徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「素敵なダイナマイトスキャンダル」―昭和のアングラカルチャーを描いた豊饒で寛容な青春グラフティ―

2018-03-31 13:00:01 | 映画


 1970年~1980年代、写真家・荒木経惟らが連載人に名を連ねた伝説の雑誌「写真時代」というのが あった。
 その雑誌の編集長を務めた末井昭の実話をもととしたエッセイを、「南瓜とマヨネーズ」(2017年)永昌敬監督が映画化した。

 雑誌「写真時代」は、過激でエロティックな写真で人気を集めていたが、この作品の原作者末井昭は、母親が男とダイナマイト心中したことでも知られる人物だ。
 壮絶な体験を主人公が駆け抜けた、この昭和の時代を描いたグラフティで、アダルト雑誌の散乱する中で、ときには卑猥な言葉も飛び交って、雑駁で不思議な世界の雰囲気を醸し出している。
 確かに、非日常的なことが日常になると、エロティシズムもエロティシズムとは言えなくなる。
 この雑駁なドラマも、今を生きる人間に参考になるようなことも、もしかするとあるかもしれない。



バスも通らない岡山県の田舎町に育った末井少年は、7歳にして母親の衝撃的な死に出会う。
その後都会に憧れ、大阪の町工場に集団就職したが、軍隊のような労働環境に絶望し、上京する。
キャバレーの看板書き、イラストレーターを経て、小さなエロ雑誌の出版社へ。

そして、末井昭(柄本佑)編集長としてエキサイトマガジン「ニューセルフ」を創刊し荒木経惟と出会い、さらに彼のもとには赤瀬川源平、嵐山光三郎、田中小実昌ら錚々たる表現者が集まって来た。
だが、「ニューセルフ」は廃刊になっても、末井は懲りずに、警察とのいたちごっこを繰り返し、新雑誌を作っては廃刊となり、「写真時代」を創刊する。
それは、既存の写真雑誌で排除するような写真ばかりを乗せることをモットーに、35万部まで発行部数を伸ばした。
エキサイティングな‘異端’が大ヒットし、末井昭はひとつの時代の寵児となっていったのだった・・・。

この映画は、末井昭の人生と言葉に感銘を受けた冨永監督自身の持ち込み企画で、7年越しの想いが叶い、念願の映画化となった。
大らかで猥雑な時代の中で、様々な人との出会いと別れを繰り返し、夢と現実とのはざまで自分らしく生きる術を身につけ、主人公の屈託を優しく描き出してゆくのだ。
エンディングでは、原作者の末井昭と母富子役の尾野真千子がデュエットする、主題歌「山の音」がちょっとした聴きものだ。

ダイナマイト心中という衝撃的な母の死・・・。
この数奇な運命を背負って、転がる石のように生きていた末井青年は、昭和後期のアンダーグランドカルチャーを牽引した伝説の雑誌にたどり着いたのだ。
その生き様が、ここには青春グラフティとして描き出された。
何ともざらざらした手触り感の、様々なエピソードをいっぱいに詰め込んで、少々粗っぽい編集に目をつむるとして、「ストリーキング」も圧巻だ。
これぞC級映画の快作となるか。いやいや・・・。
刑事と編集長の論争は面白かった。
冨永昌敬監督映画「素敵なダイナマイトスキャンダル」は、「タブーなき物語」として、ハチャメチャながらこの作品も半ば成功しているのではないかとも・・・。
      [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
次回はアメリカ映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を取り上げます。

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―「こよひ逢ふ人みなうつくしき」―生誕140年 与謝野晶子特別展(神奈川近代文学館にて)

2018-03-25 16:00:00 | 日々彷徨


 数日前に、桜の花弁の上にふりしきる雪景色を眺めたばかりだったが、三月もやがて暮れていこうとしている。
 桜は予定よりも早く開花して、もう見事な満開だ。
 そしてこれからしばらくは、春本番である。
  いよいよ、待ちに待っていた 暖かな季節の訪れとなった。
 春風に心地よく誘われて、そんな中での文学散歩だ。

 やわ肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 (みだれ髪)

 神奈川近代文学館「与謝野晶子展」が開催されていて、覗いてみた。
 かの有名な歌集「みだれ髪」が刊行されたのは、1901年(明治34年)8月のことであった。
 2018年は、歌人与謝野晶子(1878年~1942年)の生誕140年にあたる。
 23歳の時の晶子が、恋愛を高らかに謳い上げた第一歌集の誕生は、近代日本の文学界に大きな衝撃を与えたのだった。
 師であった与謝野鉄幹への恋を貫いて結婚し、いまでは情熱の歌人と喧伝され、五男六女を育てた立派な強き母であった。
 その一家の家計はなかなか大変だったそうだ。
 それでも、ほとんど晶子の筆一本が家庭の苦難を誇り高く支えていたというから、これも驚きだ。




晶子は歌人としてのみならず、詩、評論、小説、童話、古典研究など様々な分野で、幅広い執筆活動を行ってきた。
晩年の「改訳源氏物語」などに至るまで、女性ながら、骨太でエネルギッシュな晶子の強いイメージが、この展観には投げかけられている。
明治という時代に、革新的な風潮の最先端を切り拓いて、男性勢力の強い時代をものともせずに、ひたむきでひたすらな勢いを誰もが感じることだろう。
大阪堺の和菓子商の娘として育った晶子は、店の後継者の男児になかなか恵まれなかったなかで、漢学塾などで学びながら、店番の合間を縫っては膨大な父親の蔵書をひもといて、早くも紫式部清少納言を読みふけっていた言われる。

この与謝野晶子展、なかなか内容の濃い興味深い展示で、明治、大正、昭和に続く激しい時代を、一人の女性として、文学者で先駆的な立場で強く生き抜いた彼女の波乱の人生を、数多くの貴重な資料で展観することができる。
記念行事として、4月7日(土)歌人・尾崎佐永子の講演をはじめ、4月14日(土)俳優・竹下景子「新訳源氏物語(与謝野晶子)」の朗読会、また4月21日(土)歌人・三枝昂之、5月5日(土)(祝)歌人・今野寿美の講演となど、さらに会期中の毎週金曜日にはギャラリートークも予定されている。
神奈川近代文学館与謝野晶子展は、3月17日(土)~5月13日(日)まで開催されている。
なお4月15日(日)までは前期展示、4月17日(火)~5月13日(日)は後期展示として入れ替わることになっている。

次回は日本映画「素敵なダイナマイトスキャンダル」を取り上げます。

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映画「ロング,ロングバケーション」―半世紀以上連れ添った夫妻がたどる人生の軌跡とその旅の果て―

2018-03-15 16:30:00 | 映画


 「人間の値打ち」 (2013年)、「歓びのトスカーナ」(2016年)イタリアアカデミー賞受賞した、名匠パオロ・ヴィルズィ監督が、人生のクライマックスを謳うロードムービーを、アメリカを縦断するルート1号線を舞台に描いて見せた。
 人生も夫婦も、予測不可能だ。
 それは結構厄介だし、笑いもあれば涙もある。
 二人は、残りわずかな夫婦の時間を、最後の旅で彩るのだが・・・。

 

 

夫婦生活はもう半世紀である。
妻エラ(ヘレン・ミレン)は、全身に散っているが、末期がんを抱えて闘っている。
元文学教師のジョン(ドナルド・サザーランド)は、アルツハイマーが進行中だ。
二人はとても仲が良く、止めようとする子供たちを振り切って、“キャンピングカー”でアメリカ縦断の旅に出ることになった。

70代の夫婦が、ボストンからフロリダへ。
国道1号線を南へ、行く先にはジョンの敬愛するヘミングウェイの家がある、フロリダのキーウエストを目指すのだった。
実はこの日、エラはジョンを息子に託し、入院するはずだった。
老夫婦の道中は、トラブルとハプニングの連続で、二人は楽しかった思い出をたどる。
しかし、トラブルさえも満喫し、かれらの旅路の果ては・・・?

