この映画は、戦争前夜の死を運命づけられた中で、青春の美しさと切なさに向き合うときを描いている。
1936年に発表された檀一雄の原作をもとに、大林宣彦監督が40年以上前に脚本を書き、長いこと映画化を切望してきた作品である。
時代と社会世相の描写は、細緻で、反戦のテーマもはっきりしている。
大林監督の、ロマンと美術の到達点と思われる映画の出来栄えで、がんと闘いながら青春の儚さと戦争の愚かさを謳い上げている。
彼の映画美学の集大成といってもよい。
祖父から孫の代につながる、ある一家の日常を描いた群像劇だ。
ドラマの中には、不思議な世界が散見されて、それこそが大林ワールドなのだが魅力はたっぷりだ。
大林監督の「この空の花―長岡花火物語」(2011年)、「野のなななのか」(2011年)に続く本作「花筐 HANAGATAMI」は、彼の戦争三部作の最終章だ。
1941年春・・・。
アムステルダムに住む両親のもとを離れ、唐津に住む叔母江間圭子(常盤貴子)の家に、17歳の榊山俊彦(窪塚俊介)は身を寄せていた。
雄々しい鵜飼(満島真之介)、虚無僧のような吉良(長塚圭史)、道化者の阿蘇(柄本時生)といった個性豊かな学友たちから刺激を受け、肺病を患ういとこの美那(矢作穂香)らと青春を謳歌していた。
その彼らにも、戦争の足音がひたひたと迫って来ていた・・・。
空に巨大な月が現われる。
海面は煌々と明かるい。
現実にはあり得ない前衛的な風景である。
ファンタジーを見ているのだ。
抒情性の豊かな映像の中に、前衛的な風景が次々と繰り出される。
若者たちには悲哀感と焦燥感が漂っている。
まもなく戦争が起きると、自分たちの短い生を感じている。
ともに暮らす彼らが、戦場で命を落とすかもしれないという思いを抱いていて、彼らの青春を痛切なものにしている。
映像は、さながら戦争の犠牲となった若者達への鎮魂歌だ。
青春の輝きの中にも、悲劇はある。
太平洋戦争前夜が舞台である。
当時の若者たちは、肺結核の血や戦争の応召に死の影とロマンを見出しながら生きていた。
ドラマはまるで筋書きのないのないドラマのように展開し、モンタージュ、コラージュといった動画の手法を駆使し、終盤まで責め立てる。
ドラマの中に登場する彼岸花と薔薇の花びらは、当然死の象徴であろう。
前面に悲壮感が漂い、現代は戦前だとの危機感は、大林監督も感じ取っているのではないか。
登場する唐津くんちに見る躍動感には、死のイメージが鮮烈に感じられる。
遊び心のある美術や映像にも、仕掛けどころ満載で実に力強い。
もともとは8ミリ映画を撮っていた少年が、自主映画、CM、商業映画へと転じた大林監督の多様性か。
彼の全作品群の集大成をなすものではないだろうか。
闘病中の大林宣彦監督が完成させて、渾身の新作は2時間50分を飽きさせずに見せる。
嘘は嘘とそれらしく描きながら、平和という現実の世界に絶対に実現しないものを映画の‘大嘘’から出たまこととして描きたかった、大林宣彦監督80歳にして、作品「花筐 HANAGATAMI」は若々しいリリシズムさえ感じられる大作だ。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
次回はドイツ映画「はじめてのおもてなし」を取り上げます。