徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「やさしい人」―不幸な愛あるいは愛の孤独―

2015-01-25 15:30:00 | 映画


  巷に雨の降るごとく
  わが心にも涙降る。
  かくも心ににじみいる
  このかなしみは何ならん?
   (ポール・ヴェルレーヌ  堀口大學訳「無言の恋歌」)

 この作品では、このヴェルレーヌミュッセの二篇の19世紀のフランス詩が物語を彩る。
 ギヨーム・ブラック監督による、長編第三作である。
 若い娘と中年男の、報われぬ恋愛といってしまえばそれまでだが、この作品にはみずみずしさがあり、随所に繊細な演出が施され、胸を打つような仕上がりの好さを見せている。
 喜劇と悲劇の間を漂っているような、パリという大都会から遠く離れた田舎町を舞台に描かれる、美しい映画だ。
 美しくはあるが、タイトルのいうようなやさしさは感じることができない。
 しかし、そこにほの見える苦悩や痛みは、どこまでも温かいぬくもりの先にあるようだ。



フランス・ブルゴーニュ地方の、まもなく冬を迎えようとする静かな町トネール・・・。

パリから父親クロード(ベルナール・メネズ)の住む実家に、マクシス(ヴァンサン・マケーニュ)が帰って来る。
彼は、かってはそれなりに名をはせたミュージシャンだ。
だが、人気の盛りを過ぎ、行く先の見えない未来だけが目の前にあった。

故郷で偶然出会った若い娘メロディ(ソレーズ・リゴ)に一目ぼれし、恋に落ちる。
それは、しかも束の間の素晴らしい人生の贈り物であったが、幸せは長く続かなかった。
無情の中にもロマンスを追うマクシムは、突然の別れに深く傷つき、とんでもない行動に出るのだった・・・。

この作品は即興性に優れ、映画の色調、話の運びなど、緻密に計算された演出が光る。
主人公マクシムの虚脱した胸の内をたどるように、ドラマは進む。
湖のほとり、恋の終わり、雨の日、冬の雪、燃え盛る暖炉の火、湖の前で人生からの別れの儀式のような男女の接吻、男の肩に身を寄せる女のアクション、そしてカメラは一転してベッドで安らかに眠る二人をとらえる。

その美しい光にあふれた場面が、やがて静かな音楽とともに揺れる湖面に変わり、雪の降り積もった木々の小枝を緩やかに追って・・・。
そうかと思うと、曇り空の下、列車の到着する駅で花束を抱え、メロディを迎えようとする純朴なマクシムの前に、列車から彼女は降りてこなかった。
何とも痛々しい印象に残るシーンだ。
こうした時の男の気持ちを、子供のように無邪気にとらえるあたり、中年男の孤独を寂しくもユーモラスに描き出して笑わせるシーンも・・・。

ギヨーム・ブラック監督
フランス映画「やさしい人」は、若さと老いの狭間に生きる主人公を軸に、予想もつかない意外な展開を持ってくるという、小編ながら平凡だが変化に富んだエピーソドを丹念に紡ぎ、余韻のあるラストへ・・・。
あれから、彼は、彼女はどうなってしまうのだろうか。
タイトルからは想像もつかない、残酷(?)なストーリーの展開に、最後まで目が離せない。
まあ終盤のドタバタも、気にならぬことはないが・・・。
はかなげなロマンティシズムが漂う冬の情景は、ここでは魅力的な詩となって、どこか文学的な香りすら感じる。
何気ない日常のディテールに気配りのゆきとどいた、全体に無駄の少ない構成といい、演出、編集も、絶妙なさじ加減を感じさせる一作である。
     [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点


映画「誰よりも狙われた男」―真実を欺く非情と戦慄のサスペンス―

2015-01-22 12:00:00 | 映画


 去年2月に46歳の若さで世を去った名優、フィリップ・シーモア・ホフマン最後の主演作である。
 遅ればせながら、こんな映画にめぐりあえるとは・・・。
 アントン・コービン監督のこの作品は、緊張感漂うドイツの情報戦を描いていて、観客をうならせる。

