徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「戦争と一人の女」―戦争の不条理に翻弄される男と女―

2013-08-13 06:00:00 | 映画


 故若松孝二監督の反骨精神を継ぐ、井上淳一監督が満を持して世に問うデビュー作である。
 暴力とエロスの側面から、戦争の愚かさを描き切って、、そこには原作者坂口安吾の厭世観がにじむ。
 日本映画がこれまで封印してきたタブーに、果敢に挑戦した文芸ロマンだ。
 坂口安吾の短編小説を、荒井晴彦の脚本が忠実にたどる。
 原作は、おそらく作者の体験に近い。

 敗戦前後の東京と近県を舞台に、「どうせ戦争で滅茶苦茶になるんだから、お互い滅茶苦茶に暮らそう」といって、虚無的な男と女が同棲生活を始めるところから、このドラマは始まる。
 何とも、荒々しい性生活を重ねながら、戦争や空襲をあたかも楽しんでいる風に見える。
 戦争の非人間性は、よく描かれている。














(江口のりこ)は元娼婦で、男(永瀬正敏)は坂口安吾自身と思われる飲んだくれの作家だ。
自分自身に忠実に生きようとする女と、戦争に絶望した男がいた。
そこにもう一人、中国戦線で片腕を失い、戦争を十字架のように背負った帰還兵大平(村上淳)が、傷痍軍人で登場する。
女と作家の野村は、ただひたすらに体を重ね、帰還兵は自らが戦争の不条理と化し、何の罪もない女を犯し続ける。

戦争には、被害者も加害者もない。
どのように生きようとも、戦争からは逃れられず、何もかもが失われていく。
それでも人間は生きていくし、いかねばならない。
女は夜の空襲を素晴らしいと言って賛美し、そして戦争が好きらしい。
自分たちの住む街が、劫火の海に包まれる日を待ち構えてる。
そして、そうなる。
ここでは、男も女ももともと戦争賛美者だ。

・・・戦争が終わり、野村はドラマの終わり近くで死を迎える。
ドラマの最終場面、女が大平と交錯して迎えるそのあと、ひとり歩く女をカメラは捉える。
かつて野村と歩いた運河のほとりで、一本の焼け残った木の傍らに立ち止り、お腹に手を当てて、亡き野村に向かって女は呟く。
「先生、ごめんなさい。アイノコを生む約束、守れなかった・・・。私、日本人を生むわ」
空を見上げて微笑みを浮かべる彼女は、本当に強姦魔の子を産むのだろうか。

この作品には、戦場は描かれていない。
それでも、戦争の悲惨さは描かれている。
女性が殴られ、転がされ、なぶりものにされ、首を絞められ、死の恐怖にまで追い込まれ、ときには仮死状態となって、最後は真っ裸にされ、本当に殺されてしまうのだ。
そんな場面をスクリーンで見るのは辛いものだ。
しかしこれこそが、間違いなく戦争の実相なのだ・・・。
目をそらしてはならない、直視すべき画面だ。
そうだ。戦争は、非人間性そのものなのだ。

井上淳一監督作品「戦争と一人の女」は、女の開き直りともとれるセリフが、いい脚本でありながら一本調子なところもある。
全編を通して退廃的な雰囲気が濃いが、人間のやりきれなさ、脆さ、弱さ、それでいて逞しさやしたたかさに加え、哀しさ、可笑しさを抱きながら、どうしようもなく生きている男と女を描いている。
女はむしろ、馬鹿がつくほど正直だ。
女はどこか頭が足りないように見えて、しかし自分に対しては、とことん忠実で、決して弱きものではなく、あざとくさえ見える強い女だ。
一般社会の通念で考える価値観と、彼女の持つ価値観は明らかに違うものだ。

坂口安吾の原作は、初出はGHQ当局によって検閲削除された部分が多いが、この作品ではそれらを復元して映画化している。
映画を観る限りでは、これは確かに危険な映画だ。
非日常の戦争を楽しみ、その暴力に刺激されて暴行し、女を犯し、生命を燃焼させる。
男といっしょに空襲に逃げまどいながら、振り仰ぐ空は真っ赤な悪魔の色だった。
坂口安吾の、声なき叫びを聞く思いがする。

登場人物たちはみな力演なのだが、キャスティングには一考の余地もありそうだ
江口のりこ演技には固さがあるし、永瀬正敏はもっと凄惨さがあってもいいのではないか。
この映画は、もっとも低予算で製作されているようだし、それに大胆な演出となると、出演者の方が尻込みしてしまうかもしれない。
井上監督は、戦争の不条理と性暴力の実相を炙り出している。
太平洋戦争末期の、男女の交錯する運命を描いたこのような作品、坂口文学にいささかでも関心がないと難しいかもしれない。
余談になるけれど、アジアで、そして日本で、合わせて2300万人以上もの犠牲を出して、その上に成立されたとされる、日本国憲法の改正(改悪?改変?)論が世上で話題になっており、自衛隊を国防軍に変えて、日本が戦争できるようにする動きまで出てきた。(!!)
戦前回帰へ、怖ろしい世の中にならなければよいが・・・。
      [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
戦争だけは (茶柱)
2013-08-13 22:04:01
なんとか避けられるような世界であって欲しいですね。
返信する
そのためにも・・・ (Julien)
2013-08-18 16:12:06
憲法改正論議も大いに結構ですが、集団的自衛権の問題については、よくよく考えてほしいものです。
一歩間違えると、日本は再び戦争をするようになるかもしれないからです。これ、本当!ですよ。
戦争をしない、戦争できない、ということが、これまでどんなに素晴らしい平和憲法であったかを振り返るとき、やすやすと憲法を改変するようなことがあってはならないと思います。
安倍総理は、戦争や空襲を知らない、戦後生まれの世代です。戦争を知る政治家は、今やほとんどいなくなってしまいました。
知らないということほど、恐ろしいものはありません。
あ~、出るのは溜息ばかりです・・・。
返信する

コメントを投稿