いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

まットコさットコやットコ(2)

2012-12-31 06:39:10 | Weblog
                                             分類・文
    児童小説 まットコ さットコ やットコ    
         いわきの総合文藝誌風舎6号掲載                  箱 崎  昭           

       (2)
 手のひらに乗るような小さくて元気な猫の子が3匹生まれました。
 まだ目が見えないというのに、母親のお乳を探って夢中になって飲んでいます。
「なんてかわいいんだろう」
 正哉は、そばにしゃがみ込んでいつまでも見ていました。
 目が見えるようになって、子猫どうしがじゃれ合うようになってきた頃には、近所の猫好きな人たちも来るようにななりました。
「お母さん、子猫に名前を付けてあげないといけないね」
「正哉は何か付けたい名前でもあるの?」
 「ぜんぜん思い浮かばない」
「それじゃー3匹だから、まさやの名前を3つに分けて、まットコ・さットコ・やットコということにしたらいいんじゃない」
 お母さんは、いきなり突拍子もないことを言い出してきました。
「それって意味がわかんない」
「意味なんかどうでもいいのよ。語呂合わせだけど“ やっとこ、さっとこ ”という言葉はあるのよ。それに“ まっとこ ”が1つ加わるだけ」
「ふーん、おかしくて吹き出しそうな名前だけど意外と面白いかもね」
「どう、気に入ってくれた? 猫ってさネコ、ヘコ、トコといってね、生まれた季節によって生き物を捕る種類が違うんだってよ、春に生まれた猫はネコといってネズミを捕り、夏に生まれた猫はヘコといってヘビを捕り、秋に生まれた猫はトコといって鳥を捕るんだって。お婆ちゃんから昔、聞いたことがあるの」
「じゃあ、家の猫は冬に生まれたんだから、いったい何を捕るのかなー?」
 正哉に質問されたお母さんは、一瞬答えに詰まりましたが「いまのネコはキャットフードを食べているから、もしかすると何も捕らないかも知れないね」と笑顔を見せました。
 こうして子猫3匹の名前は、お母さんと正哉の2人によって簡単に命名(名前を付けること)されたのです。
 そして、お母さんは正哉に言いました。
「3匹の猫は、まさやの頭文字から取ったけど、まットコは真っ直ぐな性格、さットコはさっぱりした性格、やットコはやんちゃな性格というように、それぞれが個性のある猫に育ってくれると楽しいわね」
 正哉は「うん」と言って、本当にそうなってくれるといいなと思いました。 (続)
  
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まットコさットコやットコ(1)

2012-12-30 19:19:03 | Weblog
                                            分類・文
    児童小説 まットコ さットコ やットコ
           いわきの総合文藝誌風舎6号掲載                  箱 崎  昭  

      (1)
 チロは雑種の犬で、毛色が真っ白だったから正哉(まさや)がチロという名前を付けたのです。
 チロはきのうの夕方から元気がなくゼーゼーと苦しそうな息をしていたので、正哉は心配になり夜は蒲団の中に入れて一緒に寝てあげることにしました。
「明日はお医者さんに看てもらおうね」
 正哉が優しく声を掛けてあげると言葉が分かったのか、チロは顔をジッと見ながら「クーンクーン」と鳴きました。
 朝方になってチロが、ぜんぜん動かないのに気がついて「チロ、チロ」と声を掛けながら身体をさわっても動きません。
「お母さーん、チロが死んじゃったよー」
 となりの蒲団に寝ていたお母さんにそう伝えると、正哉は涙をポロポロこぼしながら大きな声を張り上げて泣きました。
 
 正哉が可愛がっていたチロが死んだ朝は、雪が降っていてとても寒い朝でした。
 チロの毛色のような真っ白い雪が庭一面をおおい、玄関先にあるチロの家もすっかり雪をかぶってしまいましたが、チロの帰りを静かに待っているようでした。
 お父さんに裏庭の柿木のそばへ穴を掘ってもらい、チロのお墓を作りました。
 正哉は、まるで弟が亡くなったようで悲しくて仕方がありませんでした。もう動物は絶対に飼わないようにしようと思ったのですが、次の日の朝にびっくりするようなことが起こったのです。
 チロの家にいつの間にか、お腹の大きくなった猫が入っていました。
まるで、このチロの家が空くのを待っていたかのように……。
 正哉と目が合っても動こうともしないで、ただ申し訳なさそうな目をしているだけです。お母さんに話したら「それって、もしかしたらチロの生まれ変わりかもよ。どれどれ」と本気でそう言いながら、キッチンから出てきてチロの家まで見に行きました。
「この猫ちゃん、きっと子供を産むのにどこか良い場所はないかなーって探していたのよ。かわいそうにね」
 お母さんがそう言ったので正哉もなんだか急にかわいそうになってきてチロが死んでから“ もう動物を飼うのはやめよう ”と考えたことが恥ずかしく思えてきました。「子供が産まれるまでは、ここに置いてあげようよ。いい?」
 正哉が言ったら、お母さんはニコニコしながら黙って頭をタテに振り、押入れからふわふわの毛布を持ってきて猫の身体を包んであげました。
 正哉はそれを見ていて、なんだかとても安心しました。  (続)
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小説 また来るよ(21) 了

2012-12-29 06:37:23 | Weblog
                                           分類・文

         いわきの総合文藝誌風舎7号掲載                箱 崎  昭
             
                    

      ― 1週間後に布美子から母宛に便りが届 いた ―
 お母ちゃん、色々とお世話になりました。
 私にとって1年という期間は毎日が楽しく、まるで夢を見ているような気持ちで過ご
 すことができました。
 いま思うと私がお母ちゃんにしてあげるべきことは山ほどあったのに、思ってい
 る半分も出来なかったのをとても悔やんでいます。
 でも、お兄ちゃんが側にいて大助かりよね、遠慮せずに何でも頼むといいよ。
 これからは少しでも長生きできるように身体に充分気を付けて下さい。
 無理をしてまた転んだりしたら絶対駄目だよ。
 じゃ、お兄ちゃんにも宜しくね。