この作品は意外なラストを用意している。
二人のロードムービーには、楽しい思い出や苦い思い出がいっぱいで、イタリアから招かれたパオロ・ヴィルズィ監督の面目躍如といったところで、映画的には古いハリウッドのイメージと思いきや、とっこいラストはしばし呆然とする展開で・・・。
はしゃぎすぎたそのあとにドカンと重いラストを持ってくるなんて、よくある手法ではある。

作品にはユーモアや希望が溢れていて、とても明るい。
だが、エラの最後の選択には考えさせられてしまう。
彼女は末期がんで死をいつも覚悟しているが、認知症が進むジョンのことは気がかりでならなかった。
ジョンの記憶はいつも曖昧で、隣にいるのは誰かとか、妻を乗せないで車を発車させたり、エラはエラで絶望と希望の狭間を行ったり来たりしている。
アメリカ東海岸の、穏やかな陽光のもとに繰り広げられる愉快な旅は、次第に哀切を帯びてくる。

ヘレン・ミレンドナルド・サザーランドの名優二人の演技は心にしみて、あとに深い余韻を残すことになる。
パオロ・ヴィルズィ監督イタリア映画「ロング,ロングバケーション」は、映画として上手いつくりだが、深刻さを笑いの中に閉じ込めて、夫婦の心の深い部分をそっとなぞるような佳品として心に残るに違いない。
どんなに仲の良い夫婦でも、いつかはめぐりくるかもしれないこういう話は、辛い話である。
        [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点

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映画「女の一生」―ある女のささやかな人生の四季をときに残酷に描いて―

2018-03-10 04:16:25 | 映画



 フ ランスの文豪自然主義文学モーパッサンの名作に、気鋭ステファヌ・ブリゼ監督が新たな息を吹き込んだ。
 若い娘が、妻になり、母になり、そして・・・。
 19世紀のフランスを舞台にした、女の転変の物語である。

 ステファヌ・ブリゼ監督は、綾なす光と影を背景に、過去と現実の人生を鮮烈に描きながら、リアリズムに徹した詩情を交えて、逆境におかれた女性の苦悶の人生を描いている。

 

 

1819年、フランス・ノルマンディー地方・・・。
十代のうら若き女性ジャンヌ(ジュディット・シュムラは、修道院の寄宿学校から5年ぶりに屋敷に戻ってきた。
ジャンヌは野菜の苗に水をかけながら、両親や乳姉妹として育ったロザリ(ニナ・ムーリス)をはじめ、懐かしい人々と再び美しい農園で暮らせることに胸を膨らませていた。

近くに越してきた子爵ジュリアン・ド・ラマール(スワン・アルロー)が、男爵の父(ジャン=ピエール・ダルッサン)を訪ねてくる。
麗しい風貌のジュリアンとジャンヌはすぐに打ち解け、急速に惹かれあう。
ジュリアンは資産を失っていたが、裕福な男爵夫妻はジャンヌの気持ちが大事だと考えていた。
ほどなく二人は結婚し、ジャンヌも幸せの絶頂にいたのだったが・・・。

世間知らずの男爵令嬢ジャンヌは、このドラマの中で人間関係の残酷さに様々な傷を負いながらも、自らの人生に理想を抱いていた。
夫となったジュリアンは、現代でも通じるキャラクターだが、彼は夫として2度に渡る不倫をし、その代償も大きい。
物語は全編を通して、ジャンヌの視点で展開していく。

