が妻と子供を川崎に残して母と暮そうと決意したのは、母の近くに住む妹の花枝から架かってきた1本の電話が動機(きっかけ)だった。
 母は87歳になり片田舎の1軒家で1人暮らしをしている。
 受話器の向こうから花枝が言うのを黙って耳を傾けて聞いていると、このごろ母が夜中でも不意に電話を寄越して「血圧が高いせいか気分が悪い」とか「足が痺れて眠れない」とか、挙句の果てには今から来てくれないかと急を迫る言い方で呼び付けられるというのだ。
 夜中でも平気で電話を架けてくると言ったのだが、即座にいや夜中ほど電話が架かってくる確率が高いと言い直して大変さを強調した。
 繁はそれを聞きながら母が夜になると独り身の寂しさを一層募らせて、どうして良いのか不安に襲われ、うろたえている姿を想像していた。
 高齢の母が1人で人家が疎らな土地に住み、夜ともなれば周囲が真っ暗闇の中で明け方まで時間の経過を待つというのは心理的な消耗を来たす。
 だから心細さに負けて身近な場所にいる花枝を呼び出すのだと思った。
『1人で暮らすのが自由で一番いい』とあれほど豪語していた母だったが、元気な内は子供たちに弱音を吐くまいという虚勢を張っていたことが図らずも露呈した。
 花枝は59歳で毎朝早朝から昼頃までの時間は湯の元温泉街のホテルで、朝食の盛り付けや配膳の仕事に出ている。
 最初は軽い気持ちで食を見つけたらしいのだが、もう10年以上も勤めているところをみると仕事が合っているとも云えるが、それよりも多くの友達が出来て交際も広くなりカラオケで歌い、観劇会に集い、女性だけの飲み会で談笑したりできることに大きな生き甲斐を見出したようだ。
 そうはいっても花枝には夫がいて、娘夫婦がいて、孫の相手もしなければならない訳だから、花枝自信の年齢的なことを考えると少しでも拘束された時間を省きたいという気持ちが起きるのは当然だろうし、それらをどのように整理していこうかと思う中で、先ず母の世話から少しでも解放されたいという考えを持ったらしい。
 母の世話をしないというものではなく、もっと気楽な立場で母と接していきたいという考えのようで、現状では花枝1人が面倒をみる格好だから負担が大きいのだと訴える。
 つまり、長男である繁が実家を離れているからといって、いつまでも花枝がその努めを果たしているのも納得できないと思い、そろそろ繁たち夫婦にその責任を委ねようとしているのだった。 (続)
 
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まットコさットコやットコ(了)

2013-01-12 06:34:41 | Weblog
                                             分類・文
    児童小説 まットコ さットコ やットコ
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載            箱 崎  昭

                《美代ちゃんから届く手紙が待ち遠しいな……。》

 正哉は美代ちゃんの最後の登校日が、まさか今日だったとは思っていなかったので、いまここでなにか話しておかないともう話すチャンスはなくなってしまうと考えたのです。
 そこで正哉は美代ちゃんへ、とっさの暗号を送ったのでした。
“美代ちゃんはボクの気持ちが分かってくれたかなー。でも分からなくてもいい、美代ちゃんには学校のことも本当に忘れて欲しくないもの”
 正哉は真剣にそう思いました。
 校門まで来ると、女子生徒は美代ちゃんと握手をしたり抱き合ったりして別れを惜しんでいます。
「じゃー、美代ちゃん元気でねえ」
「みんなも元気でねー」
 全員が拍手で送った後に、今度は片手を大きく振って「さようならー」の大合唱です。
 背伸びをして両手を振っている生徒もいます。
 美代ちゃんは何度も何度も振り返り、手を振っては頭を下げながら角の道を曲がって姿を消してしまいました。
 校門前に残った生徒たちは、まるで言葉を忘れてしまったように静かになって教室に戻っていきました。