      ―エピローグ―
 布美子から光雄へ電話を掛けてよこす頻度が増してきた。
 抗がん剤を服用していること、体重が36キロにまで減少したことなど伝わってくる内容に明るい話題が見つからない。
 それでも電話を切るまでには、いつも口に付いているように「お母ちゃん元気にしてる?」の言葉は欠かしたことがない。
 光雄が安心させるような話をしてやると「良かったあ、お母ちゃんはお兄ちゃんが居るから長生きできるのよ。私の分も含めて面倒をみてあげてね」そう言って受話器を置く。
 日を追うごとに受話器の向こうにいる布美子の声は蚊が鳴くように小さくなっていき、無言状態になるから光雄は布美子との永久の別れが近いのを悟った。 その予感は冷酷にも日を選ばずに現実となってやってきた。
 布美子を襲った癌の進行は想像以上に早く、開腹手術に大して時間を要しなかったことでも結果を物語っていた。
 和之から布美子はいつどのようになるかは分からないので覚悟はできているとの一報が入った時に、急遽光雄は足腰の衰えた老体の母を車椅子に乗せて、弘と多喜枝を加えて九州へ向かった。
 母は娘の死に顔を見るのは考えただけでも厭だと眼に涙を溜めながら行くのを拒んだが、布美子に会えるのはもう二度とないのだからと光雄に説得されて気持ちを取り直した。
 普段より間怠(まだる)っこく感じる列車や飛行機を乗り継いで人吉の病院に着いた時には布美子は既に目を閉じていた。
 悲しみが布美子の病室から静寂な廊下にまで響き渡っていった。
「親より先に死んでしまう子供ほど親不孝なことはねえなー」母は泣き腫らした目頭を押さえながらそう呟くと落胆して狭い肩を雪崩のように落とした。
 病室の外はひと夏が終わり掛けようとしていたが暑さは一向に衰えてはいない。
 球磨川のライン下りに歓声を上げている観光客が、船頭の竹竿に身を任せて岩礁の合間をゆっくり流れていくのが窓辺から見える。
 夾竹桃が土手沿い一帯に幾重にも力強く根を張って、赤と白の花が今を盛りと咲き誇っていた。 (了)

      
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小説 また来るよ(20)

2012-12-28 06:38:35 | Weblog
                                              分類・文

        いわきの総合文藝誌風舎7号掲載               箱 崎  昭
            

「和之ですけど今から布美子と一緒に、お義母ちゃんのところへ引き返そうと思っているんですが、明日もう一晩だけ泊めてもらえませんか?」
「そんなことは構わないけど藪から棒に一体どうしたんだい?」
「いま静岡の御殿場近くまで来ていますが、布美子がもう一晩だけでいいから田舎に戻りたいと言っているんですよ」
 和之が困惑しているような声は受話器から伝わってこない。布美子の懇願にどうやら負けたようだ。
光雄は話を聞いていて2人とも何と愚かなことをしているのかと思った。
 静岡に居るのなら、いわきに戻るその距離分を九州に向けて走行すれば結構いいところまで行けるのではないかと考えたからだ。
「すいません、明日の朝に着きますので宜しくお願いします」
 和之は自分のことのように哀願して電話を切った。
 布美子は身勝手さを光雄から叱責されるのを察してか電話口には出なかった。行ってしまえば何を言われても構わないと高を括っているのだろう。母に今の電話の内容を言うと「何でだっぺな、」そんな無駄なことをしたら和之さんに申し訳なくて私は謝りようがないよ」
 布美子が来る喜びよりも今は和之に気兼ねをしていた。
 光雄も母と同じ意見を持っていたが、別にもう一つ布美子の心情が分からない訳でもなかった。和之と結婚する時の頃を思い出すと「和之さんと一緒になるのはいいけれど九州で生涯暮らすのは厭だなあ」と布美子が言った言葉を忘れていないからだ。
 布美子は絶えず親と兄妹がいつでも会える距離に居たいという望みがあったのだ。
 和之が電話で話したように布美子は静岡の御殿場辺りに差し掛かった際に、この山を越えたら母が生きている間にはもう会えるのは無理だと直感して、きっと後ろ髪を引かれる想いになったのだろうと光雄は思った。
 布美子は家に引き返して約束の一泊が叶ったが、枯れ果てた目からはもう何も出るものはなかった。
 もしかすると精神的な思いから吹っ切れたのかも知れない。
 それでも別れ際に母に向って 「また来るよ」 と布美子が言った瞬間、光雄には “ さようなら ” に聞こえるほど淋しげな姿に映って見えた。 (続) 

 
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小説 また来るよ(19)

2012-12-27 06:35:29 | Weblog
                                            分類・文

        いわきの総合文藝誌風舎7号掲載               箱 崎  昭
            

「そう、私は絶対にできないからね。お兄ちゃん大丈夫よ、和之さんは現役のタクシードライバーなんだから」
「そこまで言われたらやらざるを得ないなあ、でも布美子が言うように心配はないですよ、高速道を使うし途中どこかで一泊するくらいの余裕を持って帰りますから」さすがに自身有り気に和之は言った。
 焼き網の上に乗った肉が次々とひっくり返されては網から消えていく。皆で飲み食いするのは送別会の名のもとに楽しく行われた。

      
 翌日は好天に恵まれて、山つつじが薄いピンク色に染まり青田で蛙が盛んに鳴いていた。
 庭に和之夫婦の車が出発を急かすかのように、時折エンジン音を変えながら待機している。玄関先から和之が出てくると布美子は後ろを振り返りながら「長いことお世話になりました」と外に向って敷居を跨いだ。
 トランクに荷物を押し込み車に乗るまでのまに母と光雄がゆっくりと2人に寄っていった。
 布美子がいきなり母の手を求めて「お母ちゃん、怪我をしないようにしていつまでも元気でいるんだよ。」と強く握り締めて言った。
「うん、お前もな……」
 母は言葉が詰まったのか布美子をじっと見つめながら口を震わせた。
 いままで堪えていた布美子の目から一気に涙が溢れ出て止まらなくなった。光雄が布美子に、和之と仲良く暮らすことと身体には充分気を付けるように言うと「田舎にいる間に、お兄ちゃんから元気印をいっぱい貰ったので九州に戻ったらまた布美子頑張るから」
 そういって皺くちゃになった泣き顔に笑みを含ませた。
 和之が、弘の家には帰り掛けに寄って挨拶していくと言うと丁寧に頭を下げて車に乗り込んだ。
 窓を開けて手を振る布美子に母も光雄も大きく手を振った。
「行っちゃった……」母の一言だった。
 布美子が居なくなったあとの家の中が急に静まり返って気が抜けたようになった。暫らくして多喜枝から電話が掛かってきて2人が家に寄っていったことを告げた。  
 母は心にぽっかりと空いた空洞のようなものを埋めるかのように、テレビの歌番組をいつもより更に音量を上げて観ている。
 光雄は煩いとも言わずに黙って新聞を捲りながら、晩酌にいつもの焼酎のお湯割で玉葱を粗切りにした手製の酢漬けを箸に摘んだ。
 質素ではあるが光雄にとって心身ともに解放されるのは、1日の内でこの時間なのだといつも感じる。
 いくぶん心地良くなってきたところで側の電話が光雄を呼んだ。 (続)

