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いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

鹿島の桜まつり、いつ?

2013-03-27 06:38:41 | Weblog
                                           分類・催
      
               《来場を呼びかける主催者側のポスター(一部)》
 いまや、いわき鹿島地区で知名度の高いイベントの一つとして人気があるのが、恒例 「かしまふれ愛 さくら祭り」 です。 
 会場は鹿島ショッピングセンター エブリア(北側駐車場及び矢田川周辺)で、4月1日(月)から30日(火)まで実施され、13日(土)が前夜祭、14日(日)がメインイベントデーになっています。
         
                 《昨年のトラックステージからの一場面》
 鹿島街道と並行して流れる矢田川沿いの土手には毎夜、提灯によるライトアップが本格的な春の訪れを知らせます。今年も 満開笑顔・復興桜 がサブタイトルに付いて、原発事故で避難されている楢葉町の人たちも参加と、 「がんばっぺいわき が強調されています。
 このイベントの主催は、鹿島地区地域振興会(かしまふれ愛さくら祭り実行委員会)で、その他、鹿島地区区長会、ボランティアの方たちなどの協力によって構成されているものです。
            
             《イベント会場からエブリア、ヨークベニマルは目と鼻の先》
 13,14日のステージは家族連れでも楽しい1日が過ごせるように、豊富なプログラムが組まれており、また焼きそば・かしま焼き・焼き鳥・おでん・飲み物などのブースもあります。
 1日から30日までは桜並木が夜間ライトアップします。

 【今日という日の過去】 3/27
 昭和8(1933)年 国際連盟を脱退 日本は国際連盟に脱退を正式に通告した。満州事変を巡り、2月に開かれた国際連盟総会は「満州国の不承認」を内容とする対日勧告案を可決。斉藤実内閣が強く反発、日本は国際的に孤立を深めていく。

  本日  3月27日(水)   八白 大安  旧暦 2/16
 

  
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小説 カケス婆っぱ (了)

2013-03-22 06:32:52 | Weblog
                                            分類・文
     小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

 キクの上京は和起の就職4年目を迎えて節目の祝いだった事は確かだが、キクにとってもこれで一つの区切りがついたから、あとは思い残すことは何もないと思った。
 和起に旅館での朝、健康上のことで指摘された時は不意を突かれて狼狽仕掛かったが何とか擦り抜けて誤魔化せたとは思ったが、キクは最近になって断続的ではあるが微熱が出て、身体が気だるいという自覚症状がある。
 最初の内は風邪でも引いたのだろうと思っていたが、いつになっても一向に治る気配もなく微熱が出る間隔は狭まっていくのだ。
 あの時に余程、和起にその症状を明かしてみようかと思ったが悪戯(いたずら)に和起を心配させるだけだと考えると、どうしても口にすることはできなかった。 キクは自分が寝込んだら最後だという一抹の不安と覚悟を抱くようになったのは極めて最近のことだ。
 だから今回、和起に会える機会に恵まれたことは、なぜか言い表しようのない感激と満足感を得たように思えた。
           
 和起は就職してから随分と大人になったのを実感した。
 これまで2人の足跡を辿ってみると毎日が苦労と悩みの連続だったが、いつも側に和起という大切な支えがあったからこそ、それらを心の内に秘めて生き長らえたのだとキクは思っている。
 和起はもともと弱音を吐くような子ではなかったから、これから先も道程は長くても必ず自分の目的は果たすだろうと考えながら、キクはいつの間にか頬に流れ出た涙に手拭いを押し当てた。
 汽車は山間と海岸沿いを縫うようにして黒煙を上げながら、北へ向かって走行を続けていた。 (了)


             
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小説 カケス婆っぱ(26)

2013-03-21 06:42:12 | Weblog
                                            分類・文
    小説 カケス婆っぱ
           第31回 吉野せい賞奨励賞受賞         箱 崎  昭

 何気ない言葉だったが和起の心情を捉えた。述懐にも似たキクの言うことは確かに的を射ていた。
 働いて給料を受けるということは他人のために役立ったという証としての報酬であって、雇い主の商店や会社はその架け橋なのだ。
 根本的に人と人とは皆、何らかの関連性を持って共に生き合っているのだと和起には理解できた。
 汽車の時間に合わせるようにして上野駅に向かった。
            
