徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「一枚のハガキ」―新藤兼人監督が99年の人生をかけた最後の作品―

2011-10-23 20:45:00 | 映画



     生きているかぎり、生き抜きたい。
     現代日本で、最高齢(99歳)の巨匠は新藤兼人監督だ。
     当のご本人が、映画人生最後の作品と自称する、力の入った作品だ。
      東京国際映画祭で、審査員特別賞受賞した。

     この作品は、監督自身の実体験がもとになって作られた。
     戦争の愚かさと、人間の希望と再生を描いて、心に迫るものがある。
     命あるぎり、人は強く生きてゆく。
     いい映画である。







            
戦争末期に召集された100人の中年兵は、上官がくじを引いて決めた戦地に、それぞれが赴任することになっていた。
くじ引きが行われた夜、松山啓太(豊川悦司)は、仲間の兵士、森川定造(六平直政)から、妻の友子(大竹しのぶ)より送られてきたという、一枚のハガキを手渡される。
それには、こう書いてあった。
 「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません。友子」

そして、終戦・・・。
生き残ったのは、6人だけであった。
啓太は生き残り、亡くなった戦友の森川から託された一枚のハガキを持って、森川友子のもとを訪ねたのだった・・・。

実は、啓太も前線で戦死したと報告され、空の遺骨が故郷に届いていた。
その戦死したはずの啓太が、故郷の家に帰ると、自分の妻は不在で、啓太の父と恋人同士となっていて、妻はキャバレーで働き、金を稼いでいた。
それを見て、啓太は一旦はブラジル行を決断するのだが、思い直して日本にとどまったのは、戦死した友人森川の妻からの「一枚のハガキ」を彼から託されて、生きて帰ったら、きっと訪ねてほしいと頼まれていたからであった。

くじ運だけで、自分が生き残ったことに罪悪感を感じる啓太と、そして家族も、女としての幸せな人生も、何もかも失ってしまった友子と、二人は、戦中戦後を通じて、辛くも生き抜いていくことになるのだが・・・。
戦争に翻弄され、すべてを奪われた二人が選んだ再生の道とは、どんな道だったのか。

映画は、後半になると新劇の舞台を観ているようだ。
その‘舞台’は、淡々としていても、重厚でずしりと深い。
ドラマの中で、大竹しのぶ演技のテンションが高いのが気になったけれど、これは毎度のことだ。
でも、感情移入が強く、精神的にヒステリックになるのはどうか。

とても、印象的な場面がある。
・・・谷間から、重い水桶を天秤棒で両肩に担ぎ、運びながら、啓太は友子のがっしりとした姿勢に導かれて歩いている。
この水桶を並んで運ぶ二人の姿が、この映画「一枚のハガキ」のハイライトだ。
そういえば、同じようなシーンを、新藤監督の初期の作品「裸の島」(1960年)で見たことを想い出した。
そうだ。
天秤棒で水を運ぶ、あのシーンと酷似している。
モスクワ国際映画祭をはじめ、数々の映画賞に輝いた「裸の島」は、全編セリフのない見事なドラマだった。

新藤監督は、他の映画製作に携わった監督たち(たとえば吉村公三郎監督「安城家の舞踏会」(47年)、「源氏物語」(51年)や、増村保造監督「刺青」(66年)などの、230本を超える脚本を執筆した。
それだけでも、大変なエネルギーだ。
新藤監督は、長年連れ添った、妻で女優の乙羽信子さんを、「午後の遺言状」など自らの多くの作品に登場させ、ずっと二人三脚を続けていたが、生前も今も、彼女のことを「乙羽さん」「乙羽さん」と呼んでいる。

余談になるが乙羽信子さんはかつて大映の専属看板女優だった人で、その彼女が、当時の大映の猛反対を押し切ってまで、独立プロの新藤作品に登場し、それまでの美しい御姫様女優が、自ら望んで体当たりで汚れ役に挑戦していた。
あの気迫も、大変なものだった。
今日、新藤監督があるのも、女優乙羽信子に負うところがいかに大きかったか。
愛妻に先立たれた新藤監督だが、今回の作品は、人間の生き抜くことの逞しさをも見事に謳い上げている。
この作品、来年2月に開催される、米アカデミー賞外国語映画賞部門に、日本代表作品として出品されることが決まっている。
名実ともに、日本映画界を代表する最高齢(白寿!)の映画監督として、新藤兼人は今も健在だ。


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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
最高齢現役。 (茶柱)
2011-10-23 21:50:58
まさに鬼気迫る監督魂。
生涯現役とはこのことなのでしょうね。
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真似をしようとしても・・・ (Julien)
2011-10-26 20:07:54
とてもできるものではありません。
「素晴らしきかな人生!」ですね。
いやぁ、感服です。
「生きる」だけでも凄いのに!
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Unknown (加藤亜実)
2019-09-08 21:53:24
田中日奈子
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