徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「新聞記者」―民主主義を踏みにじる官邸の横暴と忖度に走る官僚たちを報道メディアはどう見つめたか―

2019-08-18 13:00:00 | 映画


 暦の上ではとうに立秋を過ぎている。
 でも、連日厳しい残暑が続いている。
 涼しい秋はまだまだ先のようだ。
 体調管理には十分気をつけていただきたい。
 この夏の映画館の混雑は、個人的にはあまり歓迎の口ではない.
 映画は、静かなところでやはり大画面でゆっくり鑑賞したいものだ。

 今回はこの作品に目をつけた。
 東京新聞の望月衣塑子記者のノンフィクションを原案に、映画版「安倍政権の暗部」といってもいい、現政権の疑惑を網羅した内容の作品だ。
 1986年生まれの藤井道人監督が、比較的若者の目線で撮った作品だが、痛快さや派手さはなく、閉塞感が全編に漂い、果敢な挑戦のわりには映画作品としてはまだまだ弱い気がする。

東都新聞の記者、吉岡エリカ(シム・ウンギョン)のもとに、大学新設計画に関する極秘情報が、匿名FAXで届いた。
日本人の父と韓国人の母のもとでアメリカで育ち、ある思いを秘めて日本の新聞社で働いている彼女は、真相を究めるべく取材を始める。
一方、内閣情報調査室の官僚・杉原拓海(松坂桃李)は葛藤していた。
国民に尽くすという信念があるのに、それとは裏腹に、与えられた任務は現政権に不都合なニュースのコントロールであった。
愛する妻の出産が迫ったある日、杉原は久々に尊敬する昔の上司で神崎(高橋和也)と再会するのだが、その数日後神崎はビルの屋上から身を投げてしまう。
真実に迫ろうとする若き新聞記者、政官界の闇の存在に気付き、選択を迫られるエリート官僚と、二人の人生が交叉するとき、衝撃の事実が明らかにされてゆくのだった・・・。

現在進行形の様々な問題を、ダイレクトに描写する社会派のドラマである。
権力とメディアのたった今の出来事を、如実に描いている。
その意味では現実社会と絶妙にリンクしているのはいいが、内閣情報調査室の描写はともかく、報道機関の内実は描写不足が目立ち、腰砕けの感は免れない。
その点でこの作品は失望が大きい。

エリートの杉原は上司に言われるがままに、現政権を守るため情報をでっち上げ、マスコミ工作をしていることで、自ら苦悩している。
新聞社社会部の若手女性記者の吉岡は、調べていくうちにキーマンとなる人物が自殺、二人が突き止めたのは内閣府が進める恐るべき計画だった。
誤報を出す恐怖、内調からのプレッシャーとの狭間で、一記者の人間としての存在も問われかねない。
アメリカからの帰国子女というシム・ウンギョンの女性記者役は妥当だったかどうか、少々疑問だ。

この種の外国映画の政治スリラーと比べると、数段落ちるのは否めない。
こんな機会に、官邸政治の暗部に、もっと強烈に切り込むことはできなかったのか。

登場人物たちの職業意識や倫理観、信念といったものも、肝心の部分の描かれ方があいまいで大いに不満が残る。
藤井道人監督作品「新聞記者」は、製作サイドまでがかなり官邸に気を使って「忖度」していたのではないか。
そんな気もしてならない。

社会派ドラマは大いに次作も期待したい。
これをきっかけに、更なる作品の登場を待ちたいものだ。
余談になるが、近頃の官邸支配とメディアの恐るべき萎縮は、余りあるものがある。
大新聞はもちろん、公共放送までが、官邸に都合の悪い事実を報道していないきらいがある。
政権寄りの記者の、揃って満面の記事や場面などテレビや新聞が執拗に幾度も取り上げている。
いい加減目を覚ましてほしいものだ。。
政権に批判的な言論人が、いつの間にかメディアから消えつつあるのも気になってならない。
現政権、本当におかしくないか。
「国家」が、こんなことで壊れていくことはないだろうか。
この物語も決して虚構とは言い切れないだろう。

       [Julienの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
8月30日(金)まで横浜シネマジャック&ベティ(TEL045-243-9800)ほかで上映中。
次回は日本映画「火口のふたり」を取り上げます。

 


映画「よ こ が お」―社会から理不尽に追い詰められた人間の心の深層に分け入ると―

2019-08-04 13:00:00 | 映画


 鬱陶しい梅雨が明けて、いよいよ夏本番だ。
 連日の猛暑の中で、降るような蝉しぐれと早くも秋の虫の音が・・・。

 今回の映画は、久しぶりに狂気をはらむ報復劇である。
 世の中には思いがけない出来事がたくさんある。
 そうした不条理に翻弄される女を、自作のオリジナル脚本で、「淵に立つ」(2016年)深田晃司監督が映画化した。
 「淵に立つ」では、カンヌ国際映画祭「ある視点部門」審査員賞受賞した深田監督は、この作品で、人生を奪われた女のささやかな復讐を描いている。

 人間の持つ得体の知れぬ怖さを、現在と過去、現実と幻想を自在に操るように見せる。
 したがって、この作品はときに観客を放り出して置いてきぼりにされかねないのだ。
 先の見えない怖さを、真正面から見つめた深田監督は、ここでもまた筒井真理子を主演に迎えた。
 彼女の演じる「顔」の表情が巧みで、緊張感のわりに抑制のきいた語り口は特筆ものだ。



初めて訪れた美容院で、リサ(筒井真理子)は、髪を明るいブラウンに染めている。
予約の時に指名した美容師の和道(池松荘亮)から、前の店にいたときのお客さんかと聞かれたが、それは違った。
数日後の朝、リサは和道が使っているゴミ捨て場で彼を待ち伏せし、偶然会ったふりをして連絡先を聞き出した。
出勤する和道を見送ってリサが戻ったところは、窓から向かいの彼の部屋が見える安アパートの一室だった。

リサというのは偽名で、本当の名前は市子だ。
市子は半年前までは訪問看護師を務め、周囲からは熱く信頼されていた。
なかでも、訪問先の大石家の長女基子(市川美日子)には、介護福祉士になる勉強を見てやっていた、
基子が市子に対して、密かに憧れ以上の感情を抱き始めているとは思いもせずに・・・。

そんな中、ある日基子の中学生の妹サキ(小川未悠)が行方不明となる。
サキはすぐに無事保護されるが、逮捕された犯人は市子の甥だったのだ。
この事件との関わりを疑われた市子は、捻じ曲げられた真実と予期せぬ裏切りにより仕事を奪われることになり、恋人との結婚も破談となる。
すべてを奪われた市子は、葛藤の末復讐を心に誓い、自由奔放な“リサ”となって、姿を変えたのだった・・・。

深田晃司監督日本・フランス合作映画「よこがお」は、誘拐事件をきっかけに「無実の加害者」に問われた女がその運命を受け入れ、再び歩み続けるまでの絶望と希望を描いたヒューマン・サスペンスだ。
ヒロイン筒井真理子はほとんど出ずっぱりで、この人の役作りによる「顔」の演技はなかなかのものだ。
深田監督自身の描き下ろし小説版「よこがお」とはラストが全く異なっており、映画「よこがお」ついても視点のあて方によって、様々に異なる貌を見せる映画だ。

映画は怪しく静謐である。
端正な「よこがお」の市子が少しずつ別の顔を見せる。
美容師和道に対する嫉妬の鬼気迫る表情、全てを失った果ての孤独といい、憎悪と復讐に燃える市子の映像は、ヨコハマ映画祭主演女優賞受賞でも「凄み」を思わせる女優魂を見せてくれている。
筒井真理子は、「淵に立つ」で家族の崩壊に直面する女性の心身の変化を鮮烈に表現したが、この作品では地道に生きる市子と自由奔放なリサという二つの顔を見せる女性を繊細に演じ分けている。

深田監督は言う。
「横顔から見えるのは顔の片側だけで、もう片側は見えていない。そのことが、この物語が描く人間の本質に合っている」と。
映画自体も一色ではなく、絶望と希望がない交ぜになっている。
複雑で微妙な感情のゆらぎを映しだす表現に、筒井真理子は長けている。
これはもう、大人の映画になっている。
8月7日(水)開幕のロカルノ映画祭コンペティション部門出品作だ。

深田作品は、極限まで説明描写を排し、カットを丹念に重ねている。
研ぎ澄まされた映像は、表面は静かでも、緊張感は途切れず、語られることのない言葉や感情が底の部分にうごめくように揺曳している。
無駄をそぎ落とした静謐感と冷え冷えとした恐怖感は、心をうならせるものがある。
映画は7月27日(土)から横浜シネマジャック&ベティ(TEL/045-243-9800)ほか全国で上映中。

       [Julienの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回は日本映画「新聞記者」を取り上げます。