いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 ひとつの選択(16)

2013-01-28 06:37:41 | Weblog
                                            分類・文
    小説 ひとつの選択
          いわきの総合文藝誌風舎7号掲載           箱 崎  昭

「家を8時に出てこの時間には、いわき駅に着いちゃうんだから昔と比べると距離がうんと短くなったも同然ね」
 少しも苦にならないというのを強調して屈託のない顔で陽気に笑った。
 駅前の駐車場から車を出すと後部座席から姉妹らしい会話が飛び交い、母の話題で持ち切りになった。
「よく高齢者が転んで骨折すると寝たきりになって、急に身体が衰えてしまうと聞くけど母さんの具合はどうなの?」
「きっと母さんもその例に当てはまると思う。腰の骨が折れたというのが致命傷になって寝たきり状態になってしまうのを心配しているのよ」
「なんか最悪の事態になってしまったね」
 咲江が深刻な面持ちで言うと、今まで明るかった車内が重苦しい雰囲気に一変した。「オレが一寸の油断をしたばっかりに母さんをこういう結果にしてしまって、何のために田舎に戻ってきたのか分からなくなってしまうよ」
 繁が自問自答するように2人の会話に割り込んだ。
「そんなことはないよ、誰が居たって怪我をする時はするものなのよ」
 花枝がタイミングよくフォローする。
「明日は一番で母さんのところへあげたいな」
 咲江の言葉に同意しながら途中で樫ノ木ニュータウンに寄って孝男を同乗させ、今夜は繁の家で4名が泊まることに決めた。
 この場合に母が居ないのは寂しいが、繁にとって兄妹揃ったところで紀子との複雑な事情や経緯を打ち明けるには絶好の機会でもあると思った。
 娘2人は生まれ育った家の勝手を知っているから手際よく酒食の仕度をして、6畳と8畳の間に蒲団を敷き終わると徐(おもむろ)に座卓に戻った。
 ビール缶のプルトップが弾けるような音をたてて喉元をそそらせる。
「ところで、この際にハッキリと皆の前で言っておきたいことがあるんだが、是非聞いて欲しい」
 繁は、そう言って一呼吸すると冷静に切り出した。
「よくよく考えた末だが、自分としては紀子と離婚という最悪の事態を招いてもここで暮らすという腹積もりでいるんだ。おふくろが聞いたら怒るだろうが、いつまでも1人にしておくには限界があると思ってね」
 皆は前から概ねの事情を聞いていたので驚きはしなかったが、矢張りそのような方向で進んでいるのかという現実的な受け止め方をせざるを得なかった。
 繁は本来ならば深刻な眼差しで、しぼみ掛かっている草花のような態度を見せればいいのだろうがそれはなかった。
 母親の扱いに対して夫婦で解決策を見出すことができず、平行線を辿るばかりであったから、いま追分に立たされてどっちの道を選ぶかは繁自身が決断すれば良いのだと割り切っていたからだ。
 聞いている3人に誰も反論する余地はなかった。
「こういう判断をするまでには相当な苦しみと悩みがあったと思う。最終的には兄さんが決めればいいことなんだ」
 花枝が殊勝にも兄を庇うように、小さく何度も頷きながら言った。
「紀子さんとは会ったり電話で連絡を取り合ったりはしていないという訳? 私も前から心配はしていたけど兄さんからその後は一言も話しが出ないから黙っていたの」
 咲江も相当気にはしていたようだ。
「入院したときに1度だけ電話をしたけど、まるで素っ気のない返事だったし、現に見舞いに顔を出さないことからも何を意味しているかが分かるだろ。紀子の結論を待たずにオレの方から出向いていって決着をつけてくる積りでいるんだ。いつまでも母さんに嘘をついていることもできないしな」
「つまり、紀子さんは兄さんとの結婚によって田舎から脱出したかったのよ。ご両親は居ないし家を執っているただ1人の弟さん夫婦ともうまくいっていないんだもの、本音としては生涯兄さんと川崎で過ごしたかったんじゃないかしら。そういう夫婦でいたかったのよ。ところが今回は母さんの面倒と一番嫌がっている田舎生活が浮上してきたものから慌てたと思うの」 (続)
                                          
コメント
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