 駅舎の中も例外なく乗降客や送迎の人たちで混雑していたが、和起はキクを改札口の隅に待たせて手際よく乗車券と自分の入場券を購入してきた。
 ホームに入る前にキクが富田の家と製材所へ持っていく土産物を買うと言って売店のケース棚を覗きはじめた。
 和起は、その間に駅弁と娯楽雑誌を購入した。
 常磐線の各駅停車仙台行きは18番ホームから発車する構内放送が流れて間もなく列車が入線することを告げている。
 ホームの大型丸時計が11時15分を指していた。
 上りの列車が到着すると、車内から人が雪崩のように押し出されてくるのはどのホームでも同じだが、下り線の列車には空席が目立つ。
 発車時間までには未だ10分ほどの余裕があるので、和起も車内に入ってホーム側の座席に2人は腰掛けた。
「この中に弁当が入っているから後で食べたらいいよ。本もあるので退屈したら読むように」
「うん、有り難う……。まだ見習いの身で給料も碌に貰ってはいねえべのに今度ばかりは随分と世話を掛けちまったなあ」
 キクは申し訳なさそうに感謝の気持ちをいっぱい込めて言った。
「そんなの気にしなくていいから。今回は俺が店に入って4年目を迎えた祝いで婆ちゃんを呼んだんだから。本当ならばもう少しの間泊ってもらって、はとバスで銀座や浅草なんかを案内してやりたかったけど今の俺にはまだまだ無理だもんな。悪いと思っているのは俺の方なんだよ」
「駄目だ駄目だ、そんなに長居していたら按配悪くなっちまうよ」
 キクは片手を大袈裟に横に振って笑った。
 仙台行き列車の発車時間が迫ってきて、和起はホームへ出てキクのいる窓際に寄っていった。
「婆ちゃん、元気でいるんだよう。今度俺が田舎へ行く時は婆ちゃんを迎えに行く時だと思っていていいからね」
「うん、その日を楽しみに待っていっから」
 キクは素直に和起の顔を見ながら子供のように頭を下げた。
 発車のベルが鳴り響き終わると、列車は緩やかな曲線を描いた線路を惰性を付けながら和起から距離を置いていく。 (続)


                               

 
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小説 カケス婆っぱ(25)

2013-03-20 06:38:31 | Weblog
                                            分類・文
      小説 カケス婆っぱ
             第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

      (15)
 旅館客が廊下を歩く足音にキクは目を覚ました。
 建物の隙間を掻き分けるようにして朝の青白い光が窓の側まで迫ってきている。
 和起が目を擦りながら先に起きているキクを見て、慌てて胸元に掛かっていた蒲団をたくし上げた。
「汽車の時間までに上野の公園でも少し歩いてみっけ?」
 和起が敷布団に胡坐をかきながら誘った。
「昨日の今頃は和起に会えるということで浮かれていたのに、今日はもう帰る日だなんて呆気ない時間だったなあ。でも婆ちゃんは竜宮城にでも来たような錯覚を起こすほど貴重な体験をさせてもらったよ。和起の仕事ぶりも見たし美味いものもご馳走になった。あとは真面目に仕事を続けて立派な料理人になってくれるように遠い田舎で毎日祈っていっからな」
 キクは身支度をしながら和起に面と向かって言った。
 和起は聞きながらキクの動きや話し方に年老いていく祖母を実感した。  
 身体が一回り小さくなったような気がするし、以前に比べて明るく闊達なところが余り見られなくなってきたからだ。
「婆ちゃんはたった1日だけど、慣れない東京でバタバタと過ごしたから相当疲れているんじゃないけ。だって顔色があまり良くないようだから」
 和起は皺しだの深いキクを見上げて言った。
 キクは和起の問いに一瞬、躊躇したようだったが直ぐに笑顔になって「その点は大丈夫だ、心配すっことはねえ」と言葉を返して健在振りを強調してみせた。
 旅館を出ると露地でも人通りは多かったが、上野の駅前辺りに出ていくと比較にならないほど人も車も往来が激しくなっていた。
            
 人それぞれの思いで蠢(うごめ)く都会の喧騒な1日が慌しく、そして何かを追い求めあってスタートしたようだ。
 和起はキクの歩調に合わせるようにして、広小路から幅広い階段を上がり西郷隆盛の銅像前を横切って上野界隈を一望できるベンチに腰を下ろした。
 周囲の人たちの会話から圧倒的に東北の出であることが容易に窺い知れたし、身なりや持ち物からも判断できた。
 キクも和起も何故か都会でありながら気が休まる空間であるような感じがした。
 キクが立ち上がってアメ横から広小路方面を黙視している。
 車の渋滞や電車が絶え間なく動いている光景を見ながら和起に言った。
「人間って面白いもんだなあ、こうしてジッと見ていると、他人様の役に立たないことには誰も生きてはいけねえんだなあ」 (続)


            
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小説 カケス婆っぱ(24)

2013-03-19 06:44:09 | Weblog
                                             分類・文
     小説 カケス婆っぱ
           第31回 吉野せい賞奨励賞受賞          箱 崎  昭

     (十四)
 和起が予約してある旅館は、上野駅正面の昭和通りから奥まった下町情緒が感じられる露地の一角にあった。
 この界隈は古い旅館が建ち並び、地方から上京してきた人や行商人、そあいて修学旅行の学生たちを客として栄えてきた場所である。
 2人が泊まる田辺旅館も老舗で、木造2階建ての造りは旅籠(はたご)の風情を今に残していた。
 中廊下を境にして部屋を左右に振ってあるが、宿の主人は突き当たりの通りに面した部屋を案内して明日は何時に部屋を発つかを確認すると下がっていった。
               
