分類・文
小説 ひとつの選択
いわきの総合文藝誌風舎7号掲載 箱 崎 昭
(3)
息子2人を交えて最終的な家族会議が行われたが、核心を突く部分になると相変わらず平行線を辿るだけで終始した。
「仕方がない……」 繁は覚悟を決めて3人へ簡単明瞭に言った。
「お婆ちゃんの先は短い。お前たちはこれから夢に向っての未来があるし、やるべきことも当然あると思う。この際、オレは生きることに残り少ないお婆ちゃんの許で暮してあげようと決めたよ。家族と母親の狭間に立って悩み苦しんできた結果がこれだ」
繁はテーブルに両手を乗せて頭を深く下げることによって、実行に移す意志の固さを初めて家族の前で表明した。
「どのくらいの期間になるわけ?」
行動を共にしない紀子は、公園で繁に言われた緩衝的な言葉を利用して直ぐには受け止め難いというような素振りで聞いた。
繁には実に白々しい言葉として跳ね返ってきたが腹の虫を抑えた。
「今の時点では全く見当が付かない。それは身体の具合が日毎に悪くなることはあっても良くなるというのは考えられないし、寝たきり状態になったら急に悪化が進むのか、5年も6年も長く行き続けるのかは予測が付かないからな」
行ったらもう来ないという紀子に対しての暗示と自分の意見を込めて、なるべく柔らかな口調を保ちながら答えた。
よく世間では見た目で夫唱婦随とか夫婦2人三脚などと言うが、少なくとも繁たち夫婦の間では、それは単なる偽りの美辞麗句としか通用しない。
それは母の余命幾ばくもないと思われる人生の幕引きに、妻として一緒に介護の手助けをしようとする気さえ起こらない紀子の言動が如実に物語っている。
挙句の果てに“親の始末が付いたらまた2人で暮せばいいでしょう”などと安易な気持ちで別居されていたのでは、繁の心にある許容範囲からはみ出してしまう。
息子たちも繁の言い分を理解できない訳ではないが難しい面も感じ取った。「父さんが言うのは極論に近いでしょう。既に母さんと離婚するという前提で話を進めているように思えるからさ」
二男の健二が口を尖らせるようにして紀子へのフォローをしてら紀子も太郎も同時に視線を繁に合わせた。
繁は一瞬、生意気なと思ったが反面、繁が言おうとしている要所を上手く衝いている。
これだけ大人として成長しているのだと考えたら、子供たちに関しては何も心配ないと逆に頼もしさを感じて嬉しく思った。
「いや、極論ではないよ。その証拠に母さんには未だ自分自身で結論を出すという決定権が残されているんだから」
太郎が満を持していたかのように「おばあちゃんによく説明した上で、特別養護老人ホームに入って貰ったらどうかな。そうすればおれたちも協力できるし、手の空いた者が交代で行くようにも出来るよ」
繁には先刻承知で到底容認できるものではなかった。
往復の交通費がかさむことと時間の浪費がネックになるし、最初は1週間あるいは1ヶ月に1度ぐらいの割合で足を運んでも次第に疎遠になって、結果的には施設の人たちに丸投げしてしまうような扱いになるのは目に見えていたからだ。
肝心な理由がもう一つある。 (続)
小説 ひとつの選択
いわきの総合文藝誌風舎7号掲載 箱 崎 昭
(3)
息子2人を交えて最終的な家族会議が行われたが、核心を突く部分になると相変わらず平行線を辿るだけで終始した。
「仕方がない……」 繁は覚悟を決めて3人へ簡単明瞭に言った。
「お婆ちゃんの先は短い。お前たちはこれから夢に向っての未来があるし、やるべきことも当然あると思う。この際、オレは生きることに残り少ないお婆ちゃんの許で暮してあげようと決めたよ。家族と母親の狭間に立って悩み苦しんできた結果がこれだ」
繁はテーブルに両手を乗せて頭を深く下げることによって、実行に移す意志の固さを初めて家族の前で表明した。
「どのくらいの期間になるわけ?」
行動を共にしない紀子は、公園で繁に言われた緩衝的な言葉を利用して直ぐには受け止め難いというような素振りで聞いた。
繁には実に白々しい言葉として跳ね返ってきたが腹の虫を抑えた。
「今の時点では全く見当が付かない。それは身体の具合が日毎に悪くなることはあっても良くなるというのは考えられないし、寝たきり状態になったら急に悪化が進むのか、5年も6年も長く行き続けるのかは予測が付かないからな」
行ったらもう来ないという紀子に対しての暗示と自分の意見を込めて、なるべく柔らかな口調を保ちながら答えた。
よく世間では見た目で夫唱婦随とか夫婦2人三脚などと言うが、少なくとも繁たち夫婦の間では、それは単なる偽りの美辞麗句としか通用しない。
それは母の余命幾ばくもないと思われる人生の幕引きに、妻として一緒に介護の手助けをしようとする気さえ起こらない紀子の言動が如実に物語っている。
挙句の果てに“親の始末が付いたらまた2人で暮せばいいでしょう”などと安易な気持ちで別居されていたのでは、繁の心にある許容範囲からはみ出してしまう。
息子たちも繁の言い分を理解できない訳ではないが難しい面も感じ取った。「父さんが言うのは極論に近いでしょう。既に母さんと離婚するという前提で話を進めているように思えるからさ」
二男の健二が口を尖らせるようにして紀子へのフォローをしてら紀子も太郎も同時に視線を繁に合わせた。
繁は一瞬、生意気なと思ったが反面、繁が言おうとしている要所を上手く衝いている。
これだけ大人として成長しているのだと考えたら、子供たちに関しては何も心配ないと逆に頼もしさを感じて嬉しく思った。
「いや、極論ではないよ。その証拠に母さんには未だ自分自身で結論を出すという決定権が残されているんだから」
太郎が満を持していたかのように「おばあちゃんによく説明した上で、特別養護老人ホームに入って貰ったらどうかな。そうすればおれたちも協力できるし、手の空いた者が交代で行くようにも出来るよ」
繁には先刻承知で到底容認できるものではなかった。
往復の交通費がかさむことと時間の浪費がネックになるし、最初は1週間あるいは1ヶ月に1度ぐらいの割合で足を運んでも次第に疎遠になって、結果的には施設の人たちに丸投げしてしまうような扱いになるのは目に見えていたからだ。
肝心な理由がもう一つある。 (続)