鬱陶しい梅雨が明けて、いよいよ夏本番だ。
連日の猛暑の中で、降るような蝉しぐれと早くも秋の虫の音が・・・。
今回の映画は、久しぶりに狂気をはらむ報復劇である。
世の中には思いがけない出来事がたくさんある。
そうした不条理に翻弄される女を、自作のオリジナル脚本で、「淵に立つ」(2016年)の深田晃司監督が映画化した。
「淵に立つ」では、カンヌ国際映画祭「ある視点部門」審査員賞を受賞した深田監督は、この作品で、人生を奪われた女のささやかな復讐を描いている。
人間の持つ得体の知れぬ怖さを、現在と過去、現実と幻想を自在に操るように見せる。
したがって、この作品はときに観客を放り出して置いてきぼりにされかねないのだ。
先の見えない怖さを、真正面から見つめた深田監督は、ここでもまた筒井真理子を主演に迎えた。
彼女の演じる「顔」の表情が巧みで、緊張感のわりに抑制のきいた語り口は特筆ものだ。
初めて訪れた美容院で、リサ(筒井真理子)は、髪を明るいブラウンに染めている。
予約の時に指名した美容師の和道(池松荘亮)から、前の店にいたときのお客さんかと聞かれたが、それは違った。
数日後の朝、リサは和道が使っているゴミ捨て場で彼を待ち伏せし、偶然会ったふりをして連絡先を聞き出した。
出勤する和道を見送ってリサが戻ったところは、窓から向かいの彼の部屋が見える安アパートの一室だった。
リサというのは偽名で、本当の名前は市子だ。
市子は半年前までは訪問看護師を務め、周囲からは熱く信頼されていた。
なかでも、訪問先の大石家の長女基子(市川美日子)には、介護福祉士になる勉強を見てやっていた、
基子が市子に対して、密かに憧れ以上の感情を抱き始めているとは思いもせずに・・・。
そんな中、ある日基子の中学生の妹サキ(小川未悠)が行方不明となる。
サキはすぐに無事保護されるが、逮捕された犯人は市子の甥だったのだ。
この事件との関わりを疑われた市子は、捻じ曲げられた真実と予期せぬ裏切りにより仕事を奪われることになり、恋人との結婚も破談となる。
すべてを奪われた市子は、葛藤の末復讐を心に誓い、自由奔放な“リサ”となって、姿を変えたのだった・・・。
深田晃司監督の日本・フランス合作映画「よこがお」は、誘拐事件をきっかけに「無実の加害者」に問われた女がその運命を受け入れ、再び歩み続けるまでの絶望と希望を描いたヒューマン・サスペンスだ。
ヒロイン筒井真理子はほとんど出ずっぱりで、この人の役作りによる「顔」の演技はなかなかのものだ。
深田監督自身の描き下ろし小説版「よこがお」とはラストが全く異なっており、映画「よこがお」についても視点のあて方によって、様々に異なる貌を見せる映画だ。
映画は怪しく静謐である。
端正な「よこがお」の市子が少しずつ別の顔を見せる。
美容師和道に対する嫉妬の鬼気迫る表情、全てを失った果ての孤独といい、憎悪と復讐に燃える市子の映像は、ヨコハマ映画祭主演女優賞受賞でも「凄み」を思わせる女優魂を見せてくれている。
筒井真理子は、「淵に立つ」で家族の崩壊に直面する女性の心身の変化を鮮烈に表現したが、この作品では地道に生きる市子と自由奔放なリサという二つの顔を見せる女性を繊細に演じ分けている。
深田監督は言う。
「横顔から見えるのは顔の片側だけで、もう片側は見えていない。そのことが、この物語が描く人間の本質に合っている」と。
映画自体も一色ではなく、絶望と希望がない交ぜになっている。
複雑で微妙な感情のゆらぎを映しだす表現に、筒井真理子は長けている。
これはもう、大人の映画になっている。
8月7日(水)開幕のロカルノ映画祭コンペティション部門出品作だ。
深田作品は、極限まで説明描写を排し、カットを丹念に重ねている。
研ぎ澄まされた映像は、表面は静かでも、緊張感は途切れず、語られることのない言葉や感情が底の部分にうごめくように揺曳している。
無駄をそぎ落とした静謐感と冷え冷えとした恐怖感は、心をうならせるものがある。
映画は7月27日(土)から横浜シネマジャック&ベティ(TEL/045-243-9800)ほか全国で上映中。
[Julienの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
次回は日本映画「新聞記者」を取り上げます。
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