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小説 ひとつの選択
いわきの総合文藝誌風舎7号掲載 箱 崎 昭
302号室の6人部屋は5床が既に同じような患者で埋まっていたが、入室と同時にベッドの中から患者全員が新参者の顔と容態に関心があるらしく視線が集中した。
「はーい、河村さんですよー」
看護師がなれた口調で同室の皆に声を掛けた。
「よろしくお願いします」繁も軽く会釈をしながら挨拶した。
母をベッドに移して下になったタオルケットを抜くのに痛がって難儀した。母が穏やかな表情になるのを見極めてから運転手が繁に話し掛けてきた。
「それでは私はこれで失礼します。どうぞお大事になさってください。有り難うございました」
玄関先で料金を支払った際にチップを弾んだせいなのか、マニュアル通りの対応だったのか、馬鹿丁寧な挨拶を何度もしてから空のストレッチャーを押して帰っていった。
それと前後して整形外科の中野医師が入ってきた。今度の入院前まで月に1度は検診を受けていた先生だ。
「河村さん、駄目じゃないか。庭から下の道へ落ちたんだって? あれほど転ばないように注意をしていたのに、今度で何回目?」
「3回目です……」
「3回目か、しようがねえな。ま、いいや。前の病院からも聞いたとは思うけど河村さんの診断結果は腰の骨が折れているんだよ。保存的加療ということで、ここでも暫らくは身体を動かすことは出来ないぞ」
母との問診内容を傍で聞いていた繁は、横柄な言葉で接する医師の態度に不快を感じたが、先生が部屋から姿を消すと母は首をすくめるようにして言った。
「中野先生は、どの患者さんにもあのような調子なんだよ」
通院している患者仲間では腕がよく、頼り甲斐のある先生だと評判がいいらしい。口は悪いが患者の心理をうまく摑むことに長けているということだ。
中の医師から後で診察室まで来るように言われていたのでエレベーターで1階まで降りた。既に午後3時を過ぎていたから外来患者はなく受付も待合フロアも閑散としていて、靴音だけが通路全体に響いて水琴窟の音色にも似ている。
入口のドアを軽くノックすると直ぐに看護師に反応があってドアが開いた。
「失礼します、302号室の河村ですが」
「ああ、こっちへどうぞ」
衝立1枚隔てた場所から例の先生の声が掛かった。
「まあ、そこへ掛けて下さい」
大きなレントゲン写真をバサバサさせて透視版に挟めながら逆さにした鉛筆の先で説明し始めた。
「ここの第2、第3腰椎が他の部分と異なって潰れたようになっているのが分かるでしょう。これが骨折している箇所です。河村さんの場合は年齢的に言って骨折すると完治するまでには相当の期間を要します。最悪の場合は歩行困難になることさえあります」「そうですか……」繁にそれ以上の言葉は出なかった。
「2ヶ月の入院だけど最善を尽しますから、そう悲観をしなさんな」
力強く乾いた声が繁に安心感を持たせる。 (続)