 
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小説 また来るよ(18)

2012-12-26 06:54:53 | Weblog
                                            分類・文

         いわきの総合文藝誌風舎7号掲載              箱 崎  昭
            

 しかし、このような生活は1年を区切りとして母の許から去らなければならない日が刻々と迫ってきていた。
 和之から知らせがあって、いわきまで迎えに来るというのがそれを決定付けていたからだ。
 人吉の家を朝8時半に出て、東京からは高速バスに乗り終点のいわきカモメニュータウンに夜の10時25分に到着するという具体的な時間まで布美子は報告を受けていた。カモメニュータウンは光雄たちが九州旅行へ出掛ける時に乗ったバス停でもあった。当日は光雄と布美子が車でバス停に迎えに出た。
 弘夫婦には予め到着する時間が遅いし、和之も翌日は1晩泊まっていくというから来なくてもいいと伝えてある。街路灯とバス停の蛍光灯が殺風景な周囲を弱々しく照らしている。
 到着したバスの車内から3人の乗客が降りてきてその中に和之の姿があった。
「布美子が長い間お世話になりました」大きな黒のバッグを片手に光雄に挨拶した。
「こちらこそ、その節は大変お世話になりました。多喜枝たちは明日顔を出すと言っていたので今夜は早く寝て休んだほうがいいですよ」光雄は旅の疲れを労(ねぎら)った。「どうだい、お義母さんは元気?」和之が布美子に聞いた。
「大丈夫、元気よ。それより長いこと田舎に居座っちゃてごめんなさい。私がこっちへ来た直前に怪我をしちゃうんだもの一時はびっくりしてね……。でも自分で寝起きができるようにまでなったんだから安心して帰れるよ」
「良かったなあ、あれから布美子はもう1年も経つんだものな」
「うん……」布美子がその言葉に気のない返事をした。
 翌日、弘と多喜枝が来て和之と布美子がもう一晩泊まっていくのを確認すると弘が光雄と相談して今夜は送別会を開くという話が決まった。
 母は布美子が明日からいなくなるのが淋しいのか、いつもの元気が見られない。「和之さんには本当に申し訳なかったねえ。布美子の我が儘と私が今までずっと長居をさせてしまって。何でもしてくれて重宝だからつい居させちまってさ」
 母は病院へ戻ったように気迫のない口調で謝った。
「お義母ちゃん、そんなこといいんだよ。布美子も前からお義母ちゃんと会いたいと言っていたのが実現しただから」和之は母への心配りを忘れなかった。
 送別会は光雄の家の近くにある焼き肉店で始まった。6人の中に母も加わっている。 酒が飲めない多喜枝が2回に分けて店までピストン輸送をした。
「今夜は親子4人と男前の旦那方が全員揃ったのだから、どんどん食べてじゃんじゃん飲みましょうこんな機会は滅多にないからね」光雄が座を盛り上げようとしているのがよく分かる。
 「なんか、あっという間の1年だったけれど布美ちゃんがいたから私も楽しい思い出がいっぱいできたよ。お兄ちゃんに留守番をしてもらいながらいろんな所へ行ったね」多喜枝が言う。
「私ね、三春の滝桜と岩盤浴のやわらぎの湯が印象に残っているよ。それと高柴のでこ屋敷。だって行ったことがなかったんだ」布美子が応えた。
「布美子は恐らく運転はしないだろうから、和ちゃん1人の運転となると九州までは長丁場になるので気を付けて帰って下さいよ」
 光雄が追加した生ビールの大をテーブル脇から手にして和之の前に差し出しながら言った。 (続)
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小説 また来るよ(17)

2012-12-25 06:39:10 | Weblog
                                           分類・文

        いわきの総合文藝誌風舎7号掲載                 箱 崎  昭
             

「そうなのよ、今でも注射が苦手だから多少の病気ぐらいでは病院の世話になるというのは有り得ないね。しかも入院して手術だなんて事にでもなったら、その前に心臓麻痺を起して死んじゃうと思うの」
 布美子が面白おかしく話しているように見えるのだが、真実性も多分に含んでいると思うと尚更、言っていることが滑稽で可笑しかった。
「それはないでしょう。やはり悪いところがあったら病院へ行かなくては駄目よ。私なんか虫に刺されてちょっと腫れただけでも病院へ行っちゃうよ」
 多喜枝の話に母は「どっちもどっちだなー」と呆れ顔をして言った。
 母娘3人が日向ぼっこをしながらの談笑は、布美子のエピソードだけに留まらず、その日によって光雄や多喜枝の幼少期の話題が出てきて和やかな雰囲気が庭いっぱいに漂う。 母は子供のことになるとまるで宝の山を掘るように、話の材料を次から次へと掘り起こしては懐かしそうに話す。
 やがて寒い季節を向え、遠い山から迫ってくる黒い雲から白いものが舞い散ってきそうな頃になっても布美子は母の許にいた。
 終いには本人よりも周りの者たちが心配になってきて、、和ちゃんは1人になってどういう生活をしているのだろうかとか、本当は早く帰ってきて欲しいと思っているのに言えないでいるのではないかなどと布美子にそれとなく諭すようになってきた。
「大丈夫なのよ。いつも連絡を取り合っていて毎月和之さんからの食費代は届くし、この際ゆっくりと過ごしてきたほうがいいとまで言ってくれているんだから。来年の6月に車検が切れる前までには迎えに来ることに話は決まっているの。その前に私1人で車を運転して九州まで行ける筈がないでしょう」
 運転して行けないのが強みのように布美子が言った。
「それに和之さんは生まれ育った土地にいるので友達がいっぱいいるから1人でいても全く心配がないのよ」
 布美子が今いわきに居るのは期間限定になるが、いや期間限定だからこそ存分に親兄姉と楽しんでいくのだという思いがあるのは話の中から窺える。
 母は時間こそ掛かるが衣服の着替えを自分で出来るようになってきたし、食事も共にするから布美子や光雄への負担は軽減された。
 口先も以前に戻って滑らかになってきたと思ったのは、就寝前の蒲団に入ってからの会話だった。
 母はベッドに、布美子はその脇の畳に蒲団を並べているが直ぐに寝るわけではなく、今日の出来事や世間話などを話し合っている。どちらかが話し疲れるか眠気をもようすまでだ。
 光雄は襖1枚隔てたその隣の部屋に寝ているから、2人のお喋りが子守唄代わりにいつの間にか寝入ってしまうのだが、その寸前に母の部屋からオナラの音が耳に入った。別の音がそのように聞こえたのかなとも思ったがどうやら本物らしい。
「やだー、お母ちゃん今オナラしたでしょう」
 布美子が言ったからだ。
「そうかい?私ではねえよ。出もの腫れものところ嫌わずと云ってな、きっと尻(けつ)めどが勝手にしたんだっぺ」
 母が澄まして言っている顔が光雄の目に浮かんで思わず吹き出してしまった。「お兄ちゃん、いまの聞こえたでしょう。これが本当の一発かまされたというヤツね布美子は笑いながら光雄に声を掛けると、張本人の母が一番可笑しそうに豪傑笑いをした。
 光雄は「お母ちゃんが元気になったという証拠だな」と言うしかなかった。
 母はいつも、このように機転の利く冗句で逃げてしまうという得意技を持っている。 
 それでも布美子は長い年月の間に、忘れかけていた母子の有りのままの生活を実体験していることに満足感を覚えているようだった。 (続)
                                         
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小説 また来るよ(16)

2012-12-24 06:20:10 | Weblog
                                           分類・文

       いわきの総合文藝誌風舎7号掲載               箱 崎  昭
           

  弘が焼酎1本をぶら下げ、多喜枝が弁当屋から4,5人分はあるオードブルを1皿抱えてやってきた。
 この夫婦が飲まないでいろと言うのは何も用意しなくていいという意味だが、そうは言われても布美子は手製の肉じゃがとサラダを盛り付けてテーブルに出すばかりにして待っていた。
 光雄は毎日1人で晩酌はするものの、こうして家で4人が揃って気楽に飲食できるようになったのは、母に回復の兆しが見えてきたからなればこそだ。
 「お母ちゃんの怪我の具合が良くなってきたのは皆の協力があったからで改めて感謝します」光雄は心を込めて言った。
 「お兄ちゃん、随分堅っ苦しいことを言うじゃない。皆にとってのお母ちゃんなんだもの出来ることをするというのは当たり前でしょ」
 多喜枝が言うと他の者も「そうだよ」と口を揃えた。
「良かったねえ……。それにしても布美ちゃんの献身振りには頭が下がると多喜枝といつも話しているんだよ」弘が布美子を讃えた。
「こうしていると楽しかった旅行が彷彿として蘇えってくるな」
「途中で頓挫しちゃったけどね」
 光雄の言葉に多喜枝は残念さを含ませた。
「ところで例の件はどうなった?」光雄が話を変えて多喜枝に訪ねた。旅行費用の割り勘についてだ。
「ああ、そのことで爺ちゃんと話したんだけど、今回は爺ちゃんが全部払ってくれるからいいんだって。ねっ!」
 多喜枝が弘の顔を見て確かめるように言った。
「うん、お義兄ちゃんには運転を全部任せっきりにしちゃったし、布美ちゃんには車を借りて帰ってきたんだからこれで全てチャラということにしましょう」
 弘の意外な言葉に光雄も布美子も驚いて、多喜枝に幾ら払えばよいのか聞いたが、ただ首を横に振るだけで弘も頑としてその素振りさえ見せなかった。

      

 母が退院できたのは担当医から入院当初に渡された入院診療計画書に記載された約1ヶ月位という通りの日数だった。
 医師が言うには短期間で退院できるのは稀だと感心して、これは年令の割に骨がしっかりしているからだと言ったが、身体全体が老化しているのは否めなく、歩行のバランスが悪くなっているので決して無理はさせないようにと指摘されての帰宅となった。
 自宅のベッドに寝かせて布美子はベッド脇の畳で寝起きするようになった。光雄は襖1枚隔てた隣の6帖間だった。
 母は病院にいるよりは自分の家にいた方が気が休まると言い、実際に表情が明るくなった。
「これでお母ちゃんとは毎朝毎晩一緒に居られて、病院とは違って何でも気兼ねなく話せるようになった」と布美子も喜んだ。
 弘夫婦も病院よりは来やすいようで家を訪ねる回数が増えて、皆が集まる機会も多くなったのは緊張感から解放された証だった。
 炎天の下に前山の向日葵が花を咲かせ、澄み切った青空のもとに庭の萩が赤紫色の花を咲かせたり四季折々の中で、天気が良い日は母娘3人が縁側に肩を並べた。
 母を真ん中にして左右に多喜枝と布美子が挟むようにしているのが定番で、たまに光雄や弘が加わる日もある。
「布美子は子供の頃には臆病でな、夜は家から1歩も外に出ることができなかったし、指に棘が刺さっただけで真っ青な顔になって抜いてやるのに大事(おおごと)だったんだから」
 母は当時の光景を目の前に思い浮かべるようにして大笑いをした。
「それとさ、学校でインフルエンザの予防接種がある日なんかは本気で学校を休みたいとお母ちゃんにお願いしていたよね」
 多喜枝が含み笑いをしながら話すと、布美子も他人事のように一緒になって笑っている。 (続)
 
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小説 また来るよ(15)

2012-12-23 06:38:13 | Weblog
                                            分類・文

       いわきの総合文藝誌風舎7号掲載                箱 崎  昭
            

「お母ちゃんから取り敢えず身の回りの必要品を聞いておいたし、案内書にも準備する品が書いてあるので明日私が持ってくるわ」
 布美子はメモした紙切れを手にしてそう言った。
 4人が病室に余り長く居るのも他の患者に迷惑かと思い、場所を待合室へ移して話し合いをした結果、多喜枝たち3人は今からスーパーへ行って必要なオムツやスプーン、ティッシュペーパーなどを購入してくるというので、光雄はその間に事務手続きを済ませておくようにした。

