深まりゆく秋の文学散歩は、神奈川近代文学館である。
日本の幻想文学の祖といわれる泉鏡花は、神奈川にゆかりのある作家だ。
今年生誕140年を迎えて、鏡花展が開かれている。
泉鏡花(1873年—1939年)は、「高野聖」「天守物語」「婦系図」など、多くの小説、戯曲を残した。
生前の鏡花の原稿や装丁原画、愛用品など、350点余りを展示している。
展示は三部構成で、第1部は66年に及ぶ鏡花の生涯を概観し、第2部で彼の文学に底流する「ものがたりの水脈」を、系譜に従って鑑賞し、第3部では鏡花が1905年からおよそ3年半滞した、逗子とその周辺を舞台とする作品世界を紹介している。
ヒロインお蔦とドイツ語学者主税(力)の悲恋物語「婦系図」は、逗子で執筆され、新聞にも掲載された。
生原稿の小さく書き連ねられた文字と、とくにその初期のものでは、師と仰いだ尾崎紅葉の朱筆による添削跡が残っている筆書きの草稿など、興味深い。
「草双紙」の貼り合わせ屏風なども珍しい。
想えば、泉鏡太郎(筆名鏡花)が金沢から上京し、当時の文壇を席巻していた尾崎紅葉の門をたたいて、紅葉に弟子入りしたのは明治24年10月のことだった。
鏡花が紅葉を終生敬い続けていたことは、よく知られている。
明治27年に父が他界し、貧窮と家長としての重圧から一時自殺を考えた愛弟子鏡花に、紅葉は書簡を送り、「汝の脳は金剛石なり」とその才能をたたえたといわれる。
紅葉と鏡花の、ときに師弟を超えた父子にも似た結びつきも、うなずけるというものだ。
展示されている遺品で目についた、小さな旅行鞄の、これで鏡花は鉄道旅行に出かけていたのかと・・・。
この鏡花展は、11月24日(日)まで開催されている。
関連イベントしては、11月2日(土)朝吹真理子(作家)と松村友視(慶応義塾大学教授)の対談、11月9日(土)市川祥子(群馬県立女子大学准教授)の講演(いずれも14:00)をはじめ、11月22日(金)と11月23日(土祝)(各13:30)には、文芸映画を観る会による映画「婦系図 湯島の白梅」(1955年/大映 監督衣笠貞之助)の上映も予定されている。
個人的には、「高野聖」「夜叉ヶ池」は作品も映画も面白かったと記憶している。
生涯に創作した作品は、長短篇合わせて300余りにのぼる。
苦節を重ねた、その66年の生涯をたどりつつ、独自の絢爛とした幻想的な作品群を生み出した、泉鏡花の世界を展観することも‘芸術の秋’にふさわしいかもしれない。
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蛇足ながら、来月の同時期には竜泉の一葉記念館で「一葉祭」がありますよ。
同時期なのですね。
そうですか。鏡花と一葉は同い年でしたか。
一葉は名文ですけれど、文語調はどうも・・・。
「たけくらべ」ゆかりの地めぐりなんて言うのも、ちょっと散歩してみたくなりますが・・・。
霜葉様。
コメントありがとうございました。