いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

福祉まつりで賑わう

2016-07-30 15:08:32 | Weblog
                             分類:催
                  場所 : かしまデイサービスセンター前広場
                      いわき市鹿島町下蔵持字中沢目24


    手をつなごう 心もつなごう
 浜通りに位置する「いわき」も昨日(29日)は梅雨明け宣言が出て、今日の正午現在、自宅の庭は温度計が36℃を示して蒸し返しが激しい。
 かしまデイサービスセンター前広場では第34回かしま福祉まつり が開催されました。


            《会場には地域住民らが大勢集まった

 同まつり実行委員会と、社会福祉法人養生会が毎年開催している恒例のイベントです。
 踊り会場では11時30分の村上よさこい(かしまソーラン&笑顔)で幕を開け、平工業高校吹奏楽部演奏や地元、上蔵持青年会の「じゃんがら念仏踊り」等々が繰り広げられて、会場に喝采が湧き上っていました。
 
 かき氷、焼きそばなど夏祭り気分を盛り上げる模擬店も数多く並び、更に金魚すくいなどのゲームコーナーは子供たちの人気を集めていました。フリーマーケットも行われ、いわき鹿島ロータリークラブやシャブラニールの会、ウイングいわき、ライフランドなども出店して格安で販売していたのが印象的でした。


           《平工業高校ブラスバンドによるライブ演奏
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暑い夏がくる予感

2016-07-16 07:57:58 | Weblog
                                           分類 : PV
  セミの抜け殻
 早朝、庭の松の木にセミの抜け殻があるのを見つけて、夏が目の前にあるのを感じた。〈写真〉
 まだ1匹だけの孵化だったが、これから毎日のように複数の抜け殻を残して巣立っていく。蝉の種類は抜け殻でも判断できるが、アブラゼミとミンミンゼミはちょっと見ただけでは区別がつきにくい。
 しかし、例年この松の木に集中して抜け殻が残るというのはアブラゼミだと推測がつく。
 ミンミンゼミは固まって孵化するというのは少ないと聞いているからだ。


               《短い生命に夢を託して飛び立って行ったセミの抜け殻》

 うっとうしい梅雨が明けないまま、九州や四国方面では豪雨の影響により各地で大きな被害を受けている。東北地方でも梅雨前線や日本海から近付く低気圧の影響でぐずついた天候が続いている。
 セミの抜け殻は夏の到来を予感させたが、はてさて、どんなものか?
 ジリジリジリジリ……と鳴くアブラゼミのように、早く梅雨空から抜け出してジリジリと焼きつくような夏がやってくるのが待ち遠しい。

・余談だが、セミの一生は七日だとされているが、角田光代の小説 「八日目の蝉」 は中々読ませる。
 「母性」をテーマにした作品で、希和子は子供を身ごもるが相手が結婚していたために出産を断念するしかなかった。同じ頃に生まれた不倫相手の子供を誘拐して3年半の逃亡劇が始まる。
 ヒューマン・サスペンス調だが、その中には出生・愛情・家族などの日常的な要素が緻密に描かれている。



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参議院選挙の投票日

2016-07-10 20:02:23 | Weblog
                                           分類 : 催
 清き1票がどう生きるか    小名浜第11区投票区投票所 : 鹿島小学校 体育館
                                           いわき市鹿島町走熊字中島1

 今日(10日)は参院選の投票日を迎えて朝の7時ジャストに投票開始の号砲花火が上がった。
 本県選挙区には3名が立候補しているが、実質的には自民、民進両党の争いになるものと思われる。これまで2議席あったものが改選1議席になったので、両党ともに事態は予断を許さない激戦区になった。
         

                     《投票所となった体育館入口》

 あの東日本大震災から6年目を迎えての復興と、原発事故による対応が遅々として進んでいないような状況の中で、特に福島県民は祈るような気持ちで投票所に足を向けたに違いない。
 それに加えて経済・雇用・教育・年金・医療・介護などなど、やるべき課題は山積している中で、国政に本腰を入れて頑張ってくれる人を選ぶのだから当選した人は踏ん反(ぞ)り返っていないで、血眼になって働いて欲しいものだと切に思いながら私も清き1票を投じてきた。


              《日中は暑かったが、程好い流れで投票していく人たち》

 小名浜第11区投票区投票所の該当区域は、飯田・久保・上蔵持・下蔵持・走熊・米田・下矢田・鹿島の人たちです。
 投票所は午後7時に締め切られ、間もなく開票が始まる時間に入った。
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鹿島歴史の会 城跡視察

2016-07-06 12:19:03 | Weblog
                                           分類 ; 催
                                   鹿島歴史の会 : 鹿島公民館内
   平城跡と大舘城を視察
 鹿島歴史の会(志賀信弘会長)は毎月第1火曜日に鹿島公民館で講師を招き、鹿島町及び市内近辺の歴史を学んでいるサークルだが年2回の研修旅行がある。
 春は日帰り、秋は1泊の特別研修となるが、この2回に限っては教室から飛び出して県外も含め、多岐に亘って様々な情報や知識を身に付ける機会にしている。しかし、会が長年続くと日帰りでは巡り歩く範囲が限定されてきてコース選定に頭を悩ますようになってきた。
 そこで、今回(7月5日)は小休止を兼ねて遠出をやめ、近隣の歴史と文化を再認識するという意味で 「春の野外散策コース」 と銘打って磐城平城と飯野平城(大舘城)を見て回ることに決定した。


              《焔硝櫓(えんしょうやぐら)があった附近の石垣の一部》

 交通手段はレンタカーのマイクロバスを利用して、案内役を小野佳秀(元・いわき市暮らしの伝承郷館長)先生と、山本秀吉(自然と史跡の会々長)先生にお願いして、会員(参加者19名)が梅雨の合間をかいくぐって散策を楽しんだ。 
 磐城平城は堅牢な段丘崖を利用した曲輪が顕著なので石垣が少なかったと言われるが、今に残る石垣は要所要所で見ることができる=写真上。
 Q 城はなぜ大舘城から平城に移ったか?

 A 大舘城の岩城貞隆の時、兄の佐竹義宜に従い家康の上杉征伐(1600年)に参加しなかった為に、関ケ原の戦いのあと慶長7年(1602年)に大舘城を没収された。その後、関ケ原戦いの前哨戦である「伏見城攻防戦」で討死した鳥居元忠の戦攻により、次男の鳥居忠政が磐城平10万石を与えられた。
 飯野平城から磐城平城へ移築したが、築城された場所は飯野八幡宮があったところで、現在の飯野八幡宮は移設された場所である。



     《安藤家の菩提寺良善寺では気さくな住職さんが、境内を懇切丁寧に案内してくれた》

 いわき市内にある安藤家の墓所は、2代・信馨(のぶきよ)から7代・信勇(のぶたけ)までの墓が良善寺(旧・善昌寺)にある。
 ※初代・信成(のぶひら)の墓は定恵院(東京都品川区)にある。

 △ こうして春の研修(散策)1日コースの企画は、鹿島公民館⇒平城跡⇒長源寺⇒良善寺⇒イタリアンコート(パシフィコホテル2F)で昼食⇒大舘城⇒鹿島公民館⇒を経て、無事終了した。

 

  
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