「今日は忙しい思いをさせてしまって疲れたっぺね」
 和起は気を緩めて田舎言葉を使った。
 祖母と孫の間柄と長年2人で生活をしていた苦しくも楽しかった頃に戻っていた。
「いいや、疲れるどころか子供の遠足みてえに今日の来るのが待ち遠しいくれえだった。何から何まで感激の1日だったよ」
 キクは満足そうにそう答えて、思い出したかのように着物の胸元から熨斗袋を取り出した。「これは社長さんからお祝いにと戴いたものだけど、和起にやっから受け取っておきな」
 そう言って和起の手元に差し出した。
「要らねえよ、東京に居ても欲しいものは何にもねえ。帰る時の土産代にしまっておきなよ。それより明日は何時の汽車で帰ったらいいんだい?」
 和起は受け取らずに、金のことから気を逸らせるようにして明日の帰りのことを心配して聞いた。
「上野駅を出るのがあんまり遅いと、向こうさ着いた時に暗くなってしまっても困っから昼頃までには汽車に乗りてえな」
 もう別れがきたかのようにキクの口調は弱々しく聞こえた。
 いかにも行商人や地方からの客を扱う旅館らしく、床の間には旅館案内と共に上野駅発着の列車時刻表が置かれてあったので手にして見た。
「11時28分発の仙台行きに乗ると4時過ぎには平駅に着くから、それにしたらどうだっぺね」
「んだなあ、それが丁度いいかも知んねえな」
 一息入れてからキクが答えた。
 2人は共に相手の健康を気遣ったが和起はキクの1人暮らしに関しては殊のほか心配した。いつまでも1人にしておく訳にもいかず思案しているところだが、今の自分にはどうすることもできない無力さを嘆いた。
 田舎の様子や出来事を話題にして暫らくは盛り上がったが、いつの間にか会話も少なくなり途切れてキクも和起も心地良い疲労感に包まれて深い眠りに入った。
 部屋と外を遮断する窓の曇りガラスに、ネオンの灯りが万華鏡のように点滅しては
変化をし都会の不夜城を見せ付けていた。 (続)
 

                
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小説 カケス婆っぱ(23)

2013-03-18 06:24:15 | Weblog
                                            分類・文
      小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

 店主の藤岡は2人の様子をテーブルの脇で微笑みながらじっと見ていたが、満足そうな顔をして言った。
「どうですか、お孫さんの料理は美味しいでしょう。本人にはこうして日々精進してもらい、私は大切なお孫さんをお預かりしている以上は厳しい時もありますが、責任を持って料理職人に育てますから安心してください。それでは後は貴重な時間を2人でどうぞごゆっくりとしていって下さい。これは汽車賃にもなりませんが私の気持ちとして受け取ってください」
 藤岡は寸志と書かれた熨斗袋(のしぶくろ)をキクの手に渡した。
「とんでもねえです。社長様にはこうして色々とお世話になっている挙句にこういうものはとても受け取れません」
 キクは正座している身体を固くして、テーブルに置かれた熨斗袋を指先で押し返した。
「これは今日のお祝いに対するほんの御祝儀(おしるし)ですから、それに断られるほどの中身は入ってはおりません」
 藤岡は照れ笑いをしながら和起と目線を合わせると、後はお前に任せるからと言うようにして席を外した。
           
「立派な社長さんに恵まれて和起も良かったなあ。これで婆ちゃんは田舎さ戻っても和起の事に関しては何も心配することはなくなったよ」
 キクは感慨深げにそう言った。
 和起は先ほどまでの他人行儀のような姿勢から解き放されて、気楽に話しかけられるようになっていた。
「婆ちゃん、料理ものは冷めちゃうと味が落ちてしまうんだよ」と言いながら別の器を指して「これが車エビとキスの天ぷらで、こっちが白身魚のちり蒸しで豆腐と椎茸を盛り合わせたもの。酢醤油に付けて食べると美味(うま)いよ」
 キクは、いちいち説明する和起の表情に板前として育っていく過程の一部を垣間見たような気がしてとても頼もしく思えた。
「まるで大名様にでもなったみてえで、婆ちゃんには一生に一度食えるか食えねえかの御馳走だけど、冥土の土産には良い思い出になるかも知んねえな」
「なにを縁起でもねえこと言っているんだよ。俺はこの店で修業して1日でも早く婆ちゃんを呼べるように頑張っているんだから、まだまだ元気でいて貰わねえと困るかんな」
 和起は受け皿にエビの天ぷらを載せてキクに渡しながら真剣な顔つきをして言い、年齢のせいなのか珍しく弱音を吐いたキクに優しい目をして笑った。 (続)


                         
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小説 カケス婆っぱ(22)

2013-03-17 06:37:01 | Weblog
                                            分類・文
     小説 カケス婆っぱ
           第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

