棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

太宰治が通った銭湯  

2012-07-04 07:44:19 | 山郷の暮し
亡くなっても今なおモテモテの作家といえば太宰治(1909--1948)。
唯一入籍をした妻と暮らした甲府市、貸家近くの銭湯「菊の湯」は今なお健在。
入り口部分は直したようですが、一歩入れば戦後の昭和時代の銭湯。
どーーんと広い脱着場は、デエーーンとでっかい体重計があり、四方の壁には懐かしいデザインの看板が並ぶ。

浴室は高い天井に、仕切り越しにおバーちゃん連のゲンキのいいハナシ声がこだます。
以前は夫婦がこの仕切り壁で声をかけたり、石鹸などを投げ渡していたのであろう。
深い湯船は昔のままだが「富士山の壁画」はサウナ室を作ったので無くなってしまったとか。
入浴をしていた現地のお年寄りに太宰の事を聞くと、「俺はよく知らないが、通りの先を行けば住んだ家がある」
番台に居た品のいいオバーチャンは、「銭湯は戦後作ったもので時におおじて拡張してきた、それ以前はプールだった。たいそうな土地持ちだったようですよ」
太宰については「奥さんは当時珍しい大学出で、普通の男ではかなわなかったのでしょう・・・」
当たり前かもしれないが、太宰は記憶にないといった。


ようやく読み終えた本

2012-07-02 08:22:27 | 山郷の暮し
図書館に行くたびに拾い読みをしながらも、なぜか借りてきていなかった本がある。
「ダライ・ラマ その知られざる真実」ジル・ブァン・グラスドルフ  フランスのジャーナリストでチベットに関する多くの著書がある。
この本は10年に及ぶ調査と取材によるもので、内容は1933年から始まり、2003年と今日まで続くチベット問題だ。
実に重い内容で、とても寝る前に読むという代物でないので、なんとなく借りてこなかった。
 ページを飛ばすことなく、索引を手引きながらの読書は遅々として進まなかったが、今日の悲劇的なチベットの問題の歴史背景が少し理解できた。
毛沢東がチベットの開放を唱えたスローガンが「搾取に苦しむ人民を救う」は、確かに権力と蓄財に堕落しきったチベット貴族たち
からの開放になったかのようだったが、その本音は全く別なところにあったことは今を見れば理解できる。
 さて、この本から改めてわかったことは、チベットの人々は「転生」生まれ変わり を現実のものとして捉えていることだ。
ご存知、たぐいまれなるダライ・ラマ14世は偉大なる13世の生まれ変わりであり、その以前も転生してきたことになる。
この転生はラマ教の聖職者全般に通じ、特に宗派の座主の転生者は様々な手続きで連なってきている。
読んでいてこんがらがってしまい、我々からしたら実に不思議なことでもあるが、
どこかうなずけるのは「輪廻転生」をさして疑問とも思っていないアジア人なのであろうか。
(お釈迦様は輪廻転生について一言もといてはいません。その必要がなく、欧米人にとって摩訶不思議な感覚だとなっている根本です)
「チベット問題」となると少々感情的になってしまう私ですが、この本によってより深い問題点が見えてきた。
大変な本ですが、ぜひ読んでほしい。

最後に、ダライ・ラマ14世が、ノーベル平和賞演説の一文を紹介いたします。
 空間が続くかぎり、  命あるものがあるかぎり 
 この世の苦悩と悲惨を少しでも軽くするために 
 私が生き長らえますように。


東日本大震災を描く

2012-07-01 10:25:51 | 山郷の暮し

横幅8メータ以上ある大作の「復興・希望の力」の部分です。
五大力明王にヒントを得て、復興に向けての五つの力を表す。 
豊かな自然は多様な文化育ち、歴史にはぐくまれた高い精神性は、希望・活力の根源です。
大作の最後のパネル絵は、東日本のイヤ日本の柔和な精神性の根源を表したものです。
この作品は天災・人災にあいながら立ち上がってゆく人間ドラマを「ひと曼荼羅」として描き出したものです。

チベット仏教徒ばかりか、世界中の聖職者から尊崇されているダライ・ラマ14世の言葉の中に
「希望 の源はやはり希望です。これはなんの保障はありません。しかし、何かを実現したいと望み、それを試みることはよいことです。
遠くに希望を持つことは、真実を大切にする同じように大切です。

ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本