 アメリカの同時テロ以降、世界は本当に変わってしまったのだろうか。
 そんなことを強烈に感じさせる作品で、イギリスのスパイ小説の巨匠、「裏切りのサーカス」ジョン・ル・カレの小説を映画化した。
 テロとの闘いに執念を燃やす主人公の、悲哀と屈折した心情を余すところなく描いて、胸に迫るものがある。









灰色に塗り込められた陰気な港町、ドイツ・ハンブルグ・・・。

密入国者やスパイの暗躍する町に、チェチェン出身の若者イッサ(グレゴリー・ドブリギン)が密かに入国する。
彼はイスラムの過激派として、国際指名手配されていた。
イッサは、人権団体の所属する女性弁護士アナベル(レイチェル・マクアダムス)を通して、銀行家トミー(ウィレム・デフォー)と接触しようとする。

イッサの父親は銀行に秘密口座を持ち、多大な遺産を残していた。
そのイッサの行動を見張る、極秘のテロ対策チームのリーダー、ギュンター・バッハマン(フィリップ・シーモア・ホフマンは、彼を泳がせてある大物を捕えようとしていた。
だが、イッサを狙うのはバッハマンだけではなかった。
バッハマンの懐柔戦術に、国内外の諜報機関が入り乱れ、錯綜し、彼は非情な騙しあいの神経戦へと追い込まれていくのだった。

情報機関とCIAをにらみながら、大物捕獲の網を狭めていくのだが、見どころははいっぱいだ。
超ハイテク機能や超人的能力で悪を叩きつぶすのではなく、細い糸をたぐりよせながら、イネッサの正体やイスラム過激派との関係を解きほぐしていく。
去年亡くなったホフマンのいぶし銀の演技は、人間の弱さと情につけこむ、冷徹かつ老練なスパイのもの悲しさを漂わせて、秀逸である。
語り口もスパイアクションものとは異なり、このドラマには、冒頭からいくつもの伏線が散りばめられている。

現代という時代を背景にしていながら、諜報戦の非情な掟の世界に生きる男たちに痺れる。
華やかさと縁のない、プロフェッショナルな男の日々を、極限にまで無駄を削り落として描き切った。
バッハマンは、組織の軋轢の中で、自分の正義と信念に従って作戦を進めようとするが、思い通りに事は運ばない。
裏切られ、無残に打ちひしがれる彼の姿は、あまりにもやるせなく胸に痛い。

そうだ。
正義も、悪も意味をなさない時代に生きている我々を、逆に炙り出して・・・。
いやいや、何とも言えない絶望感をもたらす、ラストシーンであった。
アントン・コービン監督アメリカ・ドイツ・イギリス合作映画「誰よりも狙われた男」は、重厚な神経戦とともに、登場人物や人間関係がよく整理され、見ごたえ十分の作品だ。
アカデミー賞俳優フィリップ・シーモア・ホフマンは、さすが存在感たっぷりで素晴らしかった。
      [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点


映画「アバウト・タイム~愛おしい時間について~」―語られる家族の大切さ―

2015-01-14 17:00:00 | 映画


 過去は、変えようとして変えられるものではない。
 一番幸せな時間は、家族と過ごす今の時間だ。
 つまり、ごく普通の一日が最高の幸せをもたらすのだ。
 愛する人との何気ない時間がいかに大切か。

 親と子の絆、夫婦の絆、きょうだいの愛といった、いろいろな要素を通して、タイムトラベルを題材にした心温まる作品だ。
 これが最後の作品となる、リチャード・カーティス監督のロマンティック・コメディだ。













イギリス南西部に位置する、美しい海辺の町コンウォール・・・。

オレンジの髪の毛にひょろりとした体形の、どこか冴えない青年ティム(ドーナル・グリーソン)は、両親(ビル・ナイリンゼイ・ダンカン)と妹のキットカット(リディア・ウィルソン)、そして叔父のデズモンド(リチャード・コーデリー)と、浜辺に近い家で暮らしていた。