      ★
 美代ちゃんも、まットコも遠い九州のほうへ行ってしまったと思うと、正哉は気が抜けたように何もする気がありません。
 ご飯も食べたくないほどのショックでした。
 夜になると、なおさら落ち込んでしまうのですが、ただ一つ、やットコが蒲団の中にもぐり込んできて一緒に寝てくれるので気をまぎらすことができます。
 やットコの母親がいなくなった時には、正哉がやットコと寝てあげていたのですが、今は反対になってしまいました。
 正哉はやットコが必要なのです。やットコがそばにいてくれるだけで気持ちが安らぐのを感じます。
 でも、いつまでも落ち込んでいるのを美代ちゃんに知れたら、きっと悲しむだろうな。
「正哉くんのこと好きだと言ったでしょう。美代子は今でも好きだよ」
 なんだか美代ちゃんの声が聞こえてきそうでした。
 それに手紙を出すと言ってくれたのは本当のことだから、もし届いたらすぐに返事を送れるように書いておこうかな……。
 いろんなことを考えていたら、目の前が急に明るくなってきたようになりました。
 そうだ、明日は駄菓子屋のおばちゃんの所へも行って、さットコの顔を久し振りに見て来よう。
 そう考えながらそばにいるやットコの寝相を見たら、大の字になって気持ち良さそうに寝ていました。 (おわり)
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まットコさットコやットコ(13)

2013-01-11 06:46:41 | Weblog
                                             分類・文
     児童小説 まットコ さットコ やットコ
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載            箱 崎  昭
           《美代ちゃーん、さようならー。みんないつまでも手を振っていました》

      (13)
 学校の授業が終わって、先生がみんなにお話があると言った時にはクラスのおしゃべりが一瞬止まりました。
「みなさんにお伝えしなければなりません。それは今日の授業で、杉山美代子さんはこの学校とお別れになります」
「えー」「なんで!」
 誰もが驚いて教室の中はまた、ざわめきが起こります。
 美代ちゃんが学校からいなくなるということは知っていたのですが、まさか今日で終りとは思っていなかったからです。
 先生は両手を肩あたりまで上げてブラブラ振ってみせ「静かに、静かに」と言いました。
「杉山さんは、新学期から九州の宮崎県という所へ行ってしまいます。小学1年生からずっと一緒だった皆さんには残念なことだけど、お父さんの転勤のためで仕方がありませんね。でも、いわき地方では桜がまだ固いツボミだというのに、杉山さんが行く宮崎県ではもう花が咲いているんですって! きっと杉山さんが行った時に歓迎してあげようと桜の花が待ちかねているんですね……。それでは杉山さんからお別れの言葉を聞きましょうね」
 いよいよ美代ちゃんとはお別れの時がきて、美代ちゃんが教壇の上に立つとクラスのみんなに挨拶をしました。
「私は、この土地で生まれてこの学校で勉強ができたのはとてもうれしかったです。そして仲良しの友達もいっぱいできたのは誇りに思っています。大人になったらまた来て住みたいです。ありがとうございました」
 美代ちゃんは涙が出るのをこらえて言っていたので、クラスの仲間もすすり泣きをはじめました。
 正哉も思いっきり泣きたいのですが、なるべく我慢をしていようという気持ちが、こみあげてくる涙に負けてしまい、やっぱり自然と涙が出てきてしまいました。 
 それでも他の生徒には気付かれないように時々、あわてて人差し指で涙をぬぐっています。
「みんなで杉山さんを拍手で送ってあげましょうね」
 先生も涙が出るのをこらえているのでしょうか、笑顔を見せながら身体が小刻みにふるえているのが正哉にはよく分かりました。
 校門までクラス全員で送っていくことに決まり教室から廊下に出ると、みんなが美代ちゃんを取り囲むようにして最後となる話かけをしています。
「美代ちゃん元気でね」
「夏休みに来られないの?」
 いろんなことを話したり聞いたりしているのは、ほとんど女子生徒です。
「ここの学校のこと忘れるなよ」
 校門の近くまで来ると、女子生徒の会話に割り込んで正哉が思い切って言いました。 その時に美代ちゃんが振り向いて、正哉と目が合いました。
 美代ちゃんは、正哉が「ボクのこと忘れるなよ」と言ってくれたような感じがしました。
 でも、それは当たっていました。 (続)

