いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

小説  ひとつの選択(3)

2013-01-15 06:35:06 | Weblog
                                             分類・文
     小説 ひとつの選択
           いわきの総合文藝誌風舎7号掲載           箱 崎  昭

      (2)
 繁と妻の紀子の間には成人した2人の息子がいる。
 長男の太郎は27歳でJR東日本の新幹線の車掌をしており、23歳の健二は川崎市内にある全日本鋼管に勤めている。
 繁は予め息子たちの勤務明けか休日に的を絞って家族会議を設定していたので、招集を掛けても家族4人に欠ける者はいなかった。
 全員が集まると狭苦しさを感じるダイニングテーブルに揃ったのは、朝夕暑さが弱まってきた9月中旬の夜だった。
 繁は家族を前にしておもむろに田舎にいる母親の、これから先についてを語り意見の集約を試みた。
「実は改めて言うまでもないことなんだけど、最近とみにお婆ちゃんの身体の具合が悪くなってきて、このまま1人にしてはおけない状態になってきたんだ。これまでにもいろいろあったけど、今度ばかりは具体的にどうすれば良いのかを皆から率直な意見を聞きながら結論を出さなければならない段階にまできているんだ」
 長男の太郎が厭な予感がしたのだろう、まさかというような表情を顔に出して頭を上げた時に繁と目が合った。そのまさかを的中させることを繁は言った。
「この際、皆で川崎を引き上げて田舎へ帰ろうと思うんだ。今日明日に決めようということじゃないから、それまでに皆から建設的な意見を聞いておきたいと思ってね」
 繁の発言に不意打ちを食らった恰好の家族は、度肝を抜かれたかのように唖然として面持ちになった。
 強烈なインパクトを与えておいて個々の真意を吐き出させようとの苦肉の作戦で、繁は冷静さを装ってテーブルに置かれたコーヒーカップを手元にゆっくりと引き寄せた。「大体、父さんは肝心なことをいつでも急に持ち出してくるからこまるんだよなあ。去年の春なんかさあ、オレの都合もろくに聞かないうちに家族で箱根へ一泊旅行に行こうなんて言い出したものね」
 太郎が言うのは、繁の提案は即答できない難問であるという意味があって、相手に余裕を与えさせない悪い癖がまた出たよと指摘したかったのだ。
「ああ、あれは会社からホテルの宿泊券を貰ったので、どうせなら家族みんなで行きたいなと思ったからだよ」
 そう言って繁は苦笑した。
「じゃあさ、お婆ちゃんにここへ来てもらって一緒に暮らすというのはどうかな?」
 21歳まで町の零細企業に勤めていたが、繁の定年退職に伴い全日本鋼管がお情け採用してくれた次男の健二が言った。
 いちばん無難そうなアイデアで、家族にとっても円満解決の理想とするところなのだが、現実的には只の理想であることは全員が先刻承知済みのぶり返しに過ぎない。  
 この提案は母の先々を語る時に何度か取り上げられ実際に母自身からもそれとなく聞いてはいたのだが都会で暮らすことを強く拒絶していたし、妹たちの話題の中でも高齢者を生活環境に合わない場所で同居させようとすると、それはメダカを掬い上げて手の平に暫らく置くのと同じで直ぐに弱ってしまうと聞いていた。
「紀子はどうなんだい。ここでハッキリと言ってみてくれるか?」
 妻の紀子には予め10日ほど前に帰郷せざるを得ない切迫した事情と、繁の考えを話してはおいた。しかし紀子からは未だに確かな返答は聞いていなかった。
 これまでの夫婦間で話す建前論めいたものではなく、子供2人の前で話すのだから妻は今こそ本音と責任の下に判断しなければならないだろうと思った。 (続)
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