 キクは上野駅のホームに降りたらそこから1歩も動かずに居るという事と、迎えに出る相手は白の割烹着で栗原という若い男だから会ったらその人に従うよう事前の約束事にしてあったので、いまこうして店に到着しているということは待ち合わせに成功したのだと思うと、和起は安堵感で胸を撫で下ろすような心境だった。
 栗原がキクを2階の和室に通して、これから社長が挨拶に伺う旨を伝えて下がるのと前後して仲居がお茶を運んできた。
 暫らくして襖戸から男の声が掛かった。
「ごめんください、失礼します」
 静かに戸が開けられてキクの顔を見ると、膝に両手を付けて深々と
「お初にお目にかかります。私、藤岡と申します。本日は遠い所をお出で戴きまして有り難うございます」  柔和な顔つきだが芯の強さが眼光に表れていた。
「はじめまして。和起の祖母でキクといいます。和起が大変お世話になっている上に私のような者がこうしてご招待に授かり夢のように思っています」
 キクはそう言ったが実際に夢のような心地でいた。
「中村君は仕事熱心で、よく働いてくれていますのでご安心下さい」
ご案内の通り、今日お出で頂いたのは彼の手で作らせた料理を存分に味わってもらいながら、お孫さんとのひと時を水入らずで過ごして戴きたいという考えからです」
 主人の挨拶が終わると、和起が部屋へ入るタイミングを窺っていたかのようにして襖戸を開けた。

            
  「失礼します。いらっしゃいませ」
 両手をついて頭を下げたのは紛れもなく和起だった。キクは一瞬、呆気にとられて凝視したが無意識のうちに目礼をしたものの、その後に何と言ってよいのか言葉に詰まった。
 和起がテーブルに膳を運ぶのを見ていて、今は祖母と孫の間柄ではなく客の1人として迎えてくれているのだなと気付くと急に緊張した。
 真新しい割烹着を身に付けて膳から料理ものをテーブルに並べはじめた和起の仕種を見ていてキクは涙がこみ上げてきた。
 貧しい生活の中で、ひもじい思いをしてきた和起がこうして板前修業に専念しているのを直接(じか)に見て、これまでの苦労のなにもかもが一編に吹っ飛んでしまうような気がした。
「社長さんをはじめとして板長さんたちのご協力を得て、私が心を込めて作りました。どうぞ召し上がってみてください」
 和起はキクを相手の話す言葉としては照れくささと違和感を覚えたが、この職業に就いて最初の客として丁重に迎えなければいけなかった。
「有り難いことだね。こうして和起が作った料理を口にすることが出来るなんて婆ちゃんは初めてだもんな。頬っぺたが落っこちてしまうかも知んねえな」
 キクはそう言って先ず手元に近い料理に箸を付けた。
「これはカレイのあらいで生きたカレイを薄く削ぎ切りして、水に浸けて身をはぜさせたものです。あらいは辛子酢味噌が合うので白味噌に味醂を加えて、さっと火を通して冷まし溶き辛子と酢を加えました」
 キクは和起の細かい説明に黙って頷きながらカレイのあらいを口にしていたが、その内容に関しては難しくて理解できなかった。
 ただ嬉しくて涙腺が緩み、膝の上に乗せておいた手拭いを取って目頭を押さえることで一杯だった。                               (続)
            
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小説 カケス婆っぱ(21)

2013-03-16 06:38:41 | Weblog
                                             分類・文
      小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞         箱 崎  昭

 他に従業員の休憩時間や昼食時にはお茶の用意をするのもキクの仕事であることを付け加えられた。
 事務所に戻り明日からでも仕事に出られることを告げて、雑談する中で国友夫婦は就職していった和起のことや、1人残ったキクのことを案じてくれた。
 キクは自分にも働き先が見つかった事の嬉しさと、新たに生きる張り合いが見い出せた喜びで年甲斐もなく心が躍った。
 総福寺に戻る途中で湯ノ嶽の南端を望むことが出来るが、近在の山並みから頭を擡(もた)げて、磐城一帯にその存在を誇示しているかのように見えた。

                (十三)
 和起が東京の割烹天峰へ就職してから4年目を迎えて、店の主人からキク宛に1通の招待状が舞い込んだ。
 それは天峰で3年間無事に働き通すと、その従業員の親を招いて息子が作った手料理を味わってもらおうという趣旨と元気で働いている姿を親に見せてあげたいという主人の配慮からだった。
 反面、本人に対する1つの節目として、やる気と自信を持たせる機会を与えてやる意味もある。
 天峰で4年目になると誰もが経験する儀式だと従業員の間では言われている。
 しかし、この業界では勤続4年目を迎えたからといっても簡単に包丁を握らせて貰える訳でもないから、この時ばかりは板長をはじめとして店の者全員が惜しみない協力をしてくれる。
 店にいる限り誰もが通過する仕来たりによるものだった。
 和起にとって今日がその主役であり、キクとの対面も久し振りになるから全身に緊張感が漂ったが、それは重圧ではなく爽やかなものだった。
 いつもより2時間早く厨房に入り調理の準備に取り掛かった。
 他の者たちも和起を追うように店にやってきて、分担された持ち場に付いた。
 1年先輩になる同僚の栗原がキクを迎えに行く役に回ってくれて上野駅に向った。
           
                      《上野広小路》
 板長は和起の側で料理作りの助言をしていたが、慣れない手捌きに見ていられず細かい部分には直接手を出した。
 和起にとって慌しい時間の中で、栗原がキクを案内して店に入ったという情報が仲居からあったのは、厨房の掛け時計が17時を指す間際だった。 (続)