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まットコさットコやットコ(12)

2013-01-10 06:27:49 | Weblog
                                             分類・文
     児童小説 まットコ さットコ やットコ
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載            箱 崎  昭    
                       《日豊本線の延岡駅》
      (12)
 正哉は家の前にある真っすぐな道に立って、美代ちゃんの姿が見えるのを待っていました。この通りは住宅地なので車や知らない人の行き来はあまりありません。
 同じ場所にジッと立ったままでいるのも変に思われると思い、家ノ前からとなりの家のあたりを行ったり来たりして時間を過ごしていました。
 こういうときの時間は長いなと思いながら、遠くに美代ちゃんの姿が見えた時には、あっという間に時間など忘れてしまいました。
 美代ちゃんは正哉がいることに気が付くと、急に足早になってやってきます。  
「待ったでしょう?」
 美代ちゃんは自分が少し遅くなったことを気にしているように言いました。
「ボクも、ちょっと用事があっていま家の前に出たところなんだ」正哉は、わざわざ家まで来てくれた美代ちゃんに、ありがとうという代わりに、そんなことぜんぜん気にしなくてもいいよという意味でかばってあげたのでした。
「今日、学校で正哉くんに先に言われちゃったけど、まットコは九州へ一緒に連れていくので心配しなくていいからね。だって、まットコは家族の一員だもの」 
 正哉にとってうれしいことを美代ちゃんは当然のように言ってくれました。「きのう、お父さんが言っていたけど、美代ちゃんがこんど行く宮崎県の……なんて言ったっけ?」
「延岡市よ」
「そうそう、そこは、いわき市と昔から関係が深い所らしいんだ。だから向こうへ行ってもがっかりしないで、離れてはいてもいわき市の一部に住んでいるんだと思ったほうがいいよ。そして友達もいっぱいつくってね」
「うん、向こうへ行ったら必ず手紙を出すからね」
「まットコのことをたのむよ!」
「うん」美代ちゃんは力強く答えました。
そして、帰りがけに「正哉くんのこと好きだったよ。だから子猫をもらいに行った時に、まさやの名前で一番最初の《ま》が付く、まットコを選んだの」はっきりと言いました。
 正哉には意外でした。美代ちゃんはどの子猫が可愛いのかではなく、3匹のうちどういう選び方をしたらいいのか、あの時に迷っていたのです。
 美代ちゃんは明るく元気で、そしてもう一つ優しい女の子だというのを付け足さなければいけないと正哉は思いました。 (続) 
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まットコさットコやットコ(11)

2013-01-09 06:26:55 | Weblog
                                           分類・文
    児童小説 まットコ さットコ やットコ
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載          箱 崎  昭
                  《平の松ケ岡公園にある安藤信正公銅像》

