いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
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小説 ひとつの選択(14)

2013-01-26 07:18:10 | Weblog
                                            分類・文
    小説 ひとつの選択
           いわきの総合文藝誌風舎7号掲載            箱 崎  昭

「咲江が電話をしたらしいんだけど出ないと言って私のところへ掛けてきたのよ。実は2,3日したらこっちへ来るらしいよ」
「きっと風呂に入っていて気が付かなかったんだな。それは母さんが喜ぶだろう」
「このことは兄さんから言ってあげな」
 花枝が繁に配慮して、穏やかな口調で兄を立てた。
「母さん、ビッグニュースだよ」
「ナニニュース?」
 軽く頭を捻るような仕種をして怪訝そうな顔で聞き直した。
「朗報だよ、朗報。咲江が母さんの所に見舞に来るってよ」
 急に母の表情が緩んで目が細くなった。
「そうかい、わざわざ遠い所を着てくれなくてもいいのになあ……。」
 母の頭の中にはもう咲江が来ているのだろうか、嬉しそうな目尻から濡れたものが一筋耳元に伝わった。
「ところで紀子さんたちはどうしているんだい、繁に連絡はあるのかい?」
 突拍子もないことを言われると繁は一瞬返答に詰まる。母は普段は黙っているが、2人の間に何かが起こっているのを薄々感じているのが分かる。
 だから繁が忘れた頃に不意を突いて反応を見るようだ。
「そんなこ心配しなくていいんだよ。紀子には母さんが入院したのを知らせていないだけなんだから」
 繁は痛いところを突かれて思わず受け応えに語気を強めた。
 まだ正式な離婚もしていないのに夫婦関係が遮断しているのは異常だと思う。いっそのこと、この機会に怪我の状況を伝えて紀子の内心を探ってみようと思い立ち、今夜にでも帰宅したら家から電話をしてみようと決めた。
 花枝は売店から買ってきたシャーベットをスプーンにとって母の口元に運んでやっている。
 病室ごとに夕食の配膳が始まったのだろう。食器の擦れ合う音がして慌しい雰囲気が廊下を伝わってくる。花枝は部屋に居ては邪魔になるだろうから帰ると言った。
 繁も母が介護士に食べさせてもらうのを確認してから花枝を追うようにして病院を出た。
 途中コンビニで簡単な弁当を買い家で夕食をとった。食後のお茶を飲みながら今日1日を振り返り、容態を考えている内にやり残しがあるのを気が付いた。
 紀子へ母が怪我をして入院しているのを連絡することだった。暫らく呼び出し音が続いた後に受話器を取る音がした。
「あら、久し振りね。一体どうしたの?」抑揚のない紀子の声が耳元に入ってきた。
「実は、おふくろが転んで腰椎を骨折して入院したんだよ」
「それは大変だわ……。でも、あなたが傍にいてあげられるんだからお義母さんは安心している筈よ。それに近くに花枝さんも居ることだし回復するのは意外と早いと思うけど」
 繁が予想した通りの言葉が素っ気なく返ってくる。
「おふくろが紀子たちをとても心配しているものだから、できたら安心させてあげる意味でも1度でいいから見舞いという形で来て欲しいんだけどなあ」
 どうしたのだろう、紀子は無言状態になる。紀子の答が吉と出るか凶と出るか繁も無言で息を殺している。 (続)
コメント
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