生きているかぎり、生き抜きたい。
現代日本で、最高齢(99歳)の巨匠は新藤兼人監督だ。
当のご本人が、映画人生最後の作品と自称する、力の入った作品だ。
東京国際映画祭で、審査員特別賞を受賞した。
この作品は、監督自身の実体験がもとになって作られた。
戦争の愚かさと、人間の希望と再生を描いて、心に迫るものがある。
命あるぎり、人は強く生きてゆく。
いい映画である。
戦争末期に召集された100人の中年兵は、上官がくじを引いて決めた戦地に、それぞれが赴任することになっていた。
くじ引きが行われた夜、松山啓太(豊川悦司)は、仲間の兵士、森川定造(六平直政)から、妻の友子(大竹しのぶ)より送られてきたという、一枚のハガキを手渡される。
それには、こう書いてあった。
「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません。友子」
そして、終戦・・・。
生き残ったのは、6人だけであった。
啓太は生き残り、亡くなった戦友の森川から託された一枚のハガキを持って、森川友子のもとを訪ねたのだった・・・。
実は、啓太も前線で戦死したと報告され、空の遺骨が故郷に届いていた。
その戦死したはずの啓太が、故郷の家に帰ると、自分の妻は不在で、啓太の父と恋人同士となっていて、妻はキャバレーで働き、金を稼いでいた。
それを見て、啓太は一旦はブラジル行を決断するのだが、思い直して日本にとどまったのは、戦死した友人森川の妻からの「一枚のハガキ」を彼から託されて、生きて帰ったら、きっと訪ねてほしいと頼まれていたからであった。
くじ運だけで、自分が生き残ったことに罪悪感を感じる啓太と、そして家族も、女としての幸せな人生も、何もかも失ってしまった友子と、二人は、戦中戦後を通じて、辛くも生き抜いていくことになるのだが・・・。
戦争に翻弄され、すべてを奪われた二人が選んだ再生の道とは、どんな道だったのか。
映画は、後半になると新劇の舞台を観ているようだ。
その‘舞台’は、淡々としていても、重厚でずしりと深い。
ドラマの中で、大竹しのぶの演技のテンションが高いのが気になったけれど、これは毎度のことだ。
でも、感情移入が強く、精神的にヒステリックになるのはどうか。
とても、印象的な場面がある。
・・・谷間から、重い水桶を天秤棒で両肩に担ぎ、運びながら、啓太は友子のがっしりとした姿勢に導かれて歩いている。
この水桶を並んで運ぶ二人の姿が、この映画「一枚のハガキ」のハイライトだ。
そういえば、同じようなシーンを、新藤監督の初期の作品「裸の島」(1960年)で見たことを想い出した。
そうだ。
天秤棒で水を運ぶ、あのシーンと酷似している。
モスクワ国際映画祭をはじめ、数々の映画賞に輝いた「裸の島」は、全編セリフのない見事なドラマだった。
新藤監督は、他の映画製作に携わった監督たち(たとえば吉村公三郎監督「安城家の舞踏会」(47年)、「源氏物語」(51年)や、増村保造監督「刺青」(66年)など)の、230本を超える脚本を執筆した。
それだけでも、大変なエネルギーだ。
新藤監督は、長年連れ添った、妻で女優の乙羽信子さんを、「午後の遺言状」など自らの多くの作品に登場させ、ずっと二人三脚を続けていたが、生前も今も、彼女のことを「乙羽さん」「乙羽さん」と呼んでいる。
余談になるが、乙羽信子さんはかつて大映の専属看板女優だった人で、その彼女が、当時の大映の猛反対を押し切ってまで、独立プロの新藤作品に登場し、それまでの美しい御姫様女優が、自ら望んで体当たりで汚れ役に挑戦していた。
あの気迫も、大変なものだった。
今日、新藤監督があるのも、女優乙羽信子に負うところがいかに大きかったか。
愛妻に先立たれた新藤監督だが、今回の作品は、人間の生き抜くことの逞しさをも見事に謳い上げている。
この作品、来年2月に開催される、米アカデミー賞外国語映画賞部門に、日本代表作品として出品されることが決まっている。
名実ともに、日本映画界を代表する最高齢(白寿!)の映画監督として、新藤兼人は今も健在だ。
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生涯現役とはこのことなのでしょうね。
「素晴らしきかな人生!」ですね。
いやぁ、感服です。
「生きる」だけでも凄いのに!