       (11)
 正哉が6年生になる3月に美代ちゃんは、お父さんが勤めている会社の転勤で、家族揃って九州へ行ってしまうことになりました。
 福島県いわき市の湯本という町から、今度は宮崎県延岡市というところへ行くのです。
 正哉は日本地図を広げて、福島県と宮崎県の位置を見て「ひえー」と思わず声を出してしまいました。
 正哉には、あまりにも遠く感じたからです。
「九州の延岡市は、いわき市と縁があるところなんだよ。昔、いわき平城の殿様が、簡単に言うと転勤していった場所が延岡市なんだ。今でも姉妹都市として交流があるんだよ」
 お父さんは晩酌をしながら焼き魚をうまそうに食べながら言いました。
「それに新幹線や飛行機を利用すれば九州とはいっても、昔みたいに遠いとは思わなくなってきた時代だからね。これを見てごらん、この魚は関サバといってね九州の大分県で獲れた魚なんだよ。言ってみればお父さんの方が美代ちゃんよりも先に九州に行っているようなものだな。ハッハッハ」
 お父さんが、いつもより少し機嫌よく話しているのを見て、正哉はボクを気落ちさせないようにしているのかなと思いました。
 なぜか美代ちゃんが遠い外国へでも行ってしまうような気がしてきました。
 美代ちゃんが同じクラスにいる時にはなんとも思っていなかったのですが、いざ遠くへ行ってしまうとなると、正哉は急に淋しくなってきました。
 いつも明るくて元気な美代ちゃんを、本当は好きだったのかも知れない。お父さんとお母さんのいる前で、そう思った時に正哉は一瞬、顔が赤くなったような気がしました。
 そして、そうだ明日は学校へ行ったら美代ちゃんに、まットコはどうなるのかを聞いてみようと思いました。
 そう思ったら美代ちゃんが子猫をもらいにきて帰る時に、まットコを選ぶと両手で抱き上げながら、ほおずりをしていたことがハッキリとよみがえってきました。
 次の日、教室で休み時間の時に美代ちゃんのそばへ行って「猫はどうするんだ?」と冷たい口ぶりで聞きました。
 他の生徒たちににも聞こえたらカッコウが悪いと思ったからわざとそう聞いたのです。
 美代ちゃんは、びっくりしたようでした。
「連れて行くよ。学校が終わったらいったん家に戻って、それから正哉くんの家へ行ってもいい?」
「ああ、いいよ」
 正哉はそっけなく答えて、自分の席に戻りました。 (続)
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まットコさットコやットコ(10)

2013-01-08 06:37:46 | Weblog
                                           分類・文
      児童小説 まットコ さットコ やットコ
             いわきの総合文藝誌風舎6号掲載           箱 崎  昭

      (10)
 正哉の家から1キロぐらい離れた所に、さットコをあげた駄菓子屋さんはあるので、月に1,2度は店に買いに行きます。
 それは、さットコがどうしているのか様子を見たいというのが本当の気持ちです。 おばちゃんは、子ども大好き人間だから駄菓子屋さんを始めたというだけあって、子供を見ている時は笑顔を絶やすことがありません。
 店の中には、行くたびに子供たちが何人かいることでも人気があることが分かります。
 さットコは、店の奥にある座敷の座布団の上で背中を丸めて気持ち良さそうに寝ています。そんな時、正哉にはちょっとだけ淋しく思うことがあります。
 もう、すっかりこの家の猫になってしまったらしく、正哉がおばちゃんと話をしていても、時々耳をピクッと動かすだけです。
 でも、美代ちゃんとおばちゃんにあげた2匹の猫は、正哉とお母さんの2人で決めた名前を変えないで「まットコ」と「さットコ」と、そのまま呼んでくれていることが正哉には1番うれしいと考えています。
 だって、お母さんが言ったようにボクの名前のまさやから1文字ずつとって付けたので、3匹はボクの分身だと思っているからです。
「おばちゃん、さットコはいつもああやっておとなしくしているの?」
 正哉はアメ玉を指差して、おばちゃんに取ってもらいながら聞いてみました。
 おばちゃんは振り返って、さットコを見ると「おとなしい子だけど、いつもジッとはしていないよ。今日も早いうちにその辺を散歩に行って帰ってきたところで、疲れて休んでいるんだよ」
 おばちゃんは自分が散歩にでも行ってきたかのように、楽しかったような顔をして正哉に答えました。
〈それって本当は違うんだよ。さットコは自分の勢力地帯に他の猫が入り込んでこないように見回りに行ってきたんだ。時には相手の猫とけんかをしているかもしているかも知れないよ〉
 正哉は、おばちゃんにそう言ってあげたい気持ちにかられました。
 ずっと前に、お父さんから猫の縄張り本能について聞いたことがあるので、ちょっと自信があったから言ってみたかったのです。
 でも、おばちゃんは、さットコのことを本当に自分の子供のようにして育てているので、心配させてしまうのではないかと思ったら、やっぱり言えなくなってしまいました。
 さットコも、ボクの家にいるやットコと同じで、おばさんの見えない場所で敵と戦っているんだなと思いました。 (続)
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まットコさットコやットコ(9)

