いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
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小説 ひとつの選択(4)

2013-01-16 06:39:42 | Weblog
                                            分類・文
     小説 ひとつの選択
            いわきの総合文藝誌風舎7号掲載          箱 崎  昭

「私は健二が言うように、お婆ちゃんをここへ呼んで一緒に住んでもらうことが一番いい方法だと思うわ。私にとっては生活上の便利さ、暮し易さ、それに世間体を全く気にしなくてもいいから義理や見栄も必要としないし、都会で生活してからは田舎に戻るということ自体が考えられないのよ」
 紀子の言葉は意外ではなかったが、田舎には戻らないという意志の強さがあり本音以外の何ものでもなかった。
 繁は始めに忌憚のない意見を述べてくれるようにと言ってあるのだから、それはそれでよかったが話の方は足踏み状態になってさっぱり進展はしない。
「お婆ちゃんは、ここは慣れない土地だし知り合いが居ないから住むのは厭だと前から言っていただろう。紀子は逆にここでなければ駄目というのでは、いつまで経っても埒が開かないじゃないか」
 繁は母と妻と息子たちの狭間に立たされて、何とか円満な方法で決着できる妙案を誰かが引き出してくれないものかと、内心で期待していたので苛立ちの口調になっていた。
「オレも健二も、お婆ちゃんのところへ行くとなれば第1に会社を辞めな泣ければいけないし、仮に向こうへ行ったところで安定した会社なんかに入れる訳がないじゃない」 否定的な太郎の言い分には正当性があるし確かにそうだと繁は頷きながら聞いた。
「父さんには悪いけど、いずれにしても田舎に行くということには反対だからね。冷酷だと思われてもオレたちにはオレたちの生き方に対する選択の自由があるわけだから、それを犠牲にすることはできないよ」
 太郎から更に強烈なダブルパンチを浴びたが、それは太郎個人の問題ではなく他の2人の代弁も兼ねているように繁には思えた。
 家族とはその後も回を重ねて話し合いの場をもったが、この現状をどのようにして打破するか議論はいつも空転し解決の糸口を簡単に見つけることは困難だった。
 紀子が結婚当初に「あなたを産んでくれた大切なご両親だもの、身体が思うように利かなくなったら大事にしてあげないとね」と言っていたのを思い出すと、一体あれは何だったのだろうかと疑う。
 当時は心地よい言葉に感動し感謝したものだが、今となっては単に別居していた気楽さから出た放言に過ぎなかったと解釈するしかないと思った。
 茂るに許せない部分があるのなら納得もできるが、会社定年までひたすら家族のために頑張ってきたし紀子の同じ故郷の出身だというのに、その夫が田舎に戻ろうとしている時に行動を共にできない妻に落胆した。
 せめて紀子だけでもその気になれば夫婦一緒に母を看取ってやることができるのに……。
 それが真の夫婦というものじゃないのか、そうか紀子は子供を育てるまでが一つの生き甲斐だったんだ。 (続)
   
コメント
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