        
 入院している母の看護に布美子は感心するほど毎日欠かさず通った。多喜枝も足を運んでくれるがその比ではない。
 光雄に至っては日が経つごとに気が向いた時だけという体たらく振りとなってきた。  そこが同じ子供でも男と女の違いなのだろうか、いや一概にそうとは言い切れない。やはり性格上の問題ではないかなどと光雄は考えたりもするのだがこれもおかしいと思う。とどのつまりは布美子がいるから任せているだけのことだと結論付けてしまう。 しかし、もし布美子抜きで今の母を光雄1人で抱えていたとするなら必要に迫られて何でもするだろうが、途中で息切れがしてノイローゼになり兼ねないという恐怖感はある。   
 そういう意味では布美子がいてくれて本当に有難いと思っている内に、ふと1つの推測が浮かんできた。
 布美子は成り行きで田舎に来たというが果たしてそれだけだろうか、母に怪我が生じたのはアクシデントとしてもそれ以前から年老いている母の子供として、もう1度子供に返って例え僅かな期間ではあっても一緒に暮しておきたいという願望が帰郷させたのではないかと思ったのである。
 親の傍で暮している者にとっては、そういう発想は普通は考えもしないのだが、遠く離れて親子関係が疎遠になり本人もある程度の年齢になってくると親に寄せる想いが募るのかも知れない。
 今回の母の入院では、夫の和之に電話でこのような状況なので直ぐには九州に帰るという訳にもいかなくなってしまった旨を伝えて、暫らくは実家にいることになった。  
 布美子にしてみれば滞在延長の理由としては恰好の材料になったとも云える。
「お母ちゃんに紫色のカーディガンを持ってくるように頼まれたんだけど、言われた場所のタンスの引き出しに無いのよ」
 今朝も病院へ行く前に持参していく物の準備をしている。
「いやー、自分の物なら何処に何を仕舞ってあるか分かるけど、お母ちゃんのは皆目見当が付かないなあ」
 光雄の無頓着振りが疑われそうだが、いくら母親の物であろうと女性の下着や衣類の置き場所まで把握している筈がないだろうという言い分はある。
「あとからおれも行くから何か持っていく物とか買っていく品物はあるかい?」
「いまのところはないよ。もし要る物があったら電話するね」
 母の容態が大分落ち着いてきたので、この頃2人はごく日常的な会話を交わすだけで充分だった。
 光雄は自宅で昼食をとってから病院へ行くと、弘夫婦が来ていてファミレスで昼食を済ませてきたのだと言い、母にショートケーキを食べさせているところだった。「布美ちゃん、私たちが看ているから御飯を食べてきちゃいなよ」
 多喜枝が母の口にケーキを持っていきながら食事を勧めた。
「それじゃ、悪いけど家に行って済ませてくるよ」
 布美子は小机の脇に置いてあった洗濯する下着類をビニール袋に詰め込むと病室から出て行った。
 その後で光雄が多喜枝に思い出したように言った。
「お母ちゃんの所為(せい)にする訳じゃないけど、今まで入院してから何かと忙しい思いをしてそのままになって悪かったけど、旅行に掛かった費用を払うので清算して教えて貰いたいんだ」
 旅行費用の一切を多喜枝が立て替えてあったので、光雄は会計係だった多喜枝からの明細が欲しかった。
 多喜枝が一瞬、キョトンとした顔をして弘を見てから「分かった、夜に爺ちゃんと一緒にお兄ちゃんのところへ行くね」
「お義兄ちゃん、飲まないで待っていて下さいよ」
 多喜枝と弘が立て続けに言った。 (続)
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小説 また来るよ(14)

2012-12-22 06:28:37 | Weblog
                                           分類・文

         いわきの総合文藝誌風舎7号掲載               箱 崎  昭
             

 「いつ帰ってきたんだい。留守の間にこんな目に遭ってしまって済まないなあ……。布美子も来てくれたんだ」
 柔らかな表情に変わった。
「お母ちゃんが怪我をしたからじゃないよ、九州で皆と会っている時に急に一緒に帰りたくなっちゃったの。でも、こういう風じゃ元々帰ってくるようになっていたのかもね」「昨日な、弘さんから布美子が世話になるので宜しくお願いしますと丁寧な電話があったから知っていたよ」
 母と布美子の会話が優先されて話は進んでいった。
「どうして怪我なんかしちゃったの。前にも転んだんだから注意しないといけないよと言っていたのに」多喜枝が言う。
「それがな、昨日は身体の調子が大分良いものだから外をちょっとばかり歩いて来ようとと思った矢先に玄関で躓(つまず)いてしまったんだ」
 それを聞いて光雄が「危ないなー、もし道路に出て転びでもしたらそれこそ車に轢かれちやうよ」と呆れたように言った。
「本当だ。怪我をして痛い目に遭ったのは災難だけど、それを考えたら不幸中の幸いと思うしかないですね」
 大きな怪我でなく済んだので弘も安心したようだ。
 光雄はナースセンターへ顔を出して怪我の状態を聞こうとしたが、担当医はいま診察中で後から連絡すると言われて戻ってきた。6人部屋の5人が同じような患者で埋まっていたが、見舞い客があるのは光雄のところだけだから他の患者は新参者の容態や会話の内容に関心があるらしく、寝たまま顔だけを光雄の方に向けたり起きて蒲団に座ったりして興味有り気に傾聴している様子だ。
「杉本さーん、先ほどの件で橋田先生がお呼びです。1階の整形外科の診察室までお願いします」
看護士長が呼びに来て、ついでに入院に関しての細かい説明がしたいというので、その方は妹たちによく聞いておくように任せた。
 診察室で看護士に名前を告げると「ああ、こちらにどうぞー」と衝立一枚隔てた場所から太い声が返ってきた。
「そこへお掛け下さい。杉本トクさんですが診断結果は第2腰椎圧迫骨折です」
 大きなレントゲン写真をバサバサさせて透視板に挟めると、逆さにした鉛筆の先で写真をなぞりながら説明した。
「ここの第2、第3腰椎が他の部分と異なって白く見えるのが分かるでしょう。これが骨に皹(ひび)が入っている箇所で、治療計画としては保存的加療が必要で約1ヶ月の入院になります。大事には至らなかったが安静は必要です。年齢的に言って皹とはいえ最悪の場合は歩行困難で寝たきりになることさえあります」
 担当医から「最悪の場合……」と言われた時は正直言って、母親はこれで寝たきり状態になってしまうのかと光雄は危惧した。
「どうだったの?」
 病室に残った3人は心配そうに聞いた。
「約1ヶ月の入院で済んだよ」
「おー、それは良かった」安堵の吐息が出た。
「ところで、さっき看護士長が細かい説明とか言っていたのはどんなことだった」
「あれはね、入院案内を置いていったけど入院手続きや食事、入院料、遵守すべきてんなど、それこそ細かなせつめいよ。それで看護士長さんから、お兄ちゃんが戻ったら来るようにだって。入院手続きと入院料の説明みたい」
 光雄は分かったと言うように頭を2回ほど小さく縦に振った。 (続)