2013-01-07 06:33:17 | Weblog
                                           分類・文
     児童小説 まットコ さットコ やットコ
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載             箱 崎  昭          

      (9)
 1羽のセキレイが、庭の芝生に口ばしを突きながら虫を食べているようです。
 尻尾を上下に揺らして、ちょこちょこと忙しそうに動き回っています。セキレイはスズメぐらいの大きさで、身体が白と黒の色をしている小鳥です。
 人を見てもすぐには逃げないで、首をかしげながらしばらく様子を見て安全だと思うと、またちょこちょこと忙しそうにしてエサを食べ始めます。
 ところが今日は少し様子が変なのです。
 人ではなく、庭の草むらの陰に何かいるのをセキレイはさっきから気付いています。 どうも気になって仕方がないようで、エサを食べるのをやめて確かめようとしました。
 草むらから見えたり見えなくなったりするものがあるのです。
 よく、お祭りや縁日などで長~い風船をふくらませて、ねじりながら動物の形にするあの風船に似ています。
 草むらから真っすぐ上に伸びてクニャクニャと曲がったと思うと、また引っ込んでしまい今度はちょっとだけ見えたりします。
 セキレイはエサを食べるのを忘れてしまい、その動きにすっかり興味を持ってしまいました。
 あい変らず、いろんな形にして見せている謎の風船のような正体はじつは、やットコの長い尻尾だったのでした。
 セキレイが気をゆるめた瞬間に、やットコが草むらから一気に飛び出しました。
「あっ」
 セキレイが、あわてて羽を伸ばそうとした時には、やットコのするどい目は金色に光って身動きがとれなくなってしまいました。
 正哉が学校から帰ってきて、2階の勉強部屋にカバンを置きに行った時のことです。 いきなり「うわー」と大声をあげました。
 お母さんが驚いて2階に上がっていくと、勉強部屋のドアのところに死んだ鳥が置かれてあったのです。
「これって絶対に、やットコのしわざだ」
 正哉が怒った顔をして、はき捨てるように言いました。
 さすがのお母さんも、びっくりしたようでしたが「やットコから正哉へお礼の気持ちで置いてくれたのよ。いつもお世話になっていますっていう感じで」
 お母さんが機転(とっさの思いつき)をきかして、正哉になだめるように言いました。
「いらないよ!こんなもの」
 正哉はまだ怒りが腹の中で充満しています。
「動物は人間と考えはそんなに変わらないんだよ。やットコだって人間と同じように働いてお金をかせげれば、正哉には本当に喜ぶものをプレゼントしてくれると思うの。だけど。、やットコにはそれが出来ないから精一杯の贈り物として鳥を選んだのよ」 お母さんの話は、いつも説得力があるから、聞いている内にだんだん本気になってしまう魔法の力があります。
「それとさ……」お母さんの話はまだ続きます。
「やットコが来たらほめてあげることが大事よ。決して怒ってはだめだからね。自分ではせっかく良いことをしたと思っているのに叱られたら正哉だっていやでしょう」
 お母さんに念を押されてしまいました。
 気ままでやんちゃ坊主のやットコが夜の8時ごろになって帰ってきました。
いつもだと正哉が寝たころに、そっと蒲団の中にもぐり込んでくるのですが、今夜に限って「ミャー」と鳴いて正哉のそばに寄ってきました。
「ほらー、来た」
 お母さんは正哉と目が合うとウインクをして、やットコに向って、あごをしゃくって見せました。
「やットコ、今日はありがとう。ボクのために持ってきてくれたんだねー」
 正哉が、やットコの頭をなでてやると、尻尾を上げて得意そうな顔で正哉を見ました。
 やっぱり、お母さんが言ったように驚かそうと思って置いたんじゃなくてボクを喜ばせようとしたんだ、と思ったら複雑な気持ちになりました。 (続)
             
