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棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

開花宣言いたします

2019-04-17 17:44:37 | 山郷の暮し
ようやく開花したと言う感じですけれど、先に記したように17年と同じ開花日です。
なにかすごく遅い開花と感じてしまうのは、4月の頭はかなり気温が上がり、全国各地で早い開花宣言が報じられたからでしょう。
散歩をして行き会う人から「ことしゃおそいねーー。」と言われますが、記憶などあてにならないものです。

そろそろ花見の段取りでも・・・。

 オッシャンでごんす

娑婆は花見時

2019-04-16 13:52:17 | 山郷の暮し
我が家より国道254を車で5分も下れば、松本市内がパッと飛び込んできます。
今日は好天気に誘われて、花見処にいってきました。
いたる所桜の花が2分ほど開花しています。
花の下では三々五々、昼飯パーティーが行われていました。
私も遠足の定番食としているお稲荷さんを購入し、春を楽しむ。
我が家の桜ももう少し。
いっせいに開花すると、「すみません。拝見させてください」と、カメラを手にした方々がおいでになります。

トップ写真は、冬山そのものの常念山



乗鞍岳・・昔ほどではありませんがスキーーの本場

なんという種類の桜

2019-04-15 13:12:24 | 山郷の暮し
我が家のソメイヨシノ、定点観測の枝のハナは開花宣言寸前というところでしょうか。
なにか遅いではないのかと、16-17年のブログを開くと、17年4月16日開花宣言。また16年は早くて4月11日。しかし、花冷えとある。
この年は熊本地震がありました。
こうして見るとブログはありがたいもので、日記帳となると探し出すのか一苦労です。

今日は朝から暖かいので、桜もポツポツと開き始めてはいます。
我が家でいち早く早く咲く桜が、ソメイヨシノの ひこ生 したものを移植した木です。
ただし、ソメイヨシノではなく得体の知れない桜です。

ソメイヨシノは江戸彼岸桜とオオシマ桜のミックスで一代種。
それゆえに種から子供・・ソメイヨシノ・・はできません。

根元から芽が伸びる ひこ生 ならば吉野ちゃんになるのかと思い、3本移植してみたのですが、全部不思議な桜です。
花は小さく、濃い桃色で下向き。木の姿はひたすら伸びる、と言う感じでほうきのような姿で面白みが無い。
原種の江戸彼岸桜かオオシマ桜かと思ったのですが、ネットで見る限りどちらでもなさそう。
それゆえに種類が不明と・・、どなたかわかるかたがいたらお願いいたします。
明日当たりは、開花宣言になるかもしれません。

遅い開花

2019-04-13 10:26:32 | 山郷の暮し
1-2月は割合と暖かな日が続き、大変楽な冬でしたが3月下旬あたりから、例年よりも寒い日になってしまった。
4月に入り、時折上着を脱いでしまう日もありましたが、朝夕の散歩など顔かひきつるような寒風にひぇーーと・・。
二日ほどほど前には、犬も私も白い息を吐きながらの散歩でした。
いっこうに開花しない我が家の桜に、「花咲か爺さん、寒いのでコタツにもぐったままかねーー」などと。
今日は夜明けから抜けるような晴天。
各地で花見でにぎわっていることでしょう。

玄関先の目の高さにある定点観測枝です。
朝一に玄関を開け放ったとき、ボーーーンと桜のお姫様たちが話しかけてくれます。
早く姫様にお会いしたい。・・人間姫様大歓迎。

長らくボケておりました

2019-04-11 12:23:40 | 山郷の暮し
今年の冬は寒暖が激しくとまどうほどでした。
朝夕の犬のハナの散歩では、防寒具を着てでかければ、帰りには背に受ける日差しの強さに脱いでしまうほど。
風邪には十二分に注意をしていますが、喉が弱い小生の泣き所です。

最近の晩酌は泡盛からスコッチになっております。というのは、近間の大方酒店が閉店をしてしまい、手にらは要りにくくなってしまったからです。
名品を集めた、こだわりのある店が閉店をせざるをえない、世になっていくのでしょうか。

 昨日は思いがけない雪降りでした。湿った雪ですが数センチもありました。
今冬は雪かきをせずにすんでいます。

桜のつぼみの先がチョッと赤みがかかってきましたが、今日の陽射しで緩んでいくでしょう。

 小生は冬はまったく゛制作欲が低下してしまい情けない気持ちになってしまうこともありますが、それはそれ として受け入れるようにしています。
唐突ですが、芸術の発想などはいわば ウンコ のようなもので、ためこんだいろいろな物から何かが生まれる(うんこ)。
ためこんで、ごちゃ混ぜにして、何かが生まれてくる。
それには時間がかかります。
と、創作ウンチの話でした。
https://blog.goo.ne.jp/admin/editentry/?eid=cd908355562e3a10a922ccad12dc8b70#