            
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小説 また来るよ(13)

2012-12-21 06:40:23 | Weblog
                                            分類・文

        いわきの総合文藝誌風舎7号掲載                箱 崎  昭
             
                     《病院で受付の順番待ち風景》

 「ごめんごめん。お母ちゃんはそれほど布美ちゃんが来るのを心待ちにしているんだというのを強調したかっただけの話」多喜枝は誤解されやすい言葉だったのを軽く認めた。
「なんだかんだと言っている内に家が近くなったよ。弘ちゃんもおれの家に寝て午前中に皆で病院へ行くようにしようよ」
 光雄の誘いに異論はなく、それならばとコンビニへ立ち寄って各自が朝食用におにぎりやパンなどお好みのものを購入した。
 夜が明けかけて山の向こうから微かながらに朝の光が増してくるのが分かる。
 光雄は2,3時間横になって目を覚ました時に、旅は楽しいものだが我が家に戻ると急に疲れが出てくるのは、やはり家というのは安らぎの場所として最良なのだろうかなどと実感した。
 壁時計が8時40分を知らせ、障子を通して朝陽と若草萌える外の清々しい空気が部屋中に沁み込んでくる。
「疲れたでしょう」布美子が目を開けた光雄に言った。
「なんだい、みんな起きていたのかい」
 横並びに敷かれた蒲団の中で多喜枝は目を天井に向けていたし、弘はうつ伏せになってぼんやりと畳を見ていた。少しでも光雄を寝かせておこうとしながら起床のタイミングを図っていたのだ。
「今日は天気が良さそうだね」
 弘が障子の明るさから判断して言った。
「起きようか」多喜枝の一言に布美子が返事をして、男たちがそれに従うように蒲団から這い出してきた。
 蒲団の片付けとお茶の用意ができ、あとはコンビニ食品を広げれば今朝の食事は済ませることができる。
「お母ちゃんだけが救急車で運ばれたんだから、恐らく病院には何も持って行ってはいない筈よ」
「そうね、取り敢えず行く前に家で用意のできるものは持っていってあげよう。あと必要なものがあれば買い揃えればいいんだから」
 食事をしながら具体的な話が出てきた。
「先ずは病院へ行ってみないことにはさっぱり状況が分からないな」
 光雄が妹同士の話に悠長な言葉を差し挟んだ。
 入院先の病院は車で10分もあれば楽に行ける所だが、その前に隣の家に寄って留守l中の挨拶と入院で世話になったお礼を言わなければならないと光雄だけが一足早く家を出た。追い掛けるようにして3人が隣の庭先に車を止めて待機する。
「これから病院へ行ってきます、本当に有り難うございました」
 既に挨拶は済ませていたのだろう、光雄は車に目をやり長話になるのを避けようと喋りを端折って戻ってきた。

      
 病院の玄関を入ると受付の患者で待合室はほぼ埋まっている。
 その殆んどは高齢者で青白い顔に気力を失ったような物腰なのだが、見知らぬ同士の患者でありながら隣席に居るというだけで、あなたはどこが悪いのかなどと話すキッカケを求めてくる。
 住まいや挙句の果てには嫁の悪口にまで発展していく奇怪な光景を見ていた多喜枝は、布美子と目を合わせて笑いを抑えた。
 受付で光雄が母の病室を聞くと「新館の306号室だってよ」と言って一直線に長く伸びた廊下の先を指差した。
 柔らかな陽射しが窓を通して廊下全体を温室のようにしている。
 病室はエレベーターで上がって2つ目の部屋がそうだった。6床ある内のいちばん手前のベッドに母がいて、光雄を先頭にしてベッドの両サイドに4人が囲むと目を見開いて驚いた顔をした。 (続)
 
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小説 また来るよ(12)

2012-12-20 06:37:03 | Weblog
                                            分類・文
        いわきの総合文藝誌風舎7号掲載                箱 崎  昭
             

 「お義兄ちゃん帰ろう。いくら命に別状はないとは言ってもお義母ちゃんの傍に誰もいないというのは心細いものですよ」 
 「私たちもそうした方がいいと思う」
 弘の意見に多喜枝も布美子も同意してあとは光雄の決断を待った。
「仕方がないか。皆には申し訳ないけど俺たちの旅は、これを以って終止符を打つことにしよう……。それにしても毎日夜には家へ連絡をとっていたのに今日は電話を掛ける前にこれだものなあ」
 
   光雄は母を1人置いてきたことを今更ながらに後悔した。
「お母ちゃんが寝たきりならば兎も角、歩けるんだから家で一緒にいても同じだと思うよ。だって1日中付きっ切りで居られる訳がないでしょう。高齢者を抱える家庭はどこも同じような悩みを持っているものなのよ」
 多喜枝が言うのは光雄に対する慰めと、自分たちも行動を共にしている中での出来事だけに、後ろめたい気持ちを和らげる意味合いも兼ねているように聞こえた。
「お兄ちゃんの1人運転なんだから、焦らずに安全運転でお願いするからね」布美子が心配そうに言う。 
  沼津からいわき迄の距離は大体どのくらいあるのかを光雄が聞くと、弘はロードマップを広げて親指と人差し指で尺取虫のように動かしながら計測を始めた。
「約300キロちょっとありますね」
「それじゃー、別に慌てることもないよ。部屋もとってあるんだから夕食を済ませてひとっ風呂浴びてから出掛けるようにしよう」
 光雄の言うのには一理あった。いま直ぐに出発すれば夜中に着くが病院は開いていないし光雄にとって身体を休める時間もなくなって、過酷な運転を強いられる結果にもなる。
 それならば例え1時間でもここで休息をとっておいたほうが身体のためには最善の方法なのだ。
 8階にあるバイキング形式の食堂で、沼津の夜景を眺めながらの僅かなひと時を過ごしたが、光雄と弘が向かい合っているテーブル上にアルコールが欠けているのは殺風景な感じがした。
     