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小説 カケス婆っぱ(20)

2013-03-15 06:55:53 | Weblog
                                           分類・文
     小説 カケス婆っぱ
           第31回 吉野せい賞奨励賞受賞         箱 崎  昭

      (十二)
 翌朝、キクは小井戸の水を汲んで石段から境内を見上げながら立っていた。そして大きな声で呼んでみた。
「和起ー」
 キクの声は境内に向かって澄んだ空気の中をいっぱいに広がっていった。
「なんだ、こんな所に居たのかあ。目を覚ましたら居ねえからビックリしたよ」
 和起が境内の端から顔を出して、石段を二段ずつ大っ飛びして下りてきそうな感じがしたからだった。確かに和起がそう言ったことを思い出したらキクの目から急に涙が溢れ出た。
 それは現実から離れた単なる空想でしかなかったが、まるで昨日のような出来事に思えた。
 昨夜はもう泣くまいと蒲団の中で目を腫らしながら自分に言い聞かせたのに、意志の脆(もろ)さが出てしまい情けなく思った。
 此処を離れていった和起は、もっと辛いのではないか。誰1人知らない都会へ飛び込んでいって慣れない生活環境と商売柄、古い仕来たりの中でどんなに苦労するか分からない毎日のことを思ったら、残った自分は未だ楽な方だと思い直すしかなかった。小井戸から汲んだ水がいつもより重く感じる。
 しかし、キクにとってはいつまでも感傷的になっていてもいられないし、又そういう性格でもなかったから和起が居なくなってできた時間の空白を埋める手段を考えるべきだと思い直した。
 そうでなければ和起に負けてしまうし、それを乗り越えるには身体をもっと動かすことだと思った。
 仕事に専念すれば、その間は少なくとも精神的な悩みや苦労から脱却できる筈だと思ったからだ。
 その方法として隣りになるが、製材所で雑役人夫を探していると聞いていたので早速足を運んでみることにした。
 国友製材所は隣りとはいっても寺から徒歩で20分もあれば行けるので通うのにも便利な距離にあった。住居の一角に事務所を設けて作業場は側にある。
 雨避け用のトタン屋根の下で、大きな固定丸鋸が原木を切断しながら金切り声を上げている。               
 事務所では夫婦が机に向き合って帳簿を捲りながら何か話していたが、キクが来たのを知ると意外だったのか2人はビックリしたような表情で顔を見合わせた。
 事情を説明すると主人の悦郎は快く受け入れて、現場を案内して仕事の内容を説明した。原木を挽く丸鋸の回転音と共に発生する大鋸屑(おがくず)が、雪を撒き散らすラッセル車のように作業をする者の両側に振り分けられていく。
「キクさんにはこの大鋸屑と木端(こっぱ)を集めて、ネコ車で捨て場まで運んで貰いてえんだ。ただ気を付けなくてはなんねえのは、側で丸鋸が回転しているから油断すると手足の1本や2本吹っ飛んでしまうから充分注意してやっておくれな」 
 悦郎の説明を受けただけでも恐怖感を覚えたが、目の前には更に金属音を立てて唸っている丸鋸があった。                         (続) 



            
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小説 カケス婆っぱ(19)

2013-03-14 06:47:24 | Weblog
                                            分類・文
      小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

      (十一)
 人は逢う時には楽しく心が踊るものだが、別れほど淋しく悲しいものはない。
 キクと和起の別れにはそれ以上のものがあった。孫として生まれた和起と2人で喜怒哀楽を共にしてきたキクは、自分の命をもぎ取られるのに等しいような心境だった。
「婆ちゃん、俺帽子はもう要らねえからここさ置いて行くかんな」
 和起は自分が寝る脇の柱に打ってある釘に掛けた。
 記念にとは言わなかったし、何かあったら俺のことを思い出してくれるようにとも言わなかったが、そういう意味合いを込めた一言であることがキクには充分に察しがついた。
 中学の3年間被ってきた帽子の鍔(つば)や縁は、擦り切れていたし黒の生地も色褪せていたが、キクに対して〈俺はいつも婆ちゃんの側に居るからな〉という心の訴えである筈だ。
「和起は東京の人になってしまうんだなあ」
 キクは囲炉裏に座ってキセルを口から離し、立っている和起を見上げるようにして笑った。
 卒業式を終えて、まだ木の芽も固い3月の中頃までには殆んどの生徒たちは目的の就職先へ向かって行った。
 和起もキクと別れる日の朝を迎えた。
 洗濯をして身綺麗になった学生服を着て、必要な荷物を風呂敷に包んで2人は寺の階段を下りた。
 キクの後になって歩いていると、小学生の時に湯本から寺に来るまで歩いた当時が走馬灯のように鮮明に蘇ってくるのだった。
「婆ちゃん、本当に身体に気を付けてよ」
 和起はキクの背中から言った。直接、面と向かって言うと言葉が詰まりそうな気がしたからだ。
 バスは農協前から常磐線平(現・いわき)駅まで曲がりくねった田舎道を、車体を軋ませながら時間を掛けて2人を運んだ。
 駅のホームは時節柄、他校生の上京組もいて賑わっている。
             