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まットコさットコやットコ(8)

2013-01-06 06:38:06 | Weblog
                                           分類・文
     児童小説 まットコ さットコ やットコ         
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載           箱 崎  昭
   

        (8)
 同級生の美代ちゃんと駄菓子屋のおばちゃんは、どっちも忘れた頃にとつぜん正哉の家にやってきます。
 もらわれていった、まットコと、さットコが元気でいるよという報告と、正哉の家にいるやットコの顔を見たくてやってくるのです。
 ところが、かんじんのやットコはいつも外へ出たままで、会うことができないで帰っていくことが多いのです。今日は駄菓子屋のおばちゃんが店の合間を見はからって、せっかく来てくれたというのに、どうやらまた会うことはできないで帰るようです。
 おばちゃんは残念がって帰ろうとして前の通りに出たとき正哉がやットコの姿を見つけました。
「おばちゃん、やットコが来たよ」 と言ったら 「えっ?」 と、おばちゃんが振り向きました。
 たしかに家の軒先に立ち止まってジッとこっちを見ています。
「やットコこっちへおいで」
 正哉が呼ぶと仕方なさそうにゆっくりと寄ってきます。
 長い尻尾をアンテナのように真っすぐに上げて腰を低く落としながら、まるで獲物を狙っている時のようなかっこうです。
 それとも警戒しているのでしょうか?
「やットコしばらくだねえ。今日は、やットコに会えてうれしいよ」
 おばちゃんが近寄ってきたやットコを抱いてあげようと、しゃがんで両手を広げたら、急にそっぽを向いて逃げていってしまいました。
「気性の激しい子なんだねえ。うちの、さットコは抱いたら離れようとしないくらいおとなしい猫なんだけどねー」
 おばちゃんは、あきれたような顔をして広げた手をバツ悪そうに落としました。
「あれでも夜になると、どんなに遅くなってもボクの蒲団に入ってくるんだ」
 正哉は、やットコがおばちゃんに嫌われてしまうのが心配になって、精一杯かばってあげました。 (続)
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まットコさットコやットコ(7)

2013-01-05 06:41:26 | Weblog
                                             分類・文
      児童小説 まットコ さットコ やットコ      
            いわきの総合文藝誌風舎6号掲載           箱 崎  昭 

      (7)
 朝夕は半そでシャツでは、ちょっと寒さを感じる季節になりました。もう近くまで秋がやってきたことを知らせています。
 正哉が学校から帰ってきて友達のところへ遊びに行こうとした時に、となりのブロック塀の上で2匹の猫が向かい合って、うなり声を上げているのを見かけました。
 正哉は立ち止まって、そっと見ていましたが両方とも正哉がいることに気が付きません。
 1匹は、やットコで、もう1匹は見たことがないドラ猫です。
 やットコよりも一回り大きくて灰色のうす汚れた猫は、するどい目を光らせながら、やットコをにらんでいます。
 やットコの表情は正哉からは後ろ向きになっているのでさっぱり分かりません。
 やットコが負けるのは悔しいので、正哉はかがみながら静かに猫のそばへ寄っていきます。
 もし、やットコが負けそうになったら加勢をしてやろうと思ったからです。
 2匹の猫は「ウー」「ウオー」、いろんな声を出してまだうなっています。お互いに、けんせい(牽制=相手をひきつけて自由にさせないこと)しているのです。
 いっしゅん目を離した時でした。「ギャー」という大声がしたので正哉があわてて立ち上がったら、ドラ猫が塀から飛び降りて一目散に逃げていく姿が見えました。
 やットコが先制攻撃をして、相手を追い払ってしまいました。
 正哉はその強さにビックリしました。
 いつだったかお父さんから「ヤットコは猫本来の野生的な血を継いで生まれてきた」というようなことを聞いたけど、本当にそうだったんだと改めて思いました。
 今日の出来事をお父さんとお母さんに話したら「それは野良猫が、やットコの行動範囲の中に入り込んだので、やットコが必死になって追い出そうとしたんだよ。猫はそれぞれ縄張(なわば)りというものがあって、自分の勢力を示す場所が決まっているから、そこへ他の猫が入ると怒るのさ」
 お父さんは猫のことについて詳しいなと正哉は感心してしまいました。  
「それじゃ戦争をしているのと同じだね」
「その通り。もし、やットコが今日の戦いで負けたとすると自分の陣地を取られたことになるから、今いる場所を全部明け渡さないといけなくなるんだ」
「分かった。だから、やットコは昼間はジッとしていないで、いつも動き回って自分の陣地に敵が入ってこないように守っているんだね」
 正哉はなっとくして、猫の世界もきびしいんだなと真剣に思うようになりました。
                                         (続)
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まットコさットコやlットコ(6)