秋祭り

2018-10-08 10:19:01 | 山郷の暮し
昨日の30度を超える夏日と打って変わり、高曇りでアルプス方面から流れる空気は涼しさを感じます。
花の谷に広がっていた黄金色もすっかり刈り取られ、あちこちからのろしのように煙が上がっています。

ポンポンと打ち上げ花火がまばらに聞こえてきます。
この連休はあちらこちらで小さなお祭りがもようされていますが、往年の賑やかさは何処にもありません。
この時期は収穫の感謝を氏神や地神に捧げ、地域独特な伝統行事がなされてきましたが今や過去のものとなりつつあります。

私がこの花の谷に住み着いてから20数年になりますが、当初は寄付金を付き合いされお札いただきました。
集落の中央部にある小さな神社では、演歌が馬鹿でかく流され、青年たちが自前の高店を作り、それなりの祭り気分を楽しみました。
この谷にこんなに子供たちが居たのかとびっくりさせられました。
子供たちのはしゃぎ声が響いてこそ祭りだと思わされたものです。

いつしか演歌の爆音も響くことも無く、社も何の飾りもありません。
何よりも子供さんたちの声がありません。
この辺はスクールバスが送迎していますが、この花の谷からの通学子供は10人くらいと聞きました。
今、近くの乗り場からは3人。上の集落を合わせても数人で、バスはガラーーンとしています。

「まつりばやし」が響く里山の祭りは、夢の中の風景になってしまいました。

写真は旧家のお隣です。さすがに絵になりますね。

3-靖国神社を考える

2018-08-14 16:31:32 | 山郷の暮し
 話を当初のプライムニースに戻ると、番組では遺族会会長を務めた政治家が戦犯を合祀されることに
遺族会全体が強く反対をしてきたが、突然合祀の決定が報道されたらしい。
まったく寝耳に水の思いであったと・・。
その時の松平宮司の隠密裏ともいえる独断決済だったようだ。
 
 この松平宮司の本音は、太平洋戦争は米国による策略であった。わが国は決して悪くは無かった。
それゆえに戦犯を合祀するのは当然である。
 昭和天皇が一度だけの参拝(正しい語彙は知りません)されたことがあるが、戦犯合祀以来お止めになったと言う。
そのような流れに対し宮司は、天皇参拝などは特に望んでいない動きに出たと言う。
想像だにしなかった解説に、正直びっくりしてしまった。
それゆえに、自分の思い込みや誤解をこれはしっかりと思い、整理しなくてはならないと感じたのです。

 また、神道は成否を決める教典が無いので、各神社宮司の判断で決まってしまう。
其れに対し異議を唱えることは不可能で、結果的にまちがっていたとしても元に戻すことができない制度らしい。
それゆえに「A級戦犯の合祀 12名(2名は時の文官でこれも不可解)」は松平宮司の独断的・突然の決定であった。
そしてこの問題はますます国際問題となっていることはご承知のとおりで、宮司の独断に短を発しているというのです。
 この松平宮司について検索してみますと、どっさりと賛否がありました。
是非 開いてみてください。

 では本題について・・となりますと・・・。

ネットで検索した程度の付け焼刃ではとても解決できるものではない。
一人ひとりが関心をもって調べてみることがたいせつです。参考までにコペパをします。

 歴史認識に関する問題
靖国神社は、戦死者を英霊としてあがめ、戦争自体を肯定的にとらえているのだから、そのような神社に、
特に公的な立場にある人物が参拝することはつまり、同社の第二次世界大戦に対する歴史観を公的に追認することになる、
として問題視する意見が存在する。
そういった立場からは、日本の閣僚は同戦争における対戦国に配慮し靖国神社に対する参拝を禁止・制限あるいは自粛すべきとする主張がある。

 最後に私の考えを示すと、靖国神社は一宗教法人。早い話が法律的にはあのオーム真理教と同じなのです。
まるで国家宗教団体かのように、国の長が出向くのは本末転倒だと断定します。
ネットなどで様々な説を読んで見ますと、まだまだ私自身の考えを示しきれませんが、
終戦記念日を迎えるにあたり、2010年の個展 Humanity Peace Hope のタイトルが蘇りました。

冒頭の写真はタイ仏教の「祈りの像」です。本文と直接関係はありませんが、大乗仏教ですと菩薩か観音になってしまいますが、南伝仏教はあくまでもお釈迦様を尊崇します。
合掌する像は数々ありますが、衆生が真摯に祈る美しい姿だと思います。
蛇足ですがタイの仏教美術に観られる肩から炎のように立ち昇る衣装は、オーラを表したのではないでしょうか。