                 《東北では集団就職の列車まで運行された》
「婆ちゃんが少しずつ貯めたホマチ(へそくり)だ。東京で欲しいものがあった時の足しにしな」
 キクは懐から巾着(きんちゃく)袋を取り出して紐を解くと、中から四つ折りになった千円札を裸のまま、そっと和起の手に渡した。
 和起はキクが貧困を極める中で、お金など貯まる訳がないと思っていたからこの贈り物は宝石のように輝いて見えた。
「俺、大事に使うからな」
 和起の礼の言葉は短かったが心の中では深く感謝をしていた。
 仙台発の列車がホームに蒸気を吹き付けながら入線すると、三等車内は既に遠くからの集団就職者で満席状態になっていた。
 和起は乗車するとホームが見える場所へ進み寄りキクを見て軽く手を挙げた。
 キクは手の平をいっぱいに広げて忙しく左右に振って見せた。
 騒がしいほどの発車ベルが2人を急き立てて、汽車は汽笛と共に小柄なキクの姿を車窓から消した。 (続)
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小説 カケス婆っぱ(18)

2013-03-13 06:42:54 | Weblog
                                            分類・文
     小説 カケス婆っぱ
           第31回 吉野せい賞奨励賞受賞         箱 崎  昭

     (十)
 秋も深まってくると中学3年の教室は高校進学組と就職組が鮮明に分かれて、進学組は課外授業が設けられ、就職組は就職担当の教師との接触が頻繁になってきた。
 就職を希望する生徒には本人が望んでいる就職先に出来る限り叶えてやれるように県内外を問わず、求人資料を集めては個人相談に応じていた。
 その担当が高野という30歳過ぎの教師だが、何事にも親身になって応対してくれるので生徒の受けが良く就職担当に最適だった。
 高野が和起を就職のことで職員室へ呼んだのは、これで2回目でニコニコした表情で迎えた。
「中村に丁度良いと思われる就職先があるので、どうかなと思って呼んだんだ。まあ、そこへ掛けろ」
 高野は隣りの空いている椅子を指差して腰掛けるよう促した。
           
「割烹料理店で場所は東京の新橋。休みが月に2回で給料は2千円という条件なんだ。店の名は天峰といって社長さんが青森の人でな、苦労して裸一貫で店を持ったらしい。店で働いている人も東北の人たちが多くて、真面目にやれば将来は店を持たせてくらるらしいぞ」
 高野は書類に目をやりながら読むような口調で、自分が就職するかのように乗り気になって紹介した。
「いいと思うけど、決めるのはよく婆ちゃんに話してからにします」
 和起も確かに自分の希望している就職に合致していると思って聞いていた。
「慌てなくていいから、ゆっくり考えて後で返事をくれるように。この店に決まればその時には先生が直接、婆ちゃんに会って詳しいことを説明しに行くからな」
 高野は和起の意思を尊重して、この件を保留した。

 和起はその夜キクに就職の進捗状況を伝えて、思い切って住み込みで東京へ行くことに同意を求めた。
 キクはキセルの雁首に刻み煙草を詰め替えながら、真剣な顔をして話す和起を見た。キクにとって愈々来るべき時が来たと思った。
「和起の選んだ道は婆ちゃんは何も言わねえ。だけど決めた以上は婆ちゃんも陰で応援すっから頑張って働くんだよ」
「婆ちゃん1人になっちまうけど本当に大丈夫なのけ」
 和起が心配そうに問いかけるとすかさずキクは言葉を返した。
「ハ、ハ、ハ。和起だって1人になってしまうんでねえか。婆ちゃんのことは何も心配することはねえ、和起が居なくなっても寺の辺りを元気に駆けずり回って、和起が1人前になるまで楽しみに待っていることにすっから」
 キクはキセルから吸い込んだ煙草を白煙に変えて吐き出したが、煙は天井に向って弱々しく消えていった。 (続)
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小説 カケス婆っぱ(17)

2013-03-12 06:45:36 | Weblog
                                             分類・文
       小説 カケス婆っぱ
             第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

     (九)
 キクは少しでも手間賃が稼げることなら何でもした。
 小名浜港に大量のイワシが上がると浜では塩漬けで竹串に刺して洗浄し、広い敷地いっぱいに干し台の上で天日干しにする。
 乾燥の頃合を見計らって頬刺し作業へと進むのだが、この時に必要なのが藁刺しである。藁刺しは1本の藁を真ん中で折り曲げて2、3度捩じって15センチ位のところで結び、その先を切ったものだが農家の夜なべ作業としては人気があった。
  希望者には見本品が1本渡されてその通りに作ればいいので、キクは空かさず口利きに頼んで、その藁刺しを作る仕事に没頭した。
 農家では普段、縄綯(なわな)いをして慣れているのでこういう仕事は能率が上がったがキクにとっては容易なことではない。
 和起が寝た後も、静かな部屋で囲炉裏を前にして1人黙々と藁刺し作りをした。
           