     
 夜の東名高速道は車がスムーズに流れているから運転にも余裕が出てくる。
「皆が起きていてもその分早く着くという訳でもないんだから、少しでも今のうちにねていたらどうだい」
 光雄が皆をリラックスさせて寝てもらうように気を遣った。
「いやだよ。寝ている間に気が付いたら死んでいたなんてことになったらどうしようもないもの」
 多喜枝がすかさず冗句でで切り返したので大笑いになる。多喜枝はこのような冗談や駄洒落を言うのがうまい。
 これは母に似ているのだと光雄は思う。トンチが利くというのか、あるいは頭の回転がきっと速いのだろう。
 首都高速に入るとあらゆる道路が交錯して俄かに交通量も増えてきた。
 いままで車内がおしゃべりで賑やかだったのだが次第に口数が少なくなってきたのは眠気が催してきたのではなく、車の台数が増えてきたので光雄に話し掛けるのを控えるようにしたからだった。
 東名では光雄が眠くならないように話で気を惹き、車の多い首都高では運転に集中させようと配慮しているのだ。
 皆、運転をしない分を気を遣っているのが光雄には分かった。
 常磐道では走行車が極端に少なくなった。時には前後に1台もいない時さえある。
「まるで貸切自動車道だね」多喜枝が言った。
「お母ちゃんには布美子が来るのを知らせてあるけど本当に来るのかと半信半疑でいるんじゃないかな」
「いや、それはないと思うよ。来ると思っているから張り切りすぎて転んだの」
 光雄と多喜枝の何気ない会話に布美子は急に沈痛な面持ちになった。
「それではお母ちゃんを入院させた原因は私ということ?」
「全く関係ないよ。そんなことを言ったら以前に転んだのはどういう理由を付けるんだい、布美ちゃんは居なかったじゃないか。お義母さんはいつ転んでもおかしくない年齢になっているだよ」
 雰囲気的に雲行きが怪しくなってきたのをいち早く察知した弘が軌道修正の役割を担った。 (続)
 
 


                    
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小説 また来るよ(11)

2012-12-19 06:23:09 | Weblog
                                           分類・文

       いわきの総合文藝誌風舎7号掲載                箱 崎  昭
            
                   《中州の屋台前でほろ酔い気分》

「どうだろう、折角屋台で有名な中洲にいるんだから1杯やっていこうよ」弘は酒の前に周囲の雰囲気に酔っていた。
 勿論、誰もが同じ気持ちになっていたからあとは入る屋台選びになるが、立ち止まった目の前の店を無作為に決めた。
“ まみちゃん ”の名が入った紅白の暖簾を潜ると40代後半の女性が威勢よく、いらっしゃいと呼び込んだ。まみちゃんだ。
 手羽先を肴にして飲むビールが五臓六腑に染み渡る。
 妹2人は注文したチャンポンが出来上がるまでスカッシュ系の飲み物を口にして、手際よく客の注文に応じて捌くまみちゃんを見ていた。
 屋台の裏から主人らしき男が見え隠れするのだが、中には入ってこないので黙々と裏方に徹しているようだ。屋台は看板通りあくまでも、まみちゃんが主役なのである。   「旅というのは観光ツアーに参加して時間に追われながら行動するんじゃなくて、こうしてフリータイムで拘束されないところに醍醐味があるのよね」
 多喜枝は兄妹旅行が叶い、他県の地に来て歓談できる自由空間を満喫しているようだった。
「楽しい!」
 布美子が同感というように手にしていた飲み物をゆっくりと多喜枝に向けて乾杯の仕種をしてみせた。
 光雄と弘はビールを飲みきって焼酎に切り替えた。
 屋台を出る時にまみちゃんがデジタルカメラを手にして一緒に外へ出てきた。記念写真を撮るのだと言って4人を暖簾の前に立たせてシャッターを切った。
 常連客が屋台椅子から振り向いて、この店はパソコンで“ 屋台まみちゃん ”で検索すると店の情報とお客さんのスナップ写真を見ることができるんだと、まみちゃんが言うセリフを先取りして得意そうに代弁した。
 まみちゃんは微笑を浮かべながら「明日から当分の間はホームページに載るので旅の思い出に是非見てくださいね」と付け加えた。

      
 九州からの帰路は和之から車を与えられたので自由自在に動き回ることができてとても便利になったが、4人とも運転免許はあるものの実際にハンドルを握るのは光雄だけだった。
 慣れない道は恐くて運転はできないと、異口同音に躊躇(ためら)いを唱えるので光雄が全コースを任される羽目になった。
 旅は出発前の計画と大幅に修正されていたが、巡る先々で新しい発見と忘れかけていた知識を蘇えらせてくれるのは矢張り旅の良さだと感じた。
 下関、広島、神戸、大阪、伊勢志摩経由で、これまでに4泊5日を消化して沼津駅前のホテルでチェックインを済ませたところで光雄の胸に振動が伝わってきた。 
 マナーモードにしてある携帯電話で耳を当てると、田舎の隣家の者からで母が自宅の玄関先で転倒して救急車で運ばれ近くの川島病院へ入院したという知らせだった。  
 予期せぬ出来事に4人は驚きの表情を隠さなかった。 (続)
                                             

           
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小説 また来るよ(10)