2013-01-04 08:12:16 | Weblog
                                           分類・文
      児童小説 まットコ さットコ やットコ
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載            箱 崎  昭
          
     (6)
 やットコの母親は1日たっても2日たっても帰ってくることはありませんでした。 
 いつまでも一緒にいたのでは、やットコのために良くないと考えたのでしょうか、どこか別の土地へ行ってしまったようです。
 この子ならもう離れていっても安心だと母親猫は思ったに違いありません。いままでにずっと、やツトコのことばかりを見てきたから心配がなくなったのでしょう。
 動物世界の掟(おきて)で、やットコ思いの母猫は少しでも早く身を引いて、やットコに自分の力で生きていけるようにとこの場所から出て行ったはずです。
 もともと猫は犬と違って、外の小屋に住むようなことはしません。
 人が住んでいる家の中で自由に暮らすことが大好きなのです。
 正哉は一晩だけではなく何回か添え寝をしてあげたものだから、このごろは夜になると正哉の蒲団に黙ってもぐり込んでくるようになりました。
 でも、やットコは昼間はどこへ遊びに行っているのかサッパリわかりません。
 1日中、遊んでくるのだから相当疲れて帰ってくるのでしょう、蒲団の中に入ると大の字になって寝てしまいます。
「やットコって大物なんだなー」
 正哉は、そばでひとりごとを言って、つくづく感心するばかりです。
 一時は母猫がいなくなって、しょげていた時もあったけど、もうこの姿を見る限りその心配はなくなったと思いました。
 そして、子猫の時に、もらいに来た人たちが選んで連れて行った、まッットコ、さットコは今ごろどういう寝かたをしているのかなーと想像もしました。
 正哉は、あの時に選ばれなかったやットコに同情したのですが、本当はやットコが一番幸せだったんだなーと思い直すようになりました。
 だって、母親猫と最後までいられたのは、やットコだけだもの。 (続)
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まットコさットコやっとこ(5)

2013-01-03 08:26:10 | Weblog
                                            分類・文
      児童小説 やットコ さットコ まットコ        
            いわきの総合文藝誌風舎6号掲載           箱 崎  昭