一家はちょっぴり風変りだったが、家族仲は良く、それなりに幸せな日々を過ごしていた。
ティムは容姿にコンプレックスを持っていて、最愛の女性メアリー(レイチェル・マクアダムス)と結婚まで至るのだが・・・。
ところがティムの21歳の誕生日に、その後の彼の人生を大きく変える出来事が待っていた。
彼はシャイで、女の子の誘いにも躊躇してしまう自分に対して、自己嫌悪に陥っていた。
年越しパーティーの翌日、ティムは父親から正気の沙汰とは思えないことを耳にする。
一家の男たちは、先祖代々、タイムトラベルの脳力を持っているのだというのだった・・・。

人生の機微を見つめた作風で知られるリチャード・カーティス監督は、家族をテーマに、恋をして、結婚して、子供が生まれ、家族を築いていくことの素晴らしさをこの作品で語っている。
ここでは、何気ない平凡な日々の積み重ねが、かけがえのない価値ある人生を積み上げていく。
単なる女性向けの恋愛映画とは違って、すべては移ろいゆく諸行無常を肯定的に見つめる。
そして、過ぎ去った時間は宝物のように思えてくる。

タイムトラベルといっても、映像には全くSF的な要素は施されていない。
どこまでも物語はシンプルだ。
リチャード・カーティス監督自身、両親や妹を相次いで亡くした経験を持ち、それがこの映画には大きく反映されているようだ。
イギリス映画アバウト・タイム~愛おしい時間について~」は、センチメンタルなロマンスと、愛にあふれたコメディの要素がほどよく溶け合った人生讃歌だ。
もし、あの時に戻れたら・・・。
そう思うことは誰にもある。
それが、この物語の中で実現する。
ごく普通の日々が、実は多くの奇跡に彩られている。
難しい理屈抜きの、愛に満ち満ちた楽しい作品だ。
     [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点


映画「メビウス」―人間の陰惨な欲望の果ての痛み峻烈に―

2015-01-10 12:00:00 | 映画


 韓国で、映画審査機関が一時上映不可の判定を下したという、鬼才キム・ギドク監督のいわくつきの最新作である。
 何とおそるべし、全編にセリフが一切ない。
 笑う、泣く、叫ぶ。
 たったこの三つの感情要素だけで、家族の亀裂を発端に、メビウスの輪のようにめぐる愛憎劇を撮りきった。

 言葉のない、心象のみを強烈に炙り出したこの作品は、観客の心を撹乱し、さすがに観ていて辛いものがある。
 そこは、狂気の愛憎が繰り広げられる、果てしない地獄めぐりだからだ。










韓国の、とある夫婦と息子の3人が暮らす上流家庭・・・。

あるとき、夫の愛人がいることがわかる。
嫉妬に狂った妻は、とんでもない行動に出る。
チョ・ジェヒョン)と母(イ・ウンウ)の両親の不和のあおりで、身体を傷つけられた息子(ソ・ヨンジュ)と、性をめぐる欲望と悩み、そして性によってしか生まれない家族がつながっていく様が描かれる。
これ以上の内容を、ここに語ることは憚られる。

もともと性と暴力を切り口に、強烈な作品を次々と送り出す韓国の異端児キム・ギドク監督のこの衝撃的な作品「メビウスは、人間の表情で全てを語ろうとする。
人間哲学を描いていて、狂気とともに、笑ってしまいたくもなるような、とっぴなユーモアをも散りばめている。

イ・ウンウは、妻と夫の不倫相手という対立する役を一人で演じ分け、この二役の体当たりの演技は鬼気迫る凄味がある。
嫉妬に憑かれた狂気の母と、夫の浮気の相手である妖艶な女と、強烈な印象を残している。
息子役のソ・ヨンジュは、男としての苦悩をどこまでも静謐に演じ切る。
父、母、息子、男と女、痛みと快楽、人間のすべてはメビウスの輪のように表裏一体となって廻る。
暗示に富んだ奇想な演出には、もう参ったというほかない。
こうした作品は、日本では作られないだろう。
喜劇と悲劇の双方の要素を併せ持った、実験性豊かな作品として納得するしかないか。
稀に見る壮絶なドラマに圧倒されるけれど、ラストシーンは意外に静かだ。
作品の放つ猛毒に、映画の何たるかを考えさせられる思いだ。
     [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点