余計なセリフはすべからく削ぎ落とされ、セリフの途中で場面が転換し、決定的な瞬間や結末を画面に投影させずに次の場面に進んだりするから、少しわかりずらいところもある。
ドラマが時系列で進んでも、過去は現在と交錯し、とくに幸せに過ごした過去の回想シーンは幾度も登場する。
恋愛、結婚、出産、子育て、親の死・・・。

夫の不貞に苦しみ、息子を溺愛するが、ジャンヌは財産も失っていく。
女の人生の転落が描かれる。
人間の生きる意味、個の尊厳が問われる。
失意の中に、ふと去来する幸福な記憶が喚起されて・・・。

裏切られても、蔑まれても一生懸命に生きる主人公を描いて、そこに重なるノルマンディーの四季の風景が映像としても美しい。
ヒロインのジュディット・シュムラは初々しい17歳から年老いた40代後半まで演じていて、なかなか絶妙な演技を見せる。
信じがたい夫の不貞の陰で、ジャンヌの人生に対する夢は、結局次々と打ち砕かれていく。
やや古風でスタンダードなスクリーンが、ジャンヌの生きる狭い世界を象徴しているかのようだ。
ステファヌ、ブリゼ監督フランス映画「女の一生」は、人生の四季を描いて繊細だ。
フランス古典文学の格調を感じさせる一作である。
この作品はこれまでも、世界中で幾度も映画化されており特別な新味には乏しい。
世間知らずのお嬢さまが、様々な経験をして大人になっていくプロセスを描いており、結構この映画は文学的な香気の濃厚なドラマではある。
       [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
次回はイタリア映画「ロング,ロングバケーション」を取り上げます。

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映画「空海―KU-KAI―」~美しき王妃の謎に挑む~

2018-03-01 17:20:00 | 映画


 中国王朝最大の謎に挑む映像叙事詩である。
 夢枕獏「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」を、カンヌ国際映画祭などで常連の中国のチェン・カイコー監督が映画化した。

 チェン・カイコーというと「さらばわが愛 覇王別姫」(1993年)、「始皇帝暗殺」(1998年)などで知られるが、この作品は歴史をさかのぼる1200年以上も前の、絢爛豪華な映像と謎解きに驚愕の真実をさぐる冒険奇譚だ。






1200年以上前の中国長安・・・。
この国際都市で怪事件が起こる。
都の役人や権力者が、次々と不可解な死を遂げる。
遣唐使として居合わせた空海(染谷将太)は、詩人白楽天(ホアン・シュアン)ととものその謎を追う。
彼らの行く先々には、いつも黒猫が現われ、この妖猫に導かれるように、長安を走り回るうちに楊貴妃(チャン・ロンロン)の死にたどり着く。

玄宗皇帝(チャン・ルーイー)に愛された美女楊貴妃は、半世紀前に非業の死を遂げていた。
空海と白楽天は、当時唐にいた阿倍仲麻呂(阿部寛)が、一部始終を目撃していたことを突き止める。
楊貴妃の死の裏に何があったのか。
そして、ときどき姿を見せる不思議な力を持った妖猫の正体は何か。
・・・絢爛たる長安の街で、やがて二人は驚愕の事実を知ることとなる・・・。

これは、日中合作の伝記ファンタジー以外の何ものでもない。
悪く言えば、通俗的な娯楽作品だが、これだけ大仕掛けなセットを組める監督も大したものだ。
原作は「妖猫伝」そうだが、世界的巨匠はただ単に不思議な猫の物語を描きたかったのか。
美術や映像は煌びやかで見事なものである。
しかし、ここまで豪華なセットを見せられると、何か飽きを感じて途中で間延びがして食傷気味ともなる。

空海がどんな修行や体験を積むものかと期待した。
タイトルのわりにはパッとした活躍の場面はない。
全編を通してみると、まるで怪しい猫が主人公みたいだ。
製作費150億円という大作で、長安のセットは東京ドームの8個分だそうだ。
映像と謎解きは興味津々で、日本語の吹き替えのキャストも豪華だ。
だが、これで日本公開版はすべて吹き替え版なのか。
中国語版で観られないのはいかにもにも残念だ。
タイトルの「空海―KU-KAI」も弱い。