           《干し台で乾燥したイワシは、このあと藁刺しにする(小名浜)》 
 
和起が既に中学生になって自分の小遣いは自分で稼ぐと言って新聞配達をしてくれているので現実を考えると歳月の周期の速さに驚かされたが、そういう成長をしていく過程で嬉しいと思う反面、寂しさが込み上げてくるものがあった。
 それは中卒後は和起が他県に就職して離れ離れの生活になることが目に見えていたからだ。
 近隣に職を求めるのは困難で、中卒者は金の卵だと持て囃し求人する企業が多い都会への就職に頼わざるを得ない状況にあった。
 唯一、和起と一緒に居られる方法はあった。
 それは常磐炭礦に就職して修技生になることだった。炭礦現場の技術を習得しながら高卒程度の教育が受けられ、給料が支給されるという好条件のものだった。
 就職担当教師からの打診があったがキクは炭礦そのものに強い拒絶反応を示した。  夫の源蔵も息子の和義も炭礦で死んでいったことを思い出すと、孫の和起までを犠牲にするようなことはとても出来ないという恐怖心のようなものがあったからだ。
 キクは和起にだけは将来のある人生を幸せになって欲しいと心の奥底から願っていたから、そのためには例え自分はどうなろうとも和起を離れさせなければならないと思っていた。
 藁刺し作りの手を休めることなく、あれこれと物思いに耽っては時折、和起の寝顔を見て自分が今こうして居られるのは和起に勇気付けられているからだと考え、複雑な心境になったりする。
 もの悲しいフクロウの鳴き声もいつの間にか途絶えて囲炉裏の残り火が、か細い炎を上げながらキクに1日の終息を告げていた。 (続)
 

                     
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小説 カケス婆っぱ(16)

2013-03-11 06:45:48 | Weblog
                                             分類・文
      小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞         箱 崎  昭

 関根夫婦はキクが帰り掛けに、八坂神社下の畑からネギと大根を好きなだけ採っていくように言ってくれた。
 総福寺へ帰る手前に八坂神社があって、その道路下に関根の畑があり確かにネギも大根も畝を並べて大きく育っている。
 キクは下の畑へ降りていって大根1本と数本のネギを引き抜きながら、今夜は大根の煮物でも作ろうかと考えていた。
 丁度その時に役場の野沢民子が帰宅の途中でキクの姿を目撃した。
 民子は声を掛けて挨拶をしようと思ったのだが、他人の畑に入って野菜を採っている行動を変に勘繰ってキクが背を向けて気付いていないのを幸いに、その場を逃げるように去っていった。
          
 このことが翌日からキクにとって最悪の状態に陥る原因になってしまう。
 他人の口に戸は立てられないというが、女たちが行き会うたびにカケス婆っぱが泥棒を働いたという陰口が流布されて、すっかり噂の種になってしまった。
 関根夫婦はキクに対する親切が仇になってしまったと世間話に困惑した。
 これを耳にしてからは会う人ごとに経緯と真相を説いたが、聞いた者は関根はカケス婆っぱを庇ってやっているのだと噂の方が勝ってしまう始末だった。
 関根裕一はあの日、畑まで一緒に行ってやって自分が直接採って渡してやればこんな事にはならずに済んだのにと思うと、深く後悔をしキクに申し訳ないことをしたとしきりに反省をした。
 噂の盲点は発信元の当事者が有耶無耶になってしまうことで、今回のキクの一件も結局、誰が最初に言い触らしたかは分からずじまいのままに終止符が打たれた。 
 キクの噂が廃(すた)れるまでに然程の日数を要しなかった。
 村内に不幸が起きてしまったからだ。よりによって遠藤重孝が亡くなったということでキクの所にも戸触(こぶ)れが回ってきた。 
 ※戸触れ=村内に重要な事が起きると組(班)長が戸別ごとに知らせて歩くこと。 
 妻の直子がいつもの時間になっても起きてこない重孝を不審に思い寝床に行ってみると、頭を枕の上に置き仰向けになり静かに眠っているようにして息を引き取っていたというのだ。
 死因は脳内出血で、後頭部から首筋にかけて内出血により皮膚は紫色に変色していたということだった。
 キクは重孝の訃報の知らせに愕然とした。
 昨年の暮から幾らかの足しにでもなるならと柴売りを任せてくれたし、普段でも何かと気を掛けてくれた人だったからだ。
 柴売りの初日に、リヤカーの荷台を空にして帰った時に喜んでくれた顔が強烈に蘇えった。                                   (続)
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小説 カケス婆っぱ(15)

2013-03-10 06:19:16 | Weblog
                                             分類・文
      小説 カケス婆っぱ
            第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭

 唐突ではあったが残りの柴を売り捌く最後の賭けか執念なのか自分自身でも分からないまま、不躾(ぶしつけ)にもキクは嘆願にも似た口調になっていた。
 70歳は過ぎていると思われるが、見るからに品の良さそうな人が腰を伸ばしながらじっとキクと子供たちを見ていたが意を決したように柴の値段を聞いてきた。
「1把20円でお願いしているんだけど、どうしてもこれだけ売れ残ってしまって」
 与えられた仕事を完遂できなかった悔しさと、自分の無力さを珍しくキクの言葉に表れた。
 「残り全部をウチへ置いていきなさい。そこの空いている場所に積み重ねてくれればいいから」と女は言った。
「ありがとうございます」
 キクは土下座して礼を述べても良いくらいの感動と嬉しさが込み上げてきた。
 しかも、これからも売れ残りがあった時には、いつでもいいからウチに置いていけば良いとまで言ってくれた。
 キクは何度も礼を言いながらリヤカーに3人の子供を乗せると、雑貨食料品叶田商店と書かれた店の看板を何度も振り返っては見上げながら立ち去っていった。

     (八)
 弥生3月とはいっても、それは暦の上だけで鹿島村に未だ暖かさは訪れてこない。
 日中の最高気温で16度前後、最低気温で5度前後という寒暖にはまだまだ落差のある時節だった。
 それでも寺の日当たりの良い場所では、雑草の中から水仙の可憐な花が春を告げようと背伸びをしている。
 キクは久し振りにの地域内を散策してみようと思い、寺を下りていった。 
           
               《キクの散歩は農道を一周することだった》
 農協や郵便局へ出る道とは逆の方向へ歩いて行くと、農道の細い道が一筆書きのようになって、散在している農家を上手に結んでいる。
 途切れた農家の先は山奥へ続く道となるので、途中の兵藤橋から迂回して寺へ戻って行くと丁度良い運動になる。
 関根の家の前で広子に会い、立ち話をしているところへ夫の裕一がそれを見て庭先から声を掛けた。
「そんな所で喋っていねえで、たまには家に寄ってお茶の一杯も飲んでいかっせ」
 関根夫婦は人当たりが良く、他人の噂話や悪口などを言うのを嫌い好感が持てた。特に広子は誰と接しても笑顔を絶やさずキクとの会話でも相変わらず満面に笑みを浮かべて、寺でのキクの生活振りに感銘していつも夫婦で話題になると褒めた。
                                         (続)
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小説 カケス婆っぱ(14)

2013-03-09 06:35:37 | Weblog
                                              分類・文
     小説 カケス婆っぱ
         第31回 吉野せい賞奨励賞受賞          箱 崎  昭


      (七)
 年の瀬も押し迫って、キクと和起は早朝5時半にリヤカーを引いて下石屋の遠藤重孝の家を出た。2人の他に遠藤の家から和起と同級生の剛と弟の郁夫も加わった。 
 外はまだ薄暗く寒気が手足や頬を針のように刺した。
 柴をリヤカーに山積して小名浜の町まで行って売り捌いてくる仕事だった。
 柴の積み込みは前日のうちに重孝が準備してくれていたから、いつでも出発できる状態になっていた。
 キクが前になって引き、子供3人は後ろから押すことになって動き出した。重孝が玄関先でキクに気を付けて行ってくるように激励しながら見送った。
 リヤカーの柴は高く積まれていて凸凹道になると神輿のように左右に揺れた。積荷のバランスはリヤカーを並行にして、そっと手を離すと取っ手からゆっくりと上がっていく状態が引いていても荷の重さを感じさせないようになる。
 そのあたりは重孝が万全の調整をしてくれてあった。
 正月を控えて、どこの家も柴売りに出るから途中で何台かのリヤカーに出会ったが皆、先を急いでいた。
 柴売りの秘訣として、本当はこういう人たちと会うようではいけないのだ。
 他人より少しでも早く町中に入って売り捌かないと何処を回っても既に柴を購入した家が多くなり、それだけ売り歩く時間が長くなるからだ。
 複数の常連客を抱えていれば、多少遅い時間に行っても容易に売り切ることもできるが初日のキクにはそのコツが分からなかった。
               
               《当時は薪・野菜・米などを町へ売りに行った》 
 小名浜の町に入ると潮の香りと魚の干物のような匂いが交錯して、鼻に深く沁み入るような感じがした。
 町中は朝食の支度で何処の家も路上に七輪を出して火を焚く人が目立ちようになっていた時間帯だったので、キクはそういう人の側に近付くたびにリヤカーを止めては「柴を買ってくんねけえ」と声を掛けた。
 しかし「ウチでは要んねえ」とか「もう買ってしまったかんなあ」とか、中には馴染みの柴売り以外の人からは買わないとはっきり断わる者もいて、物売りの難しさを痛感させられた。
 時間ばかりが経過して、どうしても売れない柴が12把ほど残ってしまった。もう金銭のことはどうでもいい、重孝には申し訳ないが持ち帰ろうと思い、帰路を別の道に変えて歩いた。
「売らないで残ったまんま帰んのけ?」
 和起が聞くと重孝の子供も心配そうにしてキクの顔を見た。
「売らないんじゃなくて売れないんだ」キクが半ば自棄(やけ)気味に言って苦笑した。
 途中で雑貨屋の前に差し掛かると割烹着を身につけた年輩の女将さんらしい人が塵取りと箒を持って、店先を掃除しているところに出会った。
 通りすがりに何の気なしに双方の目が合った。
「お早うございます。奥さん柴は要らねけえ」
 無意識の内にキクの口がそう言わせた。 (続)
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