いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 ひとつの選択(12)

2013-01-24 06:10:44 | Weblog
                                           分類・文
     小説 ひとつの選択
           いわきの総合文藝誌風舎7号掲載         箱 崎  昭

 「痛い、痛い、早くタオルを水で冷やして持って来ておくれ」
 繁は顔面蒼白になって理由も聞かずに台所へ走り、タオルに水を浸み込ませて氷を挟んで持ってくると、どこに当てがったらいいのか聞いた。
 頭の後ろだというので軽く浮かせて後頭部を覘いて見ると、出血はしていないがピンポン玉くらいの瘤ができていて充血していた。
 「すぐに救急車を呼ぶから動いちゃ駄目だからね、そのままでいるんだよ」
 そう言うと洋傘を持ってきて広げ、顔に日差しが当らないように陰を作ってから119番に電話をした。
 細かな状況を聴取されて今から向うと応えた係員からは、緊迫した雰囲気は全く伝わってはこない。
 母は苦痛の表情を浮かべながら、草花に水遣りをしていたら足を滑らせて庭の端から落ちたのだと言うが、庭との落差が1メートルほどあるアスファルトの道だからまかり間違えれば死んでいたかもしれない。
 如雨露(じょうろ)が母の手元から離れて無造作に転がっていた。
「そろそろ救急車が来る頃だからもう少し辛抱しているんだよ」
 すでに25分経過していたが一向に来る気配がなく待つ身の時間が長いことを知る。 何の意味もなさないが、救急車が見える所まで走っていこうかとさえ思った。救急車を呼んでから到着するまでに40分位の時間を要した。
 赤色灯を点滅させ緊急音を鳴らして、山間の狭い道を慎重な面持ちで運転しながら救急車が入ってくる。
 付近の人たちが何が起こったのか関心を寄せて救急車に目を向けていたが、停車した場所が分かると足早にやってきた。
 若い人たちが勤めに出た後で家に残っている高齢者たちだ。
 救急隊員が母の怪我の状態を確認してから病院の受け入れ先を無線で探し始めた。  繁は気が逸るが隊員は冷静沈着に対応して、母を担架に乗せ車両の後部からストレッチャーへ移す。僅かな動きでも敏感に反応して痛がる母を早く病院へ連れて行って欲しいのだが、どこの病院も怪我人が頭を打っているということで敬遠するらしく中々受け入れ先が見つからない。
「兼子さん、なしてこんなことになったんだーい?」
 搬送される前に寄ってきた隣近所の高齢者仲間が、母を覗き込むようにして大袈裟な心配顔を見せて聞くと母は照れ隠しもあるのだろうか、あるいは面倒臭いのか「庭から落っこちた」とだけ言って目を逸らした。
 あとは繁が母の代弁で経緯(いきさつ)を説明して少し離れた場所に下がってもらった。
 救急隊員が6件目にして、ようやく勿来にあるハシダ総合病院が受け入れを了解したと繁に伝えた。
 頭部と全身を打撲しているようだが、特に腰の部分を強打したらしく走行中の揺れやバウンドする度に声を出し顔を歪めて痛がった。
 病院へ到着すると担当医師と看護師が玄関先で待機していた。
 MRIの診療結果から後頭部打撲、血腫、第2,3腰椎圧迫骨折という診断が報告され即座に入院が決まった。 (続)
コメント
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