CGを駆使して壮大な夢を描いているが、やたらと頼りすぎている。
そんじょそこらでちょこっと撮れるようなお話の映画ではない。
だから、国境を越えた日中合作映画、チェン・カイコー監督の「空海―KU-KAI―美しき王妃の謎」にはかなりがっかりした。

広大なオープンセット、最大1000人のエキストラ、「長恨歌」の話と圧倒的な映像もともかく、知的な好奇心も大いにくすぐられるのだが、歴史ドラマとしてもファンタジックなミステリーとしても作品としては消化不良だ。
CGを多用したファンタジーというのも相性がよろしくないようで・・・。
     [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
次回はフランス映画「女の一生」を取り上げます。

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映画「長江 愛の詩(うた)」―現実と幻想の垣根を超えて大河の流れが象徴的に物語るのは―

2018-03-01 17:16:48 | 映画


 悠久の長江を語る、壮大な叙事詩だ。
 世界最大の三峡ダムが完成するなど、中国社会は大きく変貌を遂げつつある。
 ヤン・チャオ監督が、長編一作目の「Passages」(2004年)に続いて、10年の製作期間を費やして完成させた長編第二作だ。

 比類のない映像世界が圧巻だが、長江は壮大で幻想的な叙事詩のように描かれている。
 この映画は見方にもよるだろうが、現実と虚構、現在と過去が交錯する、なかなかの深遠なラブストーリーでもあるようだ。
 ベルリン国際映画祭では銀熊賞受賞した。




ガオ・チュン(チン・ハオ)は、他界した父親の跡を継いで、老朽化した貨物船の船長になった文学青年だ。
富豪の顧客から、怪しげな積み荷を運ぶ仕事を請け負って、長江をさかのぼる旅に出た。
彼は機関室で、「長江図」と題された手書きの詩集を発見する。
それには、ガオの父親が1989年に創作した幾つもの詩が書かれていた。
ガオはその詩に誘われるように、上海から長江を上流へと向かったが、彼の行く先の港でミステリアスな女性アン・ルー(シン・ジーレイ)と出会う。

二人は出会いと別れを繰り返し、恋に落ちる。
出会うのは、詩に出てくる港ばかりである。
しかし、三峡ダムを境に彼女は港に現れない・・・。

この作品の撮影監督は、「黒衣の刺客」(2015年)などで知られるアジアを代表するリー・ピンビンで、詩的な映像の数々は見応え十分だ。
三峡ダムの完成で、逆に失われた生活や風景に想いをはせ、変わりゆく長江を象徴させる女性として、この女性を登場させていたのだろうか。
2009年に完成したダムは経済発展に大きく貢献したが、上流では水位上昇などで140万人が家や土地を失った代償も大きかった。
美しい景観さえもダム湖に沈み、水質汚染は進んだ。
本編は、中国の今を象徴するかのような映画である。
ファンタジックな山水画の世界に、そうなのだ、現実が溶け込みかけているような・・・。

映画の中に登場するアン・ルーという女性は何者か。
「長江図」とは何か。
はっきりした答えは映画の中にはない。
全ての謎をそのままに受け止めて、想いをめぐらす(?)旅でしかない。
見方によっては、いやまさにこれは一篇の愛の物語か。
何もかもが混沌としていて、理由めいた解釈を求められない。
迫力のある映像詩が続くが、登場人物たちの立場や行動はあいまいで、何を考え、どんな問題を抱えているか。
作者は何を一番言いたいのか。
ヤン・チャオ監督中国映画「長江 愛の詩(うた)」は、山や谷や川が何かを雄弁に語りかけてくるのだ。
現実と幻影が交錯する神秘的な映像詩である。
         [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
次回は日中合作映画「空海―KU-KAI―」を取り上げます。

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