靖国神社を考える-2

2018-08-13 14:23:42 | 山郷の暮し
 靖国神社の問題にたいし感情論になってしまうのは、私ばかりではないことに、この問題の難しさがありそうだ。
一つの要因と思うのは神道には、大宗教のような教典又は神学等がない。
つまり教えに対して成否の判断ができないか、あいまいになってしまう。
 神社の構成が宮司に負かされ、それぞれに運営されている。
統一された教え又は導き等がないゆえに、宮司の決定に賛否を問う基本的な綱領が無いらしい。

 神社は何がしの神様がおいでになる。
または降臨される祈りの場であることには否定すべきではない。
一神教の宗教体系にとって、神道の八百万の神々の感覚は不思議なことらしいが、私のささやかな辺境地への旅の経験から、
豊かな自然環境にはぐくまれた日本国土ゆえに生まれ育った宗教観だとおもう。
長野県護国神社境内の慰霊碑
 
 御来光に思わず合掌をし、非日常的なパワーを感じ取る受動態を宿している日本人。
巨木・巨岩・山野に対して、それが神様だと認識しなくとも、ても同じような感性を持つわたしたちです。
そんな私たちに天皇のために戦って亡くなった御霊(英霊)を神社に祀るとは「神様にする」ことではないだろうか。
下卑た言い方をすれば、なにもご褒美が無いから勲章をあげて「神様の扱いをしよう」とでもいうようにだ。
靖国神社はそんな自然観から生まれた日本人の心・信仰心 から乖離したものではないだろうか。
 
 浅学で靖国神社の歴史を薀蓄できないが、今日の問題は当初から問題があったうえに、とんでもないことが起きてしまった。
太平洋戦争で亡くなった方々の英霊を合祀するのは100歩譲ったとしても、A級戦犯を合祀し、時の首相が参拝を始めたことにより、
侵略を受けた国々から猛反発を受け始めた。当然なことである。


 プライムニュースから知ることができた数々に驚きとともに、まさに眼からうろこが落ちる思いであった。
 

靖国神社を考える-1

2018-08-12 17:46:35 | 山郷の暮し
 靖国神社を考える-1
 先日のプライムニュースで「靖国神社を考える」というような番組がありました。
出演者の名前は出てきませんが、遺族会会長の政治家と歴史家そしてジャーナリストでした。

 正直 靖国神社と聞いただけでなにか最右翼の本部、又は日本をまちがった方向に向かわせた上、終戦後は反省も無い存在だと忌み嫌っていた。
私のそのような思いはどんな認識からなのか、特に思いも及ばず今日まで来た。
確かに靖国神社の成り立ちや、小史などを読んだことはあるが、頭の中に沈殿したことは「明治維新」で亡くなってしまった兵士を英霊として祀り上げた維新政府の政策でもあった。それゆえに天皇に盾を突いた西郷を始めとする人々は排斥されてしまった。
 そして、その後につづく戦争で亡くなられた人々に勲章を与え神様の扱いにしたのだ。
 
  注--冒頭の写真は「長野県護国神社です」

 今でも田舎の墓地に行けば、日清日露戦争そして太平洋戦争時代の「○×勲章・・」と刻まれた立派な墓石を見ることができる。
誤解を恐れずに書けば、水飲百姓が最終に得た誉れである。
皆から「お国のためになり、親孝行な息子だ」といわれたのであろう。
必要以上に大きな墓石を見るたびに、「お国に尽くした」と評した国家の欺瞞を感てしまうのです。、
そして、その思いが靖国神社へと連なり、正規な学識よりも感情的になってしまう。
そんな浅学の私の感情はどこからくるのか、今回良い機会なので考察してみた。

 靖国神社と言えばまず思い出す光景がある。
東京に在籍したころ靖国神社観光にふらりと出かけたことがあった。(特に記念日と関係が無い)
大鳥居をくぐったとたんなにかイヤーーな気分になったのは、日章旗に日本軍の国防色軍服を着た鉢巻姿の若い一団を見たからだ。
もはや前に進む気がうせ、そのまま帰ってきた。(当時は今ほど大音量で騒ぎ立てていなかった)
そのとき以来とは言わないが、日章旗イコール国粋主義者・戦争となってしまった。
 日章旗といえば、学校ばかりではなく祭日には一般家庭も玄関先に飾ったものです。
旗竿を掛ける金具がついていましたが、いつの間にかそのようなことは廃れてしまった。
もし、今も日章旗をかかげたらご近所から要注意と倦厭されることでしょう。
 靖国神社と日章旗、そして国防色といわれた薄茶色の軍服が連想してしまう。
理屈抜きにイヤーーな気分になっしまうのです。
 そんな気持ちにさせる深層心理の作用として、記憶にまったく無いが思い当たることがある。
私は昭和19年(1944年)東京生まれ、大空襲で焼きだされてしまったのだ。
まったくの感情に過ぎないことで、問題の本質ではないことは十二分に承知をしているが、私にナニカがしみ込んでいると思っています。

ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本