いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 ひとつの選択(9)

2013-01-21 06:27:41 | Weblog
                                            分類・文
    小説 ひとつの選択
          いわきの総合文藝誌風舎7号掲載         箱 崎  昭

 台所に母が立っていて、朝食の支度をしているようだった。
「何だい、いつもこんな時間に起きて飯の仕度をするのかい?」
 繁は母の耳元の傍に寄って話が1度で済むように口調を強めて言った。
「あっ、驚いた。いきなり話し掛けてくるんだもの。いつもは自分の好きな時に起きて好きな時間に飯を食うんだけども、おまえが夕べから何も食っていねえと思って寝てる間にちょこっと何かをこしらえておいてやっかなと思ってな」
 繁の声掛けに一瞬ビックリしたようだったが、すぐ笑顔に変わった。
「何もすることはないんだよ、オレが来たのは母の身体の具合を見に来たんであって、そんなに調子が良いならオレがここに来る必要も、居る必要もないんだから」
「……そうだな」
 母の明るい表情が俄かに曇った。
 繁は咄嗟にいけない、余計なことを言い過ぎたと思った。母は足腰の痛いのを押し殺してまで自分のために食べる物を心配してくれているのではないか。思い上がった言葉を返してしまったと後悔した。
それは、家にも戻って来るまでの経緯を考えた時に、家族対母親に対する1つの選択を迫られた当時の苦しみや悩みの残痕が脳裏から発したのかも知れない。
「そういえば確かに腹は減っているよ、夕べは途中のコンビニでおにぎり1個とコーヒー缶を買っただけだもの」
 母の朝食の支度に話を関連させて言い過ぎを取り繕った。
「ンだっぺ」
 母は、だから作っているのだと言うようにマナ板の音を立て始めた。
 繁は裏山の竹林から庭に舞ってくる枯れ笹を掻き集めてビニール袋に押し込み、雨ドイに詰まったものも綺麗に突き落とした。
 何もしないでいるには丁度良い気候だが、少しでも動くと身体が汗ばんでくる。タオルで顔を拭っているところに、母が竹棒を杖代わりにして玄関先から出てきた。
「危ないから気をつけたやれよ。急にあれもこれもやっぺと思っても無理だから、お前が居る間に少しずつやってくれればいいよ。私は腰が痛くて長いこと立っていられないのでベッドで少し横になるから」
 そう言うと上半身を大きく左右に振りながr、また家の中に入っていった。0脚で今にもつまずきそうな足どりは、電池切れに近い人形のように動くたびにギーギーと音をたてているように見えた。
 なんということだ、独り身で暮らしている年老いた母の生活実態の1部を見せられたような気がした。これだから時には、花枝に弱音を吐いていたのも仕方がないと思えた。
『もう何も心配することはないからな。これからはオレがおふくろの手となり足になって出来るだけのことはするから』
 繁は母の後姿を見ながら心の中でそう叫んだ。
 夜になって近くに住む花枝夫婦が缶ビール1ケースと、ドライブスルーで買ってきたのだと言うフライドチキンをぶら下げてやってきた。
「お帰りなさーい」
 夫婦揃って玄関を入るなりそう言いながら繁の帰郷を喜んだ。
 Kフライドチキン外箱のロイド眼鏡を掛けた白髭の老人も、ふくよかな笑顔をして繁を迎えてくれているようでもあった。 (続)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする