いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説 ひとつの選択(15)

2013-01-27 06:39:53 | Weblog
                                           分類・文
    小説 ひとつの選択
          いわきの総合文藝誌風舎7号掲載         箱 崎  昭

「いま私の勤め先はリストラによる人員削減で躍起になっているのよ。パートの私が休んだらどうなるかは火を見るより明らかで、少数精鋭で皆が頑張っている時なので休むのは絶対に無理」
 紀子は『絶対無理』と言葉を閉めたが、仕事も然ることながら直感的に体裁(てい)のいい断り方であるのは容易に感じ取れた。
「そうだろうな、どこの会社も厳しいようだから従業員の自由が利く職場なんて稀なのは知っているよ。只、紀子との連絡さえ途絶えている状況の中で、こういう時ぐらいは電話するのも有りかなと思ったものだから掛けてみたんだ悪かった。あっ、それから息子たちはどうしている?居たら一寸だけでもいいから出してもらいたいね」
 繁は会話の最後にわざと急に思い出したようにして言った。
「……健二なら居るわよ。待って」
 紀子は繁の問い掛けに何かと間隔を置く。次に話す言葉を慎重に選んでいるのだろうか、健二を呼ぶときもそうだった。受話器を手で押さえているのか微かな呼び声が聞こえた。
「もしもし」
 長いこと耳にしなかった健二の変わらぬ声が目の前にあるようだった。「暫らくだったね、元気にしているかい?」
 音沙汰なしの自分が無責任な言葉を発しているのが気恥ずかしい。
「元気元気!父さんも元気でいるんでしょう?」
 繁は驚いた。予想に反して余りにも弾んだ声だったからだ。夫婦の縁は切れるが親子の縁は切れないと聞くが、もしかしたらこんな親父でも親は親として認めてくれているのだろうかと都合の良い解釈もしてみたくなる。
「母さん大切にしてやっておくれ」
 子供とはもっともっと話したかったが紀子の手前もあるし父親としての役も果たせなくなった自分がまるで他人の家に土足で踏み込んだようで凄く気兼ねをした。 
 だが普段は紀子から繁の悪口、雑言を相当聞かされているだろう健二から素直で明るい言葉が聞けて何よりも救われた気分になった。
 この夜、繁は紀子との夫婦関係は間違いなく醒めていることを確認し、途絶えていた双方の連絡を自分からしてしまったことを酷く後悔した。
 紀子の考えはどうするのかを決めるタイムリミットは、あと1ヶ月を切って間もなく半年目を迎えようとしている。その時期を待つまでもなく結果は既に出ているとみた。

      (6)
 大阪から咲江が母の見舞いにやってくる。上野発15時のスーパーひたちに乗車するとの電話が入っていたので、頃合を見計らって繁は花枝と2人でいわき駅まで迎えに出た。
 列車が到着するたびに改札口は賑わうが、その人混みの中から咲江が咲江が出てくるのを花枝が素早く見つけた。
 久し振りに故郷に戻った嬉しさと兄姉に会えたという悦びが混じって満面に笑顔がこぼれていた。
 大阪池田市から何度か交通機関を乗り継いできて、疲れも見せずに一人でよく来たものだと繁は感心した。
 咲江が中学生の頃だったろうか、転校して行った親友を訪ねて北茨城の大津港まで電車を利用して行く時に、切符の買い方が分からないとか降りてからの道順が不安だとかを心配して母に心細さを訴えていたことがあった。
 母は即座に「何のために口があるんだ。食べる為だけに口はあるんじゃないからね、他人にものを聞いたり自分の意見をハッキリ言うためにも口はあるんだから」と言い、咲江に同情する顔は見せなかった。
「dさけど、なんか聞くのが恥ずかしいなあ」それでも不安が付きまとっていた。「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥といって同じ恥でも聞かないでいる方がもっと恥ずかしい思いをするんだよ」
 母の言葉は間違いなく咲江を勇気立たせた。
 咲江の顔を見ていたら、そういう子供の頃にあったエピソードが蘇えってきて、あの小心者で方向音痴が大阪から来られるようになったかと思うと可笑しさを覚えた。
                                          (続)
コメント
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