2012-12-18 06:34:54 | Weblog
                                            分類・文

       いわきの総合文藝誌風舎7号掲載                箱 崎  昭
            
                        《博多駅周辺》

 布美子は地元の高校を卒業すると横浜の観光バス会社に就職して憧れのバスガイドになり、車内の観光客を相手に名所案内やリクエスト曲を歌って人気ガイドとして名が知られるようになった。
 そんなことはバスガイドとしてデビューするまでに、研修で特訓を受けてマニュアル通りに実行すれば誰にでも出来るのは当然だが、布美子は接客態度の良さが他のガイドと比較して群を抜いていた。
 マニュアルに加えて何事にも親身になって接する態度が客の間で評判になり、バスの予約が入るのと同時に布美子の指名が掛かるというのが人気度を証明していた。
 更に持ち前の明るさと、美人系の顔立ちとスリムな身体を持ち合わせていたから客受けしたのである。
 一般に運転手とバスガイドは走行前に旅行会社の添乗員か観光客の代表から心付けを受けるが、布美子はそれ以外にも別れ際に楽しい思い出になったと感謝され、握手を求められながら別チップを受けることが多かった。
 会社の寮に入っていたので食住には心配ないから、チップが貯まると父母に送金するという親思いだった。
 和之と布美子の出会いはその頃だった。交差点で信号の変わり目にタクシーと観光バスの接触事故が発生し、タクシーを運転していたのが和之で観光バスのガイドが布美子だった。
 運転手同士が事故原因についての主張を共に譲らず、口角泡を飛ばしてやりあっている中へ割り込み、感情的になっている2人を上手く鎮めさせた布美子に和之は心を奪われてしまった。
「お互いに同業で、しかもお客さんが乗っておられます。どちらが悪いという問題ではなく、こういう場合はいち早く警察に連絡をして処置をお願いすることが先決じゃないでしょうか」
 冷静に考えれば当たり前のことで、興奮状態の運転手同士が布美子に水を掛けられたように大人しくなった。
 その後に和之から布美子へ会社宛で手紙が届き、事故が起きた際に迷惑を掛けたのを詫び、当時は気が動転していて男として有るまじき態度を露呈してしまい、いま思うととても恥ずかしいなどと書いて寄越した。
 あの出来事が2人を接近させる契機になったのだから、縁は異なものとはこのような例をいうのだろう。
「布美子が田舎へ行きたいというのを和ちゃんが知ったのは本当に昨夜かい」
 光雄がどうしても納得ができないというような聞き方をした。
「そうだよ。お兄ちゃんたちが人吉に来ると連絡があった時から私は首を長くして待っていたし、和之さんに毎日話すのは田舎の事とお母ちゃんの事ばかりだったから、その時点でもう感づいていたんじゃないかしら」
「それなら話は分かる。和ちゃんは昨夜、布美子から話が出た時には驚きよりも、いよいよきたなと思ったんだろうな。だからスンナリと布美子の意向を聞き入れて行ってこいという結論を出せたんだよ」
 光雄は和之の立場になって、その心境の変化を分析しているような言い方をした。 博多までの途中を地図と道路標識を頼りにしながら一般道と九州自動車道を適当につかいわけながら、予定していた観光地を一通り巡り歩いて目的の東鉄インに無事到着した。 
 ホテルは天神町の西中島橋そばで那珂川を挟んだ中州の街は、ビル群の華やかなネオンと無数に建ち並ぶ屋台によって、これから夜半まで賑わいをみせるのを知らせていた。
 民宿では3部屋が用意されたが、このホテルではダブル2部屋の予約なので男女に分かれて泊まることにしてある。
 部屋で一段落してから何はともあれ中州の街なかを散歩がてら一回りして来ようという話になり、着替えもせずに部屋から外へ繰り出していった。
 寒さもようやく衰えはじめた夜の博多はネオンが眩しい。 (続)
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小説 また来るよ(9)

2012-12-17 06:43:39 | Weblog
                                             分類・文

        いわきの総合文藝誌風舎7号掲載               箱 崎  昭
            
                          《水前寺公園》          

 指宿の民宿を出ると昨日と同じように和之の運転で、国道と九州自動車道を利用して人吉まで行き市内にある人吉城や球磨川を布美子が案内して足りないところを和之が補足説明をした。
 城址の入口で通りかかったタクシーがクラクションを一つ鳴らし手を振って去ったが、あれは和之が勤務している会社の同僚だと言った。
 広大な街並みに球磨川がS型にの曲線を描きながら緩やかに流れるのを見ていて、光雄は恵まれた環境の良さに驚嘆した。
 人吉は山間のもっと小さな町だというイメージがあったからだ。
 布美子は帰郷する仕度もあるだろうし、今夜は博多の東鉄インに宿泊の予約を入れてあるから早めに和之の家に寄ることにした。
 家は人吉駅からさほど離れていない場所にあって、庭に立つと線路が見えるが運行本数が少ないから騒音に神経を尖らせる必要はないように思える。
 光雄たちは和之の母が亡くなった時に一度来ているので、何の抵抗もなく気楽に家の中に入ることができた。仏壇に線香をあげている内に布美子がキッチンに入ったら、和之がお茶はオレが入れるから出掛ける準備をするようにと急き立てていた。
 和之が慣れない手付きでお茶を入れている前で光雄は礼を述べた。
「今回は色々とお世話になりました。和ちゃんには仕事を休ませてしまった上に運転から観光案内までしてもらって本当に有り難うございました」
「いや、そんなことはないですよ。最後には布美子というお荷物を持たせて帰ってもらうような結果になってしまい、却ってこちらが礼を言うようですよ」
 和之は布美子の名前を言う時に皆の前にわざと顔を寄せて、内緒話のように小声で言うといたずらっぽく笑った。
 布美子は隣の部屋でクローゼットとタンスから衣類や小物類を取り出していた。
「はーい、出発のスタンバイ完了」
 布美子のテンションが相当上がっている。
 和之が部屋の隅に置いてあった紙バッグを2つ持ってきて、これは同級生の家で辛子蓮根を専門に作って販売している物だと言い、お土産に光雄と弘に手渡した。
「あまり長居もしていられないのでそろそろ出ます。和ちゃんも一緒に行けないのが本当に残念だよ。それじゃ、お世話になりました」
 光雄と弘は和之と握手を交わしたが和之に心なしか淋しさが漂っているのを光雄には感じ取れた。
 3人が車に乗り込んだが、和之と布美子はエンジンが掛かっている後部で立ち話をしていて皆が待っているのに気が付くと布美子が慌ててドアを開けた。
 1人取り残された恰好の和之が、走り去っていく車をいつまでも見送っている姿が皆の目に印象的に映った。

         
 人吉のメイン通りを光雄が運転して博多へ向っている。
 ホテルには午後6時ぐらいに到着できるように見当をつけて途中、熊本城と水前寺公園に寄っていくことにした。
 車中では、もっぱら和之の話題に時間が費やされた。
「和ちゃんがよく車を使っていいと言ってくれたよな」
 光雄が今更ながらに有り難い気持ちと感謝の年を込めて言った。
「いいのよ、どうせ和之さんは自家用車には滅多に乗らないんだから。タクシーを運転しているでしょ、だから乗務中の暇な時に私用を済ませているの」
 布美子は自分が専用に使っていて当然というような言いぐさをした。
「布美ちゃんは幸せだよう、あんなに優しい人はいないもの」
 多喜枝がそう言ってから「うちの爺ちゃんも優しいのよ。ネ!」と弘の顔を見て、さも可笑しそうに笑った。
「ついでに言うなよ、いかにも嘘っぽく聞こえるなあ。それにしても布美ちゃんはいい旦那さんと結婚できたんだから幸せだよ。さすが和ちゃんから熱いプロポーズを受けただけのことはあるよな」
 和之と布美子が若い時の出逢いから結ばれるまでのエピソードを思い出しながら弘が言った。 (続)
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