       (5)
 真夏の昼間、遠くで入道雲がニョキニョキと湧いてきて、真っ青な空を少しずつ隠していくように動いているのがよく見えます。
 家の近くではミンミンゼミがうるさいほど鳴いていて、道を通る人は顔の汗をハンカチでぬぐいながら気だるそうに歩いていきます。
 それくらい日中は暑かったのでする
 熱い太陽が西に沈み、街路灯が明るく感じる時間になったら、いくらか涼しくなってきました。
 正哉が、やットコ親子の家にキャットフードをあげに行ったら、珍しくやットコだけがいて母親猫がいません。いつもの反対です。
「やットコ、お母さんはどうした?」
 正哉が聞くと一言「ミャー」と言っただけでそっぽを向いてしまいました。
「知らない」と言ったように聞こえました。
 いつもと違って、しぐさで淋しそうな表情が正哉にはよく分かります。
「ああ、分かった。やットコは家にお母さんがいないと淋しいんだ。心配しなくてもだいじょうぶだよ、必ず帰ってくるから」
 正哉は、おとなしくなったやットコを元気付けて家に戻りました。
 宿題を終えて9時の寝る時間が近づいてきたので、もう1度やットコの様子を見に行ったら、やっぱり母親猫はいませんる
 正哉は不安になってきたので、やットコを抱き上げてお母さんに事情を話し、一緒に寝てあげることにしました。
「いいかい、今夜ひと晩だけだよ明日はまた親子でいっしょに寝るんだよ」
 正哉は、やットコに話しながら蒲団の中に入れてあげました。
 約半年前にチロと寝たときの思い出と重なりましたが、チロは病気だったし、やットコは母親猫がまだ帰っていないという理由で寝るのだから、正哉にとっては気持ちがうんと楽でした。
 やットコも、最初のうちは起き上がろうとしたり寝返りを打ったりして、居心地が悪そうにしていましたが、いつの間にか正哉よりも早く寝入ってしまいました。
 正哉は、やットコが大きくなってから、こうしてそばで寝顔を見るのは初めてなのです。よく見ていると鼻筋に白粉(※おしろいで、化粧に使う白い粉)を塗ったように真っ白で、顔もキリッと引き締まってきたので、生まれた時とはずいぶん違ってきています。
「こいつは美男子になるな」と正哉は思うと自分のことのように嬉しくなってきました。
                                           (続)




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まットコさットコやットコ(4)

2013-01-02 06:38:08 | Weblog
                                           分類・文
      児童小説 まットコ さットコ やットコ        
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載             箱 崎  昭
           
             

     (4)
 正哉の飼い猫試験に合格した人は、自分が欲しい子猫の品定めをしています。
「どれにしようかなー」
 しばらく考えていた正哉と同級生の美代ちゃんが「この猫ちゃんにしよーっ」と言って選んだのは、まだ真っすぐな性格かどうかは分からないけれど3匹の中では大人っぽい1番上の、まットコでした。
「どうもありがとう、いただくね」
 美代ちゃんはまットコを両手で抱き上げて、ほおずりをしてあげていました。 これなら大丈夫だ“ まットコ幸せになるんだよ ”と正哉は心の中で叫びました。 
 次に子猫を欲しがっている人は、ここから1キロほど離れている駄菓子屋のおばちゃんです。1人暮らしで猫を子供のように育てると言ってくれたので合格です。
 お店をちょっと閉めてきたのだと言って、うれしそうに2番目のさットコをバスタオルの上に乗せると、そっと抱っこしてさットコに話しながら帰っていきました。
「やっぱり残ったのはやットコか」
 正哉は最初からそういう予感がしていたのです。
 茶色の毛色をしたトラ猫で、鼻筋に白い線が入っているので見た目はカッコいいのですが、人なつっこいところがなく誰が声を掛けてもマイペースで、いつも知らん顔をしているのが特徴です。
 可愛らしさがなく、人には好かれないタイプのようです。
「それでもいいんだ」
 やットコは話すことができたら、おそらくそう言うだろうと思う顔をしながら、いつも好きなように行動しているのです。
 正哉は、やットコのことを本当はとても頼もしい猫だと思っています。    
 まットコも、さットコも貰われていってお母さん猫のそばに残ったのは、やットコだけになったのだからたくさん甘えることができるのに、それもしないということがとても偉いなとも思っています。
 お父さんとお母さんに、そのことを話したら「やットコは猫本来の野生的習性を持って生まれてきたので、ほかに頼らなくても自分だけで生きていけるんだぞという力も兼ね備えているんだろうな、きっと」
 お父さんは、ボクにはちょっと分かりづらい話し方をしていたけど感心しているようでした。
「やんちゃな、やットコも中々頼もしいところがあるのね」
 お母さんは今、やットコのことを頼もしいと言ってくれました。
 ボクと同じ考えなんだと思ったらスッゴクうれしい